シュヴァイゼン
深淵ともいえる空間に
彼女、いや、彼は微動だにせず待機していた。
数分前に何者かが侵入。
人数は10人そこらだろう。
しかし感じる。
ヤツが、己の器であった者が己ではない自我を
「……早く来い」
完全な敵意。
力の左など関係ない。
互いに互いを認められれない、否定し合う存在。
己がヤツを殺さなければいけない使命感。
そして、己が殺されるかもしれない危機感。
ならば、己を倒せる唯一はヤツだと、本能が告げているのだ。
「…貴様を消すのは俺しかいないのだからな」
待つ。
黒に染まった空間で
始まりのカルマ丘で
身体に針が刺す。
そんな感覚が走り、レインの眼がおのずとある方向へ向けられた。
いる。
あいつが、自分の中に容れられた魂。
全ての根源。
そして、自らの存在を否定する者。
瞬間、足は動いていた。
「レイン!」
気付いたのはイヴ。
反対方向へと足を進める彼の腕を掴もうとしたが、
「………っ」
すんでの所で引いてしまう。
何故引いていたのか、そんな表情を浮かべたイヴをレインはよそ目に走り去って行った。
だが、少ししてレインはその足を止めていた。
大気が震え、辺りが刃で貫かれたようにひしひしと痛い。
幻覚などではなく、触れた肌からはじんじんと熱がある。
聞こえてくるのは、笑い声
「ハッハッハ…、オー、これはこれは、器の者、初めまして。僕の名前はシュヴァイゼン、ヨロシクね」
凍てつく空気に反した明朗な声色は、彼の不気味さが伺える。
「ンー、どうしたのかな?先に行きたいんだろう?」
腕を組み、喜んだ口調で彼は自らの後方を示す。
次いで広げた手が
「さぁ、ボーイ。行きたまえ」
進路から外れ、恭々しく頭を下げた。
さすがのレインもそれには目を見開き、動けずにいたが、
「僕は場をわきまえるタイプなんでね。ゼラが戦いたがっている相手の邪魔立てなんて、無粋の極まりダネ」
そう言って、にかっと白い歯を出したシュヴァイゼンに他意は無いとわかる。
「…悪いな」
「ノンプロブレム、器の者。頑張ってくれたまえ」
すれ違い様に聞こえた声。
そして、過ぎ去った後、シュヴァイゼンは軽く手を振り満面の笑み
「………さて、ガール。僕の相手をしてくれるのかい?」
「そうだよ。僕が君の相手をする」
物怖じしない姿勢。
この殺氣の中、彼女は依然目を離さない。
「たった一人で僕の相手を、と言うのかい?」
試すような視線。
それでもイヴは表情一つ変えずに
「多分、僕じゃ役不足かもしれないけど、やるしかないんだ」
素晴らしい。
シュヴァイゼンはもはや力量など気にしないでいた。
彼は十傑の中でも変わった存在で、イヴのような気に入った相手と戦うことこそを生き甲斐
ならばこそ、初代エリシオンと戦うことは必然であり、封印されたのが事実。
しかし彼はそれについては全く気にせず、むしろ敗れた自分がこうなるのは当然とも考えていた。
封印が解かれたのは意外で、何をしていいかわからずにいたところ、月詠に
「また貴方の気に入った相手を見つければよいでしょう」
と言われ、彼は喜喜して頷き、今に至る。
「僕の名はシュヴァイゼン。よければガール、君の名を聞いてもいいかな?」
「…イヴ、イヴ・ローゼス。それが僕の名前だ」
「オーケイ、イヴ。とてもグッドな名前だよ。挨拶もしたことだし」
その刹那、彼の手には双を成す剣。
