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魔獣と滅びゆく世界の戦記 ※章立てにより改題(2017.8.04) 作者:椋鳥

本章第一部 一姫当千の許嫁は戦場で火の騎士と踊る

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8 絶望の顕現と希望の狼煙-3

***


 第六藩領に駐屯しているラナン・クロス軍が聖シュライン軍と衝突せんとしていた頃、レイフ・ヤタガラスは単身で一路プロセルピナに迫っていた。軍令を反故にしてまで聖都入りを決めた理由の一つに、道中で耳にしたフラガラッハの惨事が挙げられた。神獣<ダンダリオン>が首都ゾロを滅ぼしたという話が真実であれば、<ファンシー>の予言もまた信憑性が高くなる道理である。レイフは、プロセルピナの<始祖擬体パラアンセスター>討伐という靄の掛かった使命の輪郭がだんだんはっきりしていくように感じていた。

 地図の上ではプロセルピナの周辺に達してたが、レイフは辺りに煙る青白い霧を自然現象ならぬ星術アーティファクトの所業と見て取った。どうにも視界が邪魔をされ、方向感覚は狂わされていた。

(シュザンナ・ルロイ中尉が言っていた結界が、これか。囚われたら出られない類の高度な術であれば、ここまで広範囲に巡らせられるものとも思えないが・・・・・・)

 不快な環境続きで興奮してきた馬を、荷物を解いた上で放してやり、レイフは徒歩で霧の中を歩いた。靴で地面を踏む感覚が土のそれとは変わって、やがてふわふわした浮揚感に全身が包まれた。

 レイフは星術アーティファクトの専門家ではなかったので、いま自分がはまりつつある星術結界の組成などは分からなかった。先般まで見えていた平原が今では濃霧に成り代わり、空も同様に煙って青白色のヴェールに包まれていた。いざとなれば、星力レリックを込めた剣閃で空間を物理的に遮断してやろうなどと考えていたが、そんなレイフの足下に唐突に人影が浮かび上がった。

 地面に倒れ伏していると思しき蜂蜜色の髪をした女の顔に見覚えがあり、レイフはひざまずくや頬を叩いて意識の有無を探った。

「おい、生きているか?・・・・・・リナリー・リャナンシー」

「・・・・・・お腹が、空きました・・・・・・。飲まず、食わず、で・・・・・・」

 レイフはリナリー・リャナンシーに膝枕をしてやり、急いで荷物から携行食と水を取り出した。青白い顔をしたリナリーが栄養失調や脱水の状態に陥っているであろうことは疑いなく、レイフは少しずつ丁寧に食を取らせた。そして数少なく修めている、治療に係る星術アーティファクトをそっと施した。

 少しだけ元気が戻ったリナリーを背負い、レイフは再び歩き始めた。もはや方向はあてずっぽうで、それでもレイフには目的地へと到達する確信があった。

(イオナ・エゼルエル。俺は来たぞ。まさかこの霧中で朽ち果てさせることが、俺を招聘した目的ということはないだろう。そろそろ姿を現せ)

 レイフがそう思いながら歩いていると、不意に霧の一切が払われた。視界が暗く、レイフは反射的に天を仰ぎ見た。そこには一面星空が広がっていて、どれだけ歩いたものかは知れなかったが、今が夜の時間帯にあることだけは分かった。

 闇夜にぼうっと小さな淡い光が点り、レイフは自分が屋根のないどこかの建物で、床に足をつけて立っているのだと知った。そして眼前の遠からぬ地点に、ローブを纏い少女然としたイオナの姿を見出した。イオナが丁寧に頭を下げたので、ポニーテールに結われた萌葱色の髪がぶらんと垂れ下がった。

「いらっしゃいませ。レイフ・ヤタガラス中尉。ここはプロセルピナの学院主城・インサニティの屋上です。星神<レストリネビュラ>の恩恵を最大限に預かるべく、こうして満天を仰げる屋上に儀式施設があるのです」

「・・・・・・イオナ・エゼルエル。貴女には色々と聞きたいことがある」

 レイフはリナリーをそっと下ろし、手近な壁を背に座らせてやった。そして自らとリナリーの荷を放り捨てて身軽になると、有無を言わさず剣を抜いた。それを見ているイオナの表情に変化は生じなかった。

