第二章 4月30日 伝説の少女の伝説
奇跡?の直角シュートについて色々問い詰めたいところだったが、すぐさま気持ちを切り替えリスタートに備える。
コートの狭いフットサルにおいては、例えボールが相手キーパーの手にあろうと気は抜けない。
いや、むしろ相手のチャンスだと言っても過言ではないだろう。
特に今、こちらの守備陣は元々の弱点が殊更顕著になってしまっている。
空中戦だ。
岡崎さんと春原さんが抜けた穴を、俺一人でカバーするのは不可能。
仮に俺が競り合いに勝てたとしても、その後に大きな隙が出来てしまう。
こぼれ球を拾われれば即失点に繋がりかねないリスクを考えると、制空権は半ば放棄すべきかもしれない。
予想通り、キーパーはロングスローを投げ込んできた。
ボールは一気にこちらの領空を侵犯し、狙いは俺のいる中央を避けた左サイドの深部。
そこに走りこむエースの中野。
だが、その背後をかすめるようにして、鳥影が飛翔する。
「おおっ!!」
思わず発した唸りが観客とハモる。
まるで翼の如く広げた長い髪で揚力でも得ているかの様に、やたら対空時間の長い跳躍で朱鷺戸はボールを撃墜してのけたのだ。
「ナイスヘッド!」
シュタッと着地を決めた朱鷺戸は親指を立て男前な笑顔で応える。
こいつ、空中戦も出来るんか!
ヘッドに躊躇も無いし、やたら飛んだし……やはりマジ岬くん!?
「ナイスだ天使ちゃん!」
そのボールは春原さんが拾うも、直ぐに7番にチェックされ再びこぼれ球に。
それをいち早く朱鷺戸がフォローするも、その前にはキャプテンが立ちはだかる。
一回り以上違う体格差。
更に、この男の今までの所業を見れば、『女性に手荒い真似は出来ない』などと言う紳士的人間性を持ち合わせていない事は明白である。
平気で体をぶつけてくるだろうし、そうなれば如何に岬くんのテクを持つ朱鷺戸でもひとたまりも有るまい。
にもかかわらず、朱鷺戸はフェイントを入れ果敢にキャプテンを抜きにかかった。
「坂上さん!」
と見せかけ、朱鷺戸はノールックで逆サイドの智代にパスを出した。
うまい!
が、うま過ぎて智代も自分に来ると思っていなかったのか、棒立ちで受けてしまう。
その隙に、キャプテンのそのまた一回りデカイ巨漢の4番がシュートコースを塞ぎながら迫る。
「かまわん!!打て!」
ドガァァァァァァンッ!!
智代の放った強烈なシュートが至近距離で4番のどてっぱらに炸裂!!
「ムッ!?」
だがしかし、眉をひそめたのは智代の方だった。
4番は智代の殺人シュートを受けても微動だにせず、完全にブロックして見せたのだ。
「なるほど。とんでもねえシュートだ……お前本当に女か?」
「なにっ!?」
少し腹をさすりながら出された4番のパスは、横の7番を経由して前線の中野に渡る。
左サイドでフリーの中野。
俺はそれと距離をとって対峙する形をとる。
交錯する視線。
俺は城。
俺は石垣。
俺は堀。
幾重にも築かれた万里の城塞の如く泰然と待ち構え、その目に問う。
『貴様はこの壁を、何処まで越えられるか?』と。
「くっ!」
数瞬足を止めていた中野は、攻めあぐね7番に戻す。
「もらったー!」
威勢よくボールを取りにいった春原さんは余裕ですかされ、7番がそのまま上がってくる。
あの人ホント守備下手だな!
キャプテンには朱鷺戸がマークについてるが、7番と中野は俺が抑える他ない。
2対1。
敵の攻撃を少しでも遅らせるべく、7番と一定の距離を保ちつつじりじりと後退し牽制する。
ダッ!
