氷の眼差
寒気立つ風が吹き抜けた。
その冷たさが肌をちくりと痛め、さらに身を凍らせるが如く
地はおそらく凍っているのかもしれない。
風が一人の男に集まり、結うように整って彼に従う。
「俺の風はこんなにも哀しくなってしまった」
彼の声に悲哀は含まれていないが、虚しさだけは感じられる。
ただただ自分自身に嫌気がさす。
「悲しみさえ亡くなっている」
実感する。
彼はすでに人の持つものをほとんど亡くし、自分のことさえも理解しかねていた。
故に彼は完璧だった。
現に今も彼は一人で敢然と立っている。
足元に六神の二人が這いつくばっているのを感慨もなくただ虚ろに観ていた。
「…………仮面は使わなかったか」
途中、リースの氣が濃くなったことから彼女が第三形態を行使したのは明らか
それでもここにいる二人は使うことはなかった。
可笑しい話だ。
第三形態を行使しない限り、自分には到底及ばないことを知りうる二人があえて使わなかったのは
「…やく、そく、か」
第三形態は禁忌。
それを律義にも守っている、敵対してなお。
だからソラには理解しかねる。何故、何故、何故というフレーズが頭をくるくる回る。
だが、どうでもいい話。
刹那もジェノスも勝機を得なかったのだから、敗北した。それだけ。
「さて、俺は先に行く。お前達はもう少しそこで寝ているんだ」
ソラは翔ける。
ここが何処であろうと奴の場所に向かう。
事は突然すぎた。
いや、もしかしたら何故こうなったのかとわからずに呆気にとられている輩もいるかもしれない。
それほどまで突発的だったのだから。
彼らは殺し合っていた。
多数と少数でどちらが優勢とは言い難いが、一人、狂化した男が圧倒的だったのは確実なもの。
しかし、所詮は怒り狂っただけ。
冷静な判断を喪失し、単調な太刀筋とむやみな技はいともたやすく読まれていく。
その結果が窮地にたった。
格下に遅れをとり、防戦一方に入ってしまった狂人【バーサーカー】はもはやただの怯人【デクノボウ】でしかない。
みるみる押され、彼は地に伏した。
そして、誰が予測できただろうか。
次の瞬間にデクノボウは少女に担がれ、地を蹴っていた。
「アル!いいよ!」
彼女の声がある人物に届いた時エルフの少女はやけに艶やかな笑みで
「―――――――」
隔離魔法を展開していた。
「はぁ、は、ふっ………は」
魔法は成功。
完全に敵の裏をつけただろうと彼女は満足げに笑っている。
それにつられて少女も口を緩ませた。
「やった、やったね!」
「……すぅ、はぁ………うん!」
二人の少女はお互いに指を二本突き立てる。
笑みと一緒に。
「うわっ」
不意に少女イヴが押され、そのまま地面とお尻が衝突した。
「っ、いったいなぁ。何するんだよ!危ないじゃんか!」
少しだけイヴは真剣に怒りをあらわに彼を見据えた。
「なんだって、なんだってあんな余計なことした!邪魔するな、エルフの女!」
「ちょ、あんたねぇ。圧されて負ける気まんまんでした雰囲気出して何、その言い草?少しは、ううん。かなりあたしに感謝すべきじゃない?」
「はっ、あんなの」
「余裕だった?」
言おうとした台詞はアルの口から出たことで、狂人レインを怯ませる。
が、すぐさま怒りをあらわに
「余計なんだよ!お前は」
アルは一言、たった一言のお礼でもよかったと思っていた。
それだけで自分の判断は正しいと確信できたから
それを彼は否定した。
これ以上ないほどの感情が吹き出てくる。
「なにを、エラソーに!弱いくせに俺一人で余裕だ?馬鹿も休み休み言ってよね!」
吹き出た感情は止まらずにますます勢いづける。
「だいたいあんたは」
「ストップ!アル、落ち着いてよ!ね、レインもさ?」
険悪な雰囲気。
イヴはそういった嫌なムードは苦手だった。
二人の狭間で制するように両手を挙げている。
「………………」
「………………馬鹿馬鹿しい!」
反りが合わない。
アルはレインにたいしてある程度好感を持てたつもりでいた。
否、持っていた。
それがどうした
彼の表面だけで、中はこんなにも嫌な奴だとは思いの外
この瞬間からアルはレインに対して絶対的な敵意に似た嫌悪をつけるようになる。
「うん、じゃあこれからどうする?」
「…………隔離したはずだから個々がそれぞれ違う座標に飛ばされたの違いないけど、近くにいたら厄介なのよね」
そもそも短時間で紡いだ魔法だから、ちぐはぐな魔法でしかない。
遠距離には飛ばされてはいないし、最低、個々離別もないかもしれない。
「それでもとりあえず帰還しよ。じっくりと現状を把握しないと混乱したままになるから」
それでいいわね、と二人に同意を求めるとイヴは快く頷き、レインは無言で俯いていた。
「拗ねるのは勝手だけど、うじうじしてないで!」
「……なんだと?」
「また、そんなにカッカしないでよ!」
「あら、随分と愉しそうね?」
刹那
緊張が走る。
空気が凍えたように冷え、三人の肌を突き刺すように射る。
その先にあるのは巨大な氷柱。それはゆっくりと砕けて氷塵となって風に消えていく。
そして
氷神と呼ばれる者がここに現界した。
神秘的な光景といいきれた。
相手がどんなに畏怖すべき死神であろうが、その容姿、たたずまい、魔、風雅、すべてが完膚なきまでに華やかだった。
妖美な微笑は綺麗にも寒々しく、彼らは魅入るように果たして氷漬けにされた。
きらびやかな青と白の王服はこれ以上ないほどに彼女を際立たせている。
正に圧巻。
「ひょ、氷…帝」
飲み込む時も喉がひりひりしてまともに呼吸もできない。
かろうじてイヴの声がでた。
「ふふ、何もそんなに畏まらなくても。ねぇ、レイン?」
彼女の眼差は彼一点に注がれた。
愛おしい我が子を見る眼。
「………………」
「だんまり?ふふ、相変わらずうぶなのね、貴方は」
少しだけ圧力から開放される。
セリアの氣がゆるりと収まっていくのに従って身体も自由になっていく
「そう、やっぱり貴方はソラの子ね。優しくも冷たい、どこか壊れやすいくせに惹き付ける、自分本位なのに他人を思いやってばかりいる齟齬の塊」
セリアにはレインはおろかイヴ、アルなど眼中になかった。
ただ遠い目で空を見つめている。
どこまでも澄んだ純粋な想いを持った目で
「そう、私はそんな彼に惹かれ気が付けば彼を愛していた」
一筋の綺麗な雫がこぼれた。
「いいえ、今も愛している。偽りなく」
ふと視線はレインへと移る。
何かと重ねるように愛でるように
「だから彼のためなら世界を裏切る。彼さえもおとしめましょう」
彼女の眼に闇が灯る。
その瞬間にこの地は一瞬に氷河期と成り果てた。
「氷神セリア。エルフ族の長ペルティ抹殺のため、邪魔だてする輩を消去します」 |