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4月10日:頂上決戦

 『修正情報』

 ・最後を少し直しました。

 ・誤字を直しました。

 「まさかあの一ノ瀬教授のお嬢さんがな……」

 色々とショックが重なり、最悪な気分で階段を上っていく。

 見知らぬ女の子が、突然図書室の本を切り出して…。

 その子はその時、目が虚ろで正気で無くて…。

 正気に戻ったと思ったら酷く怯えられて…。

 落ち着かせようとしたら、かえって地雷を踏んで傷つけて…。

 その子はおそらく、俺が尊敬する人の娘だった…。

 あの一ノ瀬教授の娘さんが、あんな事になっていた…。

 『一ノ瀬ことみ』についての噂は知っていたし、一度は会ってみたいとも思っていた。

 教授の娘さんで、自身も全国でトップクラスの学力を持つ秀才だが、人見知りが激しく、他人と関わろうとしないかなりの変わり者…。

 アレはそんなレベルじゃないだろ……。

 教授はロマンチストな科学者であり、情熱的な詩人であり、高邁な哲学者だった。

 そして子供の為にわざわざ緑の多いこの町に移り住む様な、優しい父親でもあった。

 それなのに……。

 それなのにな……。

 教授は志半ばで不慮の事故に遭い、そして恐らくその死がトラウマとなって今も娘さんを苦しめている。

 だとすれば……。

 やりきれなさに唇を噛む。

 教授について知っていれば、そして秀才である彼女がその娘だと知れば、誰だって真っ先に話題にする筈だ。

 特にウチは進学校だ。地元の著名人を知らない奴の方が少ないだろう。

 でも彼女は、その度に心の傷を抉られ、人を拒絶する。

 その度に彼女は、“変人”のレッテルをはられ周囲から拒絶される。

 まったく、救いようの話だ。

 何しろ、解ったところで俺はもう“資格”を失った。

 いや、初めから俺には無かったのかもしれない。

 教授の事を知りすぎた俺には……。

 例えまともな出会い方をしていたとしても、間違いなく俺は無神経に教授とその研究について触れてしまっただろう。

 出会ってしまえば、傷付けあう事が運命付けられていたなんて、なんて酷い話だ……。


 ああっ……どうしてこの世界はこんなにも…………。


 「待て!屋上に何の用だ?」

 屋上の重い扉を開けた所で、いきなり背後から腕をつかまれる。

 坂上智代だった。

 すでに昼休みに入ったから居ても不思議ではないが、酷くブルーになっていたとはいえ、この俺の背後を取るとは……さすがにやるな!

 「特別な用が無い限り、屋上は立ち入り禁止の筈だ」

 訝しげな視線を向けられながらも、何故かコイツの姿に少しホッとしてしまう。

 まったく、今日も眩しいくらいに自信満々で偉そうだ。

 だからこちらも、不敵な笑みで軽口を言ってやる。

 「何だ?俺を狩りに来たのか?」

 「…何を言ってるんだ?」

 問いを不穏な問いで返され、坂上は眉を寄せたが、俺は構わず続ける。

 「とぼけなくていい。前の学校を去る時こう言ったんだろ?『私より強い奴に会いに行く』って。つまり、お前がウチに来たのは、この俺が目的と言う訳だ」

 「一体何の事だ?大概の事は肯定する所だが、それは根も葉もない噂だ。そんな事を言った憶えは無い。お前の事だって、知ったのはこの学校に来てからだ」

 「何?光坂の“カテナチオ”川上央己を知らんのか?」

 「カテナチオ?」

 「“かんぬき”の事だ。まあ、城門とか城壁とか、そういう物だと思ってくれればいい」

 「門番みたいな物か?でも本当にこの学校に編入してきた目的は、誰かを倒しに来た訳では無いから安心してくれ。そもそも、誰かを倒すだけなら、わざわざ苦労してまで編入する必要なんて無いだろ?」

 だから遠くに行ったと誰もが思ったんだろうけど。

 「ほう…入試よか、編入試験の方が難しいと言うが、やっぱ大変だったか?」

 「ああ、本当に大変だった。もっともそれは、それまであまり勉強をしてこなかった私が悪いのだけどな…」

 辛い勉強漬けの日々を思い出しているのか、胸に手を当て感慨深気に言う。

 まあ、その苦労は俺も多少は経験したからよく分かる。

 「そうか…頑張ったな」

 「うん!頑張ったんだ!」

 褒めてやると、坂上は誇らしげに胸を張り子供の様に無邪気な笑顔を見せた。

 やばい……可愛い……!

