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第二章 4月30日 切り札登場!

 オフサイド……?

 ありえない判定だ。

 「ふざけんな!!フットサルにオフサイドは無いだろ!!」

 抗議しにわざわざ飛んできた春原さんが言うように、フットサルのルールにオフサイドは無い。

 てか、有るなら今まで何度もオフサイドになる場面はあった。

 審判はサッカー部の三年だから、あちらに有利な判定くらいしてくると思ってはいたが……リードしているこの状況で、ここまであからさまにやってくるとはな……。

 「どういう事だよ!?今のは完全にこっちの得点だろう!!」

 「そうよ!!あんた審判のくせにルールも知らないの!?」

 「オ、オフサイドっつってんだろ!審判に逆らうなら退場にすんぞ!」

 岡崎さんに羽交い絞めにされながらも怒鳴る春原さんと詰め寄る杏さんの剣幕に、審判の男は気圧されながら泳いだ視線でキャプテンに助けを求める。

 「誰がオフサイド無いっつったよ?うちらのルールではあるんだよ!」

 面倒そうに立ち上がった黒幕が開き直った。

 この学校が誇る不良生徒である俺達三人だが、絶対やつらの方がガラ悪いだろ。

 春原さんがそれにますます激昂しない訳が無い。

 「ざけんなよてめえ!!」

 「待て春原、落ち着け!退場になっちまうぞ!」

 「放せよ岡崎!!こんなの、おまえは許せんのかよ!?」

 「おい、サッカー部。オフサイド有りって事は、そっちのもちゃんととるんだよな!?」

 「あ、ああ、とってやるよ」

 飛び掛らん勢いの春原さんを抑えながら、それをなだめるべく岡崎さんは確認の言質を取る。

 だがその声には、傲岸なキャプテンを怯ませる本気の気迫がこめられていた。

 彼も相当怒っているのだろう。

 「どういう事なんだ?」

 で、俺はと言うと一番の危険人物を抑えるべくマークしていたんだが……表情こそ険しい物のどうやらよく事情が飲み込めていないらしい。

 「フットサルにオフサイドなんてルールは無い。知らなかったのか?」

 「それは知っている。でも、今は反則を取られてしまったんだろ?どうしてなんだ?」

 「審判がルールを捻じ曲げたからだろ」

 「やはりそう言う事か……」

 智代がサッカー部を睨み付ける。

 行くか?

 “最終兵器智代”出撃か?

 「ん?なんだ?」

 血の惨劇を未然に防ぐべく後ろから肩を掴むと、不思議そうに振り向かれる。

 意外に冷静……みたいだな。

 「……怒ってないのか?」

 「怒る?……肩を掴まれたくらいで怒る訳ないだろ。お前なら、別に嫌じゃない……」

 いやいやいや、何故この流れでそうなる?

 「いや、サッカー部に」 

 「ああ、そっちか。もちろん私だって怒っている。でも、抗議は杏や春原がもうやっているからな。出て行くタイミングを逸してしまった感じだ。そう言うお前は怒ってないのか?」

