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魔獣と滅びゆく世界の戦記 ※章立てにより改題(2017.8.04) 作者:椋鳥

序章 不毛な世界でただ一人、光輝なる墓標を打ち立てる

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2 炎立つ-4

***


 その少女に自己紹介をされた時、ラグリマはこれは何かの冗談かとマスターと顔を見合わせた。

朧月夜おぼろづきよといいます。オボロって呼んでくださいー」

 長い黒髪を総髪にした、背丈の低い少女が間延びのした声で言った。くりくりした大きな目は眠たげにとろんとしており、それでも金糸で刺繍の施された薄紫の長衣姿は、彼女が星術学院の一員だという事実を如実に表していた。

(賢紫のローブがぶかぶかじゃないか・・・・・・。この娘が、星術学院の寄越した即戦力だというのか?)

 呆然としたまま口を開かないラグリマの態度から真意を察知し、朧月夜はテーブルに身を乗り出して遺憾の意を表明した。

星術士アーティフィサー闘士スレイヤーも、年齢は実力と関係ないってお師匠様が言ってました。それに、こう見えて私は十六ですから。お姉さんですからー」

 黒いはっきりした眉を逆立てているのだが、朧月夜の振る舞いや愛くるしい外見のせいで、怒気は欠片もラグリマらに伝わらなかった。ラグリマとマスターは冷静さを欠いたままそれぞれ名乗り、もう一名の待ち人が来るまでぎこちない空気の直中に置かれた。

 マスターが問いかけて判明したのだが、朧月夜は星術学院のウルランド・ブランチにおいて唯一の正星術士であった。彼女以外は皆研修生の立場にあり、則ちブランチは一応は最大の戦力を供出したことになる。

「ラグさんの髪。ずいぶん鮮やかな空色ですねー。もしかして、あの伝説の闘士スレイヤーにあやかって染めているとか?」

「・・・・・・染めているって、分かるか?」

「分かりますよー。眉毛や瞳は綺麗な漆黒ですし、何より微弱な星力の残滓が視えます。髪の毛の色素に丁寧な働きかけをした、とても良い仕事の跡ですね」

 そうとは知らなかったマスターはラグリマの髪と朧月夜の顔とを交互に見て、「全く違和感はないが、そんなものか・・・・・・」と呟いた。ラグリマは朧月夜の観察眼に一目を置いた。彼の髪色を調整した人間は一流の星術士アーティフィサーであり、滅多なことでは見破れぬよう処理を施したと聞かされていた。それを十六の娘が初見で暴いたわけで、当人の言う通り年齢と実力は無関係なのかもしれないとラグリマは納得した。

「・・・・・・遅れた」

 四人目の登場もまた、ラグリマやマスターを当惑させた。支部ブランチにやってきたのは、白い顎髪を蓄え、肉厚な胴回りと朧月夜より低い身長をしたドワーフ族の男性であった。白の神官衣という身なりを見る限り、彼が神殿の寄越した神官戦士に違いなかった。

「・・・・・・シャマス・セイント。シャマスでいい」

「はじめましてー。星術学院の朧月夜といいます。オボロって呼んでください」

 朧月夜が素早く挨拶を返すと、シャマスは小さく頷いてそれを受け入れた。続いてラグリマとマスターが名乗ると、やはりシャマスは口を真一文字に結んだまま首肯した。

(ちょっと待て。<光神エトランゼ>の神官パルチザンにドワーフなんてありなのか?神殿は優性保護を声高に叫んでいた筈だが・・・・・・)

「ドワーフさんでも神官パルチザンなんて務められるんですねー」

 朧月夜がオブラートに包むことなく敏感な疑問を口にし、事が種族問題をはらむだけにラグリマはぎょっとさせられた。マスターも恐る恐るシャマスの反応を窺っていたが、当人たちはしれっとした様子で言葉を交わし続けた。

