呪印と才能
「………うっ」
「ここは?確か空間移動の時、歪み始めて………」
ふと辺りを見回す。
イヴもアルも見当たらない。
周りの景色は悲惨だった。少し前は綺麗だったんだろう、と推測できる木々が生気を失って枯渇している。
花も怪しげな色になり、瘴気が肉眼ではっきり見えた。
トライアイランドのどこかはわかった。
現在瘴気が確認されているのはヤムという村だけだ。
「ここはヤムなのか?」
だとしたらこれは深刻な問題だ。
瘴気の恐ろしさを改めて実感してしまう。
「あっ、気が付いた!」
後ろから足音と共に声がした。驚かされたようにレインは一度固まってしまう。
「……びっくりした」
「あはは、ごめんね」
本心ではそう思ってないらしく、顔は終始含み笑い。
「それでここはヤムなのか?」
「えっ、よく知ってるね」
「あぁ、この有様を見れば一目瞭然でしょ」
そうだよねぇ、と肩をすくめる。なんだかアルはオーバーリアクションらしく、盛大な溜め息をつく。
「でもヤムじゃない。ヤムの近辺ね。だからあたしもここまで瘴気が広がっているとは思わなかった」
「……そうか。そういえばイヴは?」
首が左右に2回振られた。
「見たでしょ?歪みが表れたのはレインからだから、イヴはソレイユに着いている」
この様子ではこんなことはなかったみたいで、負い目を感じてるらしい。
「はぁ、なんだか調子悪いなぁ」
「とりあえずソレイユに行こうか」
先程よりも左右に2回、大きく首を振る。
「ダメなの、瘴気をけっこー浴びちゃったから魔法は使えない」
「そうか。瘴気にはそんな効果が」
瘴気は毒ではあるが、一日中浴びていても生体には異常はほぼ出ない。
その代わり魔力が瘴気を吸うと魔力の供給線を止められてしまう。
故に瘴気は魔力喰らいとも言われている。
「うん、あたしたちは1時間くらいだから…………倍の2時間は供給が不可能」
恐る恐る考えられることを述べてみる。
「じゃあ歩くしか」
「ないみたい。瘴気をこれ以上浴びるのはあたしにはかなりヤバいからさ」
今度はレインが大きな溜め息をする。
実は自分もオーバーリアクターなのかもしれない。
「しかもここはダーナの領地だから。見つからない内にソレイユの国境まで急ぐわよ」
いつのまにか腕をぐいと引っ張られてなすがままになっていた。
「ほら!ぼけっとしない!」
「わかったから、自分で歩けるよ」
レインは半ば強引に手を振りほどき先に歩き始める。
後ろにはアルがぽかんと口を開けていて、付いてくる様子がなかった。
「ほら急ぐんだろ!」
「………ぷ」
聞こえた。確かに。
その馬鹿にした笑い方が確かにレインの耳に送られた。
「何笑ってんだよ!」
「……道、こっちよ」
指を指した方向はレインから90度。
「あんた、方向音痴?」
かぁっと顔が熱くなるのを感じたが、冷静に装い
「わかったよ」
「…………ぷぷ」
レインはここ二日で思っていたことがあった。
「やりにくい」
そう、アルはレインにとって今までで最も苦手なタイプだった。
「あはは、あんた面白いね!」
「うっさいな」
ペースを乱されるとはこういうことなのか、とやるせなくなる。
「いいっていいって!さて、じゃ行きましょう」
「あいよ」
「ねぇ?」
「ん?」
「一つ謝りたいことがあるの」
二人は真っ直ぐ歩きながら、しばし沈黙していたが、やがてアルが口を開いた。
「早く言えよ」
「あっ、うん。えとね、その、ね」
もじもじしながら頬を紅くしていた。
「トイレか?」
「あっ!ううん、違うの」
相変わらずもじもじ。
手を後ろでクロスして俯いたり上目使いをしたりしている。
「なに?」
「実はね………………」
「ごめんなさい!道に迷いました!」
ぴた
レインの足は硬直した。
機械のようにギギギと振り返り、愛想笑いをしている。
「あっ、悪い!聞き損じた」
「あっ、道に迷っちゃった。てへ」
ぺろと舌を出してかわいこぶったアル。
馬鹿な男なら
「しょうがないなぁ、こいつぅ」
とか
「気にすんなよ!大丈夫だし」
とか言うだろう。
そして、レインの第一声は
「ふざけるなぁぁぁぁぁぁあ!」
一瞬だけ天魔状態。
氣を開放し、それを怒号にした。
「あははー、馴れない道だから仕方ないって」
「……お前、俺に何て言ったっけ?」
「方向音痴」
「お前は?」
「あたしも方向音痴」
ダメだ。
今自分は冷静になっていた。沸騰しきった頭が気化してしまったのだ。
わかった。自分はこの女の子には絶対に勝てない。
「わかった。オーケ。許すよ」
それ以外に言葉が見つからない。
完膚なきまでの敗北だ。
「えへへ、ありがと」
「で、これからどうする?」
「……………」
イヴと同じくらいわかりやすい奴だ。
何も考えなしなんだろう。
「どうすんだよ」
「うーん」
「ここで何をしている」
不意に目の前に男が立っていた。
ローブを纏い、フードを深くかぶっていたので顔を見ることが出来ない。
「もう一度聞く、ここで何をしている」
殺気をむきだしながら、じりじりと近づく。
一歩進むと二人は退く。構えてはいるが
「…………」
「…………」
声が出なかった。
目の前にいる男は不気味すぎる。殺気が半端じゃなかった。
(マズいな)