 「もちろん怒ってる……お前にな」

 「どうして私なんだ!?悪いのは、卑怯なあいつらじゃないか!!」

 「何でサッカー部に審判やらせんだよ?」

 「そんな事知らない。勝手にあいつらがやる事になっていたんだ」

 「ようするに、試合するって決めただけで、そん時ルールとか確認しなかったんだろ?だからこういう事になる」

 「仕方無いだろ!こっちはメンバーを集めるだけで手一杯だったんだ。それに、あいつらは審判の事なんて何も言ってこなかった」

 「聞かれない事は答えないのがペテン師の常套手段だろうが。俺に睡眠薬パンを食わされた事、もう忘れたのか?」

 「忘れるはず無いだろ。お前は私を眠らせて、Hな事をしようとしたんだ」

 乙女に恥じらいながら、彼女は言葉少なげに俺達二人の思い出を語った。

 てか、大事な部分が全て抜けている。

 「本当には入れてなかっただろうが!」

 「わかっている。騙されないよう気をつけろって言いたいんだろ?」

 「……たかだかサッカー部に嵌められてるようじゃ、老獪な町のお偉いさんの相手なんてとてもじゃないが出来ないぞ。隙を見せるな」

 智代をたしなめながらも先輩達の動向をうかがっていると、不意にサッカー部のキャプテンがくいっと首を横に振った。

 まるで、誰かに向けて何かを促した様な……。

 「まずいっ!!戻れ!!」

 叫びながら走り出す。

 今は抗議の為にこちらのチームの全員が敵陣に来ている。

 つまり、こちらのゴールがすっからかんだ。

 通常なら審判が試合を中断させて一旦仕切り直しで再開する所だが、今はそんな常識が通用する状況ではない。

 俺が逸早く奇襲を察知した事で、慌ただしくキーパーが前線にパスを出す。

 これが前線に渡って無人のゴールに蹴り込まれる最悪の展開に……なるはずだったのだが、


 パシッ!


 なんと、智代さんの長すぎる御御足がキーパーの蹴ったボールを間近でブロック!

 そしてこぼれ球は……あの男の下へ。

 「ちょっと待てよ!!抗議してんのに勝手に始め……ん……あれ?」

 突然降って湧いた幸運に、春原さんが呆ける。

 敵チームは全員攻めようと走りだした為、ディフェンスは誰もいない。

 「ふはははっ!ズルするからこういう事になるんだよ!!」

 フリーズの解けた春原さんが、超どフリーでシュート体勢に入る。

 だがしかし、


 ピッピッピッ!


 スカッ!どてっ!


 お約束の様な審判の笛に春原さんはずっこけて空振りし、そのまま後ろに倒れた。

 「坂上が近かったから、やりなおし」

 それは蹴る前に注意する事だ……。

 「今のは止めちゃいけなかったのか?」

 「いや、ナイスだ。ガンガン狙ってけ」

 またも反則を取られ困惑する智代に、俺は親指を立てて褒めてやる。

 相手のリスタート時には一定の距離を離れなきゃいけないルールが無い事もないが、サッカーとフットサルで距離が違うし、それ以前に最早審判のサジ加減なので何処に居ても同じだろう。

 それより、今の内に立て直すべきなんだが……。

 「おまえらいい加減にしろよ!!」

 起き上がった春原さんがやはり抗議を始めてしまう。

 「春原、何言っても無駄だからもう戻ってこい」

 「チッ……審判、キーパー交代だ!」

 いきなりだなおい。

 岡崎さんに言われて思いついたか、春原さんは唐突にポジションチェンジを申し出た。

 確かに戻ってる暇は無い……が、

 

 ピッー!


 やはりな。

 せっかくのチャンスにそれを許すはずも無く、春原さんを無視して審判は試合再開の笛を吹く。

 智代を警戒してか、キーパーはボールを浮かしてのロングパスを出してきた。

 「クソッ!!」

 ボールは懸命に戻る春原さんと智代の頭上を越え前線に。

 中野がヘッドで落とし、すぐさま奴はマークの杏さんを回り込んでかわす。

 5番がそれをダイレクトで折返し、ゴール前に走りこんだ中野は直接シュート。


 ドカッ!!

 

 それを読んで詰めていた俺が至近距離でブロック!

 しかし、跳ね返ったボールは8番の前に。

 そのまま8番のシュート!


 ガッ!!


 それも俺が足でブロック!

 こぼれ球はそのままサイドラインをわった。

 「まだだ!集中!」

 だが、すぐにボールを拾った荒川が、間髪入れずキックインで直接センタリングの浮き球を上げてくる。

 「シュ、マイコォ!!ポゥッ!!」

 ようやくゴールに戻ってきた春原さんが、またも何かが乗り移ったかの様なパンチング!!

 シュマイケル?元デンマーク代表のキーパー?

 とにかく春原さんのファインセーブで助かった!

 かと思いきや……、


 ピッ!


