星盾
無限回廊。
地下への入口から見渡す限りの螺旋階段。
下を覗けば奈落の底。
吹き出す空気が怪物の唸り声に似て、余計に邪々しくみえる。
ところどころに松明が灯され、迷うことなく降っていけるが、一歩毎にかつん、かつんと響き渡る。
どのくらい降っていっただろう。
僅かながら底が見え始める。
深淵に在るそれは
球状の形態で、鉄鎖に縛られ、魔術符がびっちりと付せられいた。
真ん中には盾の紋章。
そして、刻まれた言の葉は
――ナイトレイ――
かつて、封じられた聖魔十傑の一人。
ダークマターのとは異なる封印。
瑠璃のように光もらす球は解放を待ち望み、何百年もの月日を耐え忍んできた。
しかし、その待望が叶う時が来た。
綻び、一言であらわすならそうだろう。
万物には必ず変化は顕れるのだから。
ペルティの封印も600年という歳月には亀裂を生じ、大きくなり、今では崩れていった。
凶々しく胎動する。
今か今かと訴えるように鼓動が打たれる。
そのつど回廊は震え、脅える様にも見えてしまう。
球の前に彼女は浮遊し、詩を紡いでいる。
あまりにも美しい、煌々と輝くその御体は創造を超えた芸術。
一つ一つを捉えても息を飲むほど魅入られる。
魔物の唸り声などを聴くことはない。
その詩しか入ってこない。
芸術の口から紡がれる詩は芸術なのだから。
歌劇はもうすぐ幕を閉じる。
ナイトレイが封印から解き放たれるのだ。
「相も変わらず、素晴らしい詩ね」
彼女は近づく。
女性にしては長身で、絵で描くようなすらりと伸びた脚。
顔は見えないが、彼女の声は澄んでいて聞くだけでも心地よい。
「月詠、これ以上は止めなさい。貴方は自分で自分の首を絞めているのが、まだ気付かないの?」
静寂が流れる。
幕が閉じられた。
解放の儀は終わり、彼女の口が開く。
「アイラ、私は最初から人など信じていなかったのです」
無感情に告げられる言葉。
「最早、私どもは人を粛清せねばならないのです。この星を壊していく愚者たちを」
「人はとても強く、素晴らしいものよ」
「アイラ、私に教鞭をつけるおつもりですか?残念ながら興味はありません」
「それが月詠、かつて人を愛し、自ら持ち得た魔法を人に教えた者の答え?」
「気まぐれでしょう。一時的なものでした」
「あんなに幸に溢れた顔をしていたのが、気まぐれで片付けてしまうの?」
「えぇ、私は一度も幸成したことはありません」
「そう、どうやらもうあなたには何を言っても聞き入れないようね」
「貴女が私どもに手を出せないのは、貴女が一番知っているのでは?」
「えぇ、そうね。手を下すのは私ではない。あなたが信じた人だからね」
「エリシオンのことでしょうか?」
「さぁ、どうかしらねぇ。どちらにしてもナイトレイの封印は解かれた。でも大丈夫かしらね?ダークマターの方は」
何か含みのある言葉。
月詠は少しだけ眉をひそめるが、直ぐに理解した顔で
「ペルティに再度、封印させられるとでも仰りたいのですか?」
「…………………」
「ご心配なく。彼女の封印魔法は最早、私どもには通じない」
「じゃあね、仮定するとしましょう?例えばペルティの後継人がいたとしたら?それも王族の」
再び起きた静寂。
アイラのその言葉に月詠は一瞬だけ苦虫を潰したような顔をするが、余裕の表情で
「有り得ません。ペルティはエルフの最高傑作とうたわれています。彼女を超す存在など、例え王族なれど」
「王族の末裔はアルテリッシュ・ミラ・リイン。この意味、あなたなら分かるでしょう?月詠、いえ、リインの星よ」
アイラは見逃さなかった。月詠の表情に一瞬、陰りが出たことを、めざとく見射った。
「………………………」
「ダークマターは再度封印される。あなたたちの狙いは終わるわ」
「成る程。確かに私どもの力を膨らますことは避けられますね。ですが」
…………………
……………
………
…
「ダークマターは既に捨て駒。役割は果たしてもらいました」
「なっ!……それはどういうこと?」
「私は知っております。19年前、不死たるセナとパンデモニウムが死したこと。その起因を」
「……それはわたしも知っているわ」
「パンデモニウムの方は、でしょう?ソラ・エリシオンの能力によって。ですが、アレは一度のみの力故にセナが死する理由などなかった筈でした」
「……それ、は」
「セナは生きています。私どもの目的はただ一つだけです」
「……………あなた………ま、まさか………………………っ!!」
突如、視界に広がった光音。
響き渡る轟音と共に目の前にある球に異変が生じる。
魔術封が燃え、鎖がボロボロと崩れ、つぼみが開花したかのように球が開かれた。