サイドに開いていた中野が、俺の背後をとるように中央に入り込んでくる。
それと同時に、7番は左側に斬り込んできた。
「くっ!」
これも想定の範疇。
とは言え、止めるのは至難。
7番を止めにいけば中野に出される。
だが、放置すればそのままシュートを打たれてしまう。
求められるのは、絶妙なバランスとタイミング、そして忍耐。
呼吸を読め。
パスとシュートどちらにも反応出来る位置取りをしつつ、ぎりぎり振り切られないスピードで7番を外に追いやる。
カッ!
7番がヒールでバックパス。
それを回り込んだ中野が、振り向き様にシュートを放つ。
俺は反転し足を伸ばすも、届かない。
バシッ!!
しかし杏さんが軽く横に跳びながらガッチリと正面でキャッチ!
「ナイスキャッチ!!」
コースを限定してほぼ正面に打たせたとは言え、かなり威力はあった。
それをきっちり捕ってくれるとは……。
これは、もう少し打たせても平気かもしれない。
「これでもドッジボールは得意だったのよね。さあ、反撃よ!陽平!」
「えっ!?」
などと感心している場合ではなかった。
俺がパスを要求するより早く、杏さんはそのまま助走をつけ、ダイナミックなオーバースローでボールを投げてしまったのだ。
ビュン!
放たれたのは、スレンダーな少女の身体にとても似つかわしくない剛速球。
その威力にサッカー部も唖然として弾道を目で追うのみ。
「へっ!?」
ズドォォォォォォン!!
そしてそれは、見事に振り返った春原さんの顔面を直撃した!!
どうしてあの人は味方のシュートやパスばっか顔面ブロックするんだろう……?
まあ、いきなりやっちゃう杏さんも杏さんだが……。
せめて事前に教えてくれてれば、ここぞと言う場面で奇襲に使えた物を……。
「ちょっと、ぼ~っとしてんじゃないわよ!!」
「おまえは勝つ気が無いのか!?」
跳ね返ったボールを智代が拾う。
だが、
ドドドドドドドドドドドド!!
闘牛の如き勢いで、敵の4番が肩から突っ込んでくる。
「!!」
反射的に智代は飛び退くも、ボールが置き去りに。
あそこでボールも一緒にかわすか、ファールを誘えると一気にチャンスになるんだがな……。
まあ、そこは仕方がない。
それよりも、あの4番かなり厄介だ。
スピードは無いが常に下がり目の位置に居り、巨体を活かしたパワーディフェンスで智代を抑えこんでいる。
いや、あんなワンパターン、止められて当然ではあるんだが。
春原~智代ラインが死んでいて、変化のつけようが無いのが痛過ぎる。
何か策を講じるべきなんだろうが……。
動かそうにも駒が無い。
あるいは岬くん……朱鷺戸を前に上げてみたくはあるが、彼女が居ないと守備が崩壊しかねんし。
ここは二人を信じて賭ける他ないか……。
……春原さんキーパーやってくれんかな?
結局、一点ビハインドのまま時間ばかりが刻々と過ぎていった。
智代と春原さんのコンビは機能する事はなく、智代のシュートは春原さんの顔面か4番に阻まれ、それに業を煮やしたのか春原さんは智代にパスを出さなくなり、単独での突破をしかけては潰される悪循環。
こちらも相手の攻撃を何とか水際で防げてはいるが、攻められっぱなしな上に攻撃も不発じゃ、体力的にも精神的にもかなりキツイ。
「主審、タイムを」
ピッ!