 無性に頭を撫でてやりたい衝動にかられる。

 いや、しかし、さすがにそれはマズイよな……。

 昨日会ったばかり何だし……やるなら、もっと早くさりげなくやらんと……。

 「それにな、前の学校には、別れを告げる相手なんて居なかったんだ……」

 俺が悶々としていると、坂上はせっかくの笑顔に自嘲を織り交ぜ呟いた。

 ずっと一匹狼だとは聞いていたが、友達すら居なかったのか……。

 しかし、今のコイツからはそうは見えないが…昨日も黄色い声が上がってたし。

 「そっか…まあ、デマだとは思っていたが、少し残念だな」

 「どういう意味だ?」

 「てか俺、ケンカとかした事無いし、お前が知ってる筈ないんだけどな」

 「まて!どういう意味だ!?」

 意味深な発言で気を引きつつ、それを無視してぶっちゃける。

 狙い通り、それで彼女の憂いはどこかへ行ったようだ。

 「いや、マジで。10代になってからは、兄弟喧嘩ですら手を挙げた事は無いな」

 「ん?お前も兄弟が居るのか?」

 えっ?食いつくのソコ?

 「ああ、弟がな」

 「奇遇だな。私にも弟が居るんだ」

 何故かとても誇らしげだった。

 「それより、お前はケンカもした事が無いのに、昨日は他校の奴等に向って行ったのか?危ないじゃないか」

 かと思うと、ようやく餌に食いついて、もっともらしく的外れな言ってくれる。

 「まるで自分なら危なくないみたいな言い草だな?」

 「そんな事は言ってないだろ?私はただ…」

 「それに、ケンカをした事が無いと言っただけで、俺が弱いと思ってないか?」

 意地の悪い笑みを浮かべ、反論しようとしてきた言葉を見透かした様に遮る。

 図星をつかれ口をつぐんだ所に、さらに問いかける。

 「それとも、“たかが”ケンカで負けた事が無いからって、まさか自分より強い奴なんて居ないとでも思っているのか?」

 「そんな訳ないだろ!私は自分がどれだけ強いかなんて考えた事はない。まして、自分の力を誇示する為にケンカをしていた訳では無いんだ」

 うわ……尚タチが悪い……。

 完全に“初めから強い奴”の台詞だ。

 きっと相手の力量なんて歯牙にもかけず戦ってきたんだろう。

 まったく、これで無敗なのだから、本当に運の良い奴だ。

 「それに、一度だけだが、私にだって負けを覚悟した事ぐらいある」

 一度だけかよ……。

 「ほう、相手はどんな奴だったんだ?」

 「同い年くらいの女だ。私の事を悪だと言って、いきなり刀で斬りつけてきたんだ」

 話を振ってやると、やはりどこか自慢気に話始める。

 しかし、悪はともかく刀って!? 