「・・・・・・共に戦った闘士スレイヤーが、入信を推薦してくれた」

「へえ。うちの学院もそうですけど、神殿も頭が堅いものとばかり思ってました。その闘士スレイヤーさんは、相当な顔役だったんじゃないですかー?」

「・・・・・・神獣討伐で死んだ。周囲からは英雄と崇められていた」

「なるほどー。そういうレベルの方から推薦があれば、シャマスさんがドワーフだからといって、神殿側も断りづらいですよね」

 端で聞いているラグリマらからすると失礼とも受け取れる台詞であったが、朧月夜に悪気がないことを承知しているのか、シャマスは黙って頷いて見せた。朧月夜とシャマスは、システィナが星術学院と神殿のブランチに圧力をかけてようやく得られた助っ人であり、ラグリマと組んでヴィシスに赴く手筈となっていた。

 朧月夜は店内を見回し、「他の方々はまだなんですかー?」と暢気な声音で問いを口にした。マスターは済まなそうに手の平で自分の禿頭を叩くと、愚痴めいた謝罪の言葉を口にした。

「本当に申し訳ない。スレイヤーズギルドは、今回の作戦に誰一人闘士スレイヤーを工面できなかった。想定される敵、ハルキス救世会の集めた私兵が予想外に強力なのと、潜在的な敵である神獣に恐れを来しちまった。情けない限りだ・・・・・・役立たずで、すまん」

 テーブルに額を打ち付けるようにして頭を下げるマスターに、この場で罵声をぶつける者はなかった。

「まあ、仕方ないですよ。誰だって命は惜しいですから。三人なら三人で、できる限りのことをしましょー」

「・・・・・・予想していた故、問題ない」

 朧月夜とシャマスはそれぞれ達観した受け止め方をし、マスターは断罪を免れた。ラグリマは事前に聞かされていたし、騎士団へのシスティナの説得も不調に終わったことで、ここは思い切るしかなかった。

 ラグリマが催促し、マスターはそれぞれに意中の飲み物を出してやった。ラグリマには葡萄酒を。朧月夜には紅茶を。シャマスには麦酒を。そうして三者は闘士スレイヤーの慣例に則り、勝利を祈願して杯を交わすべく、グラスを手に立ち上がった。

 ラグリマが音頭を取ろうとしたところで、予期せぬ来訪者が扉を叩いた。慌てたマスターが迎えに出ると、完全武装の二人が顔を出した。システィナとリージンフロイツの組み合わせであった。

「お嬢様。一体どうしたんです?その格好は・・・・・・」

 システィナは赤毛に合わせてか紅色の甲冑を着付けており、腰には剣も吊されていた。リージンフロイツも軽装ながら準備は万端のようで、漂わせる雰囲気からしてただごとではないとラグリマに感じさせた。

「ケマル湖に、亜獣が群を成して現れました。あそこはウルランドの大切な水瓶。早急に対処に動かねばなりません」

「ちょっと待て。ヴィシスはどうする?救世会を放っておく手はないぞ」

「承知しています。ですが、命辛々報告を持ってきた近隣の住人によれば、ケマル湖の亜獣は二十匹を超える規模なのだとか。水路が完全に破壊されてしまえば、この街は数日で干上がります。今は向かわせる防衛戦力もありませんし、何としても亜獣を追い払わねば・・・・・・!」

 システィナは募らせた焦慮を声音に乗せて言った。決して誇大な表現ではなく、水源たるケマル湖はウルランド全体の生命線と言えた。道中に事態の深刻さを聞かされていたリージンフロイツが提案した。

「私も参戦するわ。二手に分かれる?ケマル湖の方角は南。ヴィシスはここから南西で、直線距離なら馬で一日くらいなんでしょう?」

「そうは言ってもな。この中に、二十匹以上の亜獣と対峙した経験がある奴はいるか?」

 そこそこの戦歴を誇るリージンフロイツは挙手するが、他に続く者はなかった。質問を投げ掛けたラグリマは嘆息した。

「経験値の低い小勢を二手に分けるなんて自殺行為だ。お嬢さん、救世会はこの件では動かないのか?」

「彼等は基本的に魔獣ベスティアと戦う選択肢を持ち得ません。ヴィシス攻撃の例は、神獣を呼び出すための試練だと受け止められています」

「・・・・・・仕方ない。優先順位を決めるしかないか。ヴィシスに神獣が降臨してもケマル湖とやらの水路が崩壊しても、どちらにせよウルランドの破滅を意味する。となれば判断基準は速度だ。前者には不確定要素があるし、役に立つかどうかは知らないが、少なくとも救世会という軍事力が側に控えている。一方で後者にはすぐの助かる道が見当たらない。そうだな?」

