壊れる姫
エアバーン王国。
小国ではあるが、現エアバーン王による奇抜な政略や、戦法を用い聖魔大戦時は数多くの勝利をあげてきた。
本来は人魔共存を掲げているが、聖魔大戦以降は人間至上主義となる。
「おぉ、ソラ殿、お久しゅうございます」
玉座にずっしりと構えた男。
誰から見ても厳格で、勇ましいという印象を受ける。
「エアバーン王、急なことで悪かった」
「いえ、貴方からのご要望なら喜んで承けましょう」
この光景。
特に側近や部隊長などは信じられないものを見たという顔をしていた。
あの王がここまで下手に出ているから。
これには娘であるソフィアも呆然としている。
「それでご用とは?」
しかし、話は進んでいく。
「ナイトレイ」
「……………」
エアバーン王の眉がひそまる。
その面持ちは険しく、何かを悟るように頷く。
「案内してもらえるか?」
「……そればかりは」
「!!お待ち下さい!お父様!」
予想しえない返答。
これに異議をとなえたのはソフィア。
「む…ソフィアか。淑女たる者そんなに大きな声をあげてはならん」
「はい、失礼いたしました。ですが、先程のお言葉の真意は何でしょうか?」
「言葉の通りだ。そればかりはできかねん」
「……なぜ、何故でしょうか?」
ソフィアは今、これが現実かどうかを疑っていた。
(これがお父様?)
全く人格が変わっている。優しくも厳しく、常に正義を掲げた偉大な王が。
「そういうわけですので、ソラ殿ここはお引き取り願います」
「…そう、か」
ふと一瞬のこと。誰もが時が止まったかのようだった。
「これは、どういうことかな」
「悪いな、ここばかりは引くわけにはいかない」
エアバーン王の首にはソラの剣が触れる程度に当てられていた。
それでもエアバーン王は動じない。
「「貴様ァァァ!!」」
「無礼な!」
多くの臣下たちが怒り狂い、今にでも飛び掛かろうとする勢い。
「躊躇はしない」
「でしょうな。ですが、少しばかり衰えましたな」
エアバーン王の口が大きく開いた。
下賎な笑いへと。
「な、っ………」
後ろに飛ぶ。
先程までソラがいた場所に突如、斬られる。
「ソラ、遅い」
「!!」
着地するよりも前にソラの背後に人が付いていた。
いつからいたのだろうか。そしていつの間にソラの背後をとったのか。
それの双剣が舞う。
見えない程の速さで、空を切る音と共に。
「くっ………」
片方の剣をもう片方の剣側に蹴り飛ばし、ぶつかる。
僅かに体勢が崩れた。
その間にその双剣を掴み、流れるように身体を前転して投げる。
「……………ぉぉ」
壁に激突する。
そうなるはずだった、が、その者の身体が壁にくっついた。
勢いをすべて吸収したのだ。
「危ないなぁ」
ゆっくりと壁から離れていく。
その隣から更に人、男の姿が現れたのだ。
「久しぶりだな、刹那、ジェノス」
口にしたのはかの六神の名。
彼らはソラを見る。
「久しぶりだね」
「…………」
何も変わらない容姿。
ジェノスは整髪もせずに伸ばした茶色い髪に額には青いバンダナが巻かれ、終始一の字のままの口。
180程の身長に程よく付いた、しかし無駄のない身体。
瞳は碧く、険しい顔にも関わらず、整っていた。
一方の刹那とはいうと
こちらは飄々な容貌だ。
瞳は茶色く髪は金髪。
170越えのすらっとした肉体。
完全に肉を省いた身体。
眠そうな顔つきだが、それはまた彼の顔を際立てていた。
20年前、共に戦ってきた朋友。
「今度会う時は、か」
カルマ丘。
名の通り大罪というのが自分には相応しかった。
「皮肉だな」
ここですべてが始まった。セナと出会ったのもここだった。
「もうすぐサイラスも完成する」
その暁には人魔共存を掲げ、多くのヒトが集まってくるだろう。
いや、集まって欲しい。
「それが彼女の願い、か」
風が吹いた。
「さて、風と共に」
「待ちな」
「ふぅ…………なんだ、リース」
「あんたはこれからどうするのさ」
口調がいつもとは違う。たいていその時は真面目な話だと、長い付き合いからわかっている。
「俺は………俺は……そう、どこかにいる」
あまりにも抽象的な答えだ。はぐらかそうとしたのが失敗だったな。
「あっそう……わかった」
通じた、のか。
「なら、あんたはここで死んだ。もうあたしたちはあんたには付いていかないし、干渉もしない」
「………リース」
その言葉ですべてを理解した。
あの大戦の終止符をうったこと。自分の名は大きな権威となる。
「あんたたちもそれでいいだろ!」
「うん、いいよ」
刹那。
「……………あぁ」
ジェノス。
「………わかったわよ」
セリア。
「もちろん」
ディアナ。
「ぬわっはは」
「さらば」
五人との別れ。
やはり寂しいと言える。
「ははっは………って、ぬおい!」
だからこそ忘れない。
「おい!てめ…ぐふっ!」
巨魁がうずくまる。
しかし、そんなのは見えない。
やったのはリースか。
あいつの馬鹿力だ。下手すりゃ死ぬな。
「ソラ」
「刹那、なんだ?」
「俺は六神だから。ソラには刃向かえない。でも今からソラはただのソラになる」
刹那の眠たそうな顔は終始笑顔を作っている。
「じゃあ、俺は次会う時は敵ってことでもいい?」
