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魔獣と滅びゆく世界の戦記 ※章立てにより改題(2017.8.04) 作者:椋鳥

本章第一部 一姫当千の許嫁は戦場で火の騎士と踊る

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9 女たちの饗宴-3

***


 聖シュライン王国は聖院ラトから出撃してきた聖騎士団と相対し、旧第六藩領のラナン・クロス国防軍からはクロエ・クインシーが単騎で先陣を切ることとなった。その意思決定にはニナリス・ボルジアの意向が強く働いており、指揮官であるナイジェル・フルアーマーは忸怩たる思いを抱かされていた。

 元よりナイジェルの狙いは少ない犠牲による敵の撃退にあった。第六藩領攻略戦で見せたニナリスの強力な星術アーティファクトをここでも最大限利用し、その攻撃に伴う形で麾下の部隊を突撃させる算段であったが、見事に覆された。

 整然と並べた人馬の列を眺めやり、迎撃体制の完璧なる様に満足こそすれ、その先頭に立つ一騎の存在がナイジェルの鉄面皮の奥をいたく刺激した。彼はボルジアの姫であるニナリスに対し、表面的には絶対服従を誓っており、この手の盤面において我を通してまで手柄を立てようとは思っていなかった。

(だが、限度というものはある。聖シュラインの聖騎士団といえば、リア・ファールでも強勢で鳴らした軍団。三百という数が問題なのではなく、ここで奴等を勝たせて勢いづかせることが何より恐ろしい。国防軍の主力はここにある我々であって、一戦して破れれば防衛計画は覚束ない。それを、クインシーの小娘に命運を託すなどというのは看過できん。あの娘が失敗したなら、直ぐにも戦陣を変化させて挑む)

 ナイジェルの認識としては、単騎で突進したクロエが敵に打ち砕かれたところからが開戦であった、現在の横陣は彼の指示によって直ちに陥穽陣へと組み替えられ、全騎でもって聖騎士団を嵌め殺すという絵図が出来上がっていた。そんなナイジェルの隣で馬上に鎮座したニナリスは、クロエから無謀とも思える最前線への志願がなされた時、次の二点が脳裏を過ぎった。

 一つは、要望通りにクロエを送り出して戦死させ、レイフを我がものにしてやろうという単純な欲求に基づいた発想。二つに、クロエの地力がどれだけのものか見てみたいという、好奇心に端を発したいまいち不明瞭な感情。

 ニナリスが幼い頃より大軍閥の令嬢として純粋培養で育てられたのに対し、彼女が聞いている限りでは、クロエは大剣豪から野放図に育てられた。クロエが士官学校に入学するまで、その名はラナン・クロスの社交の場で聞かれることはなく、彼女の父アズライールによって意図的に政治から遠ざけられていたのだと噂された。軍の内外で常に注目される立場にあったニナリスが得られた精一杯の逃避こそがラトへの星術留学で、それに対し、クロエは自由意思でプロセルピナ留学を決めていた。

 共に国防軍の中枢に座ることを運命付けられた女二人であったが、教育方針の違いは互いを全く別の精神世界の住人と置いていた。それでいて、一人の男を巡って物理的距離だけは近付けられた。ニナリスがはじめて恋心らしい恋心を抱いた相手はクロエの婚約者であったし、腐敗の目立つ軍部において清涼な風を吹かせる軍人は何れも、クインシーの流派を名乗っていた。

 行き場のない怒りと七光りがもたらした権力は醜い形で結びつき、ニナリスの人格を歪に護った。そうして彼女は自分を取り巻くあらゆる環境を斜に構えて見つめ、誰をも心の底からは信じない癖が養われていった。彼女はクロエが初志を貫徹して単騎で聖騎士団と対峙することなど、決して信じてはいなかった。無様にも逃げ帰ったならばそれを嘲笑い、そうしてナイジェルに命じ、惨めを晒した彼女を助けてやるつもりでいた。ニナリスは一時でも精神的優位に立てられればそれで満足であって、明日からはまた平然と貶し合う間柄に戻るのだと半ば諦観を持って見守った。

 平原に配置された両軍が睨み合う中、クロエはゆっくりと馬を進めた。それに付いてくる騎馬はおらず、ナイジェルとニナリスから出された指示は、一応はクインシー派の者たちにも徹底されていた。

 ニナリスは武士の情けとばかりに、クロエに星術防御だけは敷いてやったので、それを見知った敵からは遠距離射撃が為されなかった。クロエはそのまま前進し、両軍から等距離に当たる中間地点で立ち止まった。クロエは星力レリックを燃焼させると、自らの声にそれを重ねた。

