第二章 5月4日 帰ってきた古代怪獣
日が落ちると、俺は定期的な情報収集の為に宮沢グループの溜まり場へと向かった。
扉を開けて中に入ると、場の空気がたちまち硬質化する。
いまだに俺が招かれざる客である事は承知しているが、だが、この日はいつも以上にあからさまな敵意を向けられていた。
「てめえ、よくもズケズケと顔を出せたもんだな?」
いかにも頭の悪そうな数人に囲まれ、思わず吹き出しそうになる。
こういう事には慣れているが、今日はいつものそれとはまた雰囲気が違うようだ。
「待ちな。まだ、そいつが係わっていると決まった訳じゃないだろ?」
どうした物かと困惑していると、長い黒髪を妖艶に払いながら現れた女性が男達を制してくれた。
レディースのトップである後藤田さんだ。
「何かあったんですか?」
「さてね。詳しい話は、やられた当人に聞くのが一番だろ?」
そう言って踵を返した彼女に連れられ店の奥にいくと、そこにはソファーにぐてっと寄りかかる傷だらけの男達と、それを甲斐甲斐しく治療する宮沢の姿があった。
「あっ、川上くん」
「宮沢、何かあったのか?」
「それが……」
「何かあったのかじゃねえよ!坂上だ!坂上が出やがった!!」
答えにくそうにしていた宮沢の変わりに、治療を受けていた『千のかさぶたを持つ男』蛭子さんが森でクマに襲われた村人の様にまくしたてた。
智代にやられたって?
確かに用事があるとかで練習の後は会っていないが……。
絶対にあいつのわけが無い!
そう言いきれないのが悲しい所だ。
「何か悪さでもしてたんじゃ……?」
「してねえよ!隣町の連中とやりあってたら、いきなり乱入してきやがったんだ!」
いや、喧嘩してんじゃん。
「本当に坂上さんだったんですか?」
「ああ、間違いねえ!三年前に見たアイツと同じ格好だったからな!」
「三年前のって……具体的にどんな?」
「制服だよ制服!奴の中学の制服だよ!!」
「あのう……坂上さんは今、私と同じ高校に通ってるんですけど……?」
「……」
宮沢のつっこみにより、早くも蛭子の言い分は眉唾となった。
だが、智代以外の女に負けた事を認めたくないのか、尚も彼は食い下がる。
「いや、でもよぉ。やり合ってた奴等も含め10人近くが女一人にやられちまったんだぜ?あのデタラメな強さは坂上以外ありえねえだろ!?」
「わざわざ中学の頃の制服着てる方がありえんと思うけど……他にそいつの特徴は?例えば髪型とか」
「髪だァ?確か……短い……いや、長げえのかアレ?」
「一体どっちなんだい?」
「いやよぉ姐さん、女の髪の事はよくわかんねえんだけど、髪をこんな風に両端で束ねてたんだよ確か」
そう言いながら蛭子さんは両耳の辺りに握り拳を当てて見せる。
だが、どう見ても不細工な招きネコにしか見えん。
「ん~?ツインテール……の事かねえ?」
すると、しかめっ面も様になる後藤田さんが見事な推理力を発揮してくれた。
これでツインテールになるのか……。
「坂上さんの髪は、とても長いストレートヘアですよ」
「でも、髪型なんざ、いくらでも変えられるだろ?」
「他に特徴は?声とか」
「声?ああ、そう言やぁよ!坂上の奴、お前を探してやがったぜ。『坂上智代を倒した奴を知らないか?』って。だから俺は言ってやったんだ。『知ってたってテメエに教える義理はねえ』ってな!」
「どうして当人が『坂上を倒した奴』なんて訊き方するんだい?」
「てか、既に俺ら顔見知りだし、用があったら携帯にかけてくると思うけど……」
何故か自慢気に語られた蛭子の証言により、智代襲撃説は完全に否定された。
後藤田さんは呆れ果てて頭を抱え、周りで身を乗り出して聞き耳立ててた連中も「やれやれ」と各々の話に戻っていく。
「やっぱり、坂上さんではなかったみたいですね」
「そんなこったろうと思ったよ。まったく、あんたはそうやってそそっかしいから、いらん生傷ばかり増えるんじゃないか。治療する有紀寧ちゃんの身にもなりなよ」
「でもよ、じゃあ、あいつは何者だったんだ?」
「坂上と同じ中学の制服着てたってんなら、坂上の後輩じゃないのかい?それなら川上を探してたのにも合点がいくだろ」
真犯人の正体は、後藤田さんの推測でまず間違いは無いだろう。
かつての智代にも比肩する強さの中坊、しかも女か。
まったく、また一人厄介なヤンチャ娘が増えるのかよ。面倒な。
「もしまたそいつと遇ったら、俺に連絡ください。直接会って話つけた方が早いでしょうから。みなさんも見かけたらお願いします」
