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第二章 5月3日 カチューシャ試射

 「じゃあ、次はバッティングの方をやりましょう」

 アップを兼ねたキャッチボールを終え、大体のレベルがわかった所で、次は打つ方を見てみようと思う。

 しかし、これには一つ問題がある。

 バッティングピッチャーを誰がやるかだ。

 俺はコントロールに自信が無いので、出来れば他の人にお願いしたいのだが……。

 「えっと……春原さん、ピッチャーお願い出来ますか?」

 とりあえず、それなりにやれそうでやってくれそうな人をチョイスしてみる。

 「フッ……さすが川上、わかってるじゃないか。ピッチャーはこのエースで4番・サード・春原に任せろ!!」

 春原さんは金色の髪をかきあげながら、謎の言葉と共に快く引き受けてくれた。

 えっと……本命はサード志望?

 それとも、まさか“サード”とは“三人目”を表している!?

 この人なら有り得るかもしれん……。

 そうか……三人目なんだ……。

 「じゃあ、春原(三人目)さんお願いします」

 「オッケー♪」

 「バッターは順番で。十球交代にしますか。最初は……岡崎さんいけます?」

 「まあ、軽くならな」

 「じゃあ、岡崎さんお願いします。残りの方は適当に守備について下さい。一応、捕ったら一塁に送球までやりますか。内野2外野2になるように守備について下さい」

 三角ベースの様にベースを1・3塁と本塁のみ置き、足でファウルラインを引いて準備完了。

 「投球練習三球でいいですか?」

 「おう!」

 女子達が守備位置につく間に、試しに投げてもらおう。

 自信満々だから大丈夫だとは思うが……。

 春原さんは慣れた感じのフォームで大きく振りかぶり、投げた。

 

 パスッ!


 「ストライーーーク!」

 親指を立てながら自分でコールしていた。

 しかし、確かにほぼ真ん中に入ってる。スピードも申し分ない。

 思った以上だ……この人逸材かもしれん!

 「じゃ、岡崎さん始めますか」

 「ああ」

 「へへ……岡崎、おまえとの勝負も、いつ以来かねえ」

 「さあな。んな事いちいち覚えてねえよ」

 金属バットを持った岡崎さんが打席に立つと、春原さんが何やら語りだした。

 「思えば、初めて出会って以来、おまえとはいくつもの夜を語り明かしたよね」

 「やめろよ……気持ちわりい」

 表現がちょっとアレだった。

 ファーストの芽衣ちゃんが「ええっ!?おにいちゃんと岡崎さんてそういう……」と、ショックを隠しきれないでいる。

 「僕らの関係にも、そろそろビロードをうとうか」

 「ああ、終わらせてやるから投げろ」

 多分ピリオドなんだろう。完全に別れ話だった。

 「そろそろ決着をつけようか……どっちの力が上か勝負だ岡崎!!」

 「さっさと投げろって!」

 苛立った岡崎さんに急かされ、ようやく小芝居を終えた春原さんがモーションに入り、

 「食らえ岡崎!!」

 投げた!


 キン!


 打った!

 「なにぃ!?」

 軽く合わせるようにコンパクトなスイングで弾き返された打球は、一二塁間を抜けライトの杏さんの元に。

 ライト前ヒットって所か。

 「……」

 いきなり打たれた春原さんは、「なにぃ!?」の顔のまま硬直している。

 「やるな岡崎、それでこそ僕の小生のライバルだ!」

 立ち直ったが、へりくだっていた。

 「どうでもいいから、早く次投げろよ!」

 「ふっ、一度打ったからっていい気になるなよ岡崎!僕の本気の剛速球で、ドコモを抜いてやるぜ!」


 キン!


 会社を設立しようという志は立派だったが、初球と大差ない剛速球はあっさり打たれていた。

 その後も一球ごとに挟まれる小芝居にうんざりしながらも岡崎さんはヒット性の当りを連発し、10球中ヒット7本、ファール3本という結果に。

 「完全決着だな。今後は俺の命令に服従しろ。絶対にな!」

 「……またまた岡崎、僕達親友だろ?」

 「黙れ雑魚が!下僕の分際で俺を呼び捨てにするな!」

 「お、岡崎……!?」

 キレ気味ゆえか、岡崎さんは某自称天才生徒会長っぽくキャラが変わっていた。

 何かやばそうなので、丁度終わったし空気を変えよう。

 「打者交代で。次誰いきます?」

 「じゃあ、あたしやるわ」

 二番手に杏さんが進み出てくれた。

 岡崎さんからバットを受け取り、打席に入る。

 「へへ……杏、お前との勝負も、いつ以来かねえ」

 またそれから!?