そのままジャグリングし始める彼は心底、ご機嫌で鼻歌までする。
「………」
そのためイヴは呆気に取られざるを得ない。
彼女にとっての十傑は皆、ダークマターのように残虐で嫌らしい奴ばかりだと思いこんでいた。
それがどうだ。
眼前の男は軽快にジャグリングしながら、終始、笑顔を絶やさないのだから。
「ンー、イヴ、僕の顔を凝視してどうしたのかい?」
「え、いや、何でもない」
「ダークマターのような品位の欠片もない輩とは一緒にしないでおくれ」
彼の言葉。
イヴが先ほどまで考えていたのが、彼の言葉で表されていた。
心を読む。
疑念が沸き上がるがすぐに否定。
あり得ない。
だが、直ぐ様、また否定する。
十傑なら、と
「隠し事はキライなタチなんでね、察しの通り僕の能力は【読心】」
心を読むこと。
それは即ち、戦いにおいてかなりのアドバンテージなのではないか
そして、これも彼に読まれている。
「お喋りはここまでにしよう。早く僕は君の力、天魔を見てみたいんダヨね」
早く見せておくれよ、と誘う言葉。
イヴはそれで吹っきるしかなかった。
相手は心を読む。
だが、それでも戦うしかないのだ。
絶対不利だとしても、
「サリエル【神々の命令】」
起動するは第3の天魔。
格上相手に出し惜しみする余裕などない。
飛翔。
旋回する翼が回廊を砕き、城から羽ばたいていく。
「ここじゃ狭いでしょ?」
今度は天使からの誘い。
喜びが抑えきれない。
「ハッハッハ!!いい、グッドだよ!エンジェル、僕を裁く神の使い。最高ダネ」
一息おくと
シュヴァイゼンは物凄いスピードで跳ぶ。
閃光のよう。
「……っ、は!」
思わぬ出来事。
彼が外に出た刹那、白い光が彼を包むと、爆散。
突き刺さる光の欠片が、一気に彼を貫こうとするも、遥かに上回る速度で無数の欠片を打ち落とす。
それを不意打ちという。
だが、シュヴァイゼンにとっては一興。
「いいネ。格下だと分かっているからこそ、不意打ちを恥じずにする。君はいい戦士だ」
「卑怯かもしれないけどね」
そう言うと、彼は指を左右に振り、
「ノンノン。弱さを知るが故に、勝ちたい故に、不意打ちは当たり前デスよ?不意打ちで死んだ、だから自分はロスしていない。それこそ負けた者の言い訳ね」
それに、と言い加える。
「読心を持つ僕に不意打ちなんてナッシンだからね」
「……不味いな」
読心とはつまり、攻撃する際に大声で宣言したようなもの。
となれば、不意打ちはただの一介の剣撃でしかなかったことになる。
「イヴ、さぁ、次はどうするんだい?」
余裕。
そして、娯楽。
彼は待っているのだ。
次なるイヴの攻撃が自分をどう楽しませてくれるかを。
隙だらけの態勢。
しかしシュヴァイゼンにはそれこそ構え。
宣言された攻撃など、いとも容易く避けるないしは防げるのだから。
「さぁさぁ、早く来たまえよ」
「………なら」
見えない攻撃ならどうだ。
翼の出力を急激に上げ、爆発したかのようにイヴの身体が飛ぶ。
みるみる加速するスピードはイヴの姿を徐々に消しにかかる。
「ヒュー、スバラシイ!」
なお上がるスピード。
限界まで達したその時にはイヴ自身、自らの速さについていけなくなる程。
それでも決して緩めることのない加速。
限界まで高まったままシュヴァイゼンに向かう。
狙う場所は後頭部。
読まれてもいい。シュヴァイゼンの反応速度を上回ればいいのだから。
(今だ!)
