挿絵表示切替ボタン
▼配色







▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる
魔獣と滅びゆく世界の戦記 ※章立てにより改題(2017.8.04) 作者:椋鳥

本章第一部 一姫当千の許嫁は戦場で火の騎士と踊る

しおりの位置情報を変更しました
エラーが発生しました

ブックマークしました。

設定

更新通知 0/400

設定を保存しました
エラーが発生しました

カテゴリ

ブックマークへ

以下のブックマークを解除します。
よろしければ[解除]を押してください。

ブックマークを解除しました。

53/62

8 絶望の顕現と希望の狼煙-2

***


 厩舎で言い争う美女が二人、既にボルテージは上がりきっていた。

「・・・・・・もう一度聞くわよ、ボルジア中尉。貴女は何の権限でもって私の行動を掣肘するの?」

「クインシー中尉。先日の戦で私は中尉に昇進したんだから、これで階級上あなたと同格なの。軍令に無いあなたの暴走を諫めるのに、それ以上の理由が必要かしら?」

 クロエ・クインシーが凄みを醸し出して問い質せば、二ナリス・ボルジアは嘲笑を浮かべてそれに応じた。クロエは元第六藩領ことラナン・クロス共和国第六特別行政区画からの出発を試みて、馬の調達にと国防軍仮設厩舎を訪れていた。そこで二ナリスと遭遇し、行動を制止させられていた。

「貴女も聞いたでしょう?タラチネとゾロが壊滅したことを。六大国の一角が相次いで崩れた。これはもう、神獣が出てきたものと見て間違いないわ。襲撃に三魔神が関わっているのなら、<ファンシー>が残した聖都の<始祖擬体パラアンセスター>とやらに跳梁のヒントがあるかもしれない。行って、確かめてくるわ」

「だから、勝手な動きをしないよう警告しているの。中尉が軍籍を剥奪されても構わないというのなら、別に止めたりしないわ。国防軍は規律ある軍隊組織なんだから、イレギュラーは許されない。忘れないことね」

「・・・・・・まさか、貴女の口から規律などという大層な言葉が聞けるなんて。ボルジア中尉。つまらないいがみ合いに興じている時間はもう残されていないのよ。ここで手を打たないと、リア・ファールにとって取り返しがつかない事態を招きかねない」

 クロエは黒瞳に強い意志を灯してニナリスに詰め寄った。しかしながら、ニナリスはクロエの圧力を柳に風と受け流し、肩までの銀髪を指で梳いて流し目をくれた。

「クインシー中尉が聖都に行って、なにが出来るわけ?例えば、聖院ラトの星術学院と<ネキオマンティア>が今どうしているか、あなたは知っているの?」

「どういうこと?・・・・・・レイフが同行していたという、イオナ・エゼルエルと関係がある話?」

「私、ここの占領作戦で<ネキオマンティア>序列六位、ルイス・ヴァレンシアを殺ったのよね。だから昇進したわけなんだけど。・・・・・・その時に、あの老いぼれが言ったわ。<ネキオマンティア>が世界の支配者たる資格を手にしたんだって。それで分かったの。ラトに序列上位の星術士アーティフィサーが不在で、プロセルピナが結界に守られている理由が」

 クロエはニナリスの話に引き込まれた。それで注意が散漫になったことで、もう一人の人物が厩舎に足を踏み入れるのに気付くのが遅れた。

 白髪頭で薄い顔立ちをした軍人が将校専用の赤いマントをはためかせ、美女二人の視界に強引なる侵入を試みた。ニナリスは彼に対してぞんざいな口調で、急な接近行為を戒めた。

「呼んでないわよ。フルアーマー少将。クロエ・クインシー中尉の処遇については、全て私が任されていた筈」

「ニナリス様、緊急事態です。聖シュラインの聖院ラトから出たと思しき軍勢が、こちらに向かっております。防衛線を敷こうにも、この街にはろくな防備がありませんから、野戦を選択せねばなりません。つきましては、此度も星術アーティファクトによる御支援をお願いしたく」

