第29夜:トロイメライを聞きながら・・・ 6番
一純達が帰路へ着く頃には、辺りは夕闇に包まれ、通学路にも人らしい人影は見当たらなくなっていた
凛と麻紀音もそれぞれの帰路に着いており、一純も、隣で石灰化している小夜の手を引きながら、背中で可愛い寝息をたてている少女をおぶさって、自宅へと足を進めている
小夜は叔母さん呼ばわりされたのが余程堪えたらしく、燃え尽きたボクサーのようになりながら「オバサンオバサンオバサン・・・・・・」と呪文のように呟いている。正直、このまま三日くらい放置していたら、得体の知れない何かを召還してしまいそうな勢いだ。というか、ぶっちゃけ怖い
・・・・・・冗談はさておき、小夜は放っておいても問題無しという事にしておいて、放置しておいて問題な方は、背中でレム睡眠してらっしゃるこの娘さんだ
一純は、歩きながら思案に暮れる
話の流れと、なし崩し的な勢いでそのまま連れてきてしまったが、両親にはなんと説明したら良いだろうか
普通、高二の息子がいきなり「娘が出来ました」と言って、十歳そこそこの女の子を連れてきたら、普通の親の反応であれば、ショックで心臓麻痺の一つでも起こしかねないだろう。おまけに、それが頭にでっかい角を生やした娘さんだったら、サービスで精神病の一つでも付いてきそうだ
しかし、高倉家の親御さんは、いろんな意味で普通の両親ではないので、そこのところの心配はしなくても大丈夫だろう
逆に「初孫ヤッホーイ!」とか言いながら小踊りして喜ぶだろう
父親は兎も角、母親の方はそういう人間だ
逆に問題なのは、承諾を貰ったその後だ。うま〜く背中のこの子の事を説明してやらないと、後々になってからひじょーーーーーーーーーに後悔する羽目になるだろう
父親は兎も角、母親はそういう人間だ
一度、一純が母親と一緒にTVでフランス料理の番組を見ていた時、何の気なしに「こういう人に料理を習ってみたいもんだ」と言ったら、一週間後の同じ時間、一純はパリ行きの飛行機の中で、現状を把握出来ないまま離れ行く日本の大地を見下ろしていた
勉強にはなったが、その一方で、母親の前で軽はずみな言動は控えようと思った瞬間である
今回の事も下手すれば、母親の悪ノリでメンドクサイ事になりかねない
そんな事を考え、難しそうな顔になる一純
眉間にしわを寄せ、難しい顔でうーんと唸る
「そんなに心配しなくても大丈夫ですよ兄さん」
一人、頭を悩ませ唸っていたら、不意に隣から声を掛けられる
視線を横へ向けると、つい数秒前まで明日のジョーしていた小夜が、モノクロからカラーへと復活を遂げていた
「お前、もう大丈夫なのか?」
さっきまで燃え尽きていた人間が急に復活したのだ。いろんな意味で心配になってくる
「ええ、何とか」
説明しよう。さかのぼる事数秒前、一純に手を繋がれている事実に遅ればせながら気づいた小夜は、その興奮によって脳内のドーパミンやら何やらの脳内麻薬がドッパドッパと溢れ返り、通常の78倍(当社比)という脅威的なスピードでの復活を遂げたのだ(精神的に)。以上、説明終わり
そして、この機会を逃すまいと、小夜は握られている手に更なる力を込め、話を続ける
「単身赴任の父さんは勿論の事、母さんの方も最近はあまり帰ってきませんし、言い訳を考える時間は沢山あります。それにその気になれば、二人が来る時だけ誰かに預けるというのも」
小夜が言い切る前に、一純が言葉をさえぎるように掌を向ける
「・・・それは駄目だ。どういう結果になろうとも、この子の説明だけはしっかりする」
一純は、ハッキリと強い口調でそう答える
言葉の一つ一つから、迷いなど一切無い、強い意志が感じられる
小夜の方も、多くを聞かずとも、兄のその言葉の意図を汲み取っていた
「・・・そうですね、この子自身に後ろめたい事は何も無いのに、コソコソと隠れるような生き方をさせるなんて可哀想ですものね」
そう言うと小夜は、一純の背中で眠る少女の頭を優しく撫でる
オマケに、いつもの小夜からは想像出来ないような、慈愛に満ちた顔をしている