瞬速の一閃。
剣による突き。
確実に仕留めるための一撃。
「どこ見てるんだい?」
不意に背中に戦慄が走る。突き刺さるものは確かに彼の後頭部。
なのにその声は
イヴの耳元で囁かれていた。
「イヴ、隙だらけだよ」
反応が出来ない。
唖然とした状態で彼女の肩から生温いものがじわりと感じた。
「う、あ、あ」
恐る恐るに肩を見る。
じんわりと肩から滲む紅い色。
次第にそれは肘に至り、指先まで這い、そして、地に滴り落ちる。
血だ。真っ赤な血がイヴの肩から流れ、貫いた剣が突き出ている。
その刹那、剣が消失。
抑えていた流血が一斉に飛び出した。
「ぐ、ぁぁぁぁ、く」
溢れる紅い液体は数秒もせずにイヴの肩から指先まで、紅に染めあげる。
だが、彼女は止血するより先に行動を起こす。
翼を展開して、後方へと退く。これは本能というべきだろう。
イヴがいた場所にはシュヴァイゼンの十閃が舞っていたのだから、後少し遅ければ死んでいたかもしれない。
「なるほど、勘はいいみたいだ。条件としては悪くないね」
「っぅ……」
急いで止血の為の応急処置にかかる。
破った布で傷口を抑えて、そのままがんじがらめに巻いていく。
下手な手当てだが、しないよりは幾分かマシだろう。
「イヴ、君はさっきのスピードが速いと、そう思っているネ」
「………」
「答えはノー、あの程度では僕とは競り合えない」
先ほどの攻撃はシュヴァイゼンに届くことはなかった。
残像。
思考回路が回り出した今ならわかる。
一瞬、突き刺さる瞬間にイヴが捉えられないスピードで背後に回り込んでいた。
理解はした、だが、ついていけない。
そんなスピードが可能なのか。
「イエス、可能なのね」
「…さすが十傑と言うべきかな」
その言葉を聞かずにシュヴァイゼンの姿が知覚できなくなる。
「くっ」
構えの体勢。
見極める。氣を研ぎ澄まし、五感をより敏感にし、静の姿勢。
何も考えず、ただ奴を捉える。それだけ。
「…………」
少しずつ、少しずつ視えてくる。
地を蹴り、風を切る、その軌跡から彼の姿が形成されていく。
その瞬間、彼の双を成す剣が両サイドから首を狙うのが視えた。
「はぁぁぁぁぁぁ!」
イヴがとる行動は防御。
ではない。
爆発させた翼の勢いで前転のように上半身が地に向かい、双剣が空を切る。
なお勢いは止まず、上半身の代わりに下半身が上がり、そこで彼女は腹部に力を加え、勢いよく双剣を蹴り下した。
それによって持っていた両手が下がり、さらに彼女の身体が回る。
今度は下半身が地に向かい、剣を押さえ込む体勢へと変わり、上半身があるべき場所へ。
彼女の勢いは次にあった。
頭上からの全力の一撃。
「あぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
避けられない。
剣を持つ手は依然離れていないのだから、彼はその場を動くことはできない。
勝機が見えた。
そして、その一閃が彼の肩から腰にかけ深く斬り込んでいた。
「…………」
倒れる。
斬られた所から流れているのは血だ。
星であっても肉体は人とは変わらないはず。
そして、シュヴァイゼンは仰向けになったまま微動だにしない。
虚ろな瞳で天を仰ぎ、その顔色は青い。
傷は瀕死ともなるほど。
「はぁ、はぁ……」
緊張が解け、剣に寄りかかる。
今の一撃、ほぼシュヴァイゼンの身体を真っ二つにしていよう。これなら回復力があってもしばらくは動けない。
そう考える。しかし、油断は出来ない。
かつてダークマターと対峙した時、もげたはずの腕がしばらくしてから完全に回復していた。
解いた緊張をすぐに張り詰める。
「はっはっ、すぅはぁ…」
シュヴァイゼンを凝視。
彼はまだ天を仰ぎ、何かを呟いている。
傷は全くといっていいほど回復していない。
今なら彼を跡形もなくできるかもしれない、そんな思いがよぎる。
「……………」
気付かぬうちに寄りかかっていた剣を掴み、ゆっくりとした足つきでシュヴァイゼンに近付いていく。
一歩、また一歩。
そこで、イヴはある異変を感じた。
シュヴァイゼンの、彼の表情が、満足したかのように
「笑って、いる」
「…た…が……」
そして、聞こえる。