「刹那!!」
怒鳴り声と同時に氷柱が飛んでくる。
が、憶することなく軽く弾いた。
「セリアはうっさいなー」
「セリア、落ち着け」
「ソラ!あなたはそれでいいの!」
これから王になる女がそんな感じじゃ駄目だろう。
少しばかし心配になるな。
「六神たち、たった今から俺達は何のしがらみもない。もし次会う時があるならば」
「その時はどうなろうと神の思し召しだ」
「あれから20年以上も待った。不老長寿になったこの身体。ずーっと鍛え続けた」
瞳が大きく開く。
茶色の瞳が紅く染まっていた。
弓になった口がさらに曲がる。
「楽しみにしてた。うん、すごく」
「刹那、今はそん」
「いやとは言わせない」
恐ろしい程の殺気。
耐え切れず、後ろにいたソフィアたちの身体が硬直し、エアバーン兵士達は気を失うものや、泡を吹き始めるものもいる。
「あっ、そうだ」
何かが閃いたように手を叩き、じっとソフィア達を見つめる。
「月詠ならあの扉の先に隠し扉があるから、そこ」
指を指した方角には確かに扉があり、若干だが、衛兵の数も多い。
「刹那殿!」
「なに?」
「自分が何をしたかわかっておいでか!」
「ふーん」
憤慨したエアバーン王は完全に相手にしていない刹那。
「貴方というか」
「うるさい」
ごろん。
「えっ」
何かが落ちた。
それは地に着くと、段々と辺りを赤く染めていく。
生ぬるい温度がエアバーン王の足に触れ、避けるように離れる。
「ぎ、ぎやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!う、腕!腕が!」
落ちたのはエアバーン王の右腕。
刹那は動いていない。
同じ場所に立っているからだ。
痛みを感じ始め、転がり、叫ぶ。
今までの勇壮たる態度はどこにもなかった。
「お父様!!くっ、貴様ぁぁぁ!」
「ソフィア殿!」
激情に駆られたソフィア。自らの父の腕を斬られ、黙っていられる程、彼女は冷静ではない。
剣を抜き、斬りかかろうと走る。
見れば刹那はそれを愉しそうに眺めているから、余計に神経をさかなでた。
「やめろ」
ソラが立ち塞がっていた。だが、ソフィアは気にも止めない。右にかわして抜こうとする。
「やめるんだ」
「…………………」
抜けなかった。
読まれていたのか、ソフィアの腰と肩を掴まれ先に進むことが出来なくなっている。
それでも必死にあがく。
「放して!放して!」
「よく見てみろ」
「何を!………………………………え」
ソフィアは気付いた。
異変に。
様子がおかしい。エアバーン王の身体が徐々に黒ずみ、鼻にあたる臭いがし始める。
その臭いで正気に戻った。
そして、改めてそれを見た。
「いだい、いだい!がぁ……ぎぃや………ぎゃは……ぎゃははぎゃ」
「黒き死の夢」
そこにいたのはもはや人とは呼べないもの。
便乗するように周りにいた衛兵たちも変貌していく。
「死人だったんだ」
「え、え、あぁ…………うそ、嘘嘘嘘!」
ソフィアは頭がおかしくなりそうだった。
目の前のことがあまりにも現実離れしすぎている。
しかし、ここに自分はいる。五感も働いている。
「こ、れは…げ、んじ、つ」
「そうだ。既に月詠はエアバーンを乗っ取っていた」
たたき付けられる現実。
「……い、いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!いやぁぁぁ!いやぁ!」
頭を抑え、その場に座り込んでしまう。
瞳から大粒の涙が落ち、嘔吐さえしてしまう。
「えぇっ………あ、ぁぁぁ」
「君もうるさいなぁ」
刹那が双剣を構える。
一瞬でソフィアの前に立ち、躊躇もなしに首を狙った。
ドォォォォォォォォ!
刹那の身体がくの字になって吹き飛ぶ。
「…………って、ソラ、何すんの」
自らの腹を殴った張本人を見る。
彼の表情はいつになく暗い。
「刹那、お前はこれを知っていたのか」
「…………うん。それが」
それ以上は何も言わず、そっとソフィアを抱き抱えコウヤたちの元に歩く。
「ソフィアを頼んだ。あの二人は俺が抑える。コウヤ、クライド、シャム。お前達はこの場を任せる。誰でもいい。もしあの扉へ行く機会があれば迷わず行け」
「しかし」
「大丈夫。月詠は今は手が出せない。いいか、封印の場に行きそこにある盾を持ってこい。そこからは俺がやる」
暗い表情をしているが、ここでは優しい顔をしていた。
まるで子供に買い物に行かせるような顔で。
「任せろ」
答えたのはクライド。
そして、シャム、コウヤもそれに頷く。
(本当にいい子供たちだ)
「大丈夫だ。自分の力を信じろ、疑うな。信念を貫け、勝つことを最善の手段と考えろ」
「「「はい!」」」
本当に彼らになら任せられる。
だから今からの戦いは本気が出せそうだ。
「ジェノス!ここは狭い!どこか広い所でやろうじゃないか」
「…………刹那」
「そうだね」
「御意」
突如、ジェノスの氣が高まり、腕を上げた。
口に出す言葉は六神の特殊技。
「狭間を繋ぐ力」
そこに三人の姿は消えていた。
残されたの四人、ソフィアを除いた三人は既に臨戦体勢を取る。
氣が膨れ上がる。
更に上げるためにはあれが必要だ。
それは
「「「天魔!」」」 |