そこにいたのは騎士。
全身を白金甲冑に装甲され、唯一装甲されてない顔がゆっくりと上がる。
「…長かった。実に長かった」
騎士の深みのある低い声はどこか気品を感じさせる。
「む、月詠に………アイラか?懐かしい面子であるな」
だが、彼は二人には目もくれずに咲いた花の一枚の花弁をめくった。
そう、刻印があった盾。
それこそがナイトレイの真骨頂。
絶対防御の名を飾した、星の盾。
「ふむ、久方ぶりだが、まぁ、直に馴れるか」
全長はナイトレイの身長と変わらない。
それを軽々と持ち、また軽々と振っている。
「では、ナイトレイ。行きましょう」
「ふむ、そうであるな、我輩は主より位は下。従うのが当然か」
「えぇ、物分かりがよく助かります。それではアイラ、また」
彼女は一言、紡いだだけだった。
展開される魔法陣。
空間が歪み、そこに入口のようなものができた。
これが月詠。空間魔法を一言で作り上げてしまう魔法の源。
ナイトレイを促す。
しかし、ここで彼女は隙を見せてしまう。
「!!」
「ちっ、邪魔だ!」
言うならば疾風。
3人だけの場所に訪問者は刃を掲げた。
狙ったのは月詠。
音もなく俊足で背後をとるまでは完璧だった。
現に月詠は今気付いたようにこわばった顔をしているのだから。
なら、何があったのか。
真骨頂。
彼の真骨頂は守ること。
彼の盾はいかなる干渉も受けない。
ならばこそ月詠は彼を最初に解放した。
自らを守る盾として
「ふむ、なかなか」
「これはエリシオン。よくあの二人をかわしてここまで辿り着けましたね」
ソラ・エリシオンは莫大な氣量を放っていた。
対比するものなどない。
表現などできない。
ただあまりにも大きすぎる氣量が一点に盾に向かっていても、その盾に傷はつかない。
「アイラ先生!気をつけてください」
それは忠告、それは命令、それは今から起きることへの呼びかけ。
「わたしは気にしないで、ソラ」
「わかりました。月詠、ナイトレイ、逃がすと思うか?」
凄まじき殺氣。
常人なら心臓を握り潰されるであろう。
彼は更に一撃を放つ。
「ぐぅ、ぬぅ…」
「天魔、呪装」
次には光速の剣閃。
もはや剣戟とは言えない。光が指すように一瞬で15もの金属音が鳴り響く。
盾は傷つかない。
しかし、その所持者は衝撃に耐えきれず勢いよく吹き飛ぶ。
壁に叩きつけられ、身動きがとれなくなった時。
「天魔、終光雨」
ナイトレイが見たものは、絶景だった。
目の前には無数の輝きが見渡す限りにある。
だが、それは無情にも命の終わりに光る雨。
「ぐっ、ぬぅぅ…うぉぉぉぉぉぉ!」
雨は降り頻る。
秒毎に何十もの光の刃が盾を圧し、盾にナイトレイ自身が押し潰され、それでも雨は止むことなく
壁は更に穿たれて、もはや見ている側にさえおぞましさを与える光景となっている。
「ギガバースト」
放たれたのは巨大な熱閃。同じ技とは思えないほどの熱閃。
速さもさることながら、規模も大きい。
彼を焦がし消す、熱閃は雨が止んだと同時に訪れた、ナイトレイにとっては最悪の技。
一方的すぎた。
ナイトレイ自身、盾よりもかなり弱っている。
「はぁはぁ、はっ、ふ、む……これが今代の、はっ、エリシオンなるものか」
勝機はない。
ナイトレイはそう思った。
「ぐぐぐっ……」
壁から出ることさえ許されない。
盾を使い必死に防戦一方となる。
「か、が……ぐ」
強いなんて陳腐な言葉。
彼を強いと表現するのは失礼にあたる。
別格なのだから。
星である自分をここまで圧倒する彼は
「化物がッ……」
なおも剣閃は続く。
今では壁が耐えきれないで、崩壊しかけている。
「ッ……」
嵐は止んだ。
第三者の介入によって、繰り出される剣閃の嵐は強制的に止まされる。
地に突き刺さるは彼の魔剣。
右腕から先が完全に隔絶され、大量の出血。
「ちっ、月詠か」
第三者に殺意を向ける。
彼女はというと、既に何重もの魔法を展開し、放つ直前。
彼が動くより先にそれらが次々と襲いかかる。
光の軌跡、氷果無限剣、神砕雷
上級魔法の3連発。
何百もの氷剣が彼を射、断罪の光が彼を裁き、猛々しい雷が彼を砕く。
いかなる者でも原型を留めることなど不可。
彼の身体も右半分が失われ、残りも氷剣が刺されたままになっている。
「……………」
彼は生きている
虫の息ではあるが、確かに鼓動がある。
「たいした耐久です。賞賛に値します。ナイトレイ」
「む、かたじけないな」
「行きましょう。エリシオンは間もなく復活します」
「どういうことである?」
「あのエリシオンは私どもと同じく不死です。さぁ、急ぎましょう」
新たに展開された魔法陣。そこにナイトレイを先に通す。