何かを呟いていた声がイヴの耳元に確かに届いた。
「楽しい。僕が斬られた、あどけない少女に、格下に……スバラシイ、スバラシイ」
跳ね上がる。
至極の悦を隠さないままひたすら天を仰ぎ見、叫びにも似た笑い声はどこまでも響いていく。
震えた。
全身が一瞬凍ったように冷たさに包まれたと思うや、ほとばしるまでの発熱。
そのまま燃えて、灰になってしまうのでは。
ありえないことだが、今のイヴにはその言葉がふさわしすぎた。
戦慄、恐怖、違う。
これはそんな類の震えとは違う。
燃えたぎるまでのこの身体は
ただ
「楽しい!」
一言に尽きた。
今まで感じたことはあったが、ここまでの高揚などない。
純粋なまでの敵。
彼はひたすら戦いを生き甲斐としてきたのだろう、剣から感じた真っ直ぐな力。
だから震える。
ただひたすら、強い相手を求める姿勢。
だから震える。
交わる視線から、たぎる感情を。
翼が応えるように爆発した。
今までの比ではない、長さ5メートルになる翼刃が感情のごとく光を放つ。
考えるより先にイヴは飛翔していた。
眼前にいるシュヴァイゼン。
真っ二つになろうかという身体は既に再生され、浅い斬り傷となってはいるが、まだダメージは残る。
逃さない
隙があれば討つ。
これまでのスピードを超えたスピードが出る。
追い付けないはずの速さに不思議と感覚が馴染んでいる。
視界にはシュヴァイゼン以外に映るものはなく、ただ一点。
それでいい。
集中というのはその集めた先の一つにあること。
ならば今のイヴにシュヴァイゼンの動きを見切れないわけはないのだから。
「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
絶叫とも呼べる気合。
応じたように生じる力をすべて剣戟に。
光速の剣。
唱えられる奥義は
「烈光刃、極景!」
放てばこの光撃を回避する手段はない。
絶対必中。
視界を奪われたシュヴァイゼンに見切れるものではないだろう。
命中。
後退を余儀なくされるシュヴァイゼン。
脇腹に穴を穿たれ、その箇所を押さえもせずに流血したまま
「いい技だ」
抑えきれない喜びを更に強める。
「なら、もっと面白いものが見れるよ」
へぇ、と興味深げにイヴを覗く瞳。
そして、感覚が何かを知らせ始める。
熱。
ほんのりとした熱が傷口から感じられる。
それは痛みから来るものだろうと、軽視していた。
次に来るのは高熱。
範囲も傷口から身体全体に及ぼされ、気付けば光に包まれている。
逃れられない、本能がそう告げた時
断罪の光はシュヴァイゼンを裁いていた。
「はぁぁぁあ、はっはっはっが…いい、スゴくいいよ」
苦痛の叫びはやがて快楽への笑い声へと変わり、断罪の光を受け全身に激しい痛みが走るはずなのに、全くそうは見えない。
集中による感覚麻痺。
彼の眼に映るのは、イヴのみなのだから。
「……強い」
微かに呟いた言葉。
自然と喉から出たその言葉は、イヴの負けを表している。
「ンー、どうしたんだい、構えを解いちゃってサ」
「ご覧の通り、さっきのが今の僕が放てる最高の奥義」
仮面をもってしても、極景を行使しても、この有り様。
少なくとも今のイヴに出来うる手段はない。
「……そうかな、君はウソをついてるね」
彼は知る。
彼女の全力はまだまだだと。
数えきれない程の戦果を上げ、あまたの強者と剣を交えた者は、相手の力量を正確に量ることができるから。
その彼が強者と認める相手がこんなはずではない。
何かを秘めている。
「出し惜しみはノンよ」
チッチ、と人差し指を軽く振るシュヴァイゼンの興味は未だイヴにしかない。
そして気付かれていたことにイヴはただ苦笑するしかなかった。
レインに敗北したあの日から、イヴは自分自身に課題があると思った。
簡単なこと。
精神の弱さ、ただそれだけに尽きる。
そう、所詮戦いは血で血を洗うことしかできない。
そこに怯えや躊躇いなどは要らない、あるのは敵を討つことのみ。
冷徹になれ。
自身を助けてくれた少女が言った言葉。
ならばなろう、覚悟はとっくの昔にしていたはず。
ならば使おう。新たな力を、イヴのみぞ使える力を。
「天魔、第三形態ニ式、仮面【モデル】我が光は神【ウリエル】」 |