その真実〜後編〜
六神が駆け付けた時には、ソラはセナを放すまいとしっかり抱きとめていた。
だからこそ、彼が何故泣いていたのかがわからなかった。
鼻をすする音。嗚咽をこぼす音。
くしゃくしゃになった顔を六神は初めて見てしまったのだから、驚愕を通りこし唖然としてしまった。
「どう、したの?ソラ」
耐えられなくなったディアナが彼に手をかけた時
「触るな!」
拒絶の証拠。
乾いた音が鳴り響き、やっと手が叩かれたことに気付いた。
それには他の六神も困惑し、そこでようやくセナの異変を感じ取る。
「……まさか、そんなこと……ある、わけ」
「…出ていってくれ。今は二人でいたいんだ」
かすれた声、しかし、はっきりとしていた。
今だに彼の顔には涙が流れ続けている。
「もう、疲れたんだ。頼むよ」
「おい!セナは…」
「やめな、カイト!」
掴みかかるカイトを制し、鋭い視線をぶつける。
それはリース。
彼女は既にその異変に気づいていたからこそ、ソラの意思を尊重している。
「本人があぁ言っているんだ。あたしたちは…何もできやしないよ」
「…………」
その一言で十分だった。
セナの異変がある一つの解へと、最も願っていなかったことだとわかってしまったのだから。
「ディアナ」
リースがディアナの肩を優しく叩く。
呆然とした彼女は、促されるままにリースの後を追う。
刹那、ジェノスがその後に続き、離れていく。
ただ制されたままのカイト。
そして、うつむいているセリアが残されたまま。
「……ソラ」
「…まだ、いたのか」
彼にはもう周りなど見えていない。
ただただ、愛しい女性を胸にうずめて、涙を流しているだけ。
「その、あの」
「とっとと出て行け。今はお前達であっても話したくない」
拒絶は明らか。
セリアはそれ以上近づくこと叶わず、佇む。
「いい加減にしてくれ!俺を……俺を…頼む、出て行ってくれ。お願いだ」
悲痛なまでの叫び。
セリアにとっては地獄に突き落とされたような感覚。
彼にはもうセナだけなのだ。
そう思うと踵を返し、精一杯駆けていた。
「………」
「………カイト、お前も」
「わかってらぁ!けどな、てめぇ一人が辛いだなんて思ってんじゃねぇぞ!」
「……セリアに、すまないと言っておいてくれ」
「ふん!」
ずんずんと突き進む彼の足音が薄くなってくる。
訪れた静寂が二人を包み込む。
「…セナ」
呼んでも返事はないことなどわかっている。
それでも、もしかしたらこれは夢か何かで、彼女は生きているなど馬鹿な期待を持っている。
しかし、これは現実。
齟齬などない。
何もかもが正常だと、エリシオンであるこの身体が教えてくれる。
だから、今はただ彼女を抱き、悲しみに打ちひしがれよう。
最大限の悲しみを自分は味わい、嘆こう。
どれくらいの時間が流れただろうか。
どれほどの人の血が流れただろうか。
どれだけの涙を流しただろうか。
わからない。
涙はいつか枯れる。
別れは終わりを告げ、彼を現実へと引き寄せる。
いつの間にか隣にはアイラがいて、ゆっくりとした動作でセナを抱えていく。
抵抗などしない。
彼女は死んだのだから。
星は輪廻しない。
魂がないからくぐる環に辿り着くことはない。
だからリングロードに連れていくのだろう。
彼処なら彼女は星に還れる。
それが最良だから。
だから彼女を引き渡す。
「ソラ……」
「先生、どうか、どうか……セナをお願い、します」
「……えぇ」
そうしてアイラはリングロードへと戻り、自分もここを出る。
おぼつかない足取りで。
「……!!ソラ!」
気が付けば、城を抜けた先の丘で六神たちがいた。
「……みんな、あの時はすまなかった」
きっと酷いことだと、罵られても、殴られても文句は言えない。
既にカイトが指をならしているのが見える。
「覚悟は出来てるんだろうな?」