「ラトから、軍勢ですって?」

「はい。数はこちらより少ない観測なのですが、何分出陣元が元ですので。前回のように圧倒できるとまでは楽観視しておりませんが、星術戦で対抗したく存じます」

 ナイジェル・フルアーマーの宣告に対し、ニナリスは慎重に思考した。聖院ラトには<ネキオマンティア>の本拠があり、いくら彼女の才が卓越していようとも、本家本元の星術士集団に攻め掛かられては捌ききれるものではないと考えられた。或いは、ニナリスの予想が当たっているのであれば<ネキオマンティア>の主力はプロセルピナにおり、此度の敵戦力は聖騎士団である可能性があった。

 それにしても、とニナリスは不思議に思った。

(藩領を取り返しにくる戦力があるのなら、とっくの昔にプロセルピナ奪還に動いていておかしくないわ。ということは、やはりラトなり各藩領なりに、妄りにプロセルピナへと触れられない理由が何かあるのだということ?それって・・・・・・)

 ニナリスは自身がラトの星術学院に在籍していた頃の知見から、一つの仮説を導き出していた。まず、プロセルピナを覆っている、外的接触を阻むかのような巨大な結界を築くことなど<ネキオマンティア>の上位星術士にしか出来ない芸当であり、そこからプロセルピナの陥落に彼らの意図が深く関係しているのだと読みとれた。そして、ニナリスの師であるイオナ・エゼルエルをはじめとした上位星術士が共通して研究していたテーマに、魔獣ベスティアの人造という禁忌の学術が存在していた。

 レイフとクロエがシジマ連邦より持ち帰った<ファンシー>に関するレポートへ目を通した時、ニナリスは<始祖擬体パラアンセスター>という単語から真っ先に<ネキオマンティア>の研究を思い起こした。ニナリスが聞いている限り、ラトに<ネキオマンティア>の最高幹部は残っておらず、なればこそ不在の者はプロセルピナに潜伏していると思われた。

 ニナリスに類推できるのはそこまでであった。プロセルピナで<ネキオマンティア>が何事かを企み、そこにグルファクシーの侵攻や<ファンシー>、果てはタラチネやゾロを壊滅させた神獣がどのように絡んでいるものか。そういった各論の整理には、さらなる時間と情報を必要とした。

 ニナリスの反応が鈍いためか、ナイジェルはクロエの方を向いて彼女にも出陣を説いた。

「言うまでもなかろうが、クインシー中尉の所属は我が指揮下にある。迫り来る敵を迎撃するため、部隊随一の剣腕を存分に発揮して貰うぞ」

「・・・・・・ここで目先の勝敗に拘れば、色々と手遅れになる恐れがあります。少将閣下。私をプロセルピナに派遣するとの下知を下さいませんか?」

「<ファンシー>についての報告は私も受けている。あのような与太話を信じろというのがそもそもからして無理な話だ。第一、我々の所属はラナン・クロス国防軍であって、魔獣討伐隊ではないのだよ」

「やはり、無謀でしたか・・・・・・」

「ニナリス様の言い分ではないが、好き勝手にしたいというのなら、軍籍を離れて闘士スレイヤーでも傭兵マーセナリーでも始めれば良い話。国防軍がいち中尉の我が儘を聞いてやれるなどという幻想は、今ここで綺麗さっぱりと捨てることだな」

 ナイジェルは淡々と語り、無表情にクロエへとプレッシャーをかけた。実際のところ、クロエが取り得る選択肢はレイフよりも多く、彼女自身は国防軍に対してそれほど執着があるわけではなかった。ここで啖呵を切って軍を辞めるという道もないではなかったが、そうすることでヴィクター・ベイロードらアズライール・クインシーのシンパが落胆することが目に見えていたので、クロエの決心は鈍らされた。


