よる。
続けていいなぁーと、呟く声に悪戯っぽい響きを感じた。
「俺も、参加しよーっと」
はっ?中内さん、一体ナゼに突然の参加表明?これから何が起こるのさ!?
目を白黒させた俺は思わず胸の辺りに拳を握り締め、ゴクリと唾を飲み込む。
「孜、そう言えばお前……今日は看護士のレイコちゃんと深夜デートなんじゃなかったっけ?」
中内の言葉に、香川の瞳が一瞬キラリと光った。
「へー…レイコちゃん?俺、初めて聞く名前だなぁ。ナニ、新しい彼女?それとも、特別なお友達?」
「あ、いや、そのコは……」
オドっと麻広先輩の目が泳いだ。
「どうなの?ね、俺も弟として気になるなぁ……お兄ちゃん?」
笑っている口元に対し、目はとっても冷ややか。
「言ってやれば?彦根も知りたがってるし」
笑いを押し殺した顔で、中内が更に追い討ちをかける。
「おま…おま…お前!宏二!!腹いせだな!?腹いせだろ!?」
麻広先輩は完全に状況不利と判断したのか、プルプル震える人差し指で中内を指す。
「えーヤですね、人聞き悪い。ただ、彦根にも教えてあげた方がイイと思いまして。今、何人でしたっけ?レイコさんと、ヒトミさんと、エリさんと、ミカさんと…ああ、そうそう、クミさんとナナエさんだから、六人だったかなぁ?」
キュウゥと香川の目が細められると、首に絡みついた麻広先輩の腕を摘んで無遠慮にほっぽり出した。
「六人?ふぅん、相変わらず孜は下半身にだらし無いねぇ?」
「六人じゃない!違うって!!あとカナエさんとキョウコさんも居るから八人!!」
そう言った後に、しまったと口を押さえる。
俺はついついその姿が哀れになって目頭を押さえてしまった。
今の、いくら俺でもバカだなーって思いますよ?先輩。
「アホだろ、お前。そんなの、更にだらし無いだけだろーが」
「そうそう、困りますよねぇ?孜も少しは慎みを知らなくちゃ…」
俺は思わずピクリと反応した。
あぁん!?慎みだって?それを中内、お前が言うのか!!だったら、その言葉は俺がお前にリボン付けて送ってやるよ!!
しなだれ掛かるみたいに、中内はこれ見よがしに香川の腰に腕を回して肩に顎を乗せる。
「ほーんと孜は悪い子ですよねぇ?」
くっくっく、と正に俺の目から見れば悪魔そのもの顔で中内が笑う。
麻広先輩も口をパクパク開きながら指差した形で止まっているのを見ると、俺と同じ気持ちなのかも知れない。
なんか俺、麻広先輩に心から同情しちゃうなぁ……。
姉と妹にからかわれる家での俺の姿に重なって、人事とは思えなくて俺はトコトコト麻広先輩に近付くと、その服の裾を引っ張った。
「あの……」
ところがどっこい、次の瞬間には後悔のお土産付きで、言い掛けた言葉が口の中で回れ右して喉に帰っていく。
そう、忘れてた!!この男もアノ中内と同種の人間だった!
くるーりと麻広先輩は呆然とした顔で俺の顔を見るや否や、いたずらっ子そのものの顔になる。そして俺に突然ガバリと抱き付き…モトイ、抱き上げたのだ!
「「「!!」」」
「フフフ…これで、形勢逆転だなぁ宏二!」
態度を豹変させた麻広先輩が、特撮ヒーローの悪役みたいに高笑いする。
「室尾を返して欲しければ、サッサとメシにしろ!!じゃなきゃ、今すぐココで悪戯しちゃうぞぉ?いいのか〜?」
俺の頬に自分のを擦り付け、正に下手な役者顔負けの極悪振り。
余りの理不尽さにショックですっかり固まった俺は、裏返った声を上げた。
「は?なんで、俺!?どうして俺!?」
すると中内はチッと短い舌打ちと共に、苦々しい顔してキッチンに大人しく去って行った。麻広先輩はその姿にすっかり満足したのか、フフンと鼻を鳴らす。
依然、脇の下に腕を通され、ブランと抱き上げられた俺は非常に間抜けだ。
え〜ん、これじゃどっかの子供に抱っこされた猫じゃん!!