 「はいはい、どうでもいいから、早く投げなさいよ」

 「ふっ……後で吠え面かくなよ、杏!」

 杏さんにも急かされ、フラグを立てながら春原さんが投げた。


 キン!


 「えっ……!!」

 やはり打たれた!

 綺麗な流し打ちでライト前ヒット。

 うん、杏さんはバッティングの方も問題なさそうだ。

 「へ、へえ、やるな杏。それでこそ……」

 「つべこべ言ってないで、どんどん投げなさい!」

 

 キン!


 キン!


 キン!


 杏さんも立て続けに安打を製造し、ヒット7本を記録する。

 「打つ方はなかなか楽しいわね。ストレス解消にいいかも」

 杏さんもお気に召したようだ。

 そりゃあ、あれだけポンポン打てれば楽しくもなるだろう。

 本当に凄いのは春原さんだ。

 あの人の球は、コース、スピード共にある程度やれる人間には非常に打ち頃な絶好球である。

 やはり俺の目に狂いはなかった。

 この人、努力次第ではバッティングピッチャーとして大成するかもしれない。

 「私も打ってみたいの」

 三番手に名乗り出たのは、意外に好奇心旺盛な一ノ瀬さんだ。

 だが、

 「えい!」

 掛け声に反してふらふらなスイングが空を切る。

 「ストライーーーク!!」

 ようやくとれた空振りに、春原さんは派手なコールで喜びを表す。

 そこまで嬉しいかな……。

 さすがの絶好球もやはり打者次第、運動が苦手な人にはちと厳しいだろう。

 「ストライーク!バッターアウトーーー!!」

 その後も一ノ瀬さんのバットはカスリもせず、ついに三球三振してしまう。

 彼女はスイングも完全に手打ちだった。

 重いバットに振り回されている感じ。

 「一ノ瀬さん、ちょっとバット貸してもらえます?」

 立ち上がってバットの重さを確かめるが、用意した中で一番軽い子供用のやつだった。

 やはり筋力うんぬん以前に、身体の使い方の問題か。

 「一番軽いやつですね……もう少し、意識して身体全体で振ってみて下さい」

 「わかったの」

 初動の一瞬バットを引きながら体重を後ろに乗せ、前に体重移動しながらそれをスイングに乗せるまでの動作・テイクバックをやって見せてから、彼女にバットを返して再開する。

 気分良く打たせてあげたいが、まずは正しいフォームか。

 ちゃんとしたスイングが出来れば、自然と春原さんの球なら打てるようになるはず。

 しかし、一ノ瀬さんのスイングはぎこちないままなかなか改善しない。

 まあ、アドバイス一つで簡単に修正出来る物でもないし、杏さんが特別なんであって普通の女子はこんな物だろうけど。

 「へへ~ん、ことみちゃんには、僕の球はまだ早過ぎたみたいだね」

 「う~、春原くん、いじめっこ」

 さすが春原さん、ここぞとばかりに弱者を嬲りだした。

 だが、残り三球となった所で、一ノ瀬さんは何やらぶつぶつと呟きだす。

 「本塁から投手板までの距離60フィート6インチ。投手の投げるボールの初速が……」

 まさか分析しだした!?

 う~ん……でも、目測で球の速さなんてわからないだろうし、そもそも投げる球の速さやコースは毎回違う。てか、すみません。ピッチャーの位置も適当です。

 大体、仮に計算で解が出たとしても、計算通りに動けないと意味ないと思うが……。


 キン!


 あっ、当たった!

 8球目は予想通り空ぶったが、9球目がついにバットに当たった。

 ふわりと浮いた打球はピッチャーとキャッチャーとファーストの中間辺りにポテっと落ちる。

 微妙なとこだが、あるいは守備がミスればヒットになる……かも?

