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魔獣と滅びゆく世界の戦記 ※章立てにより改題(2017.8.04) 作者:椋鳥

序章 不毛な世界でただ一人、光輝なる墓標を打ち立てる

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2 炎立つ-2

***


 ウルランドは極北の地にほど近い、世界の北西域に属する自治領であった。領地はウルランドとその近圏の村落から成り、国家の区分としては極小規模であると分類される。代々血縁により領主が交代し、先代が早逝であったために現在はシスティナがその地位に就いていた。

 湾内に立地するウルランドは港を持ち、交易船や漁船の絶えない往来が風物詩といえた。大都市と呼べるほどに発展してはいないが、人口は万に手が届くまであと一歩というところであった。減税や富の再分配が奏功し、また魔獣ベスティアへの対抗姿勢も共感を呼んで、システィナの政治は概ね市民によって支持されていると評価できた。

 システィナの館は、領主が住まうにはあまりに質素なものであった。少しの高台にある木造二階建ての本宅は部屋数が十を超えず、そこそこ裕福な商人の方が余程豪華な邸宅を構えていた。警備の都合から庭園も狭く、噴水だの植林だの派手な門構えだのといった絢爛な意匠は影も形もなかった。日が高く快晴ということもあり、屋根では小鳥が囀り、遠くには波打つ海面がきらきらと光を反射して横たわっていた。

 ラグリマらが招かれていたのは一階の客室であったのだが、コの字に配された人工皮革のソファはぎりぎり六人掛けで、都合三人が顔を付き合わせただけでも開放感はまるでなかった。三人しかいない使用人の一人、唯一の女性に出された紅茶を一口啜ったきり、ラグリマは弛緩させた体をソファに埋めていた。空色の髪に黒ずくめのシャツとパンツはさほど似合っておらず、システィナは親切心からそれを指摘して、じろりと怖い目で睨まれるという報復を受けていた。

 リージンフロイツは装甲を解いた草色の短衣姿で、上着が袖無し、スカートは短かったので、白くキメの細かい肌を惜しみなく晒していた。システィナは相変わらず包帯だらけで、左腕と右足については義肢を製作中、ついでに左目の義眼も調整中とのことであった。

「手足と目を馴染ませる際は、腕の立つ星術士アーティフィサーに頼むことだ。そこだけはけちると碌なことにならないぞ」

「ご忠告ありがとうございます。貴方にお願いするわけにはいかないのですか?リズから聞きましたが、霊獣を一太刀で屠るほどの星力を操れるのだとか」

 システィナは値踏みするような視線をラグリマに向けた。リージンフロイツに続けて帰参したラグリマを慰労するという建前で呼び出したものの、システィナは彼の人となりを未だ量りかねていた。

「制御の才に乏しいんだ。だからどうにも力を調整できず、戦う度に剣を失う。星力レリックを治療になんぞ使おうものなら、逆に対象を破壊しかねないのさ。笑い話にもならない」

 自虐的な笑みを浮かべて応じたラグリマから、二十二という年齢に不相応な陰をシスティナは感じ取った。それは政治家ならではの観察眼であり、ラグリマの纏う雰囲気は堅気のそれとは大きく異なっていた。

「・・・・・・ところで、何故おれを呼んだ?言っておくが、報告した通り魔獣ベスティアは追い払えなかった。犠牲者には悪いが、ヴィシスは廃村にするしかない」

「承知しています。亡くなった村人や騎士ナイト闘士スレイヤーの皆には申し訳なく思っています。遺族には手厚く報いると約束します。ヴィシスへは・・・・・・近隣への交通を封鎖して、立ち入りを禁ずる予定です」

「そんなところだろう。何れどこぞの兵団が気紛れで討伐隊を結成した時にでも、ついでにヴィシスの解放を頼むといい。いつの話になるやら見当もつかないが」

「ラグ殿。貴方は闘士スレイヤーとして、率先して魔獣ベスティア討伐に赴くつもりはないのですか?」

「突然何だ?言われなくともやっているさ。このウルランドに来たことからしてそもそも、おれが追っている仇敵の尻尾を掴めるような機会があると、とある占い師に勧められたからだ。・・・・・・意味合いは少し違ったが、懐かしい再会の機会には恵まれた」