 同じ頃、皇国アルカディアでは円卓会議が開催されており、居並ぶ政府要人たちを前にして、セレスティアル・ヴェルザンディが演説をぶっていた。

「・・・・・・以上が、使節団が持ち帰ったタラチネの状況と、私がこの目で確かめてきたゾロの惨状です。騎士団を動かしてラナン・クロスの国境を脅かしている場合などではないと、各々方におかれてはお分かりいただけたものかと。然るに、六大国間で相互不可侵と対魔獣共同戦線を盛り込んだ盟約を締結し、直ちにリア・ファール全土へ発表することを提唱したい。いや、むしろ盟約など後回しでも良い。アルカディア単独で、リア・ファール中の魔獣ベスティアに対抗する用意があるという趣旨の政府談話を発信し、無垢なる市民から恐怖と混乱を除いてやることが望ましいものと考えます。それくらいせねば、神獣の出現という大陸存亡の機を前にして、人心を留めておくことなど出来ないと確信しています。諸卿、如何でしょうか?」

 セレスティアルが神獣<ダンダリオン>と剣を交えたことは、騎士団のファラ・アウローラ・ハウが証言を済ませていた。また、ゼオーラ同盟運営委員会からも<ダンダリオン>の降臨が確認されたという通達がアルカディアとラナン・クロスの政府筋に宛てて出されていた。

 <ファンシー>なる幻獣の騒ぎが収まらない内に三魔神の覚醒が報告されたことで、アルカディアの円卓会議においてはあらゆる審議が停滞していた。<五家族ファイブスター>の手に落ちた最高幹部たちは自身で物事を判断することがままならず、かといって今更レブサック・スペクターの風下に立てようもなかった。

 この日、セレスティアルが熱を入れて主張を繰り返しても、議題がアルカディア一国の政治に収まりきらないスケールであることから、誰もが慎重さを優先して黙りを決め込んでいた。議題と一番近いところにいるはずの軍務局長であっても、騎士団長フェルゼン・バステトとの合意なしに、軽々しく出兵に絡んだ発言をするわけにはいかなかった。セレスティアルは個別に説得を促す道を選び、一気に大勢の指示を得ようという目論見を投げ捨てた。

「財政局長。戦禍に巻き込まれた友好国の難民支援を目的として、資金を拠出できる基金がありましたよね?これから神獣の被害が増大するに及び、制度を拡大解釈して周辺諸国へと供給することは出来ませんか?」

「・・・・・・元々、国外に使用する目的で制度設計されておりませんので。用途の変更については、関係機関との協議や調整が必要になるものと存じます」

「宜しい。では関係機関のリストアップをお願い出来ませんか?難航が予想されます調整作業は渉外局が担当しますので。それと、商務局長。一時的に交易に課する税を減じて、流通の促進を誘因したいと思うのです。魔獣ベスティアが暴れ始めれば、物理的な要因のみならず心理的抑圧からも商業活動に影響が出ましょう。物資の流通が滞れば、国内外を問わず市民生活に多大な不便が生じるものと見込まれます。その施策を実行するにあたり、貴族に対する税負担を高めて別途財源を確保する方策を提案します」

「そ、それは・・・・・・私の一存では決めかねます。まずは局員に試算をさせて、それから財政局と検討を重ねませんと・・・・・・」

「是非取り組んでいただきたい。そうそう、司法局長」

「・・・・・・はっ」

魔獣ベスティアによる被害が慢性化すれば、それだけ社会不安が増大して犯罪率も上昇しましょう。魔獣ベスティアに絡んだ犯罪への参加抑止と併せて、災害対策法の整備を進める意味合いもあろうかと考えますが、どうですか?」

「とても即決の出来る問題ではない為、一旦局内で検討させます」

 セレスティアルは頷き、他の幹部たちにも一つ一つ課題を投げ掛けた。何れも煮え切らない回答しか得られなかったが、少しずつではあるが、誰かが何とかしなければならない大問題が起きているのだという空気がこの場に醸成されつつあった。