 「ひょっとして、謎の女剣士との決闘か?噂には聞いていたが、マジだったのか……」

 中学の頃に聞かされた“坂上智代伝説”の中でも、眉唾度の高い一つだったのだが…。

 「ああ、これは本当だ。刀を使われた事もあるが、スピードも技量も、今まで戦ってきた相手の中では段違いだった。相手の攻撃を避けるだけで精一杯だったんだ。あの時、避けた刀がたまたま木の幹に食い込まなければ、間違いなく私は負けていただろうな……」

 坂上はその時をまるで懐かしむかの様に遠い目する。

 それで何となく、彼女にとってそれは、さほど嫌な記憶では無いのだと思えた。

 「なるほどな……、まあそんな奴、俺なら5分、いや、3分で勝てるけどな」

 すかさずその思い出をぶち壊しにしてやると、坂上はムッとして俺を睨んでくる。

 「刀を持ってる相手を、どうやって倒すと言うんだ?」

 「企業秘密だ」

 「…お前はどこかの企業に所属しているのか?」

 「一応、新聞屋に」

 とぼけたつっこみに、とぼけたボケで返す。

 「新聞屋?」

 「こっちの話だ。まあ、どうしてもと言うなら、特別に教えてやってもいいけどな」

 思わせぶりな台詞を残し、半分そのまま話を切り上げるつもりで、俺は向き直って再び屋上への扉を開けた。

 「待て!だから、屋上に何の用事なんだ?」

 そして再び腕を掴まれ止められる。

 そういや、最初にそんな事を言ってたな……。

 何だ?ひょっとして、マジで言ってんのか?

 「一人で黄昏ようと思ってな」

 「それは用事とは言えないだろ?」

 「教室でやってたら、誰かが心配して声をかけてくるかもしれないだろ?」

 仁科あたりが。

 「別にそれならそれでいいじゃないか……」

 「一人になりたいから、わざわざここに来てるんだろ?」

 「…何か悩みでもあるのか?」

 クッ、そうきたか……。

 そう言った彼女の瞳は、真剣その物だった。

 意外…でも無いか。どうやらコイツはなかなかの御節介焼きらしい。

 「ああ、たくさんあるな」 

 「たくさんあるのか……そうか……お前も悩み多き年頃なんだな……」

 素直に答えてやると、坂上は一人で納得したように呟いてから、 

 「よし!私が相談に乗ってやる!」

 と、誇らしげに張った胸に手を当て、思った通りの台詞を力強く言ってくれた。

 「遠慮しとく」

 素気無く答えて、掴まれていた手が離れた隙に、まんまと屋上への侵入を果たす。

 「コラッ!立ち入り禁止だと言ってるだろ?」

 慌てて小走りで寄ってきた坂上に、今度は両手でガッチリと腕を掴まれ捕獲される。

 腕を組まれたみたいで、何気にチョットドキリとした…。

 「それと、遠慮なんてするな。色々と悩んでいるんだろ?」

 そして怒ったかと思うと、今度は憂い顔でマジで心配されてしまう。

 しくじったか…?

 やはり面白くなくとも、セオリー通り『悩みなんて無い!』と答えるべきだったか?

 それとも、『君の存在が、俺を悩ませる』とか言ってみるか?

 「ああ。でも、たくさん有り過ぎて一つや二つ解決しても大して意味が無いし。どうにも出来ない事も多いからな……気持ちだけもらっとくよ」

 「いいじゃないか。悩みを人に話すだけでも、気持ちが楽になると言うだろ?」

 「いいって。てか、お前メシは?」

 見た所手ぶらだったので、そこをついてみる。

 「購買に買いに行くつもりだったんだ。でも、階段の所で上って行くお前を見かけて……その……何となく気になって、追いかけてきたんだ」

 それでか……。

 珍しく躊躇いがちな彼女の態度から、自分が落ち込んでいた所を見られた事を知る。

 途端に恥ずかしさが込み上げ、たまらず遠くの空を見る振りをして視線をそらした。

 「なら、早く買いに行った方がいいぞ?あそこはすぐ売り切れるし」

 「うん…。でも、いいんだ。お昼ご飯より、友達の悩みを聴く事の方が大切だろ?」

 はっ!?友達!?

 坂上が不退転の決意と共に口にしたそのフレーズに衝撃を受ける。

 ……いつの間にそんなに友好度が上がったんだ……?

 いや、それより、どうやら俺の悩みを聴くまで引く気は無いらしい。

 さて、どうするか……?