 「ハンド。PK」

 またしても審判がトンデモ判定。

 「なっ……!?」

 「ハンドって何だよ!?ペナルティエリア内だったろ!!」

 「お前、キーパー交代するって言ってたじゃん」

 「はあ!?」

 完全な揚げ足取りに、一同絶句する他無い。

 込み上げる怒りに、拳を固く握った春原さんの体が小刻み震えだす。

 「てんめえぇぇぇ~~~!!」

 

 ガッ!

 

 「どけ川上!!こんなの、サッカーじゃねえよ!!」

 「ダメです!春原さん!」

 ついにブチ切れ審判に殴りかかった所を、慌てて割って入り背中で止める。

 ここで暴れたって、それこそ過去の焼き直しにしかならない。

 当然、岡崎さんもすぐに止めに入ってくれるだろう。

 そう思っていたんだが……甘かった。

 春原さんを止めるどころか、岡崎さんは無言で睨みつけながら審判に詰め寄っていたのだ。

 「な、何だよ……?やんのか!?退場にすんぞ!」

 「おまえら……部活やってる人間が素人相手にこんな真似して、恥ずかしくないのか?」

 その岡崎さんの問いには、単なる憤りだけではない“重さ”の様な物があった。

 更に度重なるアホなジャッジに不満を持ちはじめた観客達のブーイングがそれを後押しする。

 「う……、い、いや……」

 うろたえた審判は、再び泣きそうな顔でベンチに救援要請の視線を送る。

 さっきからチラチラキャプテンの顔色うかがう事で“自分は指示に従ってるだけだ”感を出そうとしている事から、ヒールになる覚悟が無いのだろう。

 もっとも、さっきからこじつけの様な判定をしているのはこいつ自身であり、片棒担いでる時点で同罪だが。

 「おい、審判早くしろよ!PKだろ?」

 このままでは落ちると気付いたか、立ち上がったキャプテンが審判を恫喝するように急かす。

 すると今度は杏さんが、つかつかと諸悪の根源の方に向かって行く。

 「部員に汚れ仕事押し付けて偉そうにしてるサイテー男は黙ってなさいよ!」

 「何!?」

 「どうせあんたが命令してやらせてる事ぐらい、みんなお見通しなんだからね!」

 「はぁ?知るかよ。審判のジャッジにケチつけてんじゃねえよ」

 「そうよね。あんたは好きな子に直接告白出来ないどころか、ラブレターすら他人任せにするへタレだもんね!」

 「て、てめえ、何バラして……!!!」

 ハッとなって口を押さえたがもう遅い。

 サッカー部員達の間には動揺が走りざわつき、周囲の観客達にもたちまち情報が伝播していく。

 「やだ~」

 「ぷぷっ、マジかよ?」

 「ありえな~い」

 こだまの様に次々と聞こえて来る失笑。

 これまでふんぞり返っていた強面サッカー部キャプテンの威厳が崩壊した瞬間だった。

 自身の恥部を衆人の前でばらされたキャプテンは、鬼の形相で怒鳴り散らす。

 「全部こいつのデマだ!!信じるんじゃねえ!!」

 「何よ!みんな本当の事じゃない!まあ、地球が爆発したって、うちの椋があんたを好きになる事は無いけどね!」

 「藤林ぃぃぃぃぃぃ!!てめえ、ぜってぇ許さねえぞ!!」

 確かに地球が爆発したら好きとか嫌いとか言ってられん。

 「審判!メンバー交代だ!日野と小金井出ろ!俺と豊島が入る!」

 その申告で5番と8番が出て、キャプテンと巨漢の4番がフィールドに入った。

 ついに出てきた……か。

 フォワードの二人を下げなかった事から、あくまで点を取って勝つ気なのだろう。

 それは同時に、こちらの攻撃力が貧弱である事を見透かされているとも言える。

 まあ、バレバレだけど。

 「そっちはどうすんだよ?キーパー誰がやるんだ?」

 非難の矛先がキャプテンに向かった事で落ち着きを取り戻した審判が、思い出した様に訊いてくる。

