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魔法使いと風精霊  作者: 田中23号
第三章
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第三十七話「魔法使いと指輪」

バールとルドの婚儀が行われた日は、夜遅くまで宴が開かれていた。


しかしクリスは、眠そうにするフィリスに気づき、フウリも連れて途中で宴を抜けていた。


あてがわれたバド家の客間に引っ込み、フィリスを寝かしつけるとクリスとフウリは、外から聞こえるかすかな喧騒の音を肴に、長椅子に並んで座り飲み直していた。


「ルドの花嫁姿、綺麗でしたね」


「そうだなぁ」


しみじみと、思い出すようにクリスは天井を見上げる。


それを見たフウリが、無表情に告げる。


「浮気ですか、主」


「おいまて、話を振ったのはフウリだろう!?」


天井から、急いでフウリに視線を向けるクリス。


そこには、どこか悪戯に成功したような顔をするフウリがいた。


「冗談です。しかし主が、普通に挨拶していたのにはびっくりしました。てっきり二人がくっつくまでのあれやこれやを、面白おかしく暴露するものかと思っていました」


「それも考えたんだけど、あの脳筋共に復讐するほうが優先されました」


いつぞやの鍛錬場で見捨てられたことや、その他にもいろいろと溜まっていた鬱憤を晴らすことに成功したクリスは、得意顔である。


「なるほど。そのおかげで、宴ではずっと絡まれてましたね」


「相手がディサンの族長連中じゃなきゃ、殴り倒してるところだ」


宴で脳筋共に散々に絡まれたことを思い出したクリスは、先ほどまでの得意顔から一転して、苦々しい顔で拳を握る。


「あれらと会議をして話を纏めなければいけないのですから、アーリアスの族長は大変でしょうね」


「まぁ、有力部族の族長の全部が全部ああじゃないだろ、きっと」


「そうだといいですね、本当に」


二人はバドの苦労を思い、暫く無言で見つめ合う。


それからお酒を飲み、アイコンタクトで自分たちには解決できない類の厄介事であることを確認しあい、話題を変更する。


「やっと一山終わったなぁ」


「そうですね、あとはステインの頑張り次第でしょう」


クリスが殊更明るく言うと、フウリもそれに乗っかる。


「ま、あの腹黒は上手くやるだろ」


「これで帝国が大人しくなってくれれば、いいのですけどね」


「そうだなぁ」


読めない帝国の動きに、クリスは暫く考える。


その様子を見たフウリが、素早く違う話を持ち出す。


「ところでフィリスへの贈り物は造ったのですか?」


「おう、この通り」


クリスは近くに置いてあった荷物袋の中から、まるで王侯貴族が持っているかのように豪華な造りの短剣を取り出す。


「ほほう、また凝ったデザインですね」


「しかし女の子に短剣っていうのもどうかと思ったんだが、フィリスの要望だしなぁ」


娘に弱い馬鹿親は、その意見を無視することなど到底できずに、言われるがままに造ってしまったのだ。


「いいんじゃないですか、それだけ綺麗ならば」


「ううむ、次はもっと可愛らしい物を造ろう」


「ふふ、主は親馬鹿ですね」


意気込むクリスを見て、フウリが自分のことを棚に上げて可笑しそうに笑う。


「嫁馬鹿でもある。というわけで、これ」


「何ですか?」


クリスはまた荷物袋の中から、今度は箱を取り出すとフウリに手渡す。


「開けて見れば分かる」


「ふむ」


言われたフウリは、何の変哲も無い箱を開ける。


「これは・・・」


「まぁ、その、なんだ。あー、とりあえずだな、その、気持ちの現れということで」


箱を開けた状態でその中身に驚き言葉を無くすフウリに対し、クリスが物凄く照れながら早口に言う。


箱の中には、指輪が入っていた。


恐ろしいほどに精巧な細工が施された台座、その上には女神の涙が乗っている。


「あー、その。何か言ってくれ」


「あ、え、はい。ありがとう、ございます、主」


呼びかけられ、やっと驚きから立ち直ったフウリは、自分の主へと抱きつく。