「…あぁ、好きなだけやればいい」
「言われなくても………なっ!」
勢いよくくりだされる拳が俺の頬に辿りつ………………………………………………くことはなかった。
「……」
「待ってたぜ、ソラ」
肩に腕をかけられ、空いた手で胸を軽く叩かれた。
それだけ。
「……カイト」
「あ、俺も俺も」
反対側の肩には刹那からかけられる。
そして、しっかりと腹部に軽い突きが来た。
「これで、いいよ。俺は」
「……刹那」
「…………ソラ」
ジェノスから差し出されたのは右手。
開いたままの掌は俺の掌と抱き合うことを望んでいる。
「……これで、いいか?」
「よくやってくれた。………俺が言いたかったのはそれだけだ」
強く強く握られる。
少し痛いと感じてしまうくらい。
互いに離そうとはしなく、しっかりと掌同士が抱き合う。
「ジェノス、ありがとう」
「なぁにしんきくさいことしてるの、かなぁ?あたしも混ぜな!」
「……っ、リース」
後ろから突然、柔らかいものがのしかかり、首に手をかけられ、頬ずりをされる。
「お疲れ、そして、辛かったね」
「……すまない」
耳元で囁かれた声はソラにしか聞こえず、ソラは軽く笑みを浮かべた。
「ほらほら!あたしが後ろから抱きついてるんだから、あんたたちも何かしないの、かな?」
悪戯な視線の先には、わずかに上気したディアナとセリアが戸惑いながらも近づく。
「……ディアナ、セリア…………心配、かけたな」
「…っ、うっ…ぅぅ」
「…………」
それを合図に涙をこらえる二人が一気に駆けた。
ソラの胸に二人が一斉に飛びかかって、一瞬、後ろに倒れそうになるが、リースが、ジェノスが、カイトが、刹那が支えてくれた。
だから、しっかりと二人を抱きとめる。
そして、一気に涙を流し、嗚咽をこぼした。
何秒も何分も何時間もそうして六人としっかりと抱きしめ合っていた。
リングロード。
オメガプレイス《行き着く先》
彼女を、セナを返すために開いた最後の輪廻の界道。
そこにアイラはいなかった。
もちろん、アイラに抱かれたセナの姿もそこにはなかった。
革新都市キグルス。
「これはこれは……パリバートの」
「質問があるの。人工的に人を造ることは?」
それが聞こえたや否や、研究員の顔がこわばるように真剣になる。
そして視線はアイラの腕に抱えられたそれへ。
「可能ですが、禁止事項でして…」
「いくらでも条件は飲むわ」
そこで真剣だった表情はどこかへ。
悦に入った表情で、舌をなめずりまわす。
「研究支援と、パリバートの人材派遣を未来永劫に優先させる……」
「惜しみなく」
「ひっひっひ…ご厚意に感謝しますぞ」
こちらへ、と促される先には地下への通路。
じめじめとした地下室には薄暗い光があるだけで、ほとんどが闇に包まれている。
「実は、少し前からそういった研究が行われていましてね、うひひ」
一瞬だけ殺氣が溢れでるが、誰も気付くことはなかった。
愚かなことを。
彼らは既に行っていたというのだから。
しかし、アイラが提案してしまった以上、下手に出ることができない。
堪えきれず唇を噛み締める。
「以前、あなたからエリシオンについてお聞きしたことがあります」
「えぇ」
「エリシオンは人々の願い、想いの塊から形成される。それは器が先なのか、魂が先なのか、それとも意思か……どちらにしろすべてがそれで構築された以上、我々の範疇にはありません」
喜喜たるように説明を始める。
「ならば、器を我々が造り、そこに想いを注げばという考えが浮かびましてな、ロストテクノロジーと言いますか?遺伝子や細胞から人を組み立てあげる技術を解読しました」
既に彼は狂っているのだろう。
倫理なんてあったものじゃない。
「当初は一般人から取り寄せた細胞を使用していましたが……」
気味悪い視線がアイラにあたる。
何かを欲しがる卑しい目。
