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魔獣と滅びゆく世界の戦記 ※章立てにより改題(2017.8.04) 作者:椋鳥

本章第一部 一姫当千の許嫁は戦場で火の騎士と踊る

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7 救われない世界-3

***


「恨み言は無しよ、セレス?外交官特権なんて無視してあなたをここで捕縛して、そのまま共和国に突き出す選択肢だってあるのだから。それをしないでこうして歓待しているだけ、有り難いと思って欲しいの」

「分かっているさ、ベティ。君が・・・・・・同盟が第四藩領を占拠したことは、もはやそちらの内政問題だからね。今更非難したりはしない。それに、今日は皇国アルカディアの渉外局長ではなく、君の一友人として訪問したつもりだ」

 エリザベス・ルプルグの私邸にて、セレスティアル・ヴェルザンディは美茶を振る舞われながらも、互いに神経をすり減らすナーバスな会話に興じていた。相手がゼオーラ同盟の顔役の一人であり、友人だからといって互いの身分が身分なため、話題の一つをとっても気楽に意見することは出来なかった。

 エリザベスはラフなワンピース姿で、少なくとも室内着で応対する程度には、セレスティアルをしっかり友人として扱っていた。秘書役のフェイスも室外に待機させてあったので、エリザベス邸の書斎には二人だけが落ち着いていた。

「真っ直ぐ、リュムナデスに?」

「いいや。マテウスに二日ばかり立ち寄った。クロエを訪ねる為にね」

 ラナン・クロス共和国の首都の名が出たことで、エリザベスは純粋に驚いて見せた。

「へえ。あなたってやっぱり、見かけによらず剛胆よね。いくら外交ルートがあると言っても、敵性状態にある国の首都に平然と足を運べるんだから。私だったら怖くて出来ないわ」

「非常事態だからさ。私だって、まともな護衛も無しに国外を放浪なんてしたくない。ただ、君とクロエにはどうしても会って話したかった」

 セレスティアルはエリザベスの目をじっと見て言った。エリザベスはこの友人のディベートにおけるやり口を熟知していたので、彼のペースに巻き込まれぬよう目線を切って紅茶に手を伸ばした。フェイスに入れさせた紅茶には、闇市場から調達したフラガラッハ産の茶葉が使われていた。相手が表向きは鎖国中なので、その茶葉は常識外れに高価な一品となっていた。

「・・・・・・それで?何を話したいの?実は、私に一つだけ当てがあるのだけれど」

「ほう。言ってみてくれ」

「<ファンシー>の件でしょう?幻獣を名乗るヒト型の魔獣ベスティア。うちも、以前に接触してるわよ」

 セレスティアルが目を見開いた。思わずソファから腰を浮かし掛けたが、エリザベスに詰め寄るのも筋違いであると判断して、どうにか思いとどまった。エリザベスはセレスティアルの表情の変化を見て、自身の予想が的中したのだと確信した。

(こんなに分かり易くて、渉外局長という重責ある任が務まっているのかしら?それとも、本当に私のことを友人として信頼してくれているの?・・・・・・あの当時は張り合ってばかりだったから、セレスの本心だけはちっとも分からないわ)

 エリザベスは当時のことを少しだけ思い出していた。彼女が所属していたグループは、剣学院でも異質なものとして認知されていた。大国の重要人物ばかりが集まり、それでいて誰もがずば抜けて優秀な長所を有していた。その分トラブルメイクも多く、それは半ば様式美と化していた。

 何事か問題が起きると、まずはグルファクシー王の従兄弟が猪突猛進に解決せんと動き、その不備をラナン・クロスの大剣豪の令嬢が窘めた。ゼオーラの姫たるエリザベスが論理的な解決方法を提示すると、フラガラッハの天然娘が悪意無くひっかき回した。最終的にアルカディアの皇子が良いとこ取りをして収め、聖シュラインの放蕩者は終始傍観者に徹していた。

 メンバーの構成から、知的作業は主にエリザベスとセレスティアルが担っており、二人は事あるごとに議論を戦わせた。それでもセレスティアルが狭量な人物ではなかったので、喧嘩にまで発展するようなことはなかった。

「それは・・・・・・盲点だったよ。改めて考えてみれば、奴が西部だけで暗躍していたというのは、確かに論拠に乏しかったな。目的からして当然、方々で戦士を捜索していておかしくはない、か」

「でしょうね。うちは無視したけれど。というより、いつもの如く流れの闘士スレイヤー魔獣ベスティアの討伐を依頼していたから。彼らにプロセルピナ行きを強制することは出来ない。特定危険敵性体とやらに認定されたのも彼らなわけだし。・・・・・・それで、まさか<始祖疑体パラアンセスター>を討伐するとかいう、あの与太話に付き合えなんて言わないわよね?」

「それだよ。正直なところ、私は危機感を抱いている。神獣に対して。そして、神獣に対応しようとしない我が国に対して。さらには、これを放置している君やラナン・クロスの首脳に対して」