 言って、ラグリマはリージンフロイツに視線を移した。正確には彼女を捉えたのではなく、彼女を通してエルフの宝剣に思いを馳せていた。樹霊剣ウッドソード。ラグリマが<不毛のデッドバレー>に立てねばならぬ墓標の一つに、樹霊剣ウッドソード本来の所有者のものがあった。

「そのことだけれど・・・・・・」

 視線を向けられたリージンフロイツが、言いにくそうに手足をもじもじとさせながら切り出した。

「私は、生まれた森で唯一人の生き残り。年長者からあの剣を託されただけの、いってみれば仮初めの所有者なの」

樹霊剣ウッドソードは、<不毛のデッドバレー>からどうやって森に?」

「人伝に回収されたとしか聞いていないわ。私の前に剣への適合者はいなかったみたいで、ずっと森に留め置かれていたみたい」

「確かに。エルフなら誰にでも扱えるというような優しい趣の武器じゃなかった。彼女ですら、持て余していたこともあったな」

「結局、森は魔獣ベスティアじゃなくて魔族や獣人との戦争で滅んでしまった。剣を持ち出すのがやっとという有様」

「そうか。種族間で争っているとなると、東域の出身なんだな」

「・・・・・・ラグは、私たちエルフを代表した<燎原姫プリンセスオブブレイズ>と縁があるようだし、剣を預かってはもらえない?」

「断る。樹霊剣ウッドソードは人間が扱える代物じゃない。それにああいった曰く付きの武器は、得てして理由があって所有者の下に渡るものだ。あんたが選ばれた意味もきっとある」

「選ばれた、意味・・・・・・」

「エルフだてらに闘士スレイヤーをやっているんだろう?だったら護身用に持っていて損はないはずだ。使えば森を枯らすといわれているが、そもそもエルフ族自体が衰退の一途を辿っていると聞く。それほど不都合な事態は招かないんじゃないか?」

 他人事のように言って、ラグリマは樹霊剣ウッドソードの譲渡を頑なに拒んだ。

「話は戻りますが、ラグ殿の言う仇敵とは、魔獣ベスティアの一種なのですか?」

 システィナがそう追求するも、ラグは話をはぐらかすように曖昧な笑みだけを返した。騎士団の被害が大きいウルランドの現状を見るに、システィナがラグをスカウトするであろう流れは事前に予想が付いており、彼はそこまでお人好しではなかったのでこれ以上の深入りを避けた。システィナに紅茶の礼を言うと、リーゼンフロイツと連れ立つ形で館を辞去した。

 特に行く当てもないラグは、街を離れるまではスレイヤーズギルドの支部ブランチに入り浸ろうと決め、隣を歩くリーゼンフロイツにその旨を告げた。軽装に樹霊剣ウッドソードを差したリーゼンフロイツは宿に戻ると返し、適当な通りで別れた。裏通りに立ち並んだ娼館は日中から営業しているらしく、一人の娼婦が丁度通りがかったラグリマを目聡く発見し、「お兄さん、暗い顔しちゃって。寄っていかない?お茶挽いてるから、安くしておくよ」と勧誘した。さらにその先では、納品仕事で毎日ブランチに出入りをしている酒屋の娘が、「お客さん、今夜もあの禿親父の相手ですか?毎日毎日、何が楽しいんです?」と声を掛けてきた。

(暗い顔に、何が楽しいんです、か。さっきは、魔獣ベスティア討伐に赴く気はないのかと聞かれたっけな。・・・・・・おれはそんなに無気力な人間に見えるのか?)

 ラグリマが街の大通りを歩いていると、プラカードを掲げてシュプレヒコールを上げる一団と擦れ違った。魔獣ベスティア討伐に失敗した領主を弾劾するのが目的のようで、この地の政治に干渉する気がないラグリマはそれを無視した。同じようなことは世界各地で起こっており、魔獣ベスティアに敗れた権力者が幾人も追われ、より強硬路線を主張する者が取って代わったり、或いは魔獣ベスティアとの共生を唱う平和主義的な為政者が誕生したりと様々であった。