 「てか、屋上は立ち入り禁止じゃないのか?お前も完全に入ってるけど…」

 「確かに本来は良くない事だが、今回は“友達の悩みを聴く”という大切な理由が有るじゃないか」

 軽いジャブで揺さぶりをかけるも、まったく動じる事無く答えてくる。

 やはりこの程度じゃダメか……。

 仕方あるまい。

 黄昏るのは諦め、ここは一つ、コイツを試してやるか。

 「じゃあ訊くが…、どうして屋上に来る事が悪いんだ?」

 「どうしてって…、校則でそう決まっているからじゃないか」

 「だから、『ルールだから』じゃ、納得いかないと言ってるんだ。それともお前は、何故それが悪いのかもよく解ってないくせに、守れと目くじら立ててたのか?」

 「仕方ないだろ?私はたんに、お前が校則を破ろうとしていたから注意しただけだ」

 「お前は違法で無ければ人を殺すのか?」

 「殺す訳ないだろ!」

 「じゃあ、法によって人を殺す事を義務付けられ、教師に殺せと言われたら殺すのか?」

 「何を言ってるんだお前は?屋上から話が飛躍し過ぎだ。そもそも、人を殺せなんて法律がある筈ないだろ?」

 俺の屁理屈じみた突飛な話に、さすがの坂上も眉を寄せ至極常識的な事を言い出した。

 だが、残念ながらここでトラップカード発動だ。

 「お前こそ何言ってんだ?あるだろ?日本にも戦時中まではあったし、お隣の韓国じゃ今もちゃんとある。“徴兵制”って制度がな」

 「徴兵制?…あっ!…そういう事か……」

 彼女も俺の言わんとしている事に気付いたのだろう。

 一瞬驚いて面白く無さそうに口を尖らせる。

 「そうだ。兵隊になるって事は人を殺す術を習い、有事の際には命令されて敵を殺しに行くって事だ。でもな、それには国を、家族や友人や財産を守るって立派な大義がある。だからそれがまったくおかしな事だとは思わない」

 「そうだな……。もちろん戦争をしない事が一番大切だが、確かに大切な物を守る為なら、仕方が無い事もあるだろうな……」

 ここまでは坂上も納得してくれたようだ。

 「でも、屋上に入っちゃダメって理屈はどう考えてもわからねえ。よって俺には、そんな物に従う義理は無い」

 「それとこれとは話が別じゃないか。国防と学校の屋上では、重要度がまるで違うだろ?」

 「同じ事だ。小さな事を『ルールだから』で済ます奴は、どんな大きな事についても『ルールだから』で済ましちまうよ」

 「そんな事はないだろ?」

 「そんな事ある。いや、そんな事ばっかだ。ニュースとか視てないのか?何か問題が起きても『昔からのルールだから』『上からの命令だから』『それは自分の管轄じゃないから』責任転嫁するだけで誰も責任をとろうとしない。世の中そんな無責任な人間ばかりだ」

 「そうなんだ!私も常々それは思っていた。悪い事をしていながら、沢山の人を不幸にしていながら、どうしてあんな顔をしていられるのかと憤りを感じる事ばかりだ!」

 俺の言葉に賛同し興奮した坂上が、詰め寄る様に顔を近づけてくる。

 善い反応だ。

 こういった話は煙たがる奴も多いだけに、乗ってきてくれるのはとても嬉しい。

 最初は不安だったが、やはりコイツは“資質”を持ち合わせてる。

 俺の目に狂いは無かった。

 「だろ?俺はそんな人間にはなりたくない。俺達は家畜じゃないんだ!ルールだからといって、ただ従う訳にはいかない。何が正しくて、何が間違っているかは、自分で考え、心で感じて決める。人としての尊厳にかけてな」

 聴いてくれている喜びから自然と熱がこもる。

 その熱を静かに文言にのせ、最後は挑む様に言い放った。

 

