第一話
私の名前は、直藤沙耶、高校生。
眉目秀麗な容姿を持ち、頭脳明晰、さらには、身体能力も他の追随を許さず、なおかつクラスの話題の的。
私を簡単に紹介するのなら、今のが最も分かってもらえると思う。
でも、公衆の面前でそんなことは言わない。
だって、言ってしまったら他人のひんしゅくをかってしまう。私はそんな馬鹿なことは絶対にしない。政治家の言動のように、一挙手一投足を慎重に吟味している。そんな誰もが羨望のまなざしで見つめる私が、最近思っていること。それは――
人間は、なんて素晴らしい動物なのだろう、ということ。
思っていることと行動が、必ずしも一致していないところが素敵。目に映る人間は、その表層しか見えていないのが素敵。嘘をつけることが素敵。抱きしめたいほどに偽善的な人間が素敵。
特に、私という人間が素敵。
「直藤さん、ここの問題やった?」
浮雲の白をとりとめもなく眺めていた目を引き剥がし、前の席に座っている女子生徒に貼り付ける。
私は美しい微笑を作りながら答えた。
「うん。昨日慌ててといたんだけど…難しい問題だよね、それ」
とても簡単な問題だった。私はそれを三分とかからずに解いた。それも課題を出される一週間前に。私は友達の親身になった風を装った。当然の返答。難しいと相手に思わせることで、「そうだよね」と相手の返答を誘う。これは、私という絶世の存在をより身近に感じさせるための技術。
「そうだよね」
ほら言った。なんて単純なんだろう、人間は。だから素敵。
「でさ、教えてくれない? 私、できなかったんだ」
もちろん私は嫌と言いたかった。なぜかといえば、面倒だから。他人の世話などしたくない。でも、私はそれを快く首肯した。
これによる効果は「直藤さん、優しいね」と相手の脳に記憶させることが出来る点。私は罪悪感を心の中に押し隠し、教え始める。
「ここはね――」
こんな問題も解けないなんて、何のために学校に通っているのかしら。ま、仕方がないか。私と違って、馬鹿だから。
心の中でさげすみながら、私の中で優越感、満足感が広がっていく。
「そう言えば、佐藤さん、髪形変えた?」
私はすかさず技術を使った。この後の彼女の返答も、私の対応の技術も分かっている。分かっているからこそ、聞いた。
「え、分かる? …どうかな?」
不細工を体現した感じ。目を背けたくなるくらい。
「カワイイね。似合ってる」
対極をなす答えが、私の心と口から出た。女子生徒の顔が喜びに染まるのを瞳に映しながら、私も下卑を押し隠した笑みを作った。私は内心で彼女を見下しながら、こう思っていた。
「カワイイね」は、「皮良いね」よ。肥えた良い皮をお持ちになって。そんな多大な肉を持って歩くのは、さぞかし大変でしょう。
「…彼は、気づいてくれないんだ…」
私は彼女の言葉に驚きを隠せなかった。私としたことが、少々顔に本心をにじませてしまう。
信じられない。
こんな女に彼氏がいるなんて。よっぽど彼氏が酔狂なのか、盲目なのかのどちらかだろう。私は彼氏に同情心を抱くと共に、彼氏の醜美の基準と、その判断を疑った。
「どうかした?」
ええ、信じられない。あなたに好意を抱く人がいるなんて。
「どうして気がつかないのかなって、彼氏が――」
あなたが醜いって。
「あなたが髪形変えたって」
もちろん私は、この間中笑顔。おそらくこの美麗な笑顔を見て、私を美人だと認識しない人はいないだろう。それだけ私は自他共に認める美貌を持っている。数日前も他校の生徒から告白された。そのとき私は、流れ作業のようにいつもどおり、
――え…急にそんなこと……。
と、少しの逡巡と困惑を言葉に表した。これは、私のせめてもの憐れみ。本当は、「身の程をわきまえて」と即答したい。
だって、私にはつりあわないもの。
天秤にかけたら、私の偉大さに男が天へ飛んでいってしまうに違いないと断言できる。だから私は、数秒の沈黙を挟んでこう言った。胸中で侮蔑をもてあそびながら。
――…ごめんなさい…。私、好きな人が…。
これは繰り返し使えて、きわめて便利な手段。こういえば男も引き下がるし、他の断り方とは違って、男に「なぜ」と、言及されなくて済む。でも、困ることもある。
――それは、誰?