 十一年前に唯一無二の大国レキエルが滅亡し、七年前に最高戦力として選抜された一団たちが散華したことで、世界の趨勢は魔獣ベスティアに対する全面敗北という暗い結末にじわじわと向かいつつあった。ラグリマは七年前の決戦から生還してこの方、はじめの内は血気盛んに継戦を訴え、勇んで剣を振るったものの、支援者は徐々に彼の周辺から脱落していった。

 それも無理ない話で、軍事大国ですら倒れ、おまけに残された国々が送り出した希望の花は悉く手折られたのである。ラグリマならずとも、これで戦う気が満々なのは、戦闘狂か無神論者くらいのものだと思われた。

 今のラグリマが追うのは、七年前に仲間たちを跳ね返した不沈三獣であり、無闇に各地の魔獣ベスティアを狩って敵を増やすというのは得策ではなかった。成り行きでリーゼンフロイツを助ける形にこそなったが、彼女が<燎原姫プリンセスオブブレイズ>当人でない以上、進んで関わりを持つつもりもなければ、ウルランドに逗留する意味もなくなっていた。

(無駄足・・・・・・でもなかったか。樹霊剣ウッドソードが壮健だった。それだけで十分な気付けになった。あれは、おれが持つには大それた剣だ。リージンフロイツなり誰なり、きっと相応しい使い手の下で活躍するだろうさ)

 デモの隊列とすれ違いざま、丈が長い蒼の長衣を纏い、夜店で売られているような白面を被った参加者がラグリマへと声を掛けてきた。

「もし」

 それは男性の声であったが、ラグリマは直ぐにそれが星術アーティファクトで細工のされた合成音だと見抜いた。

「なんだ?」

「我々は魔獣ベスティアとの棲み分けを提唱する、ハルキス救世会です。無謀にもヴィシスの魔獣ベスティアに剣を向け、徒に戦死者を積み上げた領主システィナの罪を糾弾しています。我々の運動にご賛同いただけませんか?」

 白面は抑揚のないゆっくりとした口調でラグリマを勧誘した。

「おれはウルランドの市民じゃないんでね。政治に口を挟むつもりはない」

「そうですか。では、我々の生活環境と魔獣ベスティアの生息地とを分けて考える主張に関してはどう思われますか?魔獣ベスティアに占拠された土地は魔獣ベスティアに帰属するものとして放棄し、他の種族は残る土地で生命の営みを続ければ良い。なまじ無理をして魔獣ベスティアに抵抗するから、人間は際限のない絶望を味わう羽目に陥る。状況をあるがままに受け入れるべき、という題目です」

「好きに唱えればいい。個人的には承伏できない考えだが、生き方は人それぞれだからな」

「承伏できませんか?」

「ああ、できないね」

魔獣ベスティア、特に神獣は神が遣わした世界の導き手ではないかというのが私の持論です。それが証拠に、竜や鬼のように強大な力を持つ種族ですら、進んで神獣と事を構えようとはしません。世界に残る三十以上の神獣を崇め、奉り、我々は隅でひっそりと暮らしていくのです。武器を取るなど、ただ悲劇を量産するだけのこと」

「あんたの言う神とは、<光神エトランゼ>のことか?魔獣ベスティアの根絶は神殿の教義でも一等上に刻まれている筈だが。それと矛盾しないか?」

「<光神エトランゼ>など、飾りに過ぎませんよ。世界が魔獣ベスティアとの戦いに踏み切っても、一向に救済に出向いてくる気配はありませんから。私の言う神とは、世界を司る高次元の存在を意味しており・・・・・・」

「そうかい。もう十分だ。話は終わりだ。じゃあな」

 白面との会話を打ち切って、ラグリマは歩みを再開した。ラグリマは自分の戦いに周囲を巻き込むつもりはなく、無茶を通して他人に害を及ぼすことを嫌っていたので、ハルキス救世会のような極端な主義者たちとも特に敵対する意思は持たなかった。魔獣ベスティアと争いたくない者はそうすればいいし、自分が戦う理由は棲み分け論などと対極に位置する、あくまで個人的な感情に起因しているのだと自覚していた。

(おれはただ、あいつらの仇を討ちたいだけなんだからな)

 ラグリマとデモ隊の距離は徐々に開いたが、白面の男はじっと彼の背を見つめ続けていた。
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