「どうやら一般人などでは我々が造りあげる最高傑作の器には成り得ないと踏みまして、現在は滞っていました」
「何が言いたいのかしら?」
「察していらっしゃるのでしょう?素晴らしい細胞が必要なのですよ」
なるほど。
つまり彼は器を提供されたいのなら、相応の器たるものを持ってこいと言いたいわけだ。
「あなたは、そうですね。やはり理屈を考えれば、エリシオンが望ましい。それにその女性のを転移させるのでしょう?それなら彼女のも欲しいですね」
ソラとセナ。
皮肉にもこんなこと二人の結晶が生まれるなんて、アイラは嫌悪したいくらいの苦笑をしてしまう。
「……いいわ。望み通りにしましょう」
「うひ…ご理解が早いようで」
「ソラのは明日にでも持ってくる。それで肝心な」
「あぁ、恐らく一年程でしょう。これでもなかなか急いだ計算デスヨ?」
「わかったわ。それじゃくれぐれ」
「内密に、でしょう?ひひ、心配なくとも我々がそんな失態など起こしませんよ」
この国は発展しすぎた。
その結果が機械論にまで至ってしまったのだろう。
もはや人はモノと見なされている。
だが、それでもソラとセナには幸せになってほしかった。
それだけのために、私は何でもしよう。
一年後。
研究は順調なまでに進んでいった。
既に器だけでも膨大な氣量を感じる。
これなら十分に受け入れられるだろう。
セナを。
(あの時、ソラはセナが死んだと思っていた。だけど、彼女は生きていた。彼女の中にある千を越える悪が幸か不幸か、一時的に彼女を仮死状態にさせた)
そうして、千もの悪が彼女を侵食し出した。
時間はなかった。
あと何年も経てば間違いなく彼女は魔に生まれ変わっていた。
だからこそ、彼女だけを吐き出す必要があった。
そして、千の魔の器も必要だった。
今、眼前にあるのが二つの器。
一つはエリシオンとセナの細胞から構成された器。
こちらにセナを転移させる。
もう一つはエリシオンとセナ、そして、パンデモニウムから採取した細胞で構成された器。
こちらには魔を入れる。
「それでは我々の創造、無から成るもの、ゼロ・プロジェクトを決行するときが来た」
カプセルのような容器に二人の器が青い液体に包まれている。
それがパルプをつないで、セナのいるカプセルに繋がっている。
「それではアイラ様、願いを注入してもらえますか?」
願い、想い。
リングロードを通過する死者たちの願いを使う。
正と負、両方。
片方に正を、もう片方に負を注入する。
「よろしい!それでは転移を開始する」
こうして、つつがなく成功し、二人の赤子を私は抱いていた。
輝く笑顔に私は涙を流した。
正を持つ器は女の子でセナに良く似ていた。負を持つ器の男の子に悪は感じられなかった。
器が勝っている証だ。
そして、この研究に携わっていたのはアクニアにミライの二国がバックに付いていた。
そのうちアクニア国王がセナの器を引き取るという条件を飲み、負の器をソラに預けることに成功した。
せめてものことで、女の子に名前を付けさせてもらうこともできた。
セナとソラだから、セラと。
何の捻りもないかもしれない。
だけど、そうせずにはいられなかった。
男の子に名前は付けなかった。
この子はソラに付けさせようと思ったから。
そうして、私はあの丘、カルマ丘で彼らに男の子レインを渡した。
セナが最後に残した付加で生まれた子だと、嘘をついてまで彼らを納得させた。
最初は疑っていた彼らだったが、男の子がソラに似ているとセリアが言うと後はなしくずように受け入れていった。
これは罪かもしれない。
だけど、これは私だけの罪。
私だけを責めればいい。
私だけを恨めばいい。
私だけを、私だけを
眩しい。
暗闇から差し込む光が何かわからないが、いらつくほどに眩しくて目がごろごろする。
たまらなくなり瞼をいやいや上げる。
