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星の話をしましょうか



 私のあこがれるあの星は、一番最初に夜空で輝く特別な星。誰にでもみえるくらい強い光で、どこにいたってみつけられるんだ。でもね……。




 私には幼なじみがいる。お隣に住む一つ年上のあらた君。私の大好きな幼なじみのお兄ちゃん。

 六月のはじめ、早めの夕飯を食べ終わったあと、私は望遠鏡を担いでママチャリにまたがる。目指すはチャリで十分の海岸。

凪沙なぎさ、どこ行くんだ? ……って星か」

 ふり返ると、お隣さんちの玄関に新君がいる。ハーフパンツ、ゲームシャツの袖をまくり肩を出している新君。これから自主トレをするみたいだ。

「うん、部活のみんなと海まで」

 私は天文部に入っている。今日は部活のみんなで観測をする日なのだ。といっても、東京まで電車で一時間の距離にある、ビミョーに栄えたこの街では、多くの星はみられない。せいぜい二等星くらいまで。

 毎年、夏休みになると星が綺麗な場所へ合宿に行く。ゆるい部活だから、そのときしか現れない幽霊部員と一緒に、バーベキューや肝試しをしながら星を観るのだ。二年生の私は、顧問の先生と一緒に今年の合宿先を考えたりして、週に二回の部活を楽しんでいる。
 新君は同じ高校の三年生。サッカー部のエースで、ものすごく頭がいい。文武両道でイケメンのスーパー幼なじみだ。
 私たちの通っている学校は学区トップの公立高校だけど、私は運よく合格できたレベル。新くんはたぶん私立の難関でもいけるくらい頭がいいはず。とにかくなんでもできる幼なじみだ。

「俺も行っていいか?」

「ええっ!?」

 天文学部はゆるい部活だから、部員以外の参加や部活の掛け持ちも大歓迎だ。でも、サッカー部のエース様の飛び入り参加には少々問題がある。

「なんだよ、その反応……」

「だって新君が一緒だと、みんなのテンションがやばいことになるじゃん」

 学校一のモテ男。新君が突然現れたら、きっとみんなはびっくりする。それに服装だってティーシャツやジャージなわけで、事前に教えなかったことを恨まれそうだ。新君が来るなら、みんなオシャレしたかっただろうな。

「知るかよ……。どうせ、俺も海まで走りにいくつもりだし」

 私たちの家から数百メートル南へ向かうと海に出る。海沿いはサイクリングロード兼ジョギングコースになっている。
 景色がいいからといって、このサイクリングロードを安易に使うのはハイリスク。結構な頻度で目に大量の砂が入るレベルの強風が吹いている。ランニングならまだいいけど、サイクリングロードなのに、砂の吹きだまりにタイヤをとられることがある。ママチャリには少々過酷な道なのだ。

 新君はジョギング。私はマネージャーではないけれど、ママチャリで彼のうしろを追いかける。
 夜七時半の海岸は、意外にも人が多い。サイクリングロードには、新君と同じようにジョギングをしている人や、犬の散歩をしている人が大勢いるのだ。
 しばらく進むと新君がスピードをゆるめ、私のママチャリに並んでくる。

「あのじいさん、筋肉すげーな。お前めっちゃみてんじゃん!」

「筋肉ある人ほどすぐ脱ぐ伝説! あのおじいさんは自慢したくて脱いでるに違いない。だからみた! なにか問題が!?」

 夜のトレーニングにいそしむ、屈強な筋肉老人推定年齢六十歳に目をうばわれながら、私たちは目的地まではしる。
 夜の海は、波も風も穏やかだ。心地のよいリズムで波の音が耳にとどく。この街で育ったせいか、穏やかな波の音は、静寂よりも心地よく感じる。
 進行方向には鈍く光る島の灯台。十年くらい前に建てかえられて、入場料を払えば展望室にあがれる、いわゆるデートスポットだ。展望室の営業時間中はもっと明るく輝いているけれど、今はもう明かりの数が減らされている。
 雲はなく、天体観測にはもってこいの空模様だった。
 目的地はサイクリングロードと砂浜の間にあるウッドデッキ。長いサイクリングロードの途中、数カ所にこういう場所がある。
 私たちが到着したとき、部活仲間の男子一名、女子二名はすでに準備をはじめていた。LEDランタンを置いて、望遠鏡をセッティングしている。

