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第二章 4月30日 天使ちゃんマジペテン師

 中学の時に使っていたスパイクを履き、紐を結ぶ。

 合戦を前にした武士が鎧を一つ一つまとうように。

 紐の一締めとともに引き締まる精神。

 湧き上がる感慨と感傷。

 傷だらけとなり所々薄くなった革と、補強でシューズに巻いたテーピング。

 磨り減った靴底のポイント。

 日々の練習と幾度の戦場を共にした、うん千円の俺の鎧にして刀剣。

 こいつを履くのも、これが最後かもしれない。

 ふっ……。

 自嘲しながら立ち上がり、俺はグランドに向かった。

 

  

  

 点差は3点。

 ギリギリだが、追いつけない事もない点差で折り返してくれた。

 これも坂上智代の天運と言えるのかもしれない。

 残る問題はあと一つ。

 先輩達が俺の指示に従ってくれるかどうかだ。

 正直、それが一番のネックである。

 一人で敵を圧倒出来る様なテクも無い俺が、どんなに奮闘したところで高が知れてる。

 それこそ前半の智代の様に、ゴール前に張り付くしかない。

 そもそも、ここから無失点に抑えるだけじゃ負けなんだし。

 ゲームの流れを掌握する為にも、最低限味方には組織的に、こちらの予想通りに動いてもらえないと厳しい。

 渚さん達はうまくやってくれただろうか……?

 やや不安に思いながらグラウンドに着くと、何やら揉めている様だった。

 「はあ?どうして試合に出てないメンバーまで罰ゲームの対象になんのよ!」

 「俺らと演劇部の試合なんだから、当然だろ?こっちは前半の点数チャラにしてやるって言ってんだし」

 大柄で見るからにガラの悪そうなサッカー部キャプテンと、威嚇する猫の様に肩を怒らせた杏さんが言い争っている。

 そういえば、試合中にも何か話しているようだったが……あの二人の間にも何やら因縁が有るっぽいな。

 「オーキ!」

 俺に気付いた智代が、弾む様な小走りでやってきた。

 ぴちっとした体操着のおかげか、ご自慢の物をいつもより余計に弾ませながら。

 一瞬それに目を奪われたが、直ぐに目を閉じて緩んだ気と表情を引き締める。

 この程度のお色気で、容易くデレてたまるか。

 「試合に出てくれるんだろう?ありがとう。お前が一緒に戦ってくれるなら……」

 「それより、どうしたんだ?」

 心底嬉しそうな智代の言葉をあえて遮り、先輩達に視線を向けながら事情を訊く。

 「ああ、あれか……サッカー部がまた別の賭けを持ち出してきたんだ。前半の点差を無かった事にする代わりに、負けた方が勝った方の言う事を何でもきく事でどうかと言ってきた」

 「そうか……」

 やはり勝ちを確信してレートを上げてきたのか。

 まったく、如何にもな小悪党ぶりである。

 「坂上、お前は受けるよな?このままじゃ、どうせ負けなんだし」

 杏さん相手では埒が開かないと思ったのか、キャプテンがこちらの方に話を振ってきた。

 「私は……」

 「あんたの目的はどうせ椋でしょ!魂胆が見え見えよ!兎に角、こっちはそんな馬鹿げた賭け受ける気無いんだから、早く帰んなさいよ!」

 「てめえには訊いてねえよ。薄情な先輩だよなぁ。お前は選挙がかかってるってのによ。」

 させじと杏さんがまくし立てたが、尚もキャプテンはそれを鬱陶しそうに避けながら智代に答えさせようとしてくる。

 すると、智代は一度俺の顔をジッと見つめてから、自信に満ちた笑顔でキャプテンに言い放った。

 「私は、どちらでもかまわない。どうせ勝つのは私達だからな」

 「はぁ?……お前、頭大丈夫か?言っておくが、最初の一点みてえなビギナーズラックは、もうニ度とねえからな」

 「そんな物、初めから期待していない。前半は初めての試合に慣れていなかっただけだ。後半からは、こちらも本気を出す。それに……後半からはオーキも出るしな」

 「……」

 まったく、毎度毎度どっからそんな自信が……って、俺の名前出すなー!!