残り時間的にも頃合と見て、誰かが限界を迎える前にタイムをとった。
フットサルでは試合中のタイムが前後半一度だけ使えるのだ。
岡崎さんの事もあるので、渚さん達演劇部応援組のもとに集まる。
「朋也、怪我はどう?」
「ああ、おかげで大分楽になった」
見た所治療は終わってる様だが……岡崎さんを戦力として期待するのは厳しいだろう。
審判が代わったとは言え、女子に対してのラフプレーは多少厳しいが、男同士の場合はあからさまな反則以外は基本流しで、サッカー部のプレイは依然荒っぽい。
いや、高校レベルならこれぐらいのパワープレイは当然であり、その点で小笠原さんのジャッジは極めて中立と言える。
怪我が悪化するかもしれないし、岡崎さんも無理をしてまで出ようという気は無さそうだ。
「おにいちゃん、もっとしっかりしなよ!おにいちゃんが何とかしないでどうするの!?」
「仕方ないだろ?あちらさんもエースの僕を警戒して、マークがきついんだよ!」
「そんなの当たり前でしょ!それでも点を取るのが真のエースストライカーだって、中学の頃言ってたじゃない!」
「うっ……」
「陽平、あの守備は何?真面目にやりなさいよね!ただ突っ込んでいくだけで、取れる訳ないじゃない!」
「ボールも取られ過ぎだ!せっかくみんながパスを出してやってるのに、おまえはボールを取られてばかりじゃないか!」
「あんたからは、まともなパス一本もありませんけどね!」
やはりと言うか何と言うか、春原さんに非難が集中する。
ブランクと相手の春原さんへの執着を考えれば仕方無いのかもしれんが……俺としてももうちょい頑張ってもらいたいところだ。
「朱鷺戸、疲れてないか?」
「ええ。途中からだし、まだまだ余裕有るわよ」
俺と同じく演劇部の輪から離れていた朱鷺戸に労いの声をかけると、おどけたガッツポーズで応えてくれる。
その仕草の可愛さもさる事ながら、その……ぷるんと揺れた物に思わず目を奪われてしまった。
いかん……!
「そうか……その調子でよろしく頼む」
「了解ボス!」
邪まな視線と照れを誤魔化すべく、もっともらしい事を言いながら皆の方に顔を向けると、智代の白眼と目が合う。
まったくあいつは……。
ちょいちょいと手招きすると、ムスッとしたまま寄ってくる。
「何やってんだお前は?」
「何って……仕方ないじゃないか。あの大きくて失礼な奴がいつも私の前に居るんだ」
「それだけじゃないだろ……どうして春原さんにぶつけんだよ?狙うなら相手のキーパー狙えつったろ?」
「あいつの顔が視界にあると、ついそっちの方にぶつけたくなるんだ」
「……お前、春原さんが好きなのか?」
「そんな訳が有るか!!嫌いだからに決まってるだろ!!冗談でも気持ちが悪い事を言うな!!」
獲物に襲い掛かる時の勢いでくま代は俺の体操服の襟首を掴み、がくがくと前後に揺すって嫌悪感と怒りをアピールしてくる。
そこまで春原さんが嫌なのか……。
「そういうおまえこそ……そ、その子の事をどう思っているんだ?」
「はあ?」
そしてそれがようやく止んだかと思うと、襟首を掴んだまま必死な眼差しでアホな事を訊いてくる。
「あのな、こんな事やってる場合じゃないだろ?」
「おまえがはじめに春原が好きなのかとか訊いてきたんじゃないか!それに答えたんだから、今度は私が訊く番だ!」
「意味が全然違うだろうが……」
ただの皮肉とマジな問いを一緒にされても困る。
てか、せめて本人が居ないとこで訊けよ!朱鷺戸だって困るだろ?
そう思いながらチラリと朱鷺戸の表情をうかがうと、その視線に気付いた彼女はさらりと言った。
「あたしはオーキ君の事好きよ」
なんだってえ!?
ギョッとして智代の顔も跳ね上がる。
そこにあったのは涼しげな余裕の笑み。
ああ、なんだ、やっぱりからかっただけなんだろ?
なんてね!っとかきっと言ってくれるはず……、
「って、何告ってんだあたしはあぁぁぁあああ~~~~~~~~~!?」
と思ったのに、いきなり叫んで目茶苦茶取り乱し始めたぁぁぁっ!!
「うわ~~~!!ふぎ~~~!!クケケ~~~!!どうしよ!?どうすんのよ!?はっ!!こうなったら恥ずかしいギャグをやってバランスをとるしか!!」
発狂でもしたかのように奇声を発しながら何やらぶつぶつ言ったかと思うと、朱鷺戸は左腕を上げて右手で脇を隠すような構えをとる。
ま、まさかその構えは……!?