 「打てたの~!」

 ついに出た初ヒットに、一ノ瀬さんは両腕をぶんぶん振って無邪気に喜んでいた。

 まあ、計算でも暗示でも方法は何でもいいから、まずは“自分が打つイメージ”を持つ事が大切だという事だろう。

 それはいいのだが……いかんと思いつつも、どうしても彼女がはしゃぐたびに目の前でゆさゆさと揺れる物に目がいってしまう。

 一ノ瀬さんのも凄いな……。

 智代よりもデカイかもしれん……。

 いやいや、いかんいかん、先輩達や妹さんもいるんだ。

 頭を振って迷いを断ちフィールドに目を向けると、智代が外野から睨んでいる気がした。

 「えっと……次は妹さん打ってみる?」

 「あ、はい!おねがいします!」

 10球目は空振りで一ノ瀬さんが終わったので、妹さんを指名する。

 いや、別にちょっと後ろめたいとか、間をおいてほとぼりを冷まそうとかではなく、春原・ザ・サードさんのメンタル面を配慮してだ。

 多分、智代なら容赦なくかっ飛ばすだろう。

 そうなると、春原さんの心が折れて最後まで持たない可能性がある。

 「あの、川上さん、水曜日はありがとうございました!」

 打席に立つ前に、妹さんは深々と頭を下げてきた。

 「すみません。今までちゃんとお礼も出来なくて」

 「別に気にしなくていいよ。あいつの尻拭いをしただけだし」

 「わたし達の所為でお二人の仲までダメになってしまったら、本当にどうしよう?……て、思ってました。でも、お二人の絆はわたしが思ってたよりずっと強い物だったんですね!」

 「ああ……まあ……」

 やや興奮気味な妹さんの目は、すっかり夢見る少女になっていた。

 「三点差から逆転して試合に勝てたのも、お二人の強い絆が生んだ奇跡ですよね!とっても素敵です!あ~ん、いいなぁ!うちのおにいちゃんも、川上さんくらい渋くて落ち着いてたらなぁ!」

 俺も君みたいな可愛くてよく出来た妹が欲しかったよ!

 「まあでも、勝てたのはお兄さんが点を取ってくれたおかげだから」

 「あんなのたまたまです!川上さんが出てくれなかったら、間違いなくもっと点を取られて負けてました!それにおにいちゃん、あれからず~と事あるごとに自慢してるんですよ?ハットトリック決めたって。もう、こっちが恥ずかしくなりますよ」

 「芽衣!早く打席につけよ!投げるぞ!」

 半分愚痴になりだした所で、急かす体で兄が口を挟んだ。

 そのムッとした表情は、自分の恥部を愚痴られたゆえか、はたまた妹が他の男と仲良く喋ってるのが気にいらないのか。

 「もう、この前のお礼してるんじゃない!いいよー、おにいちゃん投げて」

 「いくぞ、芽衣!」

 ようやく妹さんが構えてOKサインを出し、春原さんが投げる。

 

 キン!


 しっかりした綺麗なフォームで難なく打っていた。

 運動系の部活でもやってるんだろうか?この子もなかなかのセンスだ。

 結果、妹さんも空振り1のヒット6本のなかなかの好成績。

 「おにいちゃん、とっても打ちやすかったよ」

 「は、はは……ま、まあね」

 妹にまで打たれプライドは既にズタズタだが、かろうじて残る見栄で春原さんは笑ってみせる。

 だが、その笑顔の引きつり具合から、そろそろ春原さんの限界も近そうだ。

 「私の番だな」

 妹さんからバットを受け取り、ついに真打が登場する。

 「バットそれでいいのか?もっと重いのもあるぞ」

 「他の女の子もこれを使っていたじゃないか。どうして私にだけそんな事を言うんだ?」

 折角忠告してやったのに、智代は何を勘違いしているのかむくれてしまう。

 またか……。

 「まあ、お前がそれでいいならいいけど……」

 バットも自分に合った重さの物を使うのが一番なのだが、こいつの場合軽いバットの方が力のセーブになっていいかもしれん。

 「へへ……智代ちゃんとの勝負も、いつ以来かねえ」

 智代が打席に入ると、もはやお約束となった小芝居が始まった。

 「勝負?お前が一方的に私に対して失礼な事を言ってきて、やられてただけだろ」

 「う……数々の赤面の恨み、今日こそ晴らしてやるぜ!リベンジョだ!」

 余程恥ずかしいやられ方してきたんだな……Re便所?

 妹さんの方が情けなくて涙が出てきそうな顔をしている。

 「面白い……やってみろ」

 「死ねええええええっ!!」

 実の妹さんが居る事も忘れ、物騒な事を叫びながら春原さんが渾身の一投。

 しかしその瞬間、俺は見てしまった。

 死相が浮かんでいたのは、むしろ春原さんの方だった事を。

 

 グワァラゴワガキーン!!!


 「死っ!?」


 訳のわからん怪音が鳴り響き、続いて小さな悲鳴が上がった。

 何だかんだでちゃんとストライクに入っていたボールは、しかし智代によって投げられた時の数倍の速度と威力を上乗せして弾き返され、弾丸ライナーで春原さんの顔面に突き刺さった。

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