 ここで、二人の重要人物が動き出した。

「・・・・・・公爵閣下。発言宜しいですか?」

「どうぞ。軍務局長。私も貴方とじっくり話したいところでしたから」

「有り難うございます。閣下の仰りようはよく分かったのですが、一つ大きな疑問が残ります。閣下と我が国が熱意を持って対魔獣に舵を切ったとて、果たして余所の国がこれに倣うものでしょうか?私の如き愚昧な者にとって、ラナン・クロス共和国などが諸手を挙げてこれに賛成を示し、手を取り合って魔獣と戦うなどという話は、夢物語としか思えません」

 軍務局長のこの意見に対し、何人かが「それはそうだ」といった相槌を打った。またある者は、「ラナン・クロスの策に乗って第四藩領をせしめたゼオーラの如き強欲の徒も、信用など出来ん」と息巻いて見せた。

 セレスティアルは焦ることなく、軍務局長の言が作り出した反意を鎮めに掛かった。

「確かに、我々渉外局の総力をもってしても、ラナン・クロスやゼオーラといった依然壮健な大国を思い通りに動かすことは難題でしょう。しかしながら、諸卿は政治家の責務を誤解されてはいませんか?今現在成功が約束されている事柄をこなすだけならば、正直なところ大学を出たての学士にでも任せれば良い。大陸に未曾有の危機が迫っているこの有事に、誰も成し遂げたことがない大同盟を為すというのは、これぞ我々政治家の責任であり醍醐味でもある筈です。大事を前にして白旗を掲げるというのは、それは国家滅亡の瞬間まで許されるものではないと思っています。現に私の補佐官たるリナリー・リャナンシーは、グルファクシーへと渉外に赴き、現地で魔獣ベスティアと交戦にまで至りました。その後、聖シュライン領の偵察任務に着きまして、未だ帰らぬ身となっています。そして私は、これからラナン・クロスとゼオーラを口説き落とすことに全霊を注ぐつもりです。文字通り、命を懸けて渉外に当たりましょう。・・・・・・諸卿の中に、私と同等の覚悟がない方などいらっしゃらないと信じたい。このアルカディアを、引いてはリア・ファールを少しでも住み良い場所とする為に。この大地に魔獣ベスティアの魔の手から逃れられた理想郷を築く為に。その為に、諸卿もこの会議の席に集っているのだと信じたい」

 理想論に終始こそしていたが、セレスティアルは魂を込めて語った。そして、再び消極論が飛び出さぬよう、軍務局長をフォローすることも忘れなかった。

「軍務局長がご自身の職責から懸念を抱かれるのは分かります。ラナン・クロスが己が野望を優先して我が国に攻め込んで来たならば。そう考えるのが軍務局と騎士団の仕事ですし、そうならないよう念入りに根回しをするのが我が渉外局の仕事ですから。大国との意見調整については、私に心を預けていただきたくお願いします」

 そこでセレスティアルが深々と頭を垂れるもので、軍務局長は俄に噛みつきどころを失う形となった。円卓の間に重々しい雰囲気が充満し、会議の行方は誰の目にも混沌として見えた。それでもセレスティアルの説得が奏功したとは言い難く、孤立無援なまま時間切れを迎える事態が現実味を帯び始めた。

 セレスティアルは幹部たちの立場も弁えていたので、個々人を糾弾するような真似はしないでいた。そして、ここまで一言も発していなかったレブサック・スペクターが、万を辞して登場した。

「ヴェルザンディ公。一つお聞かせいただきたい」

 挙手したレブサックに、全ての目線が集った。セレスティアルは宿敵を相手に用心を怠ることなく、レブサックの挙動を逃さぬようじっと彼の目を見つめて応じた。

「・・・・・・どうぞ、内務局長。お手柔らかに」

「三魔神と戦って、勝算はあるのですか?先に北域で神獣が討伐されたことは記憶に新しい。ですがあれは長年、魔獣ベスティアと戦い続けてきた北域やその周辺地域なればこそ可能であった限定的な話。西域を統一していたかの超大国レキエルですら、神獣と争って長い歴史を閉じました。実際のところ、ろくに魔獣ベスティアへの対策を取ってこなかったリア・ファールの武力で、神獣どもに抵抗することなど出来るものでしょうか?」

