第二章 5月3日 Everyday、カチューシャ (自走式ロケットランチャー)
5月3日(土)
「ちいっす」
「おう!来やがったな」
バイト帰りに古河パンに顔を出すと、いつも以上に威勢のいい声に出迎えられる。
こりゃ何かあるな。
すぐにそれと判るほどの、かなりのワクテカぶりだ。
そういえば、今日から三連休か。
て事は……、
「今年もあるんですか?」
「あたりめえだ!ここ数年、負けがこんでやがるからな。今年は必勝の布陣で臨むつもりだ」
毎年ゴールデンウィーク恒例となっている隣町との草野球試合。
それが今年もあるらしい。
基本町内会が中心なので大体いつも同じ顔ぶれだが、正直うちの町内は高齢化が進んで秋生さんのワンマンチームと化して久しい。
まあ、それでもそこらのオッサンが秋生さんに敵うはずもないので、長らくうちの町内の方が優勢だったのだが……数年前にあちらに元甲子園球児が数人加入した事で形勢逆転、現在はこちらが圧倒的劣勢に立たされていた。
しかし、秋生さんの口ぶりからすると、ついに面子を一新すると言う事だろう。
「と言うと……こちらも現役高校球児で対抗するとか?」
町内会未満の若い世代には古河パン前の公園から巣立った連中は多い。
ガキの頃から秋生さんとの遊びの中で自然と鍛えられたそいつらは、長じて各運動系の部活で活躍している輩ばかりだ。
そいつらを集めれば、少なくとも体力で劣る事はなくなるだろう。
……と思ったのだが、的外れだったらしく上機嫌だった表情が急に険しくなる。
「いや、奴らにも一応声はかけてみたんだがな……どいつもこいつも部活やら旅行やらで都合がつかねえらしい」
「じゃあ、誰なんです?」
「さあな」
「さあって……」
必勝の布陣って話はなんだったんだ?
だが、呆れる俺をよそに、秋生さんはいつもの不敵な笑みを浮かべながら断言する。
「実の所、俺もまだ詳細までは聞いてねえ。だがきっと活のいい最高のメンバーが集まったはずだ。やるぜオーキ!今年こそ隣町の奴らにリベンジだ!」
そんな訳で、いきなり俺の三連休は潰れてしまった。
試合は明後日だが、今日から練習を始めるらしく、店番があってずっといられない秋生さんの代わりに俺が仕切れと仰せつかった。
まあ、特に予定もないから出るのはかまわないが……。
それよか、最高の面子とやらが不安である。
俺だって野球は十分門外漢なんだが、その俺に任せるという事は……。
……寝よう。
もう集まってる物を今更俺が考えたって仕方無い。
どんな面子でもやってやると覚悟だけして、練習の時間までニ度寝する事にした。
トントントン……♪
聞こえてきたリズミカルな音が、眠りについていた意識を表層へと誘う。
家族の誰よりも軽快に階段を上ってくる音。
またかよ……。
休みのたびに朝っぱらから来られたんじゃ、たまったもんじゃない。
鍵でもかけておくか?
……やめよう。ドアごと破壊されるのがオチだ。
「おはようオーキ」
考えている間に勢いよくドアが開け放たれる。
もはやノーノックにも慣れてきた。
返事もまたずに侵攻してくるカチューシャに対し、こちらは布団の中で待ち伏せる。
近付く気配。
……今だ!
枕元に立ったと同時に薄目をあける。
まずは細い足首からふくらはぎにかけての清楚なハイソックスゾーン。
続いてひざ小僧を境に、程よい肉付きの魅惑の太ももゾーンに入る。
それにしても長い。
膝20センチなんて、こいつの脚では大した長さじゃないだろう。
25センチ……。
30センチ……って、あれ?
いくら脚が長いからって、一向にスカートの裾が見えてこないんですけど!?
ちょっと短か過ぎやしないか!?
こりゃあ、けしからんな。
『叱ってやらなければ』と思いつつも期待に胸も鼻も膨らむ。
だが、
「チッ!」
更に上まで辿った所で思わず舌打ちが出た。
なんと、不届きにも今日のカチューシャは短パンをはいてやがったのだ!
上も普通の動きやすそうなシャツで、いつもは大人っぽいシックな服装が多いのに、今日は随分とラフな格好である。
「失礼な奴だな。いきなり舌打ちなんかして」
「休みの日くらい寝かせろ。てか、今日は予定あるし」
「ん?今日はみんなで野球の練習をするんじゃないのか?」
「オマエモカ……」
脱力して布団につっぷする。
それで今日は短パンな訳ね。
と言う事はだ。
「みんなって、岡崎さん達か?」
「うん。他にも、寮の仕事があるから練習には参加出来ないが、明後日の試合には美佐枝さんも来てくれる事になった」
「えっと……キーパーやってたお姉さんだっけ?」
遠目からだったが、ポニーテールで背が高く、活発そうと言うか、気風のよさそうないかにも姉御って感じの人だったのを思い出す。
そうか……あの人も来るなら、一度くらいちゃんと挨拶しておくべきか?