 目を見開いたまま押し黙る彼女を見守る。


 きっと、俺の言葉の意味を、そしてそれにどう答えようかと、逡巡しているのだろう。


 暫しの静寂。


 うららかな春の日差しの下でみる彼女は、やはりキラキラとしていた。


 「なら逆に訊くが、お前にはそこまで屋上に拘る理由が有るのか?」

 なるほど、そう来たか。

 俺の主張は理解した。

 だが、だからと言ってこのまま校則違反者に言い含められるのも、気に入らないってトコだろう。

 「こっちに来てみ」

 それだけ言って、俺は端に向って歩き出す。

 「……」

 坂上は無言で後をついてくる。

 まあ、薄々想像はしているだろう。

 でも、こいつは……。

 「ほら」 

 きっと想像以上の筈だ。

 「あっ…………!!」

 それは淡いピンク色の道。

 学校からのびる長い桜並木とその先に続く俺達の住む町並み。

 小高い坂の上にある学校の、その屋上からの景色だ。

 坂上でなくとも、誰だって言葉を失うだろう。 

 「見上げる桜もいいが、見下ろす桜も乙だろ?」

 「ああ……きれいだ……」

 「正直、俺はこんな学校好きじゃないんだが、ここからの景色だけは気に入ってる」

 「……」

 「でも、きっと多くの生徒は、この景色を知らずに卒業しちまうんだ」

 「……」

 「まあ、禁止されてるおかげで、俺はここを独り占め出来るんだけどな」

 「なんだそれは?」

 「いいだろ?お前には教えてやったんだから」

 「まったく……仕方のないやつだな……」

 呆れた様に言いながら、彼女はお返しに極上の笑顔をくれた。

 



 「喰え」

 暫く二人並んで景色を堪能していたが、メシを喰って無い事を思い出し、彼女の前にカツサンドを差し出す。

 「そんな…悪いだろ?」

 やはり遠慮される。だが、そういう訳にもいかない。

 「いいよ。今から買いに行っても売り切れてるだろうし。悩みを聴いてくれた礼だ」

 「アレがお前の悩みなのか?」

 「まあ、一応悩みと言うか不満と言うか主張だな」

 「そうか…でも、お前が食べる為に買って来たんじゃないのか?」

 「俺一人だけ喰うのも気が引けるだろ?多少余分に買ってあるし、足りなきゃ帰りに買うから気にするな」

 「…こういう時におごられるのも、女の子らしいか?」

 「なんだそれ?」

 妙な質問をされ、思わず吹き出しそうになって訊き返してしまった。

 すると、坂上はムッとしながら詰め寄ってくる。

 「おごられるのも、女の子らしいかって訊いてるんだ!」

 「ああ。らしいな。男としても格好つかない」

 「わかった。そういう事なら、ありがたく頂く事にする」

 笑いながらそう答えると、坂上はニコニコしながらカツサンドを受け取ってくれた。

 その無邪気で無防備な姿に、胸を締め付けられる。

 ああっ、本当にこうしてると、コイツがこの町最強の少女だなんてとても思えないよな……。

 「カツサンドだな。購買で買って来たのか?」

 「いや、学校来る前にいつも他で買ってきてる」

 「そうなのか。では、いただきます」

 「ああ」

 坂上が口を開けてパクリとカツサンドにかぶりつく。

 それを見届けてから、俺も他のパンに口をつけた。

 「うん!これはなかなかおいしいな」

 「だろ?購買のよか美味いからな」

 「そうなのか?購買のはすぐ売り切れてしまうから、まだ買えた事がないんだ」

 「買いに行ったのか……大丈夫だったか?」

 まさか、あの修羅場にブチ切れて暴れたりしてないよな?

 「うん。私が行った時にはすでに混んでいて、並んでいた列がまったく進まなかったんだ。だから、もみくちゃにされたりはしなかった」

 「そうか……」

 気にしていたのはそこじゃないが、それは不幸中の幸いだったな……。

 「それにしても、アレは酷いな。人がちゃんと並んでいるのに、平気で割り込んで来る奴が後を絶たなかったんだ。何度か注意してやったが、誰も聞こうとはしなかった」

 「ああ。俺もムカついたから、他で買って来てるんだ」

 「なるほど。お前やっぱり頭良いな」

 妙な感心をされた。

 やっぱりって事は、前から頭が良いと思われてたのか?