一純は心の中で、いつもこんな調子でいてくれたらなぁと思ったが、口に出したら絶対機嫌を損ねるだろうから、口にチャックをしておく事にした
「まあどの道、良い言い訳が考え付くまで、母さんが帰ってこないに越した事はないとは思いますけど」
「そうだな、流石に昨日の今日じゃ言い訳も思いつかない」
昨日の今日どころか、つい数時間前までは娘ができる事すら想像できなかった、というか誰が想像できただろうか
そうして話している間に、何時の間にやら自宅まであと数メートル
前の角を曲がれば、晴れて帰宅とあいなるワケだ
「いっその事、正直に話してみてはどうですか?母さんなら一秒も迷わずに信じると思いますけど」
「それもケースバイケースだ。後々の事を考えると下手な事は言えないから、やはり時間をかけて言葉を選んだ方が・・・・・・」
そう話しながら曲がり角を右折、そして向かって左に見える我が家を見て・・・正確には、我が家の車庫を見て、兄妹は顔が固まる
兄妹の視線の先、車庫の中には黒い大型バイクがその存在感を誇示するかのようにデンと停まっていた。確かホンダのワルキューレとか言う名前のバイクだったと思う
高倉家であんなモンスターマシンに乗る人間は、一人しか頭に浮かばない
「・・・・・・昔からこういう人でしたね。どうでもいい時にはいない癖に、いて欲しくない時にはまるでタイミングを計ったかのようにやってくる・・・」
「奇遇だな小夜、俺も同じ台詞を言おうとしていた」
そして、二人ともタイミングを計ったかのように、同時に溜息を吐く
なんにせよ、これで一純たちに小細工を考える時間は無くなってしまったワケである
「小夜・・・、腹を括るとしようか」
小夜も無言で頷く
背中の少女だけが、何も知らずに幸せそうにムニャムニャと寝息をたてるのだった
一純がゆっくりと玄関のドアを開くと、バタバタと騒がしい音と共に、誰かが居間から飛び出してくる
泥棒やそれらの類でないのなら、現在この家の内部にいる人間は必然的に限られてくる
小夜は隣にいるし、父親も連絡無しで急に帰ってくるという事はまずない
となれば、居間から出てくるのは一人しか存在しない
「おっかえんなっさーい!!少年少女―!!」
居間から出てきたのは、無駄に元気の溢れる女性
外見は、セミロングの髪を右側だけショートポニーのように結び、左の目に片眼鏡、いわゆるモノクルというヤツをかけていて、無駄に印象的な装いをしている20代後半の女性
しかしその正体は、高倉家が誇る半永久稼動式無公害騒音発生装置こと、一純と小夜のマザー、高倉 三日月その人なのである
マザーの響きとしては、お母さんと言うよりはエイリアンのマザーの方が正しい気がする
実年齢は40代そこそこのはずなのだが、そんな事を物ともしない若さを誇る、なんとも恐ろしい女性である
きっとストレスとかと無縁な人なんだろう、性格的に
しかしそれ以上に驚愕すべきは、そのスタイルだ
もう、何と言うかボン!キュッ!ボン!をそのまま形にしたようなスタイルである
そんじょそこらの小娘なんぞ、指先一つでダウンだ
同じ血を受け継いでいるはずなのに、ちっとも成長の兆しが現れない小夜とは雲泥の差である
きっと出産の際に、小夜のほうに行くはずの栄養を、全て吸い取ってしまったに違いない
三日月は、わが子達の姿をロックオンすると、見たこともない母独自のステップを踏みながら、更にスピンを加えつつ、一純達に飛び込んで来た
「今日は本当は偉い作家さんの直木賞受賞記念の祝賀パーティーがあったんだけどアタシの第六感が家に帰った方が面白い事があるって訴えかけてきたから式の途中からドロンさせてもらってバイクぶっ飛ばして帰って来ちゃったー!!途中でパトカーのサイレンとか聞こえたけど法定速度のトリプルスコアで逃げ切ってやったさー!!今日の晩御飯なにオゲッ!?」
息継ぎもせず、句読点も無しで一気にまくし立て飛び出してきた三日月は、案の定足がもつれ、盛大に転んでひっくり返る
しかも、殆ど何言ってるか分からない
「痛い、痛いよ〜・・・」
ずれたモノクルを直しながら、ヨロヨロと立ち上がる三日月
頭には、漫画みたいなタンコブをこしらえている