差し込む光は意外にも髪。
明るい金の髪がさらさらと目の前を揺れて、その持ち主がエルフの少女と気付くには時間がかかった。
その少女はというと、こちらも何が何だかわからずにフリーズしていた。
第3者から見れば、彼ら二人の態勢は弁解できないくらいの誤解を招くもの。
アルがレインの頬を触るようにして、身を乗り出している。
ベッドの上で。
さすがに時間がそれを理解させてくれたのか、初めに反応したのはアル。
みるみる顔が紅潮し、白い肌がトマトにまで熟すると、熱は行き場を失い、爆発した。
下手したら爆発音でも聞こえているんじゃないかくらい、それは爆発していた。
しばらくしても二人は見つめ合っていた。
反応したのはいいが、アルはただただじっと見つめ、レインは彼女のその反応にあっけらかんとしていたのだから。
「おい」
「なによ」
「よし、わかった。お互い言いたいことはあるだろう?まずはこの態勢をどうにかし」
「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
鳴り響くは彼女の掌と彼の頬が互いにタックルしあった音だった。
しかし、それが一発で済めばよかったのだ。
「いや、いや、いや、いや、いやぁぁぁ!」
「ぶべ、ぶぶ、ばふ、ごへ、ぐはぁ……」
彼は何度もビンタを受け入れることで、アルを冷静にさせようとしたのなら、それは成功だった。
凄まじいリスクを伴ってだが。
「お二人共、睦まじいことで何よりです」
第3者の声が近くからした。
二人が一斉に振り向くと、そこにいたのは見たことのない少女。
「あ、あんた…あれ?」
「仮面を取っただけで忘れるのは如何かと?」
「うっさいわね!それよりあんた、いつからいたのよ」
「いえ、正直、それは憚れます。まさか最初からいたなど口が裂けようとも」
「いやぁぁぁぁぁぁぁぁ!見られた?見られた!」
絶叫するアルをよそめにして少女がレインに歩み寄る。
よく見るとその顔は綺麗で端正な形をしていた。
そして、煌めくように真鍮の髪が揺れている。
「お会いしとうございました」
「え、俺と?」
そう言うと彼女は静かに笑い、頷く。
「いや、あの、悪いんだけど……」
「言わずともわかっております」
彼女の頬は若干、上気して瞳が潤っているように見えた。
「君は誰かな?」
「…それは、言うわけには……いえ、貴方に嘘は付けません。私は…ヴァレルヘリカ・エルロードです。リカと御呼び下さい」
「……リカ、さん」
「いえ、リカと」
何故か鋭くなる視線。
有無を言わせないものがある。
「じゃ、り…リカ」
その瞬間、彼女は酔ったかのようにくらくらとしながら、レインが横たわるベッドに倒れた。
何か満足したように笑っている。
「……あぁ、とても素晴らしいものですね」
失礼、と立ち上がり、今度は真面目な顔でアルに振り向く。
「ん、なによ?」
「……………………………ふっ」
その表情はレインからは見えなかった。恐らく、計算してのことだろう。
アルからすれば、勝ち誇ったように、敗者を哀れむようにうすら笑いを浮かべて見える。
そして、極めつけのあの鼻笑い。
まるで、私は既に彼ととてもいい感じになって、気安く呼ばれています。
さて、貴方はどうでしょうね?
と言わんばかりのものだった。
そう、今のアルの身体はふるふると震え、先ほどとは違った紅潮している。
「レイン!あんた、何、こんな女に鼻の下伸ばしているのよ!」
「いだ…ちょ…おい、いたいいたい」
「あんたはアレ?優しい女がいいって?あたしは『乱暴でがさつだから、ちょっと勘弁してほしいよ。あはは』とでも言いたいのよね!」
それから何度も何度頭をひっぱたくことをしていると、隣から
「………くすっ。勝ちました」
と聞こえたものだから、さらに彼女の怒りは抑えが効かなくなってしまった。 |