「凪沙! 遅いよ」

「ごめん……あ、あと先輩が飛び入り参加なんだけどいい?」

 女子二名が恥ずかしそうに、こくんこくんと頷き、新君の飛び入り参加に同意する。みんな私と新君が幼なじみだって知っているから、一緒に来たことにはべつに驚かない。

「自主トレの途中だから、こんなんでゴメンね。よろしく」

 首に巻いていたタオルで汗をぬぐいながら、新君はめちゃめちゃ爽やかに歯をみせて笑った。わりと外面そとづらがいいのが腹が立つ。
 爽やかに笑っているけど、けっこうな距離を走ったから、汗だくで隣に立つ私のところまで熱気がムンムンやってくる。
 新君は爽やかさとは無縁の汗だく男だ。そこは友人たちにちゃんと伝えないと。そんな使命感で私は彼をにらんでみる。

「新君、もしうしろに黒いスクリーンがあったら水蒸気がみえるはずだよ!」

「あははっ、ごめんな凪沙。暑苦しい幼なじみで」

 ダメだ、汗だくでも爽やかイケメンだった。
 私たちが準備をするあいだ、新君はスポーツドリンクを飲みながら、涼んでいる。自分のぶんだけではなく、お礼だといってみんなにドリンクをおごってくれた。
 イケメンは一人あたり百三十円の出費で、ハートをつかんでしまうものらしい。本当にやめてほしい。

 望遠鏡の組み立ては簡単だけど、お目当ての星をみつけるのが意外と大変だ。丁寧に根気よく作業して、やっとその星にたどり着く。

「なぁ、星ってどんなふうにみえるの? おもしろい?」

「星は、拡大しても星だよ! ……でも今日のお目当ては、普通の星じゃないけどね。ほら、覗いてみて」

 私はゲストの新君に先に星をみせてあげることにした。何十光年、何百光年も離れた場所にある星の光は、拡大してもただの光。でも、そうじゃない星もある。今日はそれを観測するのが目的だ。
 新君は望遠鏡を覗いて、しばらくそのまま黙りこむ。

「お、おお! なにこれ? しまということは、木星か……?」

「あたり。さすが新君は専門外でもそれなりだね」

 目が慣れると、はっきり縞模様がみえるはずだ。土星の輪、木星の縞模様やその衛星、月のクレーター。こういうのは、高校生が買えるレベルの望遠鏡でも観測できる。

「惑星ってよい明星みょうじょうってやつ? 金星しかみえないんだと思ってた」

 新君が素直に感心してくれるので、私は嬉しくなる。一番星イコール金星。そんなふうに思っている人も多いけど、実際にはそうじゃない。
 太陽系の内側にある惑星は地球とは違う軌道を、それぞれの周期でまわっている。
 今年はちょうど春から初夏にかけて、木星が観測しやすい期間なのだ。そして、今夜の一番星は金星ではなく、木星だった。

「ふーん。一番光ってる星が、反射してるだけってのは皮肉だな」

 惑星はみずから光を放って輝いているわけではない。地球から光ってみえるのは月と同じように、太陽の光が反射しているだけなのだ。

「まぁ、そうかもしれない」

 そうかもしれない。でも、私はこう思う。私の世界も、私の宇宙も、私の目にみえる範囲しか存在しない。みえないもの、知らないことは私にとっては存在しないのと変わらない。いまさら天動説を唱えるわけでもないけれど、ほとんどの人間が自分を中心に宇宙をみている。
 それでいいじゃないか。だって、宇宙的規模で考えたら、めちゃめちゃ小さい月という衛星が、海の満ち引きを起こすんだから。

 私の世界では太陽と月が巨大な天体で、火星と木星がまばゆい光を放つ星。それでいいと思うのだ。

 中途半端に栄えているこの街では、観測できる星は多くない。一時間でお開きムードになり、撤収作業が始まる。

「先輩のお兄さんは来年ヨーロッパですか!?」

 突然、唯一の男子部員からそんな話がでてくる。文化系部員でもそういうことに興味があるんだ。
 新君のお兄さん、しゅう君は高校卒業後にプロのサッカー選手になった。高校はサッカーの名門校だけど、うちの高校でもよく知られている。というより、ときどきテレビに出るくらいの有名人だから「市民の誇り」的な存在かもしれない。