 てか……、

 「さっきも言ったけど、いい加減僕は攻めるよ。川上がやれば?」

 「あ、いや……」

 「待て!オーキは手を怪我してるんだ。キーパーなんて無理だろ」

 俺が答えようとした所を遮り、智代が勝手に答えた。

 確かにそれもあるが、問題はそこじゃない。

 「そうなると、俺ら三人の中の内の誰かがやるしかないか……杏がやったらどうだ?ほら、おまえよくボタンをキャッチしてるじゃないか」

 「あの仔とサッカー部のシュートを一緒にしないでよ!あんた、か弱い女の子にキーパーやらせる気?」

 「誰がか弱い女の子なんだよ……」

 「何か言った?」

 「ああ、いや……じゃあ、智代。おまえなら適任だ!」

 「おまえは杏が言った事を聞いていなかったのか?キーパーはか弱い女の子がやる物じゃないんだ」

 いやいやいや……。

 今、智代さんの中で情報が誤変換されました。

 「じゃあ……俺か?いや、でも俺も……」

 言葉を濁した岡崎さんは、腕を組んで逡巡しながら左手で右肩少しさすった。

 そうだ……岡崎さんも昔右肩を痛めたと聞いている。

 女性陣にやらせるのは気が引けるし、かと言って俺がやったら意味が無い。

 正直、春原さんで最後までいきたかったと言うのが本音だ。

 優れた運動神経とサッカーに対する経験と知識、そして何よりボールや相手を恐れないガッツ。

 春原さん以上に適任者は居らず、彼がキーパーなら“あえて打たせる”と言う選択肢が増え、守備にかなり余裕が出来る。

 実際ここまでサッカー部相手に完封出来ているのも、半ば彼のおかげだ。

 だが、ここまで頭に血が上っていては、なだめすかすのはもう無理だろう。

 「……やっぱ、俺がやるしかねえか」

 観念したように岡崎さんが言った。

 俺も消去法でそれしかないとは思っていたが、その前に確認しておくべき事を忘れてはならない。

 「岡崎がキーパーだな?」

 「待ってください。その前に、PKは無しですよね?」

 「えっ……?いや……」

 「そうだった。どうなんだ審判?」

 「それは……」

 「何言ってやがる。判定が覆る訳ねえだろうが」

 後一歩で押し切れそうな所で、またしても相手キャプテンが加勢してくる。

 「ふざけんなよ!ポジションチェンジは今行われてるんだから、ハンドな訳ねえだろ!!」

 「知るか!審判がハンドつったらハンドなんだよ!おい審判、メンドクセーからこいつら退場させちまえ」

 「ほら、命令してんじゃない!大体、サッカー部から審判出してる事自体おかしいのよ!」

 「何言ってんだ。お前等が何も言わねえから、仕方なくこっちが出してやったんだろうが。文句言うなら、審判やれる奴連れてこいよ」

 「なるほど、じゃあこちらから出せば審判を代えていい訳だな」

 「それなら、ことみ!おまえルールくらいなら……」

 「但し、ルールだけ知ってれば誰でもいいって訳じゃねえ。最低でもサッカー経験者な。でないと、円滑な試合にならねえだろ」

 物知りな一ノ瀬さんを呼ぼうとした岡崎さんの言葉を、キャプテンがドヤ顔で遮る。

 むかつくが至って正論だ。

 そして当然、こちらにそんな人間が居ない事を知っているから言った台詞でもある。

 連れてこれるなら連れてきてみろ。なんなら春原か川上がやってもいいぞ。

 と、思っているんだろうが……、悪いがここでトラップカード発動だ!

 「それなら俺がやろう」

 背後からの声に一同が振り返る。

 そこに居たのは……やや痩身だが程よく筋肉質、いわゆる“細マッチョ”な見知らぬ男だった。

 「お、お前は……小笠原!」

 驚愕したキャプテンの顔がみるみる青ざめていく。

 そう、何しろこいつこそ用意させておいた切り札の……誰だろう?