「はい。このインサニティまでお越しいただいたのです。全てをお話しするつもりです。ですがその前に、周囲を良くご覧いただきたいのです」

 イオナが小さな指で中空に術紋を描くと、あちらこちらの灯火に光が点り、広い屋上の隅々までが鮮明に浮かび上がった。レイフとリナリーが一番に注目した先に、氷の塊のような物体に全身を内包させた、人間と思しき青年と少女の姿があった。長髪で優しげな面相をした青年はイオナと同じ柄のローブを身に纏い、直立した姿勢でそこに囚われていた。その隣の少女はあろうことか全裸で、開かれた瞳がレイフ等をじっと窺っているようにも見えた。青年と少女を閉じこめた氷塊の周囲の床は、びっしりと幾重にも描かれた星術方陣で埋め尽くされていた。

「これは・・・・・・氷漬けの、男と女?いや、発散しているのは冷気ではなく、星力レリックだ。技術的なことは分からないが、星力レリックを結晶化させた状態か?」

「左様です。この星力レリックの結晶は、実験の余波で現出した、いわば副産物のようなもの。ヤタガラス卿はシジマ連峰において、<ファンシー>を名乗る幻獣から<始祖擬体パラアンセスター>の破壊を示唆されましたね?それこそが、この少女ですよ。彼女の正体は、小生等<ネキオマンティア>が星術アーティファクトの秘術を結集して作り上げた、人造の魔獣ベスティアです。彼女こそ、この世界に満ちた星力レリックを具象化した決戦存在。彼女には人間としての意思と形態がデザインされ、小生等に代わって魔獣ベスティアを駆逐する役目を負う筈でした」

 イオナは淀みなく語り、小幅な足取りで星力レリックの塊へと近付いた。そうして結晶体へと掌を掲げ、それに反応して目線だけ動かす少女を愛おしく眺めた。それを見たレイフは先ほどの、少女から見られているように感じた直感が正しかったのだと得心した。

「彼女、小生等はノゾミと名付けましたが、人造魔獣のヒントは天然の魔獣ベスティアから得られたものです。ヤタガラス卿はご存知でしょうが、魔獣ベスティアの体組成はその全てが星力レリックから成ります。この大陸では、星力レリックとは<星神レストリネビュラ>によってもたらされた奇蹟の力とされていますが、小生たち人間や亜人の天敵である魔獣ベスティアの方がその力を自在に操れることは必定です。世界は星力レリックによって満たされており、それを活用することが対魔獣の切り札となるので、小生たちはわざわざ生命力アニマ星力レリックへと変換して戦闘に望みます」

「ああ。そこに疑念はない」

「では、何故小生たちは星力レリックを持って生まれないのでしょう?星力レリックでできた体を持つ人間。これがあれば、世界に蔓延る魔獣ベスティアを押し返す一助になるかもしれない。そういった見地から、星力レリックの具象化については様々な実験が試みられてきました。例えば、魔族が自分たちに施すような外科手術による星力発生機関の移植と、その遺伝実験。例えば、体内の生命力アニマ星力レリックの完全交換実験。例えば、全身を義体化した人間に対する星力付与の実験。そのような試みの果てに、世界に満ち満ちた星力レリックそれ自体を、星術アーティファクトによって一つの生命体へと凝縮する理論が組み立てられたのです。私たちの生命力アニマと交換して得られた星力レリックではなく、元々世界に充足している星力レリックをそのまま用いるところがポイントです。これであれば、誰の生命を犠牲にすることもない。はじめに星力レリックの具象化が提唱されてから十数年もの間、実験を隠れ蓑として殺人を重ねてきた罪から逃れられるということもあって、<ネキオマンティア>はこの理論を実証するべく全力を傾注しました。しかし、いざ星術実験に移るにあたり、二つの重大な問題が発生しました。その一つが、グルファクシーへの情報漏洩でした」

 イオナは淡々と言って、レイフの目を真っ直ぐに見つめた。レイフはプロセルピナがグルファクシーによって占領された事件を反芻し、イオナが口にした話との統合を試みた。

「グルファクシーが<ネキオマンティア>の星術実験を阻止するため、プロセルピナに攻め入ったとでも言うのか?・・・・・・今の説明を聞く限り、戦争を仕掛けてまで止めなければならない性質の星術アーティファクトとは思えないが」

「ヤタガラス卿。グルファクシーの精霊信仰については?」

「・・・・・・」

 レイフが口をつぐんでいると、いつの間にかレイフの傍で膝立ちになっていたリナリーがそれに答えた。

「精霊ラプラスこそが大地を作りたもうた。それは精霊の死骸が大地リアファールとなり、精霊の精神が星力レリックへと転じて我等矮小なる人間を慈しんだ。それ故、大地リアファール星力レリックを蔑ろにしてはならない。自然に感謝し、自然と共に生きる。創造主ラプラスは今なお自分たちと共にあり、今ある世界は満たされ、その全てが完成している。世界は完全体である。そういった思想が、グルファクシーで一般的な精霊信仰。・・・・・・おそらく、<ネキオマンティア>が星力レリックから生命を創造するなどと聞いたら、グルファクシーの王権はそれを容認しない」