こう聞かれること。実際私には好きな人がいる。とてもウイットに富んでいて、素敵な人。でも私がその人の名前を出すことはない。その人が迷惑するのが目に見えているから。私はそういう時、仕方なく顔を伏せる。私の流れるような黒髪で、表情を隠すために。そして、哀切と震えの混じった声音を作って、
――…ごめんなさい。
そう言って走り去る。そういえば男は追いかけてこない。走りながら、私は含み笑いをし、再確認する。人の心をもてあそぶ享楽と、それが出来る私の美しさを。その後、私は鏡を取り出してこう言う。
――あなたが、好きです。
鏡に映る才媛、つまり私に向かって。
「それでね、これが彼なんだけど…」
そういいながら、私に対してぶしつけに携帯電話に張られたプリクラを見せる。そこには、二つの頬をくっつけた男女が、満面の笑みで私を見つめていた。男は、数日前、私が丁重に交際を断った男だった。
「お似合いね」
そう、いろいろな意味で。何事にも釣り合いがあるもの。彼氏には、謝罪しなくてはならない。そして、こう言葉尻に付け加えるの。
現実を理解するのは、さぞかし辛かったでしょう、と。
「…ありがと」
彼女は顔にプリクラと同じくらいの満面の笑みを称える。私もとりあえず、彼女の何倍にも美しい笑顔を返した。
そのとき、私の耳に休み時間終了のチャイムが飛び込んでくる。
全ては私のプロット通り。
休み時間は女子生徒たちとのコミュニケーションを図る。彼女たちの意思には、とりあえず肯定しておく。そのほうが、都合がいい。加え、その意思をほんの少し後押ししてあげるとなお良い。「だよね」と彼女たちに言わせればいい。それだけで、話の輪に自然に溶け込むことが出来る。そして、落ち込んでいる女子生徒がいれば、慰めてあげる。理由を聞き、同情し、ここでも女子生徒の言い分を後押しする。ここで注意するのは、彼氏のことで消沈している場合。彼氏の悪口を言うのを避けて、彼氏の思いを尊重しつつ、女子生徒の背を押してあげる。
ここで注意点。他人の悪口はどんな場面でも言わないほうが良い。私のいないところで、人づてに悪口を言っていたことが伝われば、後々に不信感を抱かれる原因になる。
…その他にも、いろいろと細かい技術が必要なものの、それは企業秘密。
変わって、男子生徒はもっと扱いが楽。私が綺麗だってことだけで悪態をつくものはいないし、話しかけられても、女子生徒と比べて少しそっけなくすることで、女子生徒から嫉妬されなくて済む。もし、告白されたときは、前述のようにして回避。尻軽女と怨恨を受けるから、自分からはなるべく男子と話をしない――用事があるときは別だけど。
次に、最も簡単なのは先生。学期毎にあるテストで満点に近い点数を取ればいい。それだけで先生は、私にまじめな生徒というレッテルを貼ってくれる。
最後に、この全てに共通するものがある。
笑顔。
笑顔は、心を巧みに隠蔽する仮面となる。これさえたたえていれば、私に負の感情を抱くものは皆無に等しい。
これら全ての技術を用途に分けて駆使するのは疲れるけれど、学校生活における人間関係を円滑にするには仕方のないこと。
人間は素敵。
教室のドアが開いて、先生が入室するのを横目に、私はほくそ笑んだ。もちろん、心の中で。
ドアの開く音に気がついた女子生徒は、狼狽する。
「あ、先生来ちゃった」
助かったわ。あなたと話さなくて済む。
「どうしよう…」
自業自得よ、いい気味。
「ね、お願い! ノーと写させて」
絶対に嫌。ブスが感染しそう。
「いいよ。情けは人のためならず、って言うしね」
「さすが話がわかる!」
嬉しそうに、両手を胸の前で合わせる。
ことわざの意味も正確にとらえてないわね。この様子では。さすがにこの問題も解けないだけのことはあるわ。
「それじゃ、直藤さん、借りるね」
せいぜい頑張ってね。馬鹿なりに。
私は彼女にノートを渡した。先生が、なにやら予習と授業態度のことで小言を言っている。私にはまったく関係ないことだ。
私はぼんやりと白い浮雲に視線を送りながら、考えていた。
偽善という美しい行為について。
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