だが、どんなに面倒でも、捨て置くわけにはいかない。
“この町最強の少女”なんてろくでもない都市伝説は、あいつだけで終りにするべきなのだから。
5月4日(日)
今日も一仕事終えてニ度寝を満喫していると、やっぱりあいつがやってきた。
「おはようオーキ」
安眠妨害をしている自覚は微塵もないのだろう。
いつもの様にニコニコしながら勝手に入ってきて布団の傍らに腰を下ろす。
今日の彼女の服装はシックな長めのスカートだった。
髪型はいつもの直球ストレートにカチューシャのアクセント。
「中学の制服に、ツインテールじゃないのか……」
「いきなり何の事だ?」
「いや、お前髪型って変える事あるのか?」
昨日の件もあり、少し気になったので訊いてみる。
「ほとんどないな……体育の時に結ぶくらいだ」
すると智代は自分の髪を撫でながら急に表情を曇らせた。
「ひょっとして、お前は長い髪は好きじゃないのか?変えた方がいいだろうか?」
「ああ、いや、そういうんじゃないっつうか……どっちかって言うと好きかな」
「そうか!良かった。実は私も気に入ってるんだ。やっぱり、髪は長い方が女の子らしいしな」
素直に答えてやると、満面の笑みで髪を前に回し自慢するように毛繕いをはじめる。
それに興味を持った俺は、思わずその髪の束を手にとった。
実は前々からやってみたかった事がある。
「ん?どうしたんだ?」
智代は少し頬を赤らめ不思議そうにはしているが、特に警戒はしていない。
チャンスは一度。
この一瞬にかける!
「美髯公」
俺はその長い髪を彼女の鼻の下に当てて言った。
おおっ!!
やはり……そっくりだ!!
「……今何て言ったんだ?」
言った意味がわからなかったらしく、一転怪訝な視線を向けながらもまず聞き返してくる。
だから俺は爽やかに説明してやる事にした。
「美髯公。時の皇帝からヒゲの見事さを称えられそう呼ばれた三国志の英雄・関羽の事だ!」
「私の髪はヒゲじゃない!!と言うか、関羽は男だろ!!」
折角教えてやったと言うのに、美髯公は突如襲い掛かってきたかと思うと、俺の肩掴み激しくゆすってくる。
まあ、そりゃこいつなら怒るわな。
「最近は女の関羽も結構いるぞ」
「そうなのか……て、関羽が最近にいるか!!」
ちっ……さすがに誤魔化せんか。
半分事実なんだが……。
「まあ、それはいいとして、今日はスカートなんだな」
「堂々と話を変えようとするな!!」
「わかった。謝るから……それで、その格好で今日の練習やるのか?」
「着替えるに決まってるだろう?今日の練習は午後からだから、着替えを持ってきたんだ。そうやって話をそらそうとするな!お前の魂胆はお見通しだ!」
「だから悪かったって……そういや、昨日の午後どこ行ったんだ?」
「誤魔化すなと言って……そうだ!聴いてくれオーキ!」
おっ!何か知らんが乗ってきた。
昨日のアリバイ確認のつもりだったんだが、ここはじっくり聴いてやるべきだろう。
「どうしたんだ?」
「実は昨日の用事と言うのは、手紙で呼び出されたんだ。私に相談があるって」
「誰から?」
「それが匿名だったんだ。文面から女の子だとは思うんだが……」
「行ったんじゃないのか?」
「行った。指定してあった場所まで時間通りにな。けど、いくら待っても相手が来なかったんだ……失礼な話だと思わないか?」
「ん……まあ、当人が尻込みしたって可能性もあるが、まずイタズラだろうな……」
「やっぱりお前もそう思うか!今まで誹謗中傷や剃刀の入った手紙は経験有るが、こういう真面目を装った悪戯は余計に性質が悪いな」
「仕方無いさ。生徒会長になれば、そういうのは増えるかもしれん。これからはもっと用心する事だ」
頬をふくらませて怒る智代をたしなめつつも、俺は嫌な予感がしていた。
夜の町に出没したと言う“智代モドキ”と、誘導とも取れるこの悪戯。
もし、何かしらの関連が有るとしたら……?
「それでオーキ、話を戻すが、関羽とはどう言う意味だ!?」
「戻すなよ……」
人の心配をよそに、当人はネチネチと冗談を根にもって追及してくる。
まったく……三国最強とも謳われた関羽が、どういう死に方をしたか知ってるのか?
次から次へと難題が出てきて頭痛が治まる暇が無いが、痛がってもいられない。
如何なる姦計があろうとも、如何なる運命が待ち受けようとも、この可愛らしい関羽を守り通す事が、俺の俺自身に課した使命なのだから。