「孜、マジでバカだろ、お前?守を盾に使うなよな」
香川が麻広先輩の後頭部をゴン、と拳で打ち抜いた。するとその衝撃で解放された俺は、無事に地面に着地。
「いった〜い!」
「守、このバカにも迂闊に近付くなよ?いろんな意味で危ないからな」
「…うん」
俺はササッと香川の後ろに回りこむと、ベエェェっと麻広先輩に舌を突き出した。
それから三十分後、俺は本を読んでいる香川の横にしっかり陣取り、テレビを見ている。
だいぶ前に麻広先輩は風呂に入ると言って居なくなり、中内はすっかりキッチンの住人なので部屋はとっても平穏だ。
そうなると、俺は俄然ずっと気になっていたことを知りたくて堪らなくなった。
「ねぇ、香川!」
「んー……?」
「ね、ね、ね、聞きたいんだけど?」
「んー……?」
ニジニジとソファーの上に正座する姿勢で香川に擦り寄る。
「あのさ、あのさ」
「んー……?」
長い足を組んで本に集中して居る中内の横顔を見上げた。と、そこでチョット止まってしまった。
こんな状況じゃなきゃ一生気にしなかったかも知れないけど、香川って意外と横顔がカッコイイ。
彫りが深いってのとは少し違うかも知れないけど、健康的に日焼けしてて、鼻筋もしっかり通って高いし、切れ長の目を縁取る睫毛も長い。
ボーっと見とれていたら、急に振り向かれた。
「どしたの?」
「え、あ、その……」
カァっと顔に血が上って、俯く。
アレだけ聞きたいと思っていた質問すら、一瞬飛んでしまった。
クスリと笑う香川の気配が伝わって、ポン、と大きな手が俺の頭に置かれる。
「何?何か聞きたいの?」
「う…うん…」
赤い顔が恥ずかしいので、できるだけ顔を上げない様に上目使いで香川を見上げる。
「どしたの?」
「あの、さ。香川…」
「ん?」
正座した膝が合わさっている所の上で、モジモジと指が動く。
「姉ちゃんのコトだけど…あの、ほ、本当に付き合ってるの……?」
キョトンと香川の目が大きく開かれると、次いで読んでいた本で口を隠して笑い出す。
「バーカ。光さんとはただの友達だよ」
「ほ、本当?」
「本当」
俺は大きく安堵の溜め息を付いた。
「良かった〜!」
良かった、本当に良かった!!
だってさ、だってさ、もし万が一、香川と姉ちゃんが結婚なんかしたらさ、中内や麻広先輩と遠いけど、親戚になっちまうじゃないか!
付き合って無いんだったら何の問題も無いよ、ヤッター!小さな危機だけど、無事に回避だー!!
俺は思わずニッコニコと香川に向けて最高の笑顔を向ける。
「いや〜、マジに良かった!!そうか〜、よかった〜」
いや、ホント、良かったって!姉ちゃんがこの悪魔どもと家族や親戚にならなくてさ!
俺は手近に在ったクッションを抱きかかえて胡坐をかく。
喜びの余り、膝頭が香川の太ももに当ったのも気が付かなかった。
「あ〜……守。ところでさ、膝、なんか微妙〜に、当ってるんだけど?」
「あ、ごめん!!」
俺は香川に言われて慌てて距離を置く。
呆れたような、小さな溜め息が聞こえた。
「あのさ、お前…俺のコトどんだけ安全だと思ってるの?」
「へ?」
「言っとくけど、俺はそんなにやさしく無いし、安全じゃないんだけど?」
横を向いたまま口元を相変わらず本で隠して、香川は俺に視線だけ向けた。
「……安心しきってると、危ない目に遭うかもよ?」
「え?」
背中にゾクゾクゾクゥっと、何かが走り抜けた。
「なぁんてね」
ナニがそんなに面白いのか、香川は目の端に涙を滲ませてクックと肩を揺らして笑う。
「冗談だよ、そんなに面白い顔するなって〜」
「じょ、冗談?」
「そ、冗談」
ヒクッと口元が引き攣った。
ナンかちょっと、今の、マジに冗談に聞こえなかった気が…?イヤイヤ、香川に限ってそんな事は無い、無い無い絶対無い!!
と思いながらも、気持ち距離を置く。
「だ、だよねぇ〜……」
アハハハ、やだなぁもうと笑いながらそろ〜り腰を逃がす。が、少し動いた所で俺の首がいきなり絞まった。
「ぐえっ!!」
「ちょっと、二人とも。ナニ俺の居ない間にイチャついてるんですか?」
ヒィィ!!