 「どうしてあんな事が許されているんだ?アレでは男子はいいかもしれないが、大人しい女子はなかなか買えないじゃないか。私より前に来ていたのに、ずっと空くまで待っていた子も居たんだ」

 「もちろん、前々から苦情はあるさ。でも、業者の管轄って理由で、教師も生徒会もずっと放置してるから、どうにもならんだろうな」

 「そうなのか……」

 「お前が前居た学校ではどうだったんだ?」

 「……言いたくない……」

 何気なく訊いたつもりだったが、何故か坂上は俯いてしまう。

 「まさか、お前が買いに行くと、モーゼのように人だかりが割れて道が出来たとか?」

 「知ってるんじゃないか!!」

 「うわ、マジか!?冗談のつもりだったんだが……」

 やべえ、さすが坂上智代だよ。面白すぎる。

 悪いと思いつつも、堪えきれず笑いがもれてしまう。

 「……そこは笑う所じゃなくて、普通引く所だろ?」

 「悪い。でも、楽でいいじゃんか」

 「やられる方の身にもなれ!これでも傷つきやすいんだ……」

 「そうだな。調子に乗りすぎた。マジで冗談のつもりだったんだ。許してくれ」

 「まったく……仕方のないやつだな」

 まだふて腐れてはいたが、何とか許してもらえた様だ。

 「ごちそうさま。すまないな。この埋め合わせは必ずする」

 残った包みを小さく畳みながら、食べ終えた坂上が改めて礼を言ってきた。

 無言でゴミ袋かわりの店の袋を広げてそれを回収し、ニヤリと笑い返しながらさりげなく後ろに下がって十分な距離をとる。

 「ん?」

 彼女は頭に疑問符を浮かべながらも安心しきった無邪気な笑顔。


 これで全ての条件は整った。


 我ながら完璧だ。


 さて、始めよう。


 『この町最強』になる為に……!


 黙想……。


 「フッフッフッ……坂上智代、敗れたり……!」

 怜悧な笑みを浮かべ、まずは突然の勝利宣言。

 「いきなり何を言ってるんだ?」

 さすがに彼女は怪訝な顔をする。

 そこにさらに衝撃的な事実を告げる。

 「お前が今喰ったパンにな。睡眠薬を混ぜておいた」

 「えっ……!?」

 「後数分もすれば、お前は強制的に眠りに落ちる。次に目覚めた時には、お前は“この町で最強の少女”から、ただの“女”になってる訳だ」

 ようやく事態を飲み込めてきたのか、呆然としていた表情が一変、眉を逆立て瞳に敵意の炎が宿り、唇を噛む。

 「…こんな手を使って勝って、お前は嬉しいのか?」

 「当たり前だろ?労せずして最強の座が転がりこむんだ。それに、お前はなかなかいい女だしな。一目見た時から、やりたくてやりたくて仕方がなかったんだ。後でたっぷりと楽しませてもらうよ」

 舌なめずりをしながら、あえて下劣な言葉で嬲る。

 下を向いた坂上は、長い前髪でその表情こそ窺い知れないが、怒りでブルブルと手足が震えていた。

 もう一押しか。

 「まあ、安心しろ。もしもの時は、ちゃんと男として責任を……」

 「……お前となら……友達になれると思ったのに……」

 「!!」

 気付いた時には、すでに手遅れだった。

 とった筈の間合いも、まったく無意味だった。

 そして何より、俺にはそれをかわす技量も、理由も無かった。

 呟きを聞いたかと思うと、彼女の姿は既にそこには無く、

 

 バキッ!!


 衝撃が顔面を襲う。


 俺の身体は十数メートル吹き飛ばされ、


 屋上のコンクリの上を無様に転がった。

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