 ゾロが<ダンダリオン>と思しき魔獣ベスティアに壊滅させられた事実があるからこそ、レブサックの問い掛けは意味を持った。リア・ファールで六大国と称されようとも、神獣の一匹をすら跳ね返せないのであれば、<アガレス>、<ダンダリオン>、<カイム>を揃って相手にすることなど、絵に描いた餅であると思われた。

 それでもセレスティアルにとっては想定された質問であり、酷く冷静に自陣の戦力分析を口にした。

「ゾロにおいて<ダンダリオン>と交戦して得た感触ですが、我が国最強の<火の騎士>は少なくとも勝負になっていました。その<火の騎士>と互角に戦える戦士を、幸か不幸か私は二名知っております。ラナン・クロスのレイフ・ヤタガラス中尉と、クロエ・クインシー中尉です。詳細こそ明かせませんが、彼らがファラ・アウローラ・ハウ女男爵と剣を合わせた場に居合わせたことがあるので、実力の程にはお墨付きを与えられます。それに加え、内務局長もご存知でしょうが、ラナン・クロスには大剣豪の流派を引き継ぐ<斬鉄>が健在です。我が国ではシュダ・レプラカーン卿のような気鋭の騎士ナイトも台頭してきており、彼ら彼女らが一同に会すれば、戦局は決して悲観的なばかりではありません」

「あくまで、リア・ファールの総力で対抗すると?」

「いえ。それは下限の話です。既にゼオーラのエリザベス・ルプルグが、東廻り航路を通じて中央域のシルフィールに情報を入れています。北域や東域へ伝播するまでにはしばらくの時を必要とするでしょうが、中央域は早ければ月内にも何かしらの援助を寄越すものと考えます。何も、南域だけで決戦に及ばなければならない理屈はありませんから」

 この話に室内はどよめいたが、セレスティアルは真実の中に願望をも織り交ぜていた。確かにエリザベス・ルプルグはシルフィールに使者を立てていたが、それは<ファンシー>の情報の真偽を確かめる程度の作業であり、三魔神の出現に係る援軍要請などでは決してなかった。

(シルフィール守護王国は、かつて中央域で最大のタカ派だった。<不毛のデッドバレー>を攻める英雄軍を最大限に支援して、その結果に責任を取る形で先代皇帝は自死を選んだ。魔獣ベスティア撃滅の先陣に立っていた面影は今や形もないと聞くが、誰ぞ賢明な判断を出来る者がベティの使者と接触してくれていることを祈るしかない)

 セレスティアルのそんな心中を察しているわけでもなかろうが、レブサックはじっと動かず考え込んでいた。彼が紫姫ミスバイオレットに提案して実行へと移されたマテウス強襲作戦は、ラナン・クロス軍の奇襲によって先般瓦解していた。作戦の決行を最後まで渋っていたフェルゼン・バステト騎士団長は、戦後に軍務局長を通じてレブサック・スペクターを非難する声明まで発していた。

 レブサックは勘の優れた政治屋であり、昨今己が権力が急速に失われていく様を肌で実感していた。頼みの綱であるサラミス帝でさえも、<五家族ファイブスター>の決起を恐れてかレブサックの奏上を許さず、円卓会議の面々が自分から離反したこともあって、アルカディアにおける権勢の大半を逃したことは決定的であった。そんな彼が逆転の博打に出るとしたら、今を置いて他に機はなかった。レブサックの仇敵にして元皇太子であるセレスティアルも彼と同じく政局の上では追い込まれており、互いに孤軍奮闘せざるを得ない立場故、ここにきてはじめて手を組むという選択肢が顔を覗かせていた。

