立つ鳥、跡を残さず
ふらふらとした形で辛うじて立っているが、それももはや限界点に達している。
出血もひどい。
下手をすれば致死量。
意識が朦朧として、吐き気さえも起きている。
すでに地に伏した者が5人。
刹那、ディアナ、リース、ジェノス、セリア。
離れた場所にカイトが膝を着き、呼吸が途切れ途切れとなっているのがわかる。
ふと、次にはカイトの巨躯が軽々と宙を舞う。
打ち上げられた身体は曲線を描いてそのまま、地面へと激突。
受け身も何もしていない。恐らく既に気絶してしまっていたのだろう。
残るは自分一人。
「………」
剣を構える。
相手の姿は見えない。
死合が始まってから、ほとんど相手の姿など捉えることができなかった。
クロノスフォース《時を制する力》を行使しても、光となった攻撃を回避するのがやっと。
「……来る」
速攻に発動するクロノスフォース。
ほんの僅かな体感時間をスローとする。
それでようやく攻撃が見える。
反射的にそれを弾き、攻撃源を捉えにかかる。
「…くっ、駄目か」
異常なまでの速さ。
クロノスフォースをかけるタイミングさえもうまくできない。
その結果がこのダメージ量。
立っているのも辛い。
「……ぐっ」
血を流しすぎた。
僅かに意識が途切れて、気付いた時には地面が眼前。
何とか立とうとしたが
「ここまでのようです」
首すれすれに突き刺さる切っ先。
それは槍。
「今度は槍か」
「槍は白兵戦では最強の武器ですから」
最初は双剣。次は鎌、魔術、体術と彼女はあらゆる武器を使用していた。
カイトからだろう。
槍へと変えたのは。
しかし、武器よりも驚くべき点がある。
「……一ついいか?」
「答えられる範囲であれば」
「その能力は、星か?」
「否と言うべきでしょう」
「じゃあ…」
「それでは回復にあたります」
彼女の手が地面にぴったりと触れた。
口にするは何かの詠唱だろうか。
辺り一面が白に染まり、一瞬にして景色が変わる。
白の世界。
汚れることのない純白。
それも刹那のこと。
目に広がる景色は先ほどと同じ。
いや、違う。
穿たれた、窪んだ、爆破された、血にまみれた地が、ない。
まるで、そんなことは始めから無かった起きていなかった、と言わんばかりに。
「………」
「それでは、私はこれにて」
「待て!お前は一体…」
答える者はいなかった。
彼女は無言でそこから立ち去る。
六神とソラ・エリシオンを倒し、さらに無傷。
それがヴァレルヘリカ・エルロード。
ヴァレルヘリカは無表情のまま、真っ白な仮面を付けていた。
別段してなければならないというわけでないが、あまり素顔を他人に見せるのが好きではなかった。
理由はあるが、彼女以外からしたらそれは下らないと一蹴してしまうほど。
とにもかくにも、彼女は仮面を付け、修繕されつつのソレイユを歩いていた。
手間の行き届いた庭園にある椅子に腰掛け、遠くをぼぉっと見ている。
「あんた、またやってたわね」
かけられた声は聞き慣れた明るいもの。
ここに滞在して2週間が経っていた。
その間、最も彼女と話したのがアル。
と言ってもアルの方が色々とつっかかってくるだけの話だが。
「覗きとはまた悪趣味な……千里眼も過度に使用してはプライバシーを侵害しますよ」
そっけない返事。
彼女に返す言葉は大半がそういった感じ。
「うるさいわね!毎日毎日、みんなを痛めつけているあんたに言われたくない」
対抗心むき出しといったところ。
何かしらにつっかかるのはどうかと思うが、敢えて口にはしない。
「ヴァレルヘリカ、聞いてるの!」
「その名で呼ぶのは控えて下さい、と何度も申したはずですが?」
名前を呼ばれるのが嫌なわけではないが、ここで色々な人に知られるのは好ましくなかった。
「はん、レインにはリカとか呼ばせてるくせに」
「子供ですか、貴女は?もしくは嫉妬ですか?」
ため息を盛大につかれる。それがまたアルには気に食わないわけで
「違うわよ!」
「……そうですね」
疲れる。
椅子から立ち上がるとアルに一瞥もしないでそさくさと去る。