 エリザベスは、セレスティアルの真っ直ぐな詰問に対して笑い飛ばそうか冷たく突き放そうかと迷った。彼がよく使う手口に、理想論を正面からぶつけておいて、相手が嘲笑したところから徐々に落としどころへと議論を誘導するというものがあった。それ故、感情的に応対するのはどうにも具合が悪く、エリザベスは単純に聞き役に徹した。

「セレスは、あの自称幻獣の言葉を信じているのね?それで何かしたい、と」

「ベティ。あれが嘘だとして、<ファンシー>に私たちをプロセルピナまで誘導する利点はあるだろうか?」

「どうかしら。幻獣が人間勢力に手を貸したケースは枚挙に暇がないわ。プロセルピナに巣くう敵対派閥の魔獣ベスティアを退治させたいだけかもしれない」

 エリザベスは剣学院に留学していた折、プロセルピナで魔獣ベスティアに関する多くの記録に触れていたので、過去に世界で起きた事件や事例へと精通していた。

「我が国はレスポール領内。その山中深くで、<ファンシー>は対話の途中に奇襲を受けて倒されたんだ。首謀者は不明なままだが、その手段は星術アーティファクトに見えた。クロエもその場にいたから、この話が嘘でないことは証明できる」

 セレスティアルが明かしたエピソードはエリザベスにとって新鮮な話で、新たな情報を得た頭脳が急速に回転を始めた。セレスティアルが言うところからアルカディアとラナン・クロスが部分的に共闘していた事実が読みとれ、常時戦争状態にある両国の政情からして、エリザベスには奇特な事件だと思えた。

「・・・・・・ということは。クロエも特定危険敵性体に認定されたのね?」

「ああ。うちのファラ・アウローラとクロエと、クロエの婚約者の三人がだ。その問答をしていた最中に、<ファンシー>が星術アーティファクトで穴だらけにされた」

「クロエの婚約者?セレス、レイフ・ヤタガラス氏と会ったの?どんな男だった?美形?強い?・・・・・・認定されたのだから、霊獣を撃破出来る位には強そうね・・・・・・」

 エリザベスも若い女で、例外なくゴシップに興味はあった。

「有望そうな軍人だった。剣豪アズライール・クインシーの弟子だけあって、剣もピカイチだ。見た目は・・・・・・そうだな。私やアガメムノンよりは、女性にもてそうなルックスだったよ」

「・・・・・・私が彼と付き合っていたのを知っていて、そう言うのよね?・・・・・・まあ、彼のつてが目的だったから、容姿に拘っていたつもりはないのだけれど。そういえば、セレスは一貫してクロエ狙いだったものね」

「・・・・・・そんなことはないよ」

「これみよがしにファラ・アウローラを呼びつけて見せびらかして、クロエに嫉妬させようとしていたじゃない?健気というか馬鹿というか。フフ。でも、全くなびかないわけよね?クロエの彼氏がそんなに男前だったなんて。あんな生真面目な娘だから、婚約者の話なんててっきり男避けのダミーか妄想かと睨んでいたのに。あなたもユーリも、報われないわねえ」

 セレスティアルは機嫌を損ねたようで、眉間に皺を寄せ、飲み干した紅茶のカップを掲げてエリザベスにお代わりをねだった。エリザベスは苦笑を隠さず、隣室に控えたフェイスを呼んで、フラガラッハ産の紅茶を追加するよう頼んだ。フェイスは出入りの際にセレスティアルを横目で観察したが、当人は何とも消沈した様子でそれに気付かなかった。

 さらに一杯の紅茶を嗜んだ後、セレスティアルは真顔に返ってもう一度話を戻した。

「誰が魔獣ベスティアと戦うものか。私はそのことを憂慮している。リア・ファールでは、誰も彼も自分事じゃないと思っている節がある。だからこそ、私はプロセルピナの<始祖疑体パラアンセスター>の正体を確かめたい。この細腕が役に立つなら幾らでも使い倒すが、残念なことに私が倒せるレベルは亜獣がいいところだろう」

「そうね。私やあなたは、クロエやユーリみたいに剣を流麗には扱えない。アガメムノンみたいに星術アーティファクトを自由に操ることもできない」

「うん。私はね、今こそ大国が大国たる義務を果たすべきだと思っている。最終的に五大国からの要員が欠けることなく、プロセルピナ派兵を実現したい。・・・・・・が、実は我が国からして既に脱落気味でね。レブサック・スペクターもロザリー・レスポールも、非情に頭が固い。それで、君に助けて貰えないかと思ってこうして来たわけだ」

「そんなところでしょうね。・・・・・・ラナン・クロスも<ファンシー>の件を知ったわけで、それでクロエの返事は?会って来たんでしょう?」

「・・・・・・個人としては、賛意を示してくれた。だけれど、組織と彼氏の許諾が取れなければどうしようもないと返された。そう。悲しいけれど、今では皆が別々のコミュニティの一員だからね。悔しいのは、どうして私は剣や星術アーティファクトの才に恵まれなかったのだろうかという、覆しようのない非情な現実だよ。これでも、昔から修練には真面目に取り組んだつもりなんだが」