「ああ。俺も詳しくは知らないけど、そうなったらいいなぁと思うよ」

 新君はあくまでも笑顔。でも、私は知っている。新君は修君の話が嫌い。きょうだいのいない私には、有名人の兄を持った気持ちなんてわからない。
 私が出しゃばって、その話はしないでなんていうのもどうかと思う。新君は外面がいいから、気にしない顔で聞き流すのも、話題をそらすのもうまいから。そういうところは大人なんだ、高校生だけど。

 私がちらりと新君の顔をみていると、目が合ってしまった。なんだかとても気まずくて、私は思わず下を向く。
 新君の気持ちなんて、私にわかるはずはない。他の人よりは少しだけわかるかもしれないけれど、知ったかぶりなんてしたくない。だから、私が同情しているなんて思わないで。

 私はただ、どうしたらいいのかわからないだけなんだ。新君がどうすれば喜ぶのか、少しだけわかるけれど、全部じゃないから不安になる。




***




 君のあこがれるあの星は、みずから光を放たない。誰かの光が反射して、輝いているようにみえるだけの虚像。君はそれを、いつから知っていた?




 あからさまに視線を逸らすな、アホ。少なくとも俺は、高校に入ってからは一度だって人の前でキレたことなんてない。兄貴の話で不快な顔なんてしていない。動揺してるのは凪沙だけだ。

 後輩たちの話に適当に相づちを打って、撤収作業を手伝う。望遠鏡は組み立て式で、けっこう安っぽい。あんなものでよく惑星なんて観察できるな、と正直感心した。

「それじゃ、また明日!」

「寄り道しちゃだめだよ」

「おつかれでーす、先輩もまた来てくださいね」

 他の三人は俺たちとは反対方向に向かうらしい。それぞれ挨拶をして自転車にまたがり、去って行く。
 俺は凪沙の望遠鏡を担いで、彼女は自転車を引いて、ゆっくりと歩き出す。そういえば自主トレをしに来たはずだったが、そういう気分も失せてしまった。

「ちょっと、自転車とめておけよ」

「え、ええ?」

 しばらく歩いたところで、俺は凪沙を砂浜へ誘う。浜と道のあいだには、竹っぽいなにかで作られた砂止めの柵がある。それが途切れる場所には階段があって砂浜に行けるようになっているのだ。
 凪沙は嫌そうな、というより不安そうな顔をしている。二人のあいだにある、暗黙のルールから逸脱いつだつしそうなことを悟っているのかもしれない。実際しようと思っているから、まぁ仕方がないが。
 広い砂浜の真ん中あたりに俺が座れば、微妙な距離をとって凪沙も座る。

「人生相談」

「え、私に相談して参考になるの?」

「参考にするかどうかは俺が決める。……お前、俺の進路知ってるか?」

「国立大学、目指すんじゃないの?」

「そうなんだけど、サッカー強ぇ私大からも声かかってんだよな、じつは」

「引く手あまた、だね」

 凪沙は空をみながら俺の話を聞いている。
 そもそも俺には兄貴ほどの才能がなかった。中学のときからそんなことは自覚していて、だから兄貴と同じようなサッカー強豪校には進学しなかった。学業最優先でサッカーは趣味程度、そう割り切れればいいのに、それもできなかった。
 今の高校を選んだのは、あくまで学業優先だけどサッカー部が公立の中ではかなり強いほうだったから。自分でもダセェと思う。とにかく中途半端なんだ。

「どっちがいいと思う?」

 凪沙と目が合う。さっきは思いっきり逸らしたくせに、今度は俺の思ってることを読み取る気で、じっとみつめてくる。見透かされている。そんな気がしてくる。

「わかんないよ。……だって私、自分の意見じゃなくて新君の望んでるほうを言っちゃうから」

「俺の?」

 俺にとって、凪沙の答えは意外なものだった。

「サッカー選手はハイリスクだぜ、とか。修君は高卒でプロだぜ、とか。あと公立のエースなんて全国レベルの高校じゃ補欠だよ、とか? だから、べんきょーがんばりなよって。……中学のときに決めたこと、けちょんけちょんに全否定されたくないわけでしょ?」

