悪役転生!
※ネタバレ。主人公はクズです。クズです。
産まれた時から前世の記憶があった。
前世の自分は平凡な社会人だけど、人と変わったところを挙げるなら乙女ゲームが好きだったことかな。
特に嵌ったのはファンタジー風育成乙女ゲーム『女神様の名のもとに』 R-18の。
結構大手メーカーが作ったんだけど、発売前から凄かった。まず製作者が「ギャルゲ好きにも楽しめるように作った」 と不安を煽り、発売したらヒロインが高貴な血筋のご落胤、清楚で儚げな容貌に内気で大人しい性格、(ストーリー的に) よく喋る。
うん、「誰が共感するんだ」 「自己投影できないにもほどがある」 「ヒドイン乙」 と酷評されてクソゲー扱いだった。
私は好きだけどね! スチルに出てくるヒロインの腰周りは夜中に奇声をあげるくらい素晴らしかった……。製作者が萌えに突っ走ったゲームでもいい。だって萌えるんだもん。
あとヒロインがやたら不遇なのも素晴らしかった。その世界では女神様が絶対で、女神の神託を受けられるのが王族の女性、しかもゲーム開始時は悪役お嬢様、カンナしか適任がいないとされていたのに、突然ヒロインのライラ(デフォルトネーム)が出てきちゃうものだから、カンナの暴走はまあ、気持ちは分かる。
とにかくヒーローには疑われ、カンナにはネチネチと苛められ、それでもヒロインはペロー版シンデレラのように優しく強く生きて、一年後、ヒーローの誰かと結ばれ、カンナは苛めの事実が明るみになり巫女の資格剥奪と。あ、巫女は普通に結婚できるそうです。
ずっと思ってた……生まれ変わるならカンナになりたい……ヒロインをこの手で苛めてみたいって。それくらい私にはライラが可愛かったの!
そしたらカンナになってたんだもん! ありがとう神様! 私期待に応えます!
◇◇◇
待ちに待ったヒロイン、ライラとの会食が行われた。ゲームでもこれが初の対面となる。亡き母の遺言に従っていたら、あれよあれよと王城に連れてこられ、気がつけば巫女候補としてカンナと親交を深めるようにと晩餐会に出るよう勧められたライラ。当然だね。人が少ないから一人でも候補は確保しておきたいし。
一応ゲームでは、カンナはライラに嫉妬剥き出しで「さすが庶民出ですこと。マナーがなっていないわ」 とちくちくすることになっているんだけど……。
もちろん私はそんなことしない。それどころかこの日に向けて準備を進めてきた。左右の侍女に命じて例のものを持ってこさせる。……そういえばこの侍女達、後半にはカンナの苛めを見かねて終盤にはライラ側にまわるんだよね。まああと半年もあるし。今はそれよりヒロイン!
豪華な場所で生まれたての小鹿のように震えているライラに優しく声をかける。
「そんな緊張なさらないで。私、仲間が増えてとても嬉しいの」
「そう、ですか? あの、私もカンナ様と会えて嬉しいです。ずっと雲の上の存在だと思っていたのに……」
ゲームに声はついてなかったけど、期待以上の声でテンション上がった。スイートな声だよ……早く泣かせたい。
「まあありがとう。それで……今日は貴方のために現代知識を駆使し……ゴホン、貴方のために私、特別な料理を用意しましたの」
「?」
「来たようですわ。さあどうぞ」
「……!」
ふふふ、声も出ないか。私が現代知識を駆使し、ファンタジー世界に降臨させた……
たわしコロッケ。
「あらあ? どうしたのかしら? お口に合わない?」
「いえ……いえ……そんな……」
「遠慮なさらないで? ちゃんと代えもありますのよ?」
私がこれで終わるはずがない。侍女に命じて例のものを持ってこさせる。
お母さんの遺言書の串カツ。
盗んでないよ? ちゃんと今返したから盗みじゃないよ? お着替え中にちょっと侍女に頼んで借りただけだよ?
見た瞬間、わっとテーブル突っ伏して泣き出すライラ。ぞくぞく。やはり苛めるなら少女に限る。それにしてもヒロインが苛めに屈して泣き出すなんて中盤以降じゃないと見れないし、とあるヒーロールート限定のはずだけど、まあいいや! だって私はこの手で泣かしてみたかったんだもん! 中盤以降でしか見られないはずのヒロインの泣きにテンションはうなぎ上り。だが私は更なる高みに行く。
「まあまあ、感動の余り泣いてくれたのね? 嬉しいわ。ならこちらも応えなくては」
侍女に命じてライラを拘束する。あれ、一人消えてる……まあいいや。とにかく身動きが取れないようにして、串カツを口元に運ぶ。ハァハァ、ヒロインにあーん……。
「さあ! ご遠慮なさらずに!」
「うぅ……お母さん!」
串はちゃんと先っちょが丸いやつだよ。ライラの顔に傷でもついたら大変だもの。あと本当に食べようとしたら止めるよ。でもやめない。
ふふふ楽しい。この会食が終わったら、次は学校で靴に画鋲入れたり、トイレに入ったら上から水をぶっかけたり、教室からヒロインの机を放り投げて「お前の席ないから!」 って言うんだ……。現代知識万歳。
「さあ! さあ!」
「そこまでだ!」
と、水を差すように扉を盛大に開けて現れたのは、一応このゲームのメインヒーローのゼラムさん。横に侍女の片割れがいるということは……連れて来たのお前か!