「セレス。あなた、一つ嘘を吐いているわね?さっきはまともな護衛を連れて来ていないと言ったけれど。うちの諜報によれば、ファラ・アウローラを伴って入国したそうじゃない?なら最強の<火の騎士>を連れて、この足で北上すれば少なくともあなた自身の義務は果たせるのでなくて?」

 エリザベスの提案に、セレスティアルはそれを心の底から忌避しているかの如く半泣きといった表情を浮かべた。

「言った通りさ。まともな護衛を連れていない。アレはまともじゃない。プライベートなことは話せないが、アレは生粋のアルカディア人でもないから。だから私が言う事なんて、任務以外に何一つとして聞いてはくれないのさ。・・・・・・若い頃は、多少は私に恩義を感じている部分があったのだろうけど」

「・・・・・・へえ。あの<火の騎士>ファラ・アウローラに、恩を売った過去があるのね」

 エリザベスの指摘に、セレスティアルは小さく首を縦に振った。エリザベスは話が一段落したとばかりに、大きく足を組み替えた。ワンピースの裾から零れ出た白く艶めかしい太股を、セレスティアルはじっと目で追いかけた。

「それで、あなたはここを出てどこに行くの?・・・・・・ああ、やっぱり言わなくていいわ。というより、渉外の仕事については何も言えないでしょうから」

「ベティは物分かりが良くて助かるよ」

「・・・・・・昔の誼があるものね。うちの父に会っていく?そのくらいはねじ込んであげるわよ。面倒だから、私は席を同じくしないけれど」

「それは破格の待遇だね。有り難い。・・・・・・でもあれだ。本来の任務以上に緊張しそうだよ。ゼオーラの大家を相手に、私の手札はブタなんだから」

 どこまでもとぼけた調子のセレスティアルを前にして、エリザベスは少しだけ公人としての仮面を脱ぐことに決めた。ここまでの会談において、彼女は実質的に何一つとしてセレスティアルの頼みに言質を取らせていなかった。それは一国の実力者として及第の振る舞いであったが、それではエリザベスとセレスティアルの交誼が全て無意味なものであったと認めてしまうかのようで、少しだけ寂しく感じられた。

 黙りこくったエリザベスの様子を気に掛け、セレスティアルが首を傾げて尋ねた。

「どうしたんだい、ベティ?」

「一つだけ、おまけしてあげようかな」

「ん?」

「<ファンシー>の件。やつが何者かは気になったから、念の為東回り航路で使いを出したの。うちの国、中央域はプリ・レグニア海のシルフィール守護王国と友好条約を結んでいるでしょう?リア・ファール以北の対魔獣激戦エリアなら、何か情報があるかもしれないと思って。順調に行けば往復で二十日の行程だから、あと何日かすれば第一報が入るのではないかしら」

「それは、手際が良い!」

「この情報だけ、ごく内密に流してあげる。ゼオーラからではなくて、私個人から。そしてアルカディアにではなく、セレスにね」

「ありがとう、ベティ。やはり君を頼って正解だったようだ」

 優しい笑みを湛えて、セレスティアルはエリザベスに手を差し出した。エリザベスはその手をさっと握ったものだが、内心では張り裂けんばかりの心臓の鼓動が相手に聞こえていないものか、気が気でなかった。かつて、エリザベスはセレスティアルに懸想していた。一方で、セレスティアルがクロエばかりを意識していたため、グループにおける男女交流はたいていの時期においてぎくしゃくとして感じられた。時を経て、互いに責任ある立場に代わってからの再会であったが、エリザベスはどうにも自分の方が分が悪いのではないかと疑った。

(フェイスにああも啖呵を切ったのに!私ったら、こんなにも情緒不安定なキャラだったのかしら・・・・・・まったく、情けないものね)

 エリザベスは眼鏡の埃を拭う振りをしてセレスティアルから視線を外したが、動悸は簡単には収まらなかった。

 ノックもなしに、突然部屋の扉が開かれた。驚くエリザベスとセレスティアルが目にしたものは、顔面を蒼白にして、珍しくも取り乱したフェイスの姿であった。フェイスは覚束ない足取りでエリザベスの傍に近付くと、腰を屈めて何事か耳打ちした。セレスティアルは良く知らぬ間柄ではあったが、礼を失してまで入室してきたフェイスの絶望を思わせる面相に、ただ事ではない何かが起きたものだと推測した。

 話を聞いたエリザベスは事の重大性を考慮し、間髪入れずにセレスティアルへと内容を開示した。

「・・・・・・リア・ファールの東部で、桁外れに強力な魔獣ベスティアの出現が確認されたそうよ。その魔獣ベスティアによって、パトリオット子爵国が壊滅させられたという未確認情報が一つ。それから、現在フラガラッハ連邦がそいつと交戦中で、旗色がすこぶる悪いのだとか・・・・・・」


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