 智代の口上を聞いて、キャプテンが無言でムッチャ俺を睨んでくる。

 あんまり同じ学校の先輩を敵に回したくないんだがなぁ……。

 「お前達こそ、せっかく広げたリードを無くしてしまっていいのか?負けたら、あの春原を部に復帰させる事になるんだぞ。その覚悟は有るんだろうな?」

 「ふん、たかだか川上一人加わったところで、どうにかなる差じゃねえだろ。いいぜ、点差はこのままだ。坂上、てめえこそウチらが勝ったら本当に選挙降りてもらうからな!」

 唾を吐き捨てながら踵を返すと、キャプテンは自陣に戻っていった。

 リセットの方が楽だったのに……。

 まあいい。

 三点差がある事前提で策は練ってあるんだ。

 プランを変更せずに済んだだけの事。

 「どうも」

 後頭部に手をあてペコリと平身低頭で先輩達の輪に入る。

 「おお、よろしくな」

 「あんたねえ、来るのが遅いわよ!」

 「……」

 岡崎さんと、機嫌が悪いながらも杏さんは受け入れてくれている様だ。

 しかし、肝心の春原さんは面白くなさそうに口を尖らせている。

 ん?

 そこで俺はもう一人のメンバー、キーパーをやっていたお姉さんが居ない事に気付く。

 トイレにでも行ったのだろうか……?

 「……まあ、美佐枝さんもう帰っちゃったし、加わるのはいいけどさ……」

 帰った?

 春原さんのぼやきを聞いて、思わず隣の智代に小声で尋ねる。

 「帰ったって、さっきのキーパーやってた人か?」

 「ああ、うん。あの人が相楽美佐枝さんだ。前に話しただろ?」

 「えっと……元生徒会長のOB……いやOGか?」

 「そうだ。今は男子寮の寮母さんをしている。忙しいところを無理言って来てもらったんだが、お前が出るなら仕事が有るからって帰られた」

 「そうか……」

 いきなり計画が狂った。

 運動神経は良さそうだし、体力を一番温存してるから戦力として期待してたんだが……。

 何よりフットサルは何度でも選手交代可能だから、交代要員が一人居るだけで交代で休ませる事が出来る。

 しかし、それが出来ないとなると、後半もメンバー全員を給油無しで走らせるしかない。

 ただでさえ、前半でバテバテだと言うのに……。

 「って、早速二人でいちゃいちゃですか!?」

 春原さんの突込みで思考を中断される。

 おちおちヒソヒソ話も出来んのか。

 「ああ、いや……相楽さんの事聞いてた物で……」

 「……それより、試合に出るのはともかく、途中から来て仕切らせろってどういうつもりですかねえ?後輩のクセに……」

 「おにいちゃん!それはさっき説明したでしょ!」

 「そうだ。試合に勝つには、もうオーキに任せるしかないんだ」

 いや、ごもっとも。

 と思ったのは俺だけなのか、不平を漏らした途端に妹さんや智代からバッシングを受ける春原さん。

 不幸だ……。

 「いや、あの……仕切るって言うか、コーチングするだけなんで……」

 「せっかく川上さんが出てくれるって言ってるんだから、おにいちゃんは文句言わないの!」

 「大体お前は、経験者のクセにほとんど何もしてないじゃないか!」

 「それは、お前らが僕の話ちっとも聞かないからだろ!」

 「当然だ。お前の指示なんか、初めから当てにしてない」

 「陽平に指図されるのって、何か屈辱的なのよね」

 「自己嫌悪で死にたくなるよな」

 「そこまで嫌ですか……!」

 何とか俺はなだめようとするも、要らぬ援護射撃の嵐で春原さんは蜂の巣にされる。

 不憫だ……。

 出来れば春原さんにも納得してもらった上で始めたかったんだが……この雰囲気じゃなし崩しでいくしかないか?

 そう苦々しく思っていると、意外なところから助け舟が出た。

 「あの、春原先輩」

 「き、君は……天使!?」

 春原さんがそう錯覚したのも無理はない。

 彼の前に突如現れたのは、ボリュームのあるサラサラな長い髪の両端に白い大きなリボンを2つつけた、どこかこの世ならざる雰囲気を持つ神秘的な美少女だったからだ。

 「はじめまして。朱鷺戸沙耶と言います。春原先輩って、地元じゃ有名なストライカーだったんですよね?」

 「まあね~。これでも地元じゃ背番号9を持つ真のスーパー・エース・ストライカーとして有名だったよ」

 朱鷺戸があからさまにおだてると、グロッキー状態だった春原さんはたちまち息を吹き返し鼻高々になった。

 おおっ!ナイス朱鷺戸!