「ライラ! く、よくも……!」
ゼラムルートだとエンディングでライラに一目惚れしていたことが分かる。でも彼の立場は一応カンナ――今の私の婚約者。この辺の葛藤はルート通して丁寧に書かれてたからいいんだけどさ。
「ぶっ!」
少なくともこの時点で婚約者を問答無用で殴るようなやつじゃなかったはずだけど!? 何で私殴られてるの!
「ゼラム様、いけません!」
「離せライラ! こいつは君に酷い事を……」
「違うのです、私はただ、その、カンナ様におもてなしを……」
おおさすがヒロイン、良い子良い子。でもゼラムの疑いの目は消えてない。えー、私まだまだ悪役張る予定なんですけど! えーと、この場を丸く収める言い訳は……。
「カンナ、ここで何をしていた! いや言わなくとも分かるが」
「……女子会?」
「こんな女子会があるか!」
やっぱだめか。それにしてもゼラムがヒロイン助けるのって後半以降じゃなかったっけ? 何よ私がせっかくヒロインといちゃこらしてたのに。そっちがその気なら……。
「立て! とにかくこのことは伯父上達にも報告して……」
ゼラムが腕を掴んで立たせようとする。それを大げさに痛がって見せる。
「痛い! やめて何するの!」
「……っ、俺だって、本当は婚約者の君にこんな事したくは……」
「そんな事をおっしゃるけれど、どうせ私に乱暴する気でしょう! ○○○を×××して△△△でライラと□□□するんでしょう! エ○同人みたいに! ○ロ同人みたいに!」
「……何を言ってるんだあああああ!!??」
ゲームに実際にあったルートですが。
どうでもいいけど、あれカンナのスチルで終わるから実質カンナルートと言われてるけど、カンナのあのさぞ良いもの食べてたんだろうな、そういえば動かなくてもいい身分だったな……と言わざるを得ない腰つきはいただけなかった。今見たらギャルゲでメインヒロインが母親と同じ名前だった時と同じ居た堪れなさを感じそう。自分がカンナだし……。
「え○どうじん……?」
! さすが育ちが庶民でも愛されて育ったヒロイン。こういうのは知らないのか、ふむ。
「貴方! こんな事も知らないの! これは王族に伝わる神聖な呪文的な何かよ! 多分!」
「そ、そうなんですか!」
「特別に教えてあげるから今覚えちゃいなさい、○○○、×××、△△△、□□□……はい復唱!」
「えっと、○○……」
「う、うわあああああああ!!!!」
ああ純粋なヒロインが騙されてる、可愛い……あとで意味を教えたらどんな顔するのかしらうふふ。でもゼラムはうるさい。邪魔しないならいいけど。
そんなノリノリの私に忍び寄る影があった。さっきから黙って立っていた侍女の片方。お手ごろサイズな彫像を抱え、それを思いっきり私に振り下ろし……。
薄れゆく意識の中で、私は思った。
「これ、エンディング直前のイベントじゃ……」
◇◇◇
気がつけば私は軟禁状態だった。司祭が言うには、「候補をいびりぬき、とても口に出来ないような辱めを受けさせた」 として一日で資格剥奪されたらしい。
あれが辱めだと……だめだこいつら、過去に生きてやがる。
とにかく一日でゲーム分を終わらせた私だけど、もちろん納得などしていない。
「償いとして、せめて聖書を世に広めたく思います」
印刷技術が未熟なこの世界は、女神様の教えを広めるのは口頭と、本――聖書を村々に配ることだった。粘土板みたいなので代用して、識字率はそれなりにあるらしいけど。
とにかく私はそう言って聖書の写しを軟禁部屋にて没頭し……てるだけで終わらない。
紙を大量に仕入れ、ライラの話――『女神様の名の下に』 の乙女ゲームのストーリーを記憶の限り書きなぐる。賄賂を払って侍女の一人と連絡を取り、ライラに「私、貴方がどれほど優しい人だったか分かったの」 と泣きいれれば簡単に絆されてくれた。
そして書き上げた脚本は……さすがに乙女ゲームの世界、馬鹿売れで印税が大変なことになった。この分なら近いうちにライラと会えるだろう。戻ったら、今度は「汚いわよ馬鹿嫁!」 「勘違いしないで! 一緒に住むのは私のためなんだからね!」 と姑&ツンデレごっこするんだ!
◇◇◇
「ゼラム様、カンナ様も反省しているとのこと。そろそろ謹慎を解いては……」
「待てライラ、誰に入れ知恵された? お前まさか……。解くなよ! 絶対あいつの謹慎を解くなよ!?」
「来ーちゃった☆」