彼の身体は消え、月詠は少しボロボロになったソラを見た。
「エリシオン。死ねないとは辛いものですね」
彼は答えない。
回復するのに意識を沈めているから。
現に彼の身体は失ったはずの右腕が肘の部分まで、修復されている。
「では、アイラ、それにエリシオン。またお会い出来るのを楽しみにしています」
辺りに静寂が走る。
聞こえるのはソラの息遣い。
アイラは静かに立ちすくみ、顔をうつ向かせて、何も言うことはなかった。
「………………」
アルが駆け付けた時、彼女は悲惨な光景にさらされた。
地を染色したのは赤。
ペイントをこぼしたようにところどころ、大小の赤が染色され、鼻に来る血の匂いに思わず顔をしかめる。
「この量………恐らく」
助からない、と考えた頭を無理矢理振って忘れさせる。
今は急いで行かないと、その意思がアルの歩を進めさせていた。
見つけた。
異世界に訪問した3人の者たちを。
アルはその眼で捉えていた。
そして、その惨状を
「イヴ」
紡がれた名前は地に伏したまま、微動だにしない少女。
ここからでは確かめられないが、氣が感じられない。
危機感。
だからアルは駆けた。
イヴ一点を見つめ、周囲には目もくれず、ただただ走った。
「イヴ、イヴ!」
気が動転して何をすべきかがわからない。
目がかすみ、悪い想像だけが働いてしまう。
「ねぇ、返事してよ!お願い、お、願い、だから……」
声がうまく出せなくなる。力が入らない。
「うっ…うぅ……ぅぁ」
「心配するな、そいつは生きている。眠っているだけだ」
近くに聞こえた言葉。
誰かはわからない。だが、その声の主が言うようにイヴの身体は暖かく、鼓動もあった。
「生き、て………る」
「ふっ」
そこでようやく頭は回り始め、周囲を確認する。
「ブラックゼル様?」
声の主、ブラックゼルはアルに背中を見せるように仁王立ちしていた。
「ペルティは?」
「…………………ッ、郷へと、逝かれました。笑みを浮かべて」
「…そうか、ならばよい」
背中を向けられたアルにブラックゼルの表情をうかがうことはなかった。
それでも何故かアルには彼が微笑んでいるように思えた。
「継いだのか?」
「はい」
「そうか………」
アルは何か異変に気付いた。
ダークマターがいないこと。
ブラックゼルの正面は隕石が落ちたように、巨大なクレーターができていること。
そして
「ブラックゼル、さ、ま」
「もう少し遅れたら危ういところだった」
彼だった。
あの先程見た、鮮烈な血の光景は彼のものだったのだから。
足元には水溜まりのように血が落ち、背中は幾重の傷があり、前はもっと酷いということがわかる。
彼は既に限界だった。
何分も前から死んでも不思議ではない出血量で、それでも雄に立っている。
まるで何かを庇うように
「イヴを……」
「そいつは、不思議な娘だな。放っておけばよいものを」
「あ、あぁ………」
「さて、後は頼んだぞ」
ダークマターはいらだっていた。
彼が放った技は完全に消滅できたはず。
にもかかわらず、奴は生きている。
侮辱されたも同然だった。
「なんなんだよ、てめぇらはよぉ!」
その激に答える者はいなく、余計に彼の勘に触った。
「なら次はこいつでその首を刈り取ってやるよ!」
見下ろす先にいるダークエルフの長。
先程、誰かが来たようだが関係はない。ダークマターの獲物はもはやブラックゼル一人に絞られていたのだから。
「死ねよ!」
間を詰め命を取らんとする死鎌。
「ブラックゼル様!」
「来るな!そこで見ていろ!」
彼はその死に体に近い身体にムチを打ち、彼と対峙する。
差は歴然、だが、彼は不思議な感覚だった。
後ろにいた少女が教えてくれた。
自分からみれば小娘程度の人間の少女。
彼女の闘いにブラックゼルは感銘を受けたのだから。
割に合わない。
それだけで彼女を庇い続けながらダークマターと闘うなど、自殺行為。
ブラックゼルは彼女を守り続けた。
脇に抱えたまま、常に身を呈して
失うわけにはいかなかった。
例え自分が消えようともその身が塵になるまで守ろうとしたのだ。
「始めてかもしれんな」
ふと亡くなったエルフ長のことが脳裏をよぎった。
――人間はそこまで悪いわけではない――
「あぁ、人間も悪くはないものだな」
ふっと二人を見た。
これからを担う若き希望たち。
辛い道を進む彼女たちの幸せを願う。
あとは任せよう。
「さらばだ」
死鎌に刈られる前に二人に見せた、厳格なブラックゼルの顔は満足気に笑っていた。
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