「あ~ん、どどすこすこすこ、どどすこすこすこ、どどすこすこすこ、ラブ注入!」
くねくねと踊りながら、最後に両手でハートを作ってウインクしながら俺に注入してくる。
確かに可愛いが、こっちはむしろ心配方面でハラハラドキドキだ。
「って、更に注入してどうするんじゃゴルアアアアアアアアアア!!」
やっぱり墓穴だったよ!頭抱えて錯乱しだした~~~~~~!!
と、兎に角なだめなければ……おもいっきり周りに注目されちゃってるし。
両肩に手を置いて暴れるのを抑え呼びかける。
「落ち着け!落ち着け朱鷺戸!!」
「ダメよ!ダメなのよ!!何か奇行をやって相殺しなければ……!!」
いや、何を!?
「大丈夫だ!!お前はもう十分変だから……もう、これぐらいにしておけ!」
「ううう……本当、お兄ちゃん……?」
何でお兄ちゃん?
理解の範疇を5段階くらい超えてるが、とりあえず肯定してやる他ない。
「ああ……お前程変な女は、そうは居ないだろう」
「はあはあ……そう……ふっ、そうよね……」
何か解らんが納得して落ち着いたようで、何事もなかったかのように澄ました仕草で顔にかかった髪を払う。
そして唖然としていた智代に対し、挑発的な笑みで人差し指を突きつけた。
「じゃあ坂上さん、どっちが先に点を取るか勝負よ!」
いやいやいや、何だその脈絡の無い超展開!?
「……いいだろう!その勝負、受けてたってやる!」
ええっ!!受けてたっちゃうの!?
俺には何だかさっぱりだが、こいつらの間ではそれで通じているのか、にらみ合う二人の間には火花が散っていた。
ま、まあ、これで二人のモチベが上がるなら良いか……。
ピーーー!
こうして、まったく作戦とか話し合う間も無くタイムは終了!
相手のキックインで試合は再会したのだが……直ぐに相手の雰囲気の変化に気付く。
面子が変わった訳では無いが、明かに先程までの攻めの気迫が感じられず、安全にパスを回すだけで仕掛けてこない。
残り時間は5分を切っている。
大差をつけて勝つ事を諦め、このまま一点差での逃げ切り狙いに切り替えてきたか。
「どうやら“鳥かご”みたいね……」
朱鷺戸も気付いたらしくキャプつば用語をつぶやく。
安全にパスを回して時間を稼ぎつつ、焦って隙を見せれば追加点を狙ってくる。
プロや代表の世界でも定番で鉄板の作戦だ。
厄介だな……。
常識的に考えれば、この状況を打開するのは難しい。
「クソッ!時間稼ぎか!卑怯だぞ!!」
敵陣で翻弄されていた春原さんも文句を言う。
ぼろ糞言われて発奮した矢先にこれはさすがに気の毒だ。
だがしかし、彼は足を止めずひたすら献身的にボールを追い駆ける。
そして、こちらには常識をはるかに超越した二人の狩猟者がついていた。
パシッ!
敵のパスを読んだ智代が、瞬間移動と見紛うばかりのスピードでパスをカット。
そのまま反転と同時にシュートにいく!
「させるか!!」
ドゴオオオオオオオン!!
またも4番が腹でパワーブロック。
「ぐう!?」
しかしシュート力がやや優ったか、威力を殺しきれずボールは跳ね返った。
それに反応し、再び智代が直接ボレーにいく!
「ぐおおおおお!!」
「私は……女だぁぁぁぁぁぁっ!!」
バッガァァァン!!
次の瞬間、4番の顔面が弾けた。
智代のシュートが至近距離で直撃したのだ。
ボールはそのまま大きな弧を描いてゴール前へ。
そこに三度智代が走りこみ、ボレーの体勢で落ちてくるボールを持ち構える。
「うっ!」
だがそれは、ゴールエリア外まで飛び出したキーパーにヘッドでクリアされてしまう。
惜しい!ヘディングが出来れば間に合ったかもしれない。
しかし、こちらのターンはまだ続く。
まるでそれを見越していたかの様に、クリアされた浮き球に朱鷺戸が飛びつく!