後ろで何かヒスが起きていたが、全く気にしない。
苛立ちが募る。
それは何なのかは知っている。
嫉妬。
醜い醜いと思いながらも、心は御しがたかい。
少しでも落ち着くために静かな場所へ行こう。
ここはよく知っているからどこに何があるかなど容易い。
「……ここに来てしまうのですか」
平坦な草原。
飾り気もなにもない、あるとしたら緑の葉をたくさんこしらえた巨木。
そこに寄りかかるのがヴァレルヘリカのお気に入りだった。
涼しい風と共に草葉が奏でるささやきは心落ち着く。
「………」
つい、うとうととまどろみに入りそうになる。
あの優しい思い出が浮かび、ますます安らいでしまう。
「少し、だけ」
眠ろう、そう思いゆっくりと瞼を閉じた時だった。
「へっくしょい!」
「………」
「…ずず、葉っぱが鼻にかかったのか。厄介だな…って、あれ?」
「…………あ…レイン、様」
反対側にいたことに気付かなかった。
普段ならあり得ないことだったのに。
「リカ…何だよ?お前よくここに来れたな」
「……えぇ、大切な……大切な…場所、ですから」
今の自分はきっと変だと思われている。
「ふ…ん、じゃあ、リカは前々から知ってたのか……ということは、お前、エルフなのか?」
「……ハーフですが」
「へぇ、そうなのか…それじゃお前の方が先にここを見つけてたのか」
「…あ、いえ、私も偶然、最近」
駄目だ。
うまく言葉にならないし、誤魔化すのも嘘だとバレバレだ。
「そっか…俺もちょっと前に、な。いい場所だよな?心が落ち着くっていうか」
「わかります」
「ここにいると……今起きてることが夢なんじゃないかって思う」
「……察します」
「ありがとう、な」
「……いえ」
「あぁ…さっきのは違う。色々とリカにはしてもらったからな、それへの感謝」
「……だとしても、気になさらず。私が判断して行動したまでですから」
「それでも、ありがとう」
「…………はい」
「にしてもいいよなぁ!ここは本当に最高だよ。ずっといたいって思える」
「…私もそう、思います」
「俺さ、この闘いが終わったら、ソレイユにいようかな、って考えてるんだ」
来た。予想通り。
「何故でしょうか?貴方様はサイラスに戻るべきでは?」
言った後で後悔する。
何故、レインがサイラスにいたかなんて普通はわからないはずだから。
「うーん…普通はそうだよな?俺も最初そう思ったけど…やっぱり止めた。俺を必要って言ってくれたのは……………アルだからさ」
「…………」
「恥ずかしいけど、正直あんなことが言えるあいつは……すげぇよ……むかつく位カッコイイわ」
「……好いていらっしゃるので?」
「……わからん。ただあいつの力になりたい。まずはそれだけ……ただ、ちょっとだけな?あっ、今のは内緒だからな!」
「わかっております」
そう、この方があの人に好意を持つのは必然。
わかっている。そう言い聞かせてきたはず。
「アルさんもお幸せでしょう。貴方様のような方に想われて」
今のはきちんと言えたはず。
「ないって、ない」
「いえ、貴方様はとても素敵な方です」
「…リカ?」
「………さま」
自然と漏れた言葉は、彼には届かなかっただろう。
不思議な顔をしていたから。
「それに、ソレイユならリカにも会える」
「………え?」
今、何て
「なんだろうな?感謝したいからかな?」
「私はお嫌いではありませんでしたか?」
「え?いや、それはないだろ!むしろ、逆だろう」
ずっと気になっていた。
自分は彼に嫌われていると。
だから、だから
聞けた。
嫌いじゃないと、それだけで十分、十分すぎる。
「……浮ついてはいけませんよ」
「……はぁ、そいだな。すみません」
「いえ、良かったです。それが聞けて…………アルさんとお幸せに」
「何言って……え?」
そこにいた彼女は消えていた。
何の跡も残さずに、キレイにいなくなっていた。
残ったのは彼女の仮面と、シンプルな指輪が置かれていた。
後日、ヴァレルヘリカはどこを探しても見当たらず、アルの千里眼をもってしても見つけることはできなかった。 |