「おまえ、今の……グサッとくるんだけど」

 なまじ俺のことを知っているだけに、攻撃力が予想以上に高かった。俺は凪沙に聞いてしまったことを後悔しはじめる。

「質問がずるかったから、わざとです。なにが言いたいかというと、新君が求めている答えを探しちゃうから、客観的な意見は言えないってこと」

 だから、学業を選べ。そういう理由ならいくらでも思いつく。凪沙の言ってることは、いつも俺が頭の中で考えていることだった。
 たぶん俺は「やっぱり夢を追うことにしました」みたいなことはできないし、そもそもプロサッカー選手になりたいわけでもないような気がする。兄貴と年齢的なもの以外のあきらかな差を感じて、とっくに違う道を進むことを決めている。
 けど自分の将来について“兄貴とちがう道”ということ以外に具体性がない。だから、ただ逃げているだけなのかもしれないという不安が常にあるわけで。
 結局俺は、他人からの評価が気になっているだけなのかもしれない。俺が劣っているから、兄と同じ道を進まないのだと周囲に思われるのが腹が立つ。それだけなのかもしれない。

 凪沙は「新君の望んでるほうを言っちゃう」らしい。それなら本当に俺が望んでいることだけを言えばいいのに、結局すげぇムカつく答えを言いやがった。
 ちげーよ。俺は、おまえに勉強がんばるほうが正しいって、後押ししてほしかっただけだ。わかっているくせに余計なことまで言いやがった。

 だから、ちょっと彼女を困らせてみようと思う。

「もう一つ、聞いていいか?」

「なに?」

「おまえ、なんで俺のことが好きなんだ?」

「はぁっ!? ……それ、聞いちゃいけないこと! ルール違反!!」

 たいした明かりもないから、よくみえないが、きっと彼女は真っ赤になっているんだろう。期待どおりの反応に、俺は笑った。
 それと、正直に言えば少しびびっている。俺は引き返せない質問をしたのだから。
 たぶん、お互いに意識していることは、なんとなくわかっている。家族ぐるみで仲がいい俺と凪沙は、暗黙のルールでその話を避けていた。

「いや、マジな話。昔から兄貴より俺のほうが好きだろ?」

 兄貴をよく知っていて、俺のこともよく知っている。兄貴と比較しないでいてくれるんじゃない。その逆で、比較してかつ俺になついているのが凪沙という子だった。

「……今日さ、新君は私のこと心配して、ついてきてくれたんだよね? たぶん、そういうところだと思うけど?」

「心配つーか、男子部員がどんなんかなぁと。確認と牽制けんせいかもな」

 要するに、俺がわりとかまうので、凪沙は俺に好意を持っている。俺は、俺になついている凪沙が気になる。気になるからかまう。ポジティブに循環してるというわけだ。
 好循環のはじまりはいったいどちらからだったのか。付き合いが長すぎて結局わからない。

 俺は思いきって凪沙の手を握ってみる。一瞬びくっとなって、俺から逃れようとする。握力には自信があるので。強く握り、その手を離さなかった。
 しばらくすると、凪沙の手から力が抜ける。抵抗するのをやめたらしい。

「おまえ、今なに考えてる?」

「……いや、結構冷静に、自分でも驚くほど冷静に。お母さんにバレたら、男子が親にエロ本の隠し場所バレたのと同じくらい恥ずかしいなぁ、と」

「奇遇だな……、俺もだ。女子がまちがえて男子便所に入ったくらい恥ずかしいと思うぜ」

 なにかを選んだあとは、そのあとの人生が劇的に変わるような気がしていた。でも、実際にはそうでもないらしい。
 選んだあとに考えているのは、親にバレたら死ぬほど恥ずかしいという、至って平和な悩みだった。




***




 私の大好きなあの星は、とても近くにある星だ。
 六月の南の空の高い位置。日が暮れたばかりの空に、どの星よりも早く……。
 スピカよりもアルクトゥルスよりも明るく輝くその星は、みずから光を放たない。

 でもね。同じ太陽のまわりを、あと何十億年一緒にまわり続けるのかな。




 おわり


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