アルはまだ魔力は使えない。レインも魔力が無ければ風魔障壁を纏うことが出来ない。
考えている間も進退は続く。僅かだが距離が近くなる。
「返答次第では」
「…………」
(ダメだ、声がまだ出ない。くそ!なんでだよ!二年も修行したってのに)
拳を握り、唇を噛み締める。
どちらからも赤いものが流れていく。
「あ……あたしたちは!ソレイユから、く、空間転移し………よう、として…はっ、失敗して……」
途切れ途切れながらも必死に声を絞りだすが、最後までは叶わなかった。
「空間転移?信じられんな、結界魔法はもはやエルフではペルティでしか唱えられない。人間とエルフか…………くっくっく」
不気味な笑み、それさえもレインの心臓をえぐられるような恐怖感に囚われる。息がうまく吸えない。
「やはり瘴気は貴様らが手を組んで行った業か………」
「…ま、待って!何のこと?」
「死にゆく者に語る口は持たぬ」
男は右手を上げる。
すると、暗黒が手に集いはじめ、みるみる物質化していく。
「さぁ、死んでもらおう」
「くっ………」
動く姿は見えた、だが、恐怖感に囚われたレインには反応することはできない。思わず目を閉じてしまう。
そして
ガキィィィィ
「ちっ」
「………………」
目を開ければ、状況を読み取るのに数秒。その間も男は攻撃の手を止めない。
キィィィィ、ガキィ、
「……何やってんだよ」
自分を庇うようにロッドで応戦しているアルがいた。完全に防御に入っているのは一目瞭然。
それでもあの攻撃をガードしていたのだ。
「あんたはねぇ、あたしが選んだんだから…………くぅっ……あんたを」
(何を言っているんだよ、俺は選ばれた人間なんかじゃない。いくら修行したって結果はこうなんだ)
その時、レインの頭にある映像と声が再生される。
「あなたは誰よりも強くなれる!だからね、あなたは……生きなさい」
一年前に自らを信じ犠牲になった恩師の姿。
あの時から自分は強くなりたいと思った。
(強くなる?違う!もう誰も自分のために犠牲になんかなってほしくない!守って見せる)
「きゃあああ」
我に返ると、地面に倒れ込んでいるアル。
少しずつ地面から赤い液体が自分の足元にまで流れる。
「死ね」
右手をアルに向かって勢いよく振り下ろす。
誰もが間に合わないと思うくらい、それはアルの首に近づいていた。
この間にレインは天魔を開放、同時に俊足で男に向かう。加速が足りない。まだ間に合わない距離にいた。
「天魔呪装!」
彼は新たな力を使う。
そして、レインの氣は先程の天魔よりも膨大な氣が放出。
彼の顔には隈取りのようなものが刻まれている
まがまがしい黒い呪印。
レインのスピードが更に上がる。やっと相手がスローモーションに見えた。
時間を感じない、今なら間に合う。全ての力を足に込めて、一歩一歩と
ついには
ギィィィィィン!
「……貴様」
「へっ、間に合った」
男は表情は見えなかったが、その声には動揺が混じっていた。
「ごめん、アル」
恐らくアルには聞こえていないかもしれない。
改めて相手と対峙すると、その力量がはっきりと解る。
アルでは敵うはずがない相手。それでも必死に自分を守ってくれたことに。
謝罪したかった。
「その力、天魔か…」
「お前に話す言葉はない!」
男の刃を振り払い、懐に入るのを試みるが、態勢を立て直した男に蹴りを入れられる。
「ぐっ」
天魔呪装を使用してもまだ劣っていた。
下手をすれば相手に飲まれる。
「はぁぁぁぁぁあ」
あらんかぎりの氣を練る。タイムリミットは3分。
瞬間に背後に回り込み、振り下ろす。
これを受け止められ、吹き飛ばされる。
「若いのにこの力は驚異だな」
「…………」
レインには感情がなくなりつつある。
天魔呪装は闇の力を借りる。
故にタイムリミットが存在する。
闇に飲まれるまでの時間が。
「もう感情が無くなりつつあ」
言い終えるが前にレインが眼前に現れる。
先程のスピードより上がっていた。
思わず下がり、防御の態勢に入ってしまった。
しかし、これは男の不覚であった。
一年前。
「やはり」
「レイン!」
一年の猶予が与えられ、数日間、ソラはレインの戦い方を観察していた。
ソラには相手の長所と短所、それに才能も見抜ける力がある。
「あっ……はい!」
「どうやらお前は氣を溜めずに全力の攻撃、つまり奥義が使用できる」
「どういう」
「これはかなりの偉才だ。たいていは溜めがいるのをお前はそれを無視できる。まさに接近戦では恐ろしい強さになるな」
レインには結局わからないまま、天魔呪装を教わった。
「ぐっ………がはっ……まさか氣を溜めずに技をかけるとは」
男のローブはちぎりちぎりになり、全身傷だらけになっていた。フードは切られ、顔があらわになっていた。ダークエルフだった。
かなりの風格を持ち、外見だけなら30前後だが、落ち着いた風貌。
「………………終わり」
構えを取る。次で確実に息の根をとめるつもりだろう。
「これが運命なら」
不敵な笑みで男はレインを見据え、武器を捨てていた。
「レイン!やめて!」
はっと意識が明瞭になる。ほとんど闇に飲み込まれつつあった。
声がなければダメだったかもしれない。
「アル、大丈夫か!」
「うん、それよりその人に手を出さないで。その方はダークエルフの長」 |