 「報道部からも推薦で~す。サッカーのクラブチームに所属していてぇ、フットサルの審判資格もお持ちの小笠原先輩なら、的確で中立なジャッジをしていただけると思いますぅ」

 小笠原?先輩を連れてきた眼鏡っ子・門倉がすかさず説明してくれた。

 「知ってる奴か春原?」

 「ああ。あいつもサッカー部のやり方に嫌気がさして辞めた口だよ……」

 そう答えた春原さんの言葉に、若干感傷の色が混じっている気がした。

 「オーキ、おまえが連れてきてくれたのか?」

 「探してきたのは門倉だ」

 「そうか……さすがオーキだ!」

 「へえ、あんたやるじゃない!これで文句無いわよね?そこの彼と審判交代って事で」

 門倉だと言ってるのに、智代もみならず杏さんにまで感心され、かゆくなった頭を掻く。

 試合を中止出来ない以上、こんな事くらいしか出来なかった訳だが……まあ、念には念を入れておいて正解だったな。

 しかし、サッカー部がこれで簡単に納得するはずがない。

 「待てよ!誰が審判代えていいっつったよ?」

 「あんたが今得意顔で言ったじゃない!自分で言った事も覚えてない訳?」

 「連れてこいとは言ったが、代えるとは言ってねえな」

 「バッカじゃないの?さっきから子供みたいな屁理屈ばかり言ってて、あんた恥ずかしくないの?」

 「ダセエぞサッカ-部!」

 「ここのサッカー部マジイケてないよね」

 「汚ねえ事ばかりしてないで、ちゃんと試合やれよサッカー部!」

 杏さんの『子供か?』発言に触発されたか、ついに観客達によるブーイングの大合唱が巻き起こった。

 「さすがにこれはマズイっすよ……」

 「審判くらい、代えてやってもいいんじゃないかキャプテン?」

 これにはサッカー部員達もビビってひより、情けない顔でキャプテンに懇願を始める。

 「ちっ……いいだろう。でも、PKは審判が代わる前の判定だからな」

 「何でそうなるんだよ!?」

 「嫌ならいいんだぜ?そのかわり、審判の交代も無しだ」

 この状況でなお二者択一にしてくるとは……まったくしぶとい。

 こういうのも負けず嫌いと言うのだろうか?

 「あんな事言ってるが、どうする?」

 「決まってるだろ!審判も代えるし、PKもなしだ!」

 「そりゃあ、それが一番だろうけど、あっちも意固地になってて引きそうにないのよね……」

 「PKと言うのはキーパーと1対1の勝負の事だろ?それならPKの方がまだマシじゃないか?審判が相手の味方のままでは、何でもかんでも反則にされてしまって勝つのは無理だ」