 ラグリマは言って、システィナに視線を向けて判断を預けた。

「システィナ様。ラグの言う通りです。どうかご決断を。例えどちらへ向かうにせよ、乗りかかった船ですから、私は最後まで助太刀いたします」

 リージンフロイツの言葉にシスティナは力強く頷くと、「目的地と標的を変更します」と皆に告げた。それを受けて、改めてマスターが「あんたらは、それでいいのかい?」と朧月夜やシャマスに訊ねた。

 星術学院や神殿には、ヴィシスへの神獣到来の危機を防ぐという理由で助力を願い出ていた。それが貴重な星術士アーティフィサーと神官戦士をケマル湖の亜獣退治に遣わされたのでは、話が違うと抗議されて然るべきであった。

「取水に支障を来せば、学院も困りますから。いざ、ケマル湖へ向かいましょー」

 朧月夜はあっさりと乗った。シャマスも無言で首を縦に振り、朧月夜の意見に同意を示した。

「オボロさん。シャマスさん。お二人の勇気と識見に感謝を。では支度が整い次第、ラグ殿をリーダーとして出発しましょう」

「剣の本数分しか貢献できないおれに、リーダーなんて務まらないだろう」

「いいえ。そこは譲れません。指揮はラグ殿がとってください。もう間違えたくはありませんから」

 システィナは引かず、リージンフロイツが「支持するわ」と擁護に回ったことで、ここはラグリマが折れた。彼が対魔獣ベスティア戦で経験豊富なことは自明であり、たとえ攻撃回数に制限があったとしても、その知識は極めて貴重であるとシスティナらは認識していた。

 ここではじめて、リージンフロイツは初顔合わせとなる朧月夜やシャマスと挨拶を交わした。森を住処として星術アーティファクトに長じたエルフ族と、主に山岳地帯を故郷とする肉体派のドワーフ族は、遙か昔から犬猿の仲として知られていた。例に漏れず、リージンフロイツとシャマスの間にだけは微妙な空気が流れた。

「リズ、すっごく綺麗ですー。エルフさんに会うのは初めてではないんですが、こんな美人、見たことないです」

「同感だ。闘士スレイヤーには割と面構えのいい女もいるもんだが、これほどの上玉にはお目にかかったことがない。この支部ブランチでも、過去最高レベルだろうよ」

「マスター?いい歳をして、褒め殺しでリズを口説く気でしょー」

「何てことを言うんだ?・・・・・・俺はな、まだ四十前なんだぞ」

「ひっ・・・・・・!」

「なんだその反応は!そこまで驚くほどか?見た目は老けてるかもしれんが、まだ三十七だ!」

「ひいー?」

 朧月夜とマスターの掛け合いにシスティナは笑いを誘われ、ネタにされた形のリージンフロイツは困り顔をしていた。朧月夜の人当たりの良さは短時間の付き合いからでも窺い知れ、ラグリマはその資質を尊いものと評価していた。今回のように所属のバラバラなメンバーが揃ったチーム編成においては、特に重宝のするキャラクターであると考えられた。

(真面目腐って世界の危機に立ち向かうだの言っていたあの頃も、オボロみたいに場の雰囲気を和やかにしてくれる奴が誰かしらいたもんだ。魔獣ベスティアを相手にするなんて、言ってみれば狂気の沙汰。笑っていられなければ、とてもやってられない)

 炎のように全身を赤で彩ったウルランドの領主が旗を振り、ラグリマという一騎当千の闘士スレイヤーを筆頭にしてここに五人のパーティーが結成を見た。翌日、五人はウルランド南方の湖を目指して馬で進発した。

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