「私は、ラナン・クロス共和国国防軍のクロエ・クインシー。かのアズライール・クインシーの娘にして、弟子を称する者です」

 クロエの自己紹介は、聖騎士団の全陣営へと届いた。リア・ファールに住まう者で大剣豪アズライール・クインシーの名を知らぬ例はなく、事によってはアリス・ブルースフィアよりも有名人であると言えた。

 そのアズライールの娘、クロエ・クインシーの高説に、戦場を訪れた誰しもが注意を払わざるを得なかった。

「闇が、世を覆いつつあります。タラチネとゾロを壊滅させた魔獣ベスティア。これがリア・ファールの光を消し去ろうとしているのです。リア・ファールには旧くから伝わる三魔神が隠れており、これが顕現した時、この愛しき大地も中央域以北に倣って麻のように乱れることでしょう。私は先に幻獣と交戦した折り、三魔神を解き放つ鍵がプロセルピナにあると掴みました。人間同士、国家間で相争い、その隙を魔獣ベスティアに突かれる道を私は望みません。英雄とか大剣豪とか呼ばれた父がいつも言っていました。魔獣ベスティアに泣かされた人々が呼ぶ限り、自分は駆けつけて剣を振るうのだと。そうして、父は言葉の通りに戦い続け、<不毛のデッドバレー>で身罷りました。ですから次は私が、この卑小なる命が尽きるまで魔獣ベスティアと戦い続けます。リア・ファールで暮らすあらゆる市民の営みを守って見せます。それ故、これからプロセルピナへと赴き、この大地に住まう者たちが三魔神と戦う定めを負っているものか、この目で確かめたい。私は今ここで、人間を殺さない。敵対する国家の軍人であっても、魔獣ベスティアに対して共闘する可能性が僅かでも残された戦士を、一人も失いたくない。その証として、私の技であなたたちの心を折らせていただきます!」

 誰も見たことのない圧力を伴った星力レリックが、火柱のように天高くへと立ち昇った。遠くからそれを眺めていたニナリスは、全身が総毛立つ様を抑えられなかった。

 極限まで高められた星力レリックを銀の剣に乗せ、クロエはそれを一閃した。甲高い音を立てて空気が裂かれ、青白く光る刃は扇状に戦場を走り抜けた。剣閃は一瞬で、一気に、聖騎士団の全騎を薙いだ。

 整然と列を為していた聖騎士は皆が一斉に吹き飛ばされ、馬も散り散りになって走り去った。砂塵はもうもうと舞い上がり、三百に近い騎士ナイトが挙って大地に倒れ伏した。

 ニナリスやナイジェルの遠視では、クロエの斬撃がもたらした衝撃波は全敵を一掃したものと映った。それは神獣が都市を滅ぼすのと似たような恐怖を感じさせる所業であり、ナイジェルなどはこの好機にも関わらず、全騎突撃の号令を出すことを躊躇った。

(全員・・・・・・殺したの?あの女・・・・・・ッ!)

 ニナリスは現実を理解するにつれ、クロエが聖騎士団を全滅させたことに狂喜の情を覚えた。不殺を誓っておきながら、不意の一撃で全員を殺した。その業は決して浅いものではなく、ボルジア一族が血で血を洗う闘争の果てに今の地位を築いたものと同じ、ある種の狂気の産物であると叫び出したくなった。

 しかし、それは儚い妄想であった。やがて、倒れた聖騎士たちは皆が少しずつ起き上がり始めた。クロエが斬撃を烈風に止め置いていた為で、聖騎士は強かに打撃を受けたのみで、脳震盪を起こした者以外はよろめきながらも立ち上がることができた。

 クロエは雄々しくも馬上で剣を掲げて見せ、再び演説をぶった。

「これが魔獣ベスティアを払うクインシーの絶技。ですが、次は殺傷力を込めさせていただきます。ここで犬死にをしたくなければ、早々に引き返しなさい!私は無益な殺生を望みません。逃げる敵の背は撃たぬと、クロエ・クインシーの名に懸けて誓いましょう!」

 聖シュラインが誇る聖騎士に臆病者など一人もなかったが、クロエに見せつけられた挽回不能な実力差がその宗旨を変えさせた。馬を失った聖騎士団がじりじりと後退り、統制の取れたままで戦場から離れ始めた。

 実のところ、クロエは小さくないはったりをかましていた。数百騎を巻き込むような剣閃を放つことは、いくらクロエといっても生命力アニマの負担が大きく、そこに殺意なぞ込められようもなかった。敢えて烈風まで威力を絞ったからこそ成立した妙技であり、クロエは自信の生命力アニマが消耗している状態を内外に悟られぬよう努めて虚勢を張っていた。