 レブサックが逡巡していた理由はただの一つであった。それはセレスティアルとの政治信条があまりに異なる点で、これまでアルカディアを運営する段で二人が共通する手法を採ることは有り得なかった。

(そう。廃立まで追い詰めたこの男に手を貸すということは、私のこれまでの歩みを全て否定するに等しい。平時であれば、断じて選びようもない。・・・・・・だが、集まりつつある全ての状況証拠が、リア・ファールに破滅の足音が近付いている様を予見させる。この男の言うとおり、ここで政治を誤れば取り返しがつかない事態を招くことは疑いなかろう。私は・・・・・・)

「内務局長・・・・・・スペクター伯。私は座して死を待つことだけはしたくない。どうせ死ぬ運命なら、死の淵まで政治家として足掻いてから死にたい。死して、滅びた国で権勢を誇ってもどうにもならないでしょう?」

「・・・・・・それは話のすり替えです。そもそも神獣がアルカディアの脅威とならない可能性がまだ残されています。それと、現れたのが神獣ではなく霊獣や幻獣であったという可能性も否定できない。その上で、脅威となった場合の対処方法については今し方伺いました。ことラナン・クロスやゼオーラと協調する点については、私も納得するところです」

 レブサックがセレスティアルの策に同意を示したことで、円卓の間の澱んだ空気に新風が吹き込まれた。財政局長オトルート侯爵がテーブルに汗を滴らせ、動転した様子で口を開いた。

「・・・・・・内務局長殿は、ヴェルザンディ公が主張される対魔獣共同戦線なる方針を是とされるので?他国に無視されるだけならまだしも、政治的に利用されて終わることだって有り得るのですよ?」

「グルファクシーやフラガラッハの二の舞になりたくない。ただそれだけのこと。・・・・・・我が国に<火の騎士>が幾人もいたならば、このような法螺に乗せられることもなかった」

 財政局長が口をつぐむと、今度は軍務局長が瞳をぎらつかせてレブサックに食って掛かった。

「内務局長殿の発案による出兵で、此度騎士団は傷ついて戻りました。その前は、ラナン・クロスとゼオーラが聖シュラインの領土を得たことに比べ、我が国は何ら得るものがありませんでした。内務局長殿とヴェルザンディ公の手腕に期待した結果がこれなのです。我々に、今更どうしてお二人に従えと?」

「戦術上の失敗にまで責任はとれん。敵と同数以上の兵を工面して、補給の問題なく敵領近くまで送り出した。即ち、戦略上の役目は果たしたつもりだが?逆に問おう。騎士団長や軍務局長殿は一体何を生業とされているのか?戦場で勝つ方法まで享受しろと言うのなら、今すぐに職責を返上して貰おうか。・・・・・・それと、藩領占拠については、総括にはまだ早すぎる。肝腎の聖シュラインの反撃が予想される上、ラナン・クロスとゼオーラは決して一枚岩ではない。外交面でもプレッシャーをかける余地は大いにあろう。そのあたりは渉外局の領分故に、私からこれ以上の所見は出さないでおく」

 軍務局長は小さく頷くと、元より口論をする気がなかったようで、それであっさり矛を収めた。レブサックは往事の迫力を再現し、一同にぎろりと睨みを利かせた。これは役者が違うところで、幹部たちはレブサックの苛烈な視線を前にしてすっかり萎縮した。

 意外にもレブサックがセレスティアルの論を支持したことで、総意の集約に消極的であった面々も徐々に議論へと参加し始めた。やがて侃々諤々となった場は一つの潮流を作りだし、セレスティアルが動議した対魔獣共同戦線の宣言は、直ちにアルカディア皇国政府の公式発表として喧伝された。

 その意志は、方々で心ある者を伝い、リア・ファール各地へと思いがけぬ速度でもって飛び火した。


+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。
↑ページトップへ