がんばれ! 勇者様!!
多少の不満はあっても、平和で穏やかな暮らし。人々は時折愚痴をこぼしながらも笑顔で毎日をおくっていました。それが幸せというものです。
その幸せの時間を切り裂いたのは、永い間沈黙を守り続けてきた魔王その人でした。
各国の姫君たちをさらい、彼女たちを人質に世界征服をもくろんだのです。そこで王たちは話し合い、おのおのの国から一人ずつ勇者を出し、魔王退治と姫君奪還を計画しました。
こうして世界の命運は彼ら47人にゆだねられたのです。
その勇者の一人は、たった今――――――。
「う、う、う、う、う………」
「くくっ、ずいぶん毛色の変わった勇者殿だな。俺好みだ」
「すすすすす、すみませんんんんんっ!!! 助けてくださいー!!」
魔王を前に絶体絶命のピンチに陥っていました。
「ほんっとうにすみません!! 私、実は本当の勇者じゃないんですーっ」
「いやお前、単身で魔王の城にのりこんできてそりゃねーだろ。まあ、勇者にもみえねェけど」
魔王がそういうのも無理はありません。目の前で震えているのは、どう見ても普通の若い娘さんです。とりあえずマント・皮の手袋・剣などで格好をつけてはいますが、華奢な身体つきからいっても腕がたつとは思えません。さらに小さな顔には恐怖がはりついており、大きな藍色の瞳は涙がこぼれそうです。腰がぬけてしまったらしく、壁を背にしてガタガタ震えるのみで、こちらをじっとうかがっています。
魔を統べる王たる彼にはもちろんSッ気があります。彼女はまさに彼の嗜好にぴったりの小動物でした。
「そう怯えるな。話くらいは聞いてやる」
そう言って魅力的ににっこりと微笑む魔王。魔王といっても、彼は物語に聞くおどろおどろしい姿をしていません。むしろ、誰もが認める美しさです。切れ長で底が見えないほどに深い闇の瞳、高い鼻梁、形良い唇、鴉の濡羽色の髪を後ろに軽く流し、同じく真っ黒の装束に身を包むその立ち姿は一枚の絵のようでもありました。しかし威圧感は一紳士とは到底思えない、すさまじいものでした。いくら容姿端麗でも魔王は魔王、しかも歴代の魔王の中でも最強最悪と謳われる実力派です。
魔王は震える少女が楽しくてしかたがなく、自らもしゃがみこんで彼女に顔をちかづけます。自分の魅力を十二分に知っている彼は、それを最大限に利用しようとおもったのです。しかし死への予感に恐れおののいている勇者の少女には、まったく意味をなさないものでした。
むしろ震えを激しくして、ついに涙がこぼれてしまいました。滑らかな頬をつたうしずく。彼女は美少女とはいえませんが、愛嬌のある顔立ちをしていました。笑顔ならばさぞかしかわいらしいことでしょう。それが今はこの泣き顔。
たまりません。
「泣くなって。ん? 聞かせてみろ、勇者でもないお前がなんでこんなトコに来たんだ」
「ううっグスっ。 ……さらわれた姫君たちを救うため、各国が勇者を集めたんです……」
「ああ、その話なら聞いてるぞ」
魔王もぬかりはありません。各国がどう動くかくらいはお見通しで、偵察にも余念がありませんでした。
俺の部下が一人残らず仕留めたと思っていたが、とんだとりこぼしがあったものだ。減給しよう。……いや、逆に特別手当か?