 それが如実に効いて、ナイジェルすらもクロエの「逃げる敵の背は打たぬ」という宣言と彼女の攻撃力とを密かに恐れ、敵の追撃に二の足を踏んだ。こうして聖騎士団とナイジェル隊は直接剣を交えることなく、第六藩領を巡る第二次決戦の幕は閉じられようとしていた。それに納得が行かないのはナイジェルばかりでなく、ニナリスが抱くクロエに対する憎悪は彼女の負の一面を執拗に刺激した。

 ただの一騎、微風を浴びて身体を休めていたクロエの下へと、ニナリスが白馬を進めて近付いた。疲労からの回復を優先していたクロエは、ニナリスが直接的な手段で危害を加えてくるなどとは考えず、警戒を解いて彼女を迎えた。

「・・・・・・ボルジア中尉。貴女やフルアーマー少将が期待した勝利とはほど遠いのでしょうけれど。この結果こそ、私が望むべき結末よ」

「そうらしいわね。敵を殺さない軍人。災いの根を絶たぬ偽善者。国防軍の構成員として十分に失格な気はするけど、あなたの戦闘力を恐れて誰も文句は言わないのよね?」

「人間が奪い合う生き物だという本質を否定するつもりはない。だからといって、私も奪っていいのだという開き直りはしたくない。・・・・・・このままプロセルピナに向かうわ。国防軍には世話になったけれど、これ以上は待てない」

「クロエ・クインシー!あなたが欲しいのは、世界の平穏?神獣を狩った証?それとも、ただレイフ様の歓心を買いたいだけ?」

「何が言いたいの、ニナリス・ボルジア?」

「いけしゃあしゃあと、正義の味方を気取ってレイフ様に色目を使うのは止めて貰える?私には分かるわ。私にだけは。あなたにも、大剣豪や私の父と同じ暴力への衝動が潜んでいる。ラナン・クロスの武の象徴としての血筋がそうさせるのよ。あなたはそこから無理矢理に目を背けて、怒りや殺意みたいな情動を魔獣ベスティアにぶつけることで発散しているのでしょう?汚れを知らない無垢な軍人の振りをして、澄まし顔でレイフ様の隣を歩いちゃって。意地汚いったらないわ。力を出し惜しみせずに、欲しいものは全部実力で奪うって公言する方が、女として何倍もマシよ」

 ニナリスの非難は証拠に基づくものではなく、煮えたぎった彼女の悪意が吐き出した言いがかりのようなものであったが、それが意外にもクロエの琴線に触れた。湧き起こったクロエの怒気に反応し、彼女の長い黒髪がふわりと舞い上がった。大きな紫紺の瞳には剣呑な光が灯され、挑発してきたニナリスの客気を幾分か薄めるに充分であった。

 怯んだニナリスは一歩後ずさるが、振り上げた拳を自ら下ろすような殊勝さは持ち合わせていなかった。

「な、何よ。凄んで見せたって、無駄よ。あなたみたいな危険な女、レイフ様に相応しいわけがないんだから。ヤタガラス一族の復興の後押しも、一歩引いてサポートする伴侶も、私をおいて他に適任なんていないわ」

「・・・・・・それを決めるのは、貴女ではないわ。私もレイフも、アズライール・クインシーがどうだからというのは関係なしに、己が信念にのみ従って剣を振るう。私は、レイフだけでなく剣学院で学んだ仲間たちのことも守りたい。父の弟子たちも守りたい。この目に留まる範囲の人々だけは、何に変えても守って見せる。・・・・・・それが破壊衝動の為せる技だというのであれば、甘んじてその批判は受ける」

 クロエは言い切って、ニナリスの瞳を真っ直ぐ射るようにして見つめた。居心地の悪さを覚えたニナリスは、肩までの銀髪を手櫛でとかしながら視線を外した。それを休戦の合図と受け取ったクロエは、そのまま手綱を操って進路を聖都の方角へと向けた。

 クロエもニナリスも、自分たちの運命を決する大戦が近付いているという共通した認識を有しており、それがこうして正面切っての口喧嘩を誘発していた。立場や生き方から水と油のような関係の二人であったが、それまでの過去を清算してでも次のステージへ踏み出さねば先がないのだと、心のどこかで割り切っている節があった。

 ナイジェル・フルアーマーは一方的にもやもやとさせられた心中のままに、全騎へ帰還の命令を発した。彼は何ら失策をおかしてはおらず、本来であれば無傷での防衛成功を喜ぶべき筋ではあったが、クインシー一派の姫に好きに戦場を支配されたことが何より気に入らなかった。だがそれとて、彼の向上心や忍耐力からすれば些末な話で、ナイジェルの思考は次なるダイダロス・ボルジアの指令を待つ態勢に切り替わっていた。

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