 「やっぱり、それしかないか……要は春原がPKを止めればいいんだしな!」

 「って、僕かよ!……まあ、僕がやるしかなさそうだけどさ……PKなんてそうそう止められるもんじゃないんだよね……」

 「でも、止めたら点を取ったのと同じかそれ以上のヒーローだぜ?ギャラリーの女子達の視線はおまえに釘付けだ!」

 「やっぱそうかな?さっきの天使ちゃんも、益々僕のファンに?」

 「ああ、もうメロメロだぜ!」

 「メロメロ!?じゃ、じゃあ、そのまま告白されちゃったりするかも!?」

 「ああ、“かも”な!」

 「ふっ……ふふっ……みんな、ここはこのスーパー・グレート・デリシャス・ワンダフル・ゴールデン・サドンデス・キーパー・春原に任せろ!」

 相棒の岡崎さんに乗せられサドンデス春原さんのやる気MAX!になった事で、俺達の選択肢は決まった。

 かに思えたのだが、PK前にもう一悶着起こる。 

 小笠原さんが審判をする代わりにPKを飲むと、やつらはPKの1プレイ後に審判を交代すると言ってきたのだ。

 まあ、それぐらいならと先輩達は受けてしまったのだが、そこには卑劣な罠が潜んでいた。

 「待てよ。キーパーは春原じゃなくて岡崎に代わったんだろ?なんで春原がゴールに入るんだよ?」

 春原さんとキッカーであるキャプテンが対峙すると、またもや難癖をつけてくる。

 「このPKだけ僕が止める。交代はその後だ」

 「はあ?交代つっといて、1プレイもしない内にまた交代とか有り得なくね?」

 「何がだよ!?別に何度ポジションチェンジしたって問題なんて無いだろ!!」

 「ダメだね。審判が受理して交代は成立したんだ。そんなキーパーがころころ代わる事が許されたら、全員キーパーになっちまうだろ」

 「別にプレイ中でもキーパーの交代は認められている。春原がキーパーで問題無い」

 「てめえはまだ審判じゃねえんだから黙ってろよ!PKのキーパーは岡崎以外認めねえ!」

 正しいルールを語る小笠原さんの言葉すらはね付け、もはや完全に自分が“ジャッジメント”になっていた。

 「てめえ……いい加減にしろよ!!」

 「落ち着け春原!……俺がキーパーなら文句無いんだな?」

 今にも殴りかかりに行きそうだった春原さんを制止し、名指しされた岡崎さんがゴールに向かう。

 「岡崎……」

 「任せろ春原……あんな奴らになんざ負けねえよ」

 「僕のメロメロ取る気だな!!おまえには渚ちゃんが居るだろ!?」

 「いや……別に取る気ねえから……安心してくれ」

 グローブとキーパーのビブスを交換し、岡崎さんがゴールについた。

 「岡崎さん!」

 俺は彼のを呼び、無言で力こぶを見せるように肘をL字に曲げて右腕を上げ、左手で右肩を叩きつつ右手を開いたり閉じたりして見せる。

 すると彼もまた無言で頷いた。

 伝わっただろうか?

 いや、伝わっても、はたして止められるか……。

 

 ピッー!


 この場に居る全ての視線が注がれた緊張の一瞬。

 数歩の助走から、キャプテンがボールを蹴った。

 

 カッ!


 ふわりと蹴られたボールは、威力よりもコントロールを重視された物であり、正確にゴール右上部に飛んでいく。

 当然だろう。岡崎さんの肩の事を知っていれば、誰でもそこを狙う。

 岡崎さんもそれを読んでいて右に動いていたものの、やはり右腕が上がらない。

 左手でも無理だろう。

 このままでは、ゴールが決まってしまう!

 「くっ、動け!動きやがれえぇぇぇぇぇぇっ!!!」

 あのクールな岡崎さんが雄叫びを上げた。

 懸命に伸ばした右腕がギリギリ届き、ボールを弾く。

 もしシュートに威力があったなら、そのまま持ってかれていただろう。

 そのまま岡崎さんはどうっと倒れた。

 だがしかし、まだボールはゴール前に転がっている。

 「クソッ!!」

 それを詰めに中野、荒川、そしてシュートを外したキャプテンがスライディングでボールに殺到する。


 ガキッドガガッ!!!

 

 一番早かった荒川のシュートを俺がブロック!

 だがその直後、キャプテンのスパイクが俺の脛に入り、中野もボールを奪おうと掻き出しにくる。

 岡崎さんが無理を推して守ってくれたゴール……、

 「うおおおおおおおおおおっ!!」

 俺がここで負ける訳にはいかねえんだよ!!

 その三人ごと強引にボールを押し込み、右足を振りぬいた!

 そしてそのボールは、前線に残らせた智代の下に。

 「決めろ!!智代!!」

 俺の言葉に頷いて、坂上智代が発進する。

 敵のディフェンスは追いつけず、キーパーと1対1。

 にもかかわらず、最も厄介な審判の笛は無い。

 智代のシュートは枠に飛ばないと思っているのか、キーパーもやや引きつりながらも余裕の笑みを浮かべる。

 だが、

 

 ドォンッ!!


 「へぷっ!?」


 ドシャァァァァァァァッ!!


 智代の放った強烈なシュートは、なんと相手キーパーの顔面を直撃!!

 不意に近い形でそれを食らったキーパーは、そのままゴールの中に吹っ飛ぶ!!

 そしてボールは……、


 カッ!


 ゴールバーに当たって……惜しくもゴールの前に転がる。

 「もらったぁ!!」

 

 ボスッ!


 それを目聡く狙っていた金色のハイエナが押し込んだ!

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