前夜の一時
決戦は明日。
告げられたその言葉が一瞬にして周囲を沈黙させてしまい、誰しもが各々に思案した表情。
沈黙を破る者はいない。
了承したかのように頷くと、一人、また一人と立ち上がり、同乗するように皆はそのまま部屋を出ていく。
その中をレインはただ呆然としていた。
途中、イヴが話しかけようとしたが、クライドに肩を掴まれてしぶしぶと彼を残してその場を後にした。
ぽつん、と独り残される。
部屋は人がいなくなったことで熱が冷め、ひんやりとした空気。
それが余計に寒々しく感じる。
「…明日、か」
口に出した言葉は自分にしか聞こえない。
そう思っていた。
「明日ね」
突然かかった声にびくりと身を動かし、慌てて声の主の方向を見た。
その先には部屋のドアの前に立つ、凛とした表情をしたエルフの少女。
軽く微笑みこつこつと隣に歩み寄る。
「不安?」
答えることは出来ない。
その一言が自分の思っていたことなのだから。
「そうよね、聞くまでもなかったわね」
悲しそうに笑う彼女はそのままレインに自らの背中をレインの背中にくっつけ、座り込んだ。
不意に体重を預けられたため、少し前屈みになるが、すぐに支えるようにして背中を合わせる。
次第に感じる彼女の体温がじわじわと温もりへと変わっていく。
だから、安心してしまう。
「…不安だよ」
呟く言葉はやはり辛いものだと聞こえた。
それでも彼は打ち明けてくれた。自分のことを。
だからどちらかと言うと嬉しくなってしまう。
「うん」
「………」
「あたしも不安で怖い」
ならば打ち明けてしまおう。
少女も自らの思いを告げると、僅かに彼の背が震えてくるのを感じた。
「でも、さ」
「…………」
「レインがいるから、みんながいるから、あたしは不安を吹き飛ばせるよ?」
「…………強いな、お前は」
少しだけ、レインが笑った。
「みんながいるからね」
「……そうか」
皆がいるから大丈夫。
彼女にとって、それが何よりも重要なのだ。
「あんたは、さ…あたしたちを信じられれない?」
「……いや、信じているよ」
「じゃあ大丈夫。きっと終わらせられる」
朗らかな口調で、わざと背中に体重をかけてレインを倒そうとする。
「…っと、重いだろ」
「………むっ」
更に圧力が背中にかかる。そのまま支えきれずに、ついに
「うわっ、ちょ、ぐふ」
「きゃっ」
レインは前からうつ伏せになるよう倒れてしまい、勢いづいたアルはそのまま後進してレインの背にずしり、と尻餅をついた。
「………」
「………えっ、あ」
彼は返事をしない。
うつ伏せになったまま、ぴくりともせずに。
「おーい、あんた、生きてる?」
「………」
頭を2、3回、軽く叩いてみるが反応はなし。
「返事がない。ただのしかばねのようだ」
「…いいからさっさとどけよ」
「生きてた!」
「いや、早くしろ。重い」
ここで余計な一言。
何故かレインはそこだけを強調したかのよう。
アルの身体が刹那にして固まり、動かない。
「石像だな、これじゃ」
追い討ちをかけるかのごとき一言。
これには固まっていたアルの石化も一瞬にして治り、後にはただ
「ふ、ふふ……うふふふ」
不気味に笑い声を上げて、目だけが笑っていなかった。
運悪く、レインがその表情を視界に捉え、冷や汗がだらだらと流れていく。
「あたしが、重いの?」
「重いわけないよ?」
「じゃあさっきの言葉は何?」
「それはお前の想い(重い)や、意志(石)があまりにも凄いからダヨ」
「拘束結界」
どこからともなく出てきた巨大な鉄鎖が、彼を瞬く間に拘束。
「いや、それ無しだろ」
「これからあんたを拷問にかけるわ。少しでも嘘くさいなら問答無用で叩くから」
さらにいつの間に持ってきたのか、手には蛇のように獲物を喰らおうとする鞭が。
これにはさすがのレインも
「やりずぎでしょ」
「さっ、答えてもらおうじゃない!誰が重いって!」
「……終わった」
それからしばらく、何度にも渡って、彼女の鞭の音と彼の悲鳴がこだましたのをほとんどの者が聞いており、これが一種の怪談となっていった。
「…………」
「はぁ、はぁ、このへんで勘弁してあげる」
ほんのりと赤らむ顔。
快感と言わんばかりの悦に入った表情が、彼女はSだと物語っていた。
一方、ぐったりとしたレインは鎖から解放され、大の字を書いてくたばりかけている。
「もう、限界か……」
「なかなか楽しかったな。また機会があったら」
「そん時は、頼むから俺以外にして…くれ」
「イヤ」
レインの顔から血の気が奪われた。
それを見たアルは悪戯な笑みを浮かべて新たな結界を展開。
「この程度の傷ならすぐに治るから」
「自分でやっといて…」
「なんか言った!」