「その通りです。実際にグルファクシーは、精鋭たる騎士団を差し向けてきました。こちらは身内である聖騎士団にすら実験の詳細を明かしていませんでしたから、連係不足もあって、この地はいとも簡単に落とされたのです」

 イオナの敗北宣言はしかし、ここにノゾミなる人造魔獣の標本が存在する以上、レイフにとって矛盾しているように感じられた。隣のリナリーも同様のようで、疑問をありありと表情に出したままイオナの話の続きを待った。

「グルファクシーの軍勢が押し寄せたため、実験はもう一つの問題が解決せぬまま実行のフェーズへと移されました。そして、ここ星術学院主城・インサニティに踏み込まれる寸前、全てが完了したのです。現状を簡単にご説明しますと、まずプロセルピナの全周には星術結界が張り巡らされ、生物の出入りが著しく制限されています。そして、インサニティはもう一重の結界に守られているため、この一年と半年の間、ノゾミは外部から手出しをされていません」

「・・・・・・守られている、ということは、その少女は期待された実力を伴って生まれて来なかったのだな?察するに、解決されなかったもう一つの問題とは、そこに一緒に収まっている男のことではないか?」

「片方は正解で、片方は不正解です。ヤタガラス卿は、動物の赤子の性質についてお詳しいですか?学術的には、刷り込みとか刻印付けと言われてる代物です」

 レイフは頷き、座学で得た限りの知識でもって答えた。

「生まれた時点で目の前にいた物体を親と思い込み、一生追従する現象のことだ」

「そうです。小生等の実験で最後までネックになったのが、この刷り込みを行うガイドの存在です。理論上、<ネキオマンティア>の幹部や正星術士が多数動員されて行われる星術儀式の最中で、ガイドは創造対象と同一の座標に位置することが求められました。即ち、膨大な星力レリックが流れる渦中に身を置くことになり、そもそも生死が危ぶまれたのです。それでいて、もし実験が成功して星力レリックが具象化したなら、星力量によっては神獣をも上回る超常の存在が誕生する筈ですから、ガイドに失敗は許されません」

「・・・・・・生まれ出る生命体の、コントロールの問題というわけか。折角強力な人造魔獣が現出しても、人間に牙を剥いたなら意味がない」

「はい。ちなみに、ガイドに立候補したのが彼です。ノゾミに寄り添い永久に眠る青年。名をアガメムノンと言います。ラト始まって以来の天才と名高い星術士アーティフィサーでして、小生ら<ネキオマンティア>の序列一位にありました」

「なに?・・・・・・先ほど、片方が正解と言ったな。その男がガイドで、解決されなかった問題だということは・・・・・・つまり・・・・・・」

 レイフの背に汗がどっと噴き出した。それは確かな悪寒を伴っていた。動かぬノゾミを見やるレイフの黒瞳に、殺気に近い凄惨な光が差し込んだ。イオナはレイフがたどり着いた答えを肯定するが如く、目を伏せて小さく頷いて見せた。

「ノゾミは、小生等が期待した最大値をも上回る力を有して生まれました。彼女が解放した力のほんの一端で、数千にも及ぶ市民が全ての生命力アニマ星力レリックへと強制的に変換され、一瞬の内に霧散しました。それは、星術アーティファクトと呼ぶにはあまりに自然な流れで為された悲劇でした。それに続く第二波も止めようがなく、プロセルピナに住まう全生命を吹き飛ばしました。・・・・・・いえ、今の表現には語弊があるかもしれません。皆が生命力アニマ星力レリックに変えられただけで、別の位相には存在しているのですから」

 イオナの告白を聞いても、レイフやリナリーにはいまいち実感が湧かなかった。イオナの口振りでは、プロセルピナの全市民が被害に遭ったかのようであったが、実際に彼女は目の前におり、レイフもリナリーも聖都の街並みと接していないのだから仕方がなかった。

 レイフは屋上の端へと歩き、目の粗い金網を通してプロセルピナの風景を眼下に置いた。街は決して廃墟などにはなっておらず、街灯に照らされた範囲で夜歩きをしている市民の存在が少数ながら確認された。リナリーの「どうです?」という問いに対して、レイフは肩を竦めることで疑義を呈した。