思わぬ玩具が手に入った喜びでニヤつく顔をおさえつつ、魔王は続きをうながします。
「それで、私の国からも勇者を選抜したんですけど、当初予定していた勇者が出発前に魔物に襲われ大怪我をしてしまったんです。で、急遽代わりを探したんですが……」
「ほう」
「そうしたら、何の因果か勇者の隣のお屋敷で掃除のバイトしていた私に白羽の矢が――――――!!!!」
「何でだ……」
お前の国おかしいぞ、ともらすとうわーんと更に泣き出す勇者、いやもとい掃除のバイト少女。
「ま、俺にとっては好都合だったがな。たまには魔王らしいこともしてみるもんだ。こんなイーもんが手に入るなんてな」
「え」
「それはともかく、お前めちゃくちゃに弱そうだが、よくここまで来れたな。やっぱ運命か?」
魔王の疑問はもっともです。優秀な部下の目をかいくぐり、凶暴なモンスターであふれかえる森をぬけてこの城に辿りついた割りに、彼女はまったくの無傷でいるのです。
「あ、それは・・・」
「おいコラっ!!!」
説明しようと少女が口を開いたと同時に、カツカツカツと靴音高く何者かが近づいてきました。
「47の最後の勇者が見つからん! ここまでしてやったんだから、少しは魔王らしく自分でたおしやがれ!!」
「邪魔がはいった・・・」
舌打ちをした魔王はガンガン怒鳴る青年を振り返りました。こちらは金髪の碧眼、野性味あふれる美形です。タイプは違いますが、魔王と張る美しさ。彼こそは魔王の軍団を率いる魔将軍でした。
「うるせーぞ、今取り込み中だ」
「「あ」」
険しい顔の将軍が不意に目を見開いたかと思うと、彼は間の抜けた声をだしました。それは同時に魔王の目の前からも聞こえました。
「ここまで案内してくれた親切な人!!!」
「ここまで案内してやった女の子!!!」
「魔将軍が勇者の案内となっ!!??」
まさか取り残しの勇者と魔将軍だったとは、と互いが絶句している中、魔王はいちはやく平静をとりもどし、普段どおりのニヒルな笑みをうかべました。
「ま、まあいい。俺の花嫁を連れてきたことをほめてやろう」
「ああ!? 何言ってやがる、てめーの花嫁はさらってきたあの姫たちの中から決めるって話だろうが!!」
「だって好みがいないんだもん。ってゆーかコレが好みだ。コレに決めた」
「『だもん』じゃねえ! わがまま言うな!」
少女は目の前で行われるやり取りについていけず、びっくりして涙もとまってしまいました。とりあえず自分をコレ扱いはやめてほしいと思うばかりです。
魔将軍は「世界征服のついでに嫁さんでももらうかな〜、どうせ人間ってすぐ死ぬし、ちょっとしたアバンチュールにはもってこいだろ」とのたまう軽薄な魔王様と違って堅物・堅実なのですが、やはり普通の一青年でもあります。荒野で不安げにたたずみ、己に魔王の城への行きかたを尋ねた少女は、どこか可憐で健気な印象を受けました。何をしに行くのかは皆目検討がつきませんでしたが、ここまで連れてきたのは少なからず彼女に魅かれてしまったからです。馬に乗ったこともないという少女を後ろから支えるようにして二人乗りした時間は、今まで感じたことのない幸福感を彼に与えました。合間に交わしたたわいもない会話でも、少女への好印象を深めることになりました。思わず「用事が終わったらまた俺を呼べ。送ってやる」と申し出てしまうくらいです。
その少女が、今大嫌いな幼馴染である魔王の毒牙にかかろうとしているのです!!
「絶対にゆるさねーぞ!!」
「なんだと? お前、俺様に逆らう気か?」
「ああ、そうだ! もう我慢できねェ、大体てめーが魔王っていうのも俺が前線にたちてーから譲ってやっただけじゃねーか。この娘退職金がわりにもらって帰るぜ傲慢クソ魔王サマよ! そういうことだ娘、俺がこの野郎を倒すの手伝ってやる!!」
「いーや、この娘は俺がもらう! おい娘、お前がここに残るならば姫君たちは無事かえそう、そうすりゃ勇者の面目躍如だ、嬉しいだろう!? やるべきことは一つだ、俺の妻になれ!!」
「どうなってんのこの状況!?」
矛先がこちらに向けられたことに気づき、少女はとりあえず叫びますが状況は悪化するばかりです。
「コイツぶったおして俺と世界を救うだろ!? まがりなりにも勇者なんだからよォ!」
「お前は勇者じゃねえんだろ!? なら掃除婦ができることをやりゃあいい! それで平和的に世界が救えるだけじゃなくて、お前の将来も安泰だ! 世界一の幸せもんにしてやるぜ!」
「「さあ、選べ!! もちろん俺だよな!?」」
「うわーんっっ!! 誰か助けてくださ〜い!!!!」
その後、姫君たちはさっさと国に帰され、魔王と魔将軍は「世界征服だぁ!? それどころじゃねー」とばかりに当初の目的をあっさり放り投げました。
こうして世界には再び平和が訪れたのです。
一人の哀れな少女の犠牲の上に……。
「えっ、本当に誰も助けてくれないんですか!?」
「「だから俺が助けてやるって言ってんだろ!!」」
彼女がどうなったのか、それは誰も知らない。
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