その様子を、頭痛を感じながら見守る一純と小夜
自分達に、この母親のDNAが混じってるのだと思うと、それだけで恥ずかしくなってくる
「・・・母さん、いい大人なんだから、もう少し落ち着きを持ってください」
無駄と分かりながらも、数万分の一の奇跡を信じ、母親を諭す小夜
「なにさー!!落ち着いてるのがいい大人だっていうならアタシ大人になんてなりたくないやい!!」
四十過ぎの熟女が、子供のような事を喚きながら口をとんがらせる
小夜は、本当にこの人が自分の母親かどうか疑いたくなってきた
(・・・私と母さんって本当に血のつながりがあるのかしら・・・全然似てないし、スタイルだって・・・・・・あぁ、いっその事、実は私が養子で、兄さんとは義理の兄妹だったなんてオチにならないかしらね〜、そうすれば色々と面倒な事を考えなくても兄さんとの結婚まで漕ぎ着けられるのに)
言っておくが、そんなエロゲーのようなシナリオは一切無い
出産直後の証拠写真もある
小夜がありえない妄想に浸っていると、三日月がジ〜ッという効果音を出しながら、一純の後方を見つめる
どうやら、一純の背負っている物体Xを捕捉してしまったらしい
全く、こういう事に関しては本当に目ざとい
「ありり〜?なに背負ってんの一純?夕飯のおかず?」
首をかしげ、ペコちゃんのような顔をしながら、息子の背負った少女を覗き込む母
人食い人種かアンタは
「それとも、少年が思春期特有の青い性を爆発させ、道行く名も知らぬ幼女を本能の赴くままテイクアウトしてきちゃったのかな?そして、何も知らない青い果実にあ〜んな事やこ〜んな事をしちゃうつもりなのかい?そういう事なら、是非是非アタシも混ぜて」
「ち・が・い・ま・す!!!」
小夜が怒気を孕んだ声を放ちながら、エロ親父のように手をワキワキさせている三日月を睨みつける
こんな性格の母親の為か、小夜は三日月に対して非常に厳しい
普通は逆だろうが、この母親だったら納得だ
「・・・うぅ、ちょっとした冗談じゃんよぅ。そんなに睨まなくたっていいじゃないの〜」
娘の怒りの眼光に、シュンと大人しくなる三日月
そんな二人の様子を、疲労感を感じながら見つめる一純
そしてその背中で眠る、まだ名もない少女。一純の右肩に、顎を乗せるように体重を預け眠っている
巻き角がゴリゴリと一純の頭に当たっている為か、一純は頭を少し斜めに傾けている
そして、三日月が大人しくなった時を見計らい、本題を切り出す事にした
一純は背中に背負っていた少女を、三日月がしっかりと見えるように、背中から前のほうに持ってくる
そして少女を抱っこした状態になると、三日月を見据えこう言った
「母さん、娘が出来た」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
三日月のみならず、小夜まで硬直している
それもそのはずだ。さっきまで散々考えてモノを言おうと話していたのに、蓋を開けたら「娘が出来た」の一言だ
(ちょっと兄さん!?そのまま言ってどうするんですか!!)
小声で一純に言う小夜
(・・・いや、改めて母さんを前にしたら、何を言ったとしても無駄のような気がしてなぁ・・・。それなら、最初から正直に言おうと思って)
同じく小さな声で、申し訳なさそうに返す一純
そして、チラリと三日月に視線を移す
流石の三日月も、突然の発言に目を丸くして固まっている
そして、たっぷり数十秒の時間をかけて現状を把握してゆく
「・・・・・・・・・・・・・は」
三日月の口から言葉が漏れる
「「・・・は?」」
しかし、声が小さく一純と小夜には聞き取れない
心なし、三日月が小刻みに震えている
二人とも、嫌な予感がした
まるで、火山が噴火を起こす予兆のようなこの溜めに
そして、二人の予想通り
「初孫ヤッホォォォォォォォォォォォォォォォォォイ!!!!!!!!!」
火山は盛大に噴火した
to be continued・・・・・・
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