 その流れをじっと見守っていたイオナは、レイフに手招きをして側に来るよう促した。

「なんだ?」

「私の手を取ってみてください」

 レイフは疑問符を浮かべつつ首を傾げたが、大人しくイオナの指示に従った。小柄なイオナに合わせて腰を屈め、差し出された掌に指を重ねた。

 その瞬間、レイフの思考の内に膨大な量の知識の奔流が侵入してきた。イオナからもたらされた情報の転送はレイフの脳の処理能力を遙かに上回っており、彼の自我は一時的に活動を停止させられた。びくんと仰け反り目を剥いたレイフを見て、リナリーが金切り声を上げた。

「きゃあっ!ヤタガラス中尉ッ!?」

「大丈夫ですよ。初めての体験でしょうから、慣れるまでの辛抱です」

 イオナが言うとその通りに、レイフは少しずつ落ち着きを取り戻していった。息は切れ切れであったが、レイフの瞳に確かな意思が宿り、それを確認したリナリーはほっと胸をなで下ろした。

「お伝えしたい全ての情報をヤタガラス卿に流し込ませていただきました。こちらの星力レリックによる情報出力が、そちらの生命力アニマの流れを経由し転送された形です。星力レリック生命力アニマ。互いが持つ力の性質の違いから多少の不便を強いますが、伝達が一瞬で済むのでこれが最善と判断しました」

 リナリーはイオナの言い草に明確な疑念を抱いたが、それを口にする前にレイフから制止された。

「リナリー・リャナンシー。ここはいったん疑問を堪えてくれ。俺がエゼルエルから全ての答えを受け取った。時間がない。どうして、ではなく、どうするかを決めなければならない」

「有り難うございます。レイフ・ヤタガラス。小生からお伝えしたいことはなくなりました。小生がこの目で選んだ勇者。あとは貴方が何を選択するかです。ノゾミを守って神獣と戦うか。ノゾミを討って、やはり神獣と戦うか。その上で、<始祖貴婦人レディ・アンセスター>に寄り添うのか。どのどちらでもなく、ノゾミも神獣も、そして<始祖貴婦人レディアンセスター>をも敵に回すか。全てを貴方に委ねます」

 イオナは優しい目をしてレイフを見上げた。レイフは禍津神マガツカミの剣身を鞘に収めると、残された疑問をイオナへとぶつけた。

「こうなれば、もはや傍観者を気取るつもりはない。ただ、一つだけ聞かせて欲しい。どうして俺なんだ?我が国にはヴィクター・ベイロードという大剣豪の継承者がいる。そしてクロエも。アルカディアには<火の騎士>がいて、それこそ剣の腕が立つだけなら他に人選もあった筈だ」

「勘です」

「なに?」

「小生の勘ですよ、ヤタガラス卿。マテウスでニナリス嬢から貴方を紹介された瞬間に、小生の腹はほとんど決まっていました。これで<ネキオマンティア>序列二位の地位にありましたし、何より小生は女です。こと男選びに関して、女の勘は何より当てになりますから」

 イオナは言い切って、「ねえ?」とリナリーに向けて同意を迫った。そのタイミングで、大きな地揺れが発生した。堅牢なインサニティといえど例外なく縦に大きく揺れ、レイフやリナリーは立っていられず地に伏せった。イオナだけは姿勢を平然と保っていたが、その顔付きは険しく、躊躇うことなく星空を睨みつけた。

「エゼルエル!来たのか?」

「はい。半覚醒状態まで退化させたノゾミの星力レリックが底を尽きかけています。<アガレス>の牙が結界を打ち破るまで、もう時間がありません」

 イオナの口から飛び出した神獣<アガレス>の名を耳にし、リナリーは全身を硬直させた。再び街が激しく震動し、イオナは短い言葉で警句を発した。

「空から来ます!ノゾミとアガメムノンは活動停止状態ですから、小生等だけで<アガレス>を跳ね返す必要があります。空から降下して来た地点で迎撃せねば、一網打尽にされましょう。・・・・・・というより、ヤタガラス卿はどうされます?」

「何にせよ神獣は伐つ!時に、エゼルエル。貴女はそんななりで戦えるのか?」

「記憶をお渡しした通りです。ノゾミ討伐へと暗躍する<ファンシー>を貫いたのは、この小生なのですから」

 レイフの心配を余所に、イオナは袖捲りなどして壮健をアピールした。ラナン・クロスきっての剣士と聖シュライン屈指の星術士アーティフィサーは、たった二人で、国をも屠る神獣と敵対する決断を下した。意味が分からぬまま端から見守るリナリーは、改めて剣を抜いたレイフに対し、信じられないものでも見るかのような怯えの混じった表情を向けた。