「悪いけど……もらったわ!」
空中で身体を弓なりに反らし、走ってきた勢いと自身のバネと体重を乗せた華麗なヘッド!
ボールは無人のゴールに……、
チッ!
だがなんと、それを7番が好フォロー!
朱鷺戸のヘッドは惜しくも戻っていた7番に軌道をそらされコーナーに。
「ナイスヘッド!」
「むう~残念。入ると思ったんだけどなあ……」
「コーナーだ。気を取り直していけ」
「ええ!」
コーナーに向かいながら朱鷺戸を労いつつ、智代に手招きする。
「なんだ?」
「コーナーお前が蹴れ」
やって来た時から既に不機嫌そうだったが、指示を聞いて智代はあからさまに不貞腐れた。
「どうして?コーナーキックを蹴ったら、シュート出来ないじゃないか!」
「……」
「それとも、やっぱりおまえはあいつの方が好きで、あいつに勝たせたいからそんな事を言うのか?」
「あのなあ……誰の為にこんな試合やってると思ってんだ……?」
「……すまない」
あまりに子供じみた言い分に、溜息混じりに言ってやる。
これにはさすがに堪えたようだが、依然として不満があるようだ。
「それに言っておくが、お前がパスを出すのは春原さんだ」
「春原に?」
「ああ、おもいっきり狙って蹴れ!いいな?」
時間もそれ程無いので、厳しい口調で手短に指示を出し、足早に定位置に戻る。
コーナーの人選はずっと考えていた。
俺や朱鷺戸が蹴れば守備が手薄になるし、春原さんにはゴール前で競り合いをしてもらいたい。
消去方的にヘッドが苦手な智代に蹴らせるのが一番だろう。
あいつはノーコンだが、春原さん(の顔面)へのパス精度は絶対だ。
そして……来る場所が決まっているなら、やりようはいくらでも有る。
ちゃんと蹴ってくれよ。
智代が助走に入ったと同時に、俺はスタートを切った。
ドオオオオオオオオオン!!
「ひっ!!」
智代の殺人弾丸ライナーショット(パス)が春原さんに迫る。
そして、その間に割って入るようにして、俺は頭から飛び込んだ。
よし、狙い通り!!
ズガァァァァァァァァン!!
額でハンマーを受けたかのような凄まじい衝撃!!
あまりの威力に、力負けして弾き飛ばされそうになる。
春原さんはこんな物を何度も何度も顔面で受けていたのか!?
「うおおおおおおおおおっ!!」
最後は気迫で何とか押し切った。
進行方向を鋭角に変えた兆弾に、相手キーパーは反応すら出来ない!
ガッ!
にもかかわらず、不運にもボールは相手キーパーの足に当たってしまい、ゴールならず!
クソッ!俺は本当についてな……
カッ!
勢いを残しながら跳ね返ったボールは、更にたまたまそこに在った春原さんの足に当たり……キーパーの股間を抜けゴールに転がった。
……それ、なんてミラクル!?
ピッピーーー!!
「イイイイイイヤフォオオオオオオオオオオオオイ!!!ハット!!ハット・トリックウゥゥゥゥゥゥ!!!」
ついに、ついに同点。
俺達はサッカー部相手に三点差を追いついたのだ。
……なのに何でだろう?