「……いえ」
今ここに二人の力関係がはっきりと表れた。
レイン<<<<<アル
そう考えて、愕然とするレインをよそ目に
「明日で全部終わるのね」
「………そうだな」
明日が決戦と言っても、闘いが一日でつくとは限らない。
それでも明日で決まるのは確かだろう。
どちらの終わりが来るのかが
「あんたは、あのセナって女と闘える?」
それはきっとレインにとっての一番の不安要素。
「あの女の身体は、あんたの知ってる子で、あんた自身はあの女の子供みたいなもんでしょ…」
「そうなるな」
「出来ないことだよね、そんな親と闘うなんて」
どちらも過去のすべてを見てきた。
だからこそ、セナの、月詠の苦しみを理解してしまう。
「月詠様も本当は優しい方なのに、ね」
「哀しいな」
ソラ、六神、それにイヴ達にはアイラから話を聞いていた。
皆、真実を知った上で闘うというのだ。
「どっちも正しくて、どっちも間違っているな」
「そうだね、互いの目的は同じはずだったのに……」
ならばこそ躊躇いがある。あの二人がいたからこそ今の世界があるのだから。
だからこそ迷う。
彼女たちを封印していいのか、と。
「あんたは誰が正しいと思う?」
唐突に振られた質問。
それは答えのない問いだからこそ彼女は聞いてきたのだろう。
「自分が……なんて傲慢なことは言わんけど、それでもやっぱり自分の尺度で見るしかないな。お前は?」
逆に振り返すと彼女は困惑したように苦笑し
「正しいと考えるのは自分だけど、正しいと思えるのはさ、その人の目的が善であるならって。その場合、きっと過程は関係ない」
「難しいこと言うなよ。だけど、その目的も他者から見れば十人十色だろ?」
「……そうなるね」
「人は最終的に自らの意志で決めるんだからな」
「うーん、考えるのは止める?」
「あぁ、頭が痛い」
顔を見合い、笑みを浮かべる。
そのアルの笑顔がただレインを安心させてくれる。
「あたしは月詠様と話をしてみるつもり。和解できるかもしれないから」
「あの人なら、もしくはか」
「可能性は低いけど…やってみる価値はあるから」
「やらなきゃ始まらないしな」
そう、自分が行動を起こさない限り、何も始まってはくれない。
「覚悟はある」
「そうだな」
何故だろう。
前まであんなに不安にかられていたのに、今では揺るぎない程までの決心が自分の中にあった。
「すごいな、お前は」
それはきっと彼女の力なんだろう。
この少女は確かに王族なのだ。
皆を惹き付け、先導できるまでの能力は十分にある。
だから自分も
「なぁ、アル」
「ん、何よ?」
「全部、全部終わったら、俺、ソレイユに行くよ」
「……はぁ?」
意味がわからず、変な声が出てしまっていた。
「あんた、サイラスに戻るんじゃないの?」
「それも考えたけど、やっぱり俺は俺を必要としてくれた人の元に行きたいんだ」
「必要としてくれる人?」
彼女は誰だろうか、と顎に手を付け眉をひそめ考えている。
やがて、みるみる紅潮。
ばっと顔を上げ、まじまじとレインを見つめると、恐る恐る自分を指差した。
「うん、お前」
「!!」
固まっていた。
震えていた指は今では彼女を指したまま微動だにしない。
「まっ、そういうわけだ」
心なしか、レインの顔も紅くなってそっぽを向いていた。
「た、確かに、そんなこと言ったかもしんないけど、べ、べつに…他意はないのよ?」
「ま、まぁな…」
どちらもまともに向き合うことが出来ず、互いの視線が宙をさまよう。
初な二人は恋愛という言葉さえも知らない。
ただ、何とも言えない気持があり、どう伝えていいのかがわからないだけ。
「終わったら、な」
「う、うん」
だから今日はこれだけでも十分だろう。
二人はこれから色々と知っていけばいいのだから。
「そう、ここからが始まりだよ!」
「「…………」」
今度は二人して固まった。何故か離れたドアから聞こえる声。
それは二人の話内容を膨らませたもの。
何も言うことは出来なかった。二人が悪いわけではない、むしろアルをほのめかしたこの少女が元凶なのだが、それよりも今の会話を聞かれたのが一番の痛手。
「…………あっ、しまった」
彼女も盛り上がりすぎて、我を失っていたのだろう。
今まで小声で実況していたのが、つい大声で叫んでいたのだから。
「いや、僕はただ通りがかっただけで……じゃ、じゃあ!」
そそくさと逃げるイヴを追うのも出来ない。
最早二人はあの恥ずかしい台詞を第3者に聞かれていたのだ。
「……追った方がいいかな?」
「……いや、遅い」
「そうね」
怒りはないが、気まずさがあった。
ただそれでも二人はぎこちない笑みを浮かべて、寝るまで一緒に話をしていた。 |