 イオナが小さく口訣を唱えると、リナリーの周りに繊細な星術障壁が起ち上がった。

「それは、ちょっとやそっとの衝撃では壊れたりしません。たいていの余波から貴女の身を護ってくれることでしょう。ですが、くれぐれも、小生たちの戦闘に介入しようなどとは思わない方が宜しい。<アガレス>を相手に十中八九、小生等は蹴散らされるでしょうから。その時は自刃を選ぶなりノゾミと共に殺されるなり、貴女がご自身で判断なさって下さい。何も一瞬で死ぬ道を選ぶことはありません。良いですね?せいぜい動かないことです」

 それだけ言うと、イオナは生身のままで中空に浮き、星空に吸い込まれるかのように高速で上昇を続けた。レイフは、そんな神懸かった技を披露するイオナを黙って見送り、自分は禍津神マガツカミを手にしたままで屋上の縁に仁王立ちした。レイフの全身から漏れ出る星力レリックは既に臨戦態勢にあることを示しており、リナリーは疎外感を覚えつつも、共に外部よりプロセルピナに侵入した同行者の身を案じた。

「レイフ・ヤタガラス・・・・・・ご武運を・・・・・・」

「リナリー・リャナンシー。神獣を相手に生き残ったなら、色々と教える。どうやら神獣どもは、この娘の存在を目の敵にしているようだ。魔獣ベスティアが困っているのだから、俺たちにとって痛快な話に違いない。・・・・・・取り敢えずは、師匠の真似事をして足掻いてみるさ」

「きっと役には立たないでしょうが、卑小なる手助けを欲するようなら声を掛けて」

「承知した」

 轟音が二人の耳をつんざき、最も巨大な地震がインサニティを襲った。星力レリックを両の目に集束させたレイフとリナリーが見たものは、圧倒的な暴力の発露を予見させる凶悪な外見をした魔獣ベスティアであり、それこそが絶望の顕現を意味していた。

「竜か!?」

「あれは!?・・・・・・タラチネを襲撃した魔獣ベスティアよ!」

 四本足と二本角を持ち、鱗に覆われた大柄な体躯を翼によって飛翔させる獰猛な生物が竜であるのだが、現れた魔獣ベスティアはその全長が成竜の数倍にも及んでいた。加えて、形態こそ竜そのものと見えるも、全身が白い靄に包まれているため面相は判然としなかった。

 リア・ファールに伝わる三魔神の一柱、神獣<アガレス>の襲来であった。

 <アガレス>は、レイフらを目指して真っ直ぐに飛来してきたが、そこに不可視の障壁が立ち塞がった。イオナが構築した星術アーティファクトの壁で、<アガレス>は正面からそれへと衝突した。接触に伴い発生した強力な衝撃波はそのまま四方に散った。衝撃波をまともに浴びてリナリーは転がされたが、レイフは体勢を崩すことなく堪え、じっと<アガレス>の動向を注視していた。

 <アガレス>が大口を開けて星力レリックの業火を吐き出すと、イオナの星術障壁はその威力に長くは耐え切れなかった。一点の傷が生じるや、そこから一気に障壁全体が崩壊を見た。だが<アガレス>が改めて前進する前に、イオナの放つ無差別攻撃が嵐の如く襲いかかった。光撃に雷撃に氷撃にと、属性・形状を問わず、星術アーティファクトによる射撃が間断なく<アガレス>へ着弾した。一発一発の完成度が並の星術士アーティフィサーの全力攻撃相当であることに加え、途絶えることなく攻撃が連発される様は、レイフから見ても人間の技とは思えなかった。

 ダメージの程度は兎も角として、<アガレス>は飛翔体勢を維持し続けることが出来ず、街中へと落下した。多くの建物が巻き添えを食って押し潰され、夜の市街に人々の悲鳴がこだました。それでもイオナはプロセルピナの被害に配慮することなく、中空に浮いたままの態勢から星術アーティファクトの猛攻を続けた。

(ここだ!)

 <始祖擬体パラアンセスター>ことノゾミを守る最後の盾にならんとしていたレイフであったが、<アガレス>が地上に落とされたことで、ここを交戦の契機と判断した。レイフは角度をつけて屋上から飛び降り、禍津神マガツカミを構えたまま<アガレス>に突っ込んだ。

 レイフが全身全霊を懸けた、生涯初めての戦闘が開始された。
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