何か物凄く納得いかない……。
智代の気持ちがわかったような気がした。
軽い脳震盪を首を振って覚まし、気持ちを切り替える。
「智代、下がり目の位置で守備につけ」
「わかった」
「それと、ナイスキックだった。この一点は半分お前の手柄だ」
「それは違う。点が取れたのは、いや、こうして追いつく事が出来たのは、全部お前のおかげだ。やっぱりオーキは本当に頼りになるな!」
言葉では謙遜しつつも、久しぶりに褒められて智代は心底嬉しそうだ。
どうやら機嫌も直ったらしい。
「朱鷺戸、杏先輩、ここが正念場です」
「ええ!」
「わかってるって。みんな、気を引き締めていくわよ!」
「おー!!」
残り時間も後数分。
追いつかれたサッカー部は、死に物狂いで攻めてくるはずだ。
それがわかっているからこそ、俺達はあまり浮かれる事なく、ここで今一度気を引き締める。
もちろん、物凄い勢いで浮かれているあの人は除いてだが……。
「うひょひょひょ~~~~~~!!天使ちゅわ~~~ん!!君の為に決めたよ~~~!!」
仲間と喜びを共に分かち合いたかったのだろう。春原さんは某峰さんに襲い掛かるリュパンの如く、朱鷺戸に向かって空中をダイブする!!
「えっ!?……いや、あの……ひいいいいいい!!」
「お前は……たまたま点を取っただけで浮かれ過ぎだあああああああああ!!」
ズドドドドドドドドドドドドドドドッ!!
「ひ……で……ぶしゅ~……!!」
引きつりながらそれを避けた朱鷺戸と入れ替わるようにして智代がカウンターの空中コンボを決め、春原さんは某北斗関係の人に敗れた雑魚キャラのように吹っ飛んでいった。
何か最後破裂した気がしたが、きっと気のせいだろう。
ピーーー!
春原さんが人間に戻った所で、最後の戦いが始まる。
バシュッ!
と、いきなりキャプテンがシュートを打ってきた。
「!」
突然の奇襲に面食らったが、ボールはゴールバーをかすめただけで事無きを得る。
だがこれは、敵の攻勢の始まりに過ぎなかった。
敵は引き続き、遠目からでも隙あらばガンガンシュートを打ってくる。
コースが塞いでようが、まったくお構いなしに。
まるでこっちの大砲作戦だ。
いや、むしろそれが狙いなのか?
いくら俺とて、敵のシュート全てを止める事は不可能だ。
例えブロック出来ても、それを完璧にコントロールしたり、ランダムに跳ね返るボールの軌道までは読めない。
つまり……数打ちゃ当たるごっつあん狙い。
形振りかまわないにも程があるだろう。
しかしそれだけに凶悪だ。
細かいパス回しを棄てた事で、敵もまた常に二人以上が下がり目の位置に居る。
これでこちらのカウンターは封じられたも同じだ。
逆に中野は常にこちらのゴール前に張り付き、ウザイ事この上ない。
そしてキャプテンが個人技で中盤を押さえ、前線とディフェンスを繋ぐ……。
カウンターサッカーとしては、あっちの方がはるかに完成している。
だが、例えそうだとしても……俺には微塵も焦りは無い。
一手遅かったな……。
時間的に相手の攻撃機会はそう何度も無い。
つまり、数打てないんだから、滅多に当たる事はないのだ。
こちらの空中戦の弱さを衝くつもりなんだろうが……。
智代に中盤を掻き乱させてプレッシャーをかけ、朱鷺戸が中野をマーク。
焦りと、フットサル用のボールにあちらも慣れてはいない事も手伝い、それだけでロングボールの精度を欠き半分以上はパスミスに変わる。
後は俺が冷静に淡々と危険の芽を潰していけばいいだけの事。
守りに専念してる分には、こちらがミスをしなきゃまず失点はないのだ。
俺には始めから勝つ気は無い。
春原さんだって部に戻る気は無いのだから、勝って得られる物は何も無い。
名誉だけなら、引き分けでも十分だろう。
現にこの会場に居る観客の全ては、こちらに声援を送ってくれている。
むしろ……ここで勝ってしまえば、ますますサッカー部を追い詰め恨みを買いかねない。
「くっ、全員上がれ!!」
恐らく時間的に最後プレイ、敵の全員攻撃が来る。
4対2。
数の上で圧倒的に不利。
その波状攻撃を前にして、俺は右手を握り瞳を閉じる……。
その時、思い浮かんだのは、何故か中学時代の一個上のキャプテンだった。
いや、俺様ちゃんで性格最悪な所や、その上で実力も伴っている点はよく似ている。
あの人の事は本当に苦手だった。
ぶっちゃけ嫌いだった。
そして……悔しいが一度も勝てた事は無かった。
まあ、選抜級の人だし、先輩だからと遠慮もあったから仕方無いと言えば仕方無いが。
嫌な人だが……実力は認めざるをえなかった。
そしてもう一つ。
あの人は、本当に楽しそうにサッカーをしていた。
そりゃあ、あんだけ自在にボールが使えれば楽しいだろう。
俺は結局……あそこまでサッカーを楽しむ事は無かったんじゃないかと思う。
あの人が引退した後でさえも……。
刮目すると、相手のキャプテンは眼前に迫っていた。
そして直前でボールを止め、ボールを軸にクルリと回転して俺に背を向ける。
自分の身体をブラインドにして背後へのバックパス?
