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魔法使いと風精霊  作者: 田中23号
第四章
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第四章プロローグ

 オーリの町は、いつも以上の喧騒に満ちていた。


 そこかしこで、男達が大工道具を持ち忙しなく動き回っている。


 ステインが王になってから、国内は驚くほどに安定し、オーカス国内は活気を取り戻していた。


 取り分け、ガイエン帝国やグルーモス王国との国境沿いにある町は、小さな戦闘も無くなって戦争が遠ざかったことを肌で感じられるようになり、一際賑わいを増していた。


 ガイエン帝国は、周囲の国々が対帝国で結びついたことをきっかけに、国内の安定と国力の回復に全力を注いでいる。


 グルーモス王国は、オーカス王国の呼びかけに応え、対帝国に参加すると同時に、両国の間で休戦協定が結ばれた。


 加えて、ディサン同盟国とも明確な協力体制がとれたことで、オーカス王国の国境が安定したのである。 


 これまで戦いに怯えながら、それでも故郷を愛し、支えてきた国境の町の人々は、この変化を大いに歓迎し、新王を称え尊敬した。


 それは帝国との国境沿いにあるオーリの町も同じことで、実に数年ぶりに祭りを行うことになったのだ。


 それにあたって、様々なそれらしい理由が考えられたのだが、結局は皆この平和を祝いたい、分かち合いたい、というのが本音である。


 そして、その思いがそのまま祭りの名前となった。


「太平祭ねぇ。平和なのはいいことだ」


「主のお仕事は減りますけどね」


 クリスとフウリ、フィリスが、オーリの町に借りている家の居間でくつろいでいた。


 クリスは、フウリの言葉にも気にした様子もなく、むしろ嬉しそうに答える。


「その分、フウリやフィリスと一緒にいる時間が増えるな」


「……世界平和について、真剣に考えるときがきましたね」


 顎に手をあて、真面目に考えだすフウリを、クリスは笑って見守る。


 そんな母を、父の膝の上から見上げ、首を傾げるフィリス。


「てんし、もやす?」


「さすが我が娘。平和への近道を知っているのですね」


「おいいい!? 燃やさないよ!? っていうか遠ざかるよ!? そもそも最近フィリスがフウリにどんどん似てきた気がする!?」


 母は絶賛し、父は先ほどまでの余裕の表情も消し飛ぶ慌て振りである。

 

 娘はそんな父の膝を降りて、くるりと半回転して向き直る。椅子に座る父と向き合うと、可愛らしく手を組む。


「もやしちゃ、だめ?」


「ひ、卑怯だろ、その上目遣いは! ふ、フウリだな、これ教えたの!」


 あまりにピンポイントな攻撃に、クリスの防備は総崩れである。

 

 このまま見続けると、何でも許してしまいそうになり、クリスは慌てて顔を背ける。

 

 背けた先には、何故か床に膝をつきフィリスとまったく同じ仕草をするフウリの姿があった。 


「どうでしょうか?」


「か、可愛いけども! や、やめて!?」


 まさかのフウリの行動に、クリスはフィリスとはまた違った心を乱す何かを感じ、椅子の上でもがく。


「ふふ、もだえる主も可愛いですよ」


「おとうさん、かわいい」


「よ、嫁と娘に遊ばれた」


 フウリが椅子に座りなおし、フィリスも父の膝に戻る。


 精神の危機が去ったことを確認したクリスが、落ち込んだようにして呟く。


「……よ、嫁ですか。照れますね」


 クリスの呟きを聞き、暫く反芻した後に顔を赤くするフウリ。


 クリスは、先ほどとは打って変わって余裕の表情である。


「赤くなったフウリも可愛いぞ」


「おかあさんも、かわいい」


 クリスとフィリスはそう言って、顔を見合わせて笑う。


 フウリは仲のよい父娘の姿に、穏やかな気持ちになる。


「フィリスも可愛いですよ」


「世界の真理だな」


 フウリの言葉に、クリスは間髪入れずに応じる。


 頷き合う親馬鹿二人。それに混じろうとフィリスが手を伸ばす。


 なんとも穏やかな、家族団欒の時間が過ぎていった。





 ディサン同盟国から戻り早数ヶ月、クリス達はオーカス王ステインからの依頼である国境監視を、未だに継続中であった。


 前回と同じで保険的な意味合いが強く、加えて大事な時期であるため、国内で何か起こったときに、ステインが密かに、そして自由に動かすことのできる戦力という役目がある。


 しかし、ステインの心配とは裏腹に、オーカス国内は非常に安定し、国境もまた小規模な戦闘すら皆無であった。 


 よってほとんど出番のなかったクリスは、ギルドであまり国境から離れることのない仕事を受けたり、家族サービスしたり、道場に通ったり、知人達が家に押しかけてきたりと、至って平和な毎日を過ごしていた。


 それはフウリとフィリスも同様で、ほとんど人間の生活と変わらないような日々である。

 