 その心の中での賞賛が伝わったのかの様に、彼女はチラリとこちらを見て得意気にウインクして見せ、籠絡を続ける。

 「すっごーい!春原先輩のスーパープレイ、是非見てみたいな~」

 「ふっ、任せておくれよセニョール。奇跡の逆転ゴールを、君に注ぐよ」

 「えっ……?あ……あはは……」

 「おにいちゃん……セニョールは男の人の事だよ……」

 妹さんは深い溜息をつき、朱鷺戸も春原さんがどういう人か理解したのか笑って誤魔化すしかなくなってきているのが見て取れた。

 いかんな……長引くとボロが出るぞ朱鷺戸。

 「でも、どんなに凄いストライカーでも、守備がザルだったり、パスが回って来なきゃ活躍出来ないと思うんですよ。だから、ここは川上君に守備やゲームメイクは任せて、先輩は前線でど~んと構えていればいいんじゃないかな~なんて……」

 調子が狂ったのか、はたまた流れが強引過ぎたと自分でも思ったのか、朱鷺戸の台詞は先輩の顔色をうかがいながらの尻つぼみになってしまっていた。

 ど、どうだ?

 「川上……お前……」

 クッ、さすがに朱鷺戸が俺の回し者だと気付かれたか……!?

 「作戦はお前に任せた!」

 「ありがとうございます!」

 春原さんがダメな人で助かった!

 アイコンタクトを朱鷺戸と交わし、目立たないように腰の位置で“グッジョブ!!”と小さく右手の親指を立てる。

 これでようやく始められるな。

 奇跡の逆転劇……の演出を。

 「では、まずポジションですが……春原さん最初キーパーお願いします」

 「OK!このグレート・スーパー・エース・ストライカーに任せて……って、キーパー!?フォワードの僕がキーパーやってどうすんだよ!!」

 食いつかんばかり春原さんが詰め寄って来る。

 やはり簡単には納得せんか……。

 「いや、まずは皆さんに守備の基本を覚えてもらって安定させたいので……」

 「だからって、僕が居なきゃ誰が点取るんだよ!!」

 「今オーキに任せるって言ったばかりじゃないか。黙って従え」

 「いや、でも、さすがにフォワードが居ないのはマズくないか?何だかんだで、サッカー部の奴等春原を警戒して常に一人はマークをつけてたから、全員で攻めてくる事が無かった訳だし」

 相変わらず春原さんに冷たい智代に対し、さすがは岡崎さん、見るべき所は見えていたってトコか。

 春原さんと岡崎さんの言い分はもっともである。

 だが、前半と同じ布陣じゃ埒が開かない。

 まずは流れを変える為にも、開かない埒を無理矢理こじ開ける必要がある。

 それには……。

 「フォワードには、坂上に入ってもらいます」

 「私か」

 「確かに智代ちゃんはスピードもキック力も有るけど、コントロールは小学生以下だよ。すぐふかしちゃうし」

 「小学生以下とはなんだ!?練習では、結構枠にいっていたはずだ」

 「試合でやれなきゃ意味が無いんだよ!前半一本もゴールの枠に行かなかったじゃないか!!」

 「仕方無いだろ!こっちはサッカー自体あまり慣れていないんだ!」

 「よせ坂上、下手糞は何の自慢にもならん」

 「……」

 俺がたしなめると、智代はむくれて恨めしそうに俺を睨んでくる。

 まったく……チーム全員の協力がなきゃ、勝てないと言うのに……。

 「ですが……こいつを何とか矯正しない事には、使い物になりません。逆に少しでもコントロールがつけば、相手にとって十分な脅威に成り得ます。なので、後半最初の課題は『守備の安定』と、『坂上のコントロール』のニ点でいこうと思います」

 「でもなぁ……」

 「キーパーって、確かチームで一番運動神経がいい人がやるんですよね?そうなると、先輩以外に適役っていないんじゃないですか?あたし先輩のスーパーセーブも見てみたいな~」

 「えっ?そう?」

 「そうですよ。暫くしたちゃんとフォワードに入ってもらいますんで、まずはキーパーのお手本を見せる意味でもお願いします」

 あまり乗り気でなさそうな先輩を俺と朱鷺戸で何とかなだめすかし、その後簡単にディフェンスの仕方を説明しただけでインターバルは終わってしまった。

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