「うん。でも、実理や有紀寧は用事があって来れないそうだ」
「つまり、演劇部の先輩達メインか」
「私もあまり詳しくは聞いていないが、あいつらが集めたのなら多分そうなるだろうな」
“最強の布陣”って話はどこいった!?
まあ、智代と相良さんはいい。
杏さんや春原さんも運動神経はいいからやれるとは思うが……。
岡崎さん、野球やれるのか?
悪いの確か利き手だろ?この前の試合でも痛めてたし……。
渚さんは……秋生さんの運動神経が遺伝しなかったみたいだし。
一ノ瀬さんは……絶対後衛ジョブだよな。魔法使いとか学者とか。
椋さんは……どうなんだろう?試合の時の反応を見た限りじゃ、運動に自信は無さそうだった。
う~ん……これなら元のおっさん軍団の方がマシな気がする……。
大半、と言うか下手すると全員素人だろ?
まったく……どいつもこいつも、頼むから何でもノリでやろうとすんなよ!
「ど、どうした!?急に頭を抱えて……痛いのか?」
「かなり……」
またしてものっぴきならなそうな状況に、頭痛を覚えて布団に突っ伏する。
すると、いきなり頭の下に手が回ったかと思うとふわりと上体ごと浮かされ、肌色の大地に下ろされた。
こ、これは!?
まるで最初からそこに収まるべきであったかのような驚きのフィット感。
柔らかく温かで心地よく、それでいてどこか懐かしい。
ああっ、遠き理想郷がここに在った。
求め続けた究極の安眠枕が!
「大丈夫か?」
後頭部を智代が優しく撫でてくれる。
膝枕だ。
うつ伏せで生でだ。
「寝不足なんだって……」
「仕方ない奴だな。夜更かしするからだぞ」
適当な事を言いながら、頬に触れるふとももの感触を堪能する。
まあ、今回はただの草野球だし、気楽にやろう。
たまには短パンも悪くない……。
そんな事を思いながら、俺の意識はおちていった。
「遅えぞてめえら!初っ端からキャプテンが遅刻してんじゃねえ!」
で、結局俺達は何やかんやしてて遅刻した。
古河パン前の公園に集まっっていた顔ぶれはほぼ予想通り、演劇部の面々と春原さんの妹さんも来ている。
皆動きやすいラフな格好だが、渚さんと椋さんはやらないのかスカート姿だ。
てか、俺がキャプテン決定なの?
「すまない」
「すんません」
「朝っぱらから仲良く乳繰り合うのはかまわねえが、練習時間短けえんだ、遅れんなよ」
「乳繰り!?」
秋生さんの戯言に春原さんが大きく目を見開き過剰反応する。
「岡崎ぃ!やっぱりあの二人ってそういう事やってんのかな!?」
「俺が知るかよ。まあ、付き合ってんだったら、やってても不思議じゃねえんじゃねえか?」
「やっぱり!?あの智代ちゃんの大きなおっぱいを毎日……ゴクッ……羨ましい!!」
「お前は……おかしな想像をするな~~~!!」
バキッ!!
「くえぇぇぇっ!!」
妄想して鼻息を荒くした春原さんは、鳥人となって大空へと羽ばたいていった。
直ぐに地に墜ちたが。
「おにいちゃん……お二人に失礼だよぉ……」
兄に代わってよくできた妹さんが申しわけなさそうに頭を下げてくれる。
しくじったな……。
二人そろって遅れてくれば、冷やかされる事くらい予想出来ただろうに。
いや、悪いのは寝心地の良過ぎる智代の膝枕だ!
「私たちは別に変な事はしていない。ただ、オーキが寝不足で少し頭が痛いと言うから、膝枕をしてやってただけだ」
って、バラしてるよ!!
「オーキがよだれまで垂らして幸せそうに寝てから、起こすのがギリギリになってしまったんだ」
だから照れながら恥ずかしい詳細を話すな~!!
「ハア……ホントお熱いわね……」
「はっ!待てよ……付き合ってたらやってるって事は、まさか岡崎と渚ちゃんも乳繰りあいまくり!?」
「はぁ!?春原お前何言って……」
「ぬあぁぁぁにいぃぃぃ!?」
こういう時だけ妙に冴える春原さんの推理に、岡崎さんは慌てて否定しようとした。
だが時すでに遅く、阿修羅面“怒り”へと変わった秋生さんが岡崎さんの胸倉を締め上げる。
「てめぇぇぇ、俺の渚と乳繰り合った、だとぉ!?」
「合ってない!合ってねえって!!」
「お父さん、私と朋也君はそんな事してないです」
「ま、まあ、そろそろ練習始めましょう」
矛先が岡崎さん達に向いた所で、なんとか話を逸らしつつ軌道修正する。
しかし、すっかり確認する機会を逸してしまったが、俺がキャプテンでいいのか?
滅茶苦茶不安だ……色々な意味で……。