「お、おいおい」


「少しだけ、このままでいさせてください」


クリスは普段見せないフウリの行動に、緊張しながらもその頭を優しく撫でた。


暫くしてフウリは落ち着くと、クリスから少し離れてその顔を見上げる。


「ふふ、本当にありがとうございます」


「それだけ喜んでもらえたなら、頑張った甲斐があった」


フウリのあまりに嬉しそうな顔に、クリスも嬉しくなってしまう。


「この台座は主が?」


「ああ、錬金でな」


クリスが幾度となく作り直しをして作った台座だけあって、まずお目にかかれないような出来である。


「綺麗です。あ、あの、よろしければ主が嵌めてくれませんか?」


「お、おう」


自分の作った指輪を持つ手が震える中、クリスはフウリの指にそれを嵌める。


元は天使のお告げと言われ、婚約、結婚の際に指輪を嵌める指とされる左手の薬指に。


「ふふ、この指で間違いないのですね?」


「あ、ああ。まぁその、フウリは天使嫌いだけど、慣習に習ってということで」


「そうですね、とても嬉しいです、主」


幸せそうに、そっと指輪の着いた手を抱くフウリ。


それに見惚れるクリス。


そして二人は自然と見つめ合うと、クリスがフウリを抱き寄せ、ゆっくりと唇を重ねる。


暫くして、重なっていた影が離れていく。


「今回は満点かな、フウリ先生」


「はい、よくできました。偉いですよ、主」


クリスが気恥ずかしさにおどけて聞くと、フウリは嬉しそうに返答する。


また少しの間、二人は見つめ合い、やがてフウリがその端整な唇を開く。


「愛していますよ、主」


「俺も愛してる、フウリ」


やがて魔法使いと風精霊の距離は、またゆっくりと近づいていったのだった。







ルドを送り届けるという役目を終えたクリスたちは、バールとルドの婚儀から数日して、アーリアスの里を発つこととなった。


その日は、早朝からアーリアスの里の門の前でバール、ソド、ルド、ソフィーニ、バド、その他にも、里で知り合った獣人たちがどこから聞きつけたのか、見送りに来ていた。


見送りに集まった面々は、クリスたち三人にそれぞれに別れを言う。


「あにさん、俺頑張りますから!」


バールが一段と凛々しくなった顔で言う。


「姉さん、有難うございました!」


ルドがフウリに頭を下げる。


「旦那、俺はそのうちオーリの町に行きますんで!生きてれば!」


里を離れることが出来ないバールと違い、まだ外に行く用事が残っているソドが冗談混じりに笑う。


ソドとソフィーニは、過激派のことなどもあったのでもう少し部族が落ち着いてから、結婚の挨拶に行くことにしている。


ソドの修行期間という意味合いも強いのだが。


「フィリス、またいっぱい遊ぼうね」


ソフィーニは、道中で仲良くなったフィリスとの別れを惜しむ。


「おう、バールはルドと仲良くするんだぞ。ソドもソフィーニと仲良くな、そして死ぬな」


クリスは妙な縁を感じながら、弟分二人に視線を向け、ソドに難しい課題を出す。


「ルドもバールと仲良く、しかし主導権は握るようにしなさい」


フウリは可愛い妹分に、しっかり家庭円満の秘訣を伝授する。


「またね、そふぃーに」


フィリスは、友達との別れを惜しみ、悲しそうにしている。


「是非また我が里に来てくれ、いつでも歓迎する」


「またおいで、フィリスちゃん」


「待ってるわ」


「今度はもっと珍しい物を用意しておきます」


その他にも三人に投げかけられた別れの言葉にそれぞれ答えると、手を振りバドの用意した馬車へと乗り込む。


三人が乗ると、馬車はゆっくりと走り出す。


走る馬車に集まった獣人たちは手を振り、それに応えるようにクリスたちも身を乗り出して手を振る。


やがてその姿は小さくなっていき、見えなくなっても暫くアーリアスの里の門の前では別れを惜しむ獣人たちが手を振っていた。



こうして、魔法使い一行は国を跨ぐ旅を終え、無事に厄介事を解決したのであった。

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