耳に直接吹きかけられる言葉と息。
ご機嫌斜めな王子様は、登場と共に俺の首根っこをひょいと引っつかんで、ソファから抱き上げていた。
次いで、香川の頭にペチンと平手で一発。
「彦根も、室尾にちょっかい出さないで下さいよ。全く、目を離すと直ぐコレです。……あぁ…で、お待たせしました。席に着いてください」
「お〜待ってました。ね、でさぁ今日はナニ?」
香川はいつも通りの爽やか系、満面の笑みで中内を見上げて聞く。
「そうですね、ワリと洋風。時間が無かったのでとりあえず…カボチャのポタージュ、トマトとモッツァレラのサラダ、鶏モモ肉の煮込みマッシュルームソース、スペイン風オムレツ、デザートにイチゴのムースを作ってあります」
と、指折り中内がメニューを読み上げた。
すると香川はニカッと笑って、あれ程読みふけっていた本をあっさり投げ出し、欠伸と共に大きな伸びをする。
「よーし、食うぞ〜!」
そして俺はいきなり与えられた浮遊感に殺気立った状態で、未だ中内の腕にしがみ付いていた。それに気が付いた中内の手が、俺の頭を宥める様に優しく撫でる。
「………………」
んで、頭を撫でられるのが好きな俺は…ヒジョーにかなり不本意だが、チョットその手を気持ちイイと感じてしまった。
「うぅ〜…」
「首、痛かったですか?」
中内が綿菓子みたいにフワリと柔らな甘い声で囁く。
ソレはソレはとっても心地よい響き。
だもんで、ついつい頭の中にポヤンと危うく霞が掛かりそうになった。
いやいや、ダメダメ!ナニ、どうしちゃったってのさ俺!?そんなんであっさり懐柔されてどうすんだ俺!!それはソレ、これはコレ!!
俺は否定も肯定もせず、ただひたすら抗議の視線を向けた。
大体、ココの奴らは俺をナンだと思ってやがる!?
犬や猫じゃないんだ!!
何度も何度も、ひょいひょい、ほいほい抱きかかえるなっつーの!!
だが俺のそんな無言の抗議はドコへやら、中内まったく気にせずに俺をそのままダイニングテーブルの椅子まで運んで座らせる。
香川はそんな俺を助けるでなく、面白そーな顔で見守っていた。
ちくしょー!ねぇ、俺たちマジで友達だったよな!?
香川のあんまり薄情なその様子に、ふ…と、そんな言葉が脳裏を過るほどだ。
ケド……俺は自覚するだけおバカな事もあって、直ぐ目の前に並んだ美味しそうな料理に心を奪われた。
おぉ〜すごーい!美味しそう〜!!
目をキラキラ輝かせ、唾をゴクリと飲み込む。
腹だって、目の前のご馳走にぎゅるる〜と催促の音を上げる。
食は人間の三大欲求って言うだけあって、さっきまでの文句や怒りはドコへやら、俺はすっかりご機嫌になっていた。
「ね、ね、食べていい?もう食べていいの?」
「どうぞ、召し上がって下さい」
「わーい、いっただっき…あれ?」
俺はすっかり食べる気になっていたのだが、目の前の風景に何か足りないものを感じた。
「どうしました?」
「…あのさ、麻広先輩は?」
あぁ、と中内は俺と香川の給仕をしながら目を逸らす。
「デートで、出て行きました」
「は?」
開いた口が塞がらない。
なんだ、ソレ?俺ン家でそんな事をしたら、女たちにソッコー絞められる。いや、殺される!!
大体、ご飯作ってもらって、食べない上に遊びに行くなんて、信じられ無い!!
「いいんですよ、気にしないで下さい。孜は首輪の着けられない猫のようなモノですから。帰ってきてお腹が空いてれば食べますよ」
にっこり、中内が笑う。香川も黙々と口に料理を運びながら頷いていた。
ふ〜ん…そんなモノ?
何か腑に落ちない感じだけれど、他所の家のコトだしあんまり深入りは出来ない。
でもさ、家族って、そんななのかなぁ…?
あ、でも中内や香川、麻広先輩は従兄弟で、親戚だから家族とは違うの?
そんな疑問が頭にグルグル回るけど、仕方ない。俺は目の前のご馳走に意識を総動員する事にした。
だって、気にしたって仕方ないよね?
俺は無理矢理、自分にそう言い聞かせてご飯をほお張った。
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