いや、違う!
この土壇場で相手のキャプテンが選択したのは、味方を囮にしての自力での突破。
そりゃそうだろう。
仮にもキャプテンが、俺を一度も抜けずに終われる訳が無い。
面目を保つ為にも、俺を抜いて決めるしかないのだ。
自分の身体を壁にしながら再び半回転し、俺の横を抜けていく。
“ルーレット”
あのフランス代表ジダンが得意とした技であり、その自分とボールの間に相手の身体を置かれるという性質上、来るのがわかっていても止めるのは至難。
だが……残念だが、その技は経験済みだ!!
俺はサイドステップでその動きに追いすがり、ドリブルの出所に足を伸ばす。
「なっ!?」
爪先でつっついた程度だが、こぼれ球になればそれで十分である。
必殺のフェイントを止められた事で、呆然としてキャプテンの足は止まった。
そのうなだれた背に心中で呟く。
「俺よりサッカーを楽しんでない奴に、負ける気はしない」と……。
「智代ちゃん、今だ!!パスをだせ!!」
こぼれ球を拾ったの智代に、前線で一人残っていた春原さんがパスを要求する。
まさか……春原さんは勝つ気なのか!?
嫌な予感がした。
いや、しかし、そこは智代・春原コンビの事、最後までお約束で締めてくれるはず!
ズドオォォォォォォォォォン!!
「だあっ!!……から顔はやめてと……」
やっぱり智代のパスを顔面に受け、春原さんはその場に倒れこんだ。
跳ね返ったボールは、上空高く飛んでいく。
それを確認し、小笠原さんは笛を咥えた。
よし、終わった!
主審の仕草で試合終了を察し、フィールドに立つ者全てがその動きを止める。
ただ一人を除いては……。
「智代!?」
上がったボール目がけ、矢のように疾走する智代の姿がそこにあった。
そしてその走力を跳躍力に変換し、高く高く飛び上がる。
だが、どうしようと言うのだ!?
お前ヘディング出来ないんだろ!?
ま、まさか……!?
その疑問は、踏み切り後の彼女の姿勢で戦慄と共に氷解した。
この世界には、誰でも知っていて、出来るけど出来ない技が存在する。
サッカー少年なら誰もが憧れてやまず、しかし試合中には出来ない……と言うより、誰もやらない技が有る。
だって、普通はそんな事をする必要は無いのだ。
もっと安易で確実な方法が有るのだ。
現実のその技は、単に苦し紛れに倒れこみながら足を伸ばすだけの技なのだ。
だからこそ、これはもはやファンタジーの領域。
背面飛びの要領で回転しながら、智代の長い足が空中のボールを捉える。
そう、その技の名は……“翼くんのオーバーヘッドキック”!!
バシィィィッ!!
キーパーは構える事すら忘れ、ただ放たれたシュートの行方を目で追うのみ。
動けるはずがない。
この場に居合わせた者は今、伝説の目撃者となったのだから。
そして、少女が着地すると共に、ボールは相手ゴールネットを揺らしていた。