 フウリは、相変わらず町を歩けばそこかしこから声がかかるほどに人気者で、料理の腕を着実に上げてクリスの胃袋を掴むまでになっていた。


最近ではご婦人達から編み物を習っており、椅子に座って穏やかな顔で手を動かしている姿は、疲れて帰ったクリスを癒していたりする。ちなみに、悪戦苦闘する姿も、やはり癒しになっている。


 フィリスは、子供達とよく遊び回っている。最近は人の生活に染まり精神も成長したのか、少女達と遊ぶことが多くなり、クリスを安心させている。


 しかし、相変わらず少年達のボスであることに変わりはなく、最近ではならず者を社会復帰させるなど、変なところにまで影響力を伸ばしている。親子で町を歩いていたら、いきなり強面の男達が頭を下げてきたときには、クリスを大いに慌てさせた。


 その他にも、フウリはフィリスに勉強を教えていた。知識はある程度渡してあるので、それの使い方などを教えている。


 三人でギルドの仕事を受けることもあるが、その実力を疑う者は既にオーリの町にはいなかった。


 嫁と娘を連れた剣士が、町で一番の冒険者であることは誰の目から見ても明らかである。


 いくら帝国との戦闘がなくとも、盗賊など一番厄介事の多い国境付近でしか活動していないにも関わらず、護衛依頼を完璧にこなしており、大規模な魔物討伐では剣士が先頭に立って剣を振るい、嫁と娘が風と炎で切り刻み焼き尽くす。依頼人や同じ依頼を受けた冒険者達は、その光景にただただ唖然とするばかりである。


 しかし、それだけではなく、ときには飼い猫がいなくなって泣いている少女のために町中を探し回ったり、魔法使いを夢見る少年のために家庭教師をしたり、おじいさんと茶を飲みながらその武勇伝を聞いたりと、実力に似つかわしくないと思われる仕事も積極的にこなしていた。


 クリスにとっては、オーリに来た当初はそんな依頼ばかりだったので、現在のように大きな仕事の合間にすることに一切抵抗はないのだが、ギルドに出入りする人間からすれば、実力のある冒険者が雑事と呼べる仕事をしている姿は、衝撃的なことであった。


 受付に荷運びの依頼などを持っていくと、顔馴染みになっている受付の職員が泣きそうな顔になることに、クリスは毎回首を傾げている。


 このように、クリス達はギルドでも概ね平穏に仕事をこなしている。


 しかし、厄介事の足音は、着実に魔法使いに近寄っていた。


 具体的には、オーカス王国王都からオーリの町のクリスの下まで、軽装の若い騎士を乗せた騎士団でも一二を争う駿馬が駆ける程度の早さで、近寄って来ていたのだった。


 



「嫌な予感がするな」


「ふむ。大体いつもの周期でしょう」


 急に悪寒に襲われたクリスが、肩を抱きながら馴染み深い、もはや予言の域に達していると言っても過言ではない予感を口にする。

 

 フウリも慣れたもので、驚きもせずに対応する。


「反論できないから困る」


「しかし、まだ猶予はあると思いますので、まずはお祭りを楽しむことに全力を注ぎましょう」


 自分がそれこそ定期的とも思えるほどに、トラブルに巻き込まれていることを理解しているクリスは、眉間に皺を寄せている。


 逆にフウリは、一見無表情であるが、祭りへの期待が隠しきれておらず、声が弾んでいた。


「何気に楽しみにしてるのね、フウリさん」


「ええ。もちろんです。腕試し的な催しもあるようですよ、警備隊の訓練場で開催するそうです。さすが、国境の町ですね」


 腕に覚えのある者達が競い合う大会である。賑わうことが予想されるので、早くから参加者を募集している。


 クリスは、特に出る気はなかったのだが、フウリの期待するような視線を受けて、諦めたように問う。


「俺にどうしろと?」


「優勝者には豪華商品があるそうです、楽しみですね?」


「えぇ……」


 フウリの言葉の意味を、的確に理解したクリスはげんなりとする。


 クリスとしては、見世物的な意味合いの強い催しで力を振るうことに、まったくやる気がでないのだ。


 しかし、フウリは自分の主のことを知り尽くしていた。


「私は主のかっこいい姿が見たいです。フィリスも見たいですよね?」


「ん、みたい」


「よし任せろ!」


 いとも簡単に、フウリの思惑に乗せられたクリスは、嫁と娘に勇姿を見せようと意気込む。


 それからも三人は、賑やかに祭りについて話し合うのだった。

 

 それは何もクリス達に限った事ではなく、オーリの町全体が祭りの話題で盛り上がり、町の外にも漏れ聞こえるほどであった。


 

 そして、厄介事の足音は、着実に魔法使いに近寄っていた。


 具体的には、オーカス王国フェッスールの町からオーリの町のクリスの下まで、鍛え抜かれた竜人の戦士を乗せた強靭で巨大な馬が駆ける程度の早さで、近寄って来ていたのだった。

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