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魔獣と滅びゆく世界の戦記 ※章立てにより改題(2017.8.04) 作者:椋鳥

本章第一部 一姫当千の許嫁は戦場で火の騎士と踊る

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7 救われない世界-2

***


 北部はグルファクシーの領内に入ると、そこはアルカディアよりも若干ではあったが体感温度が低く感じられる。リア・ファールの北岸に大海が広がり、風が寒流から冷気を運んできているためで、南部出身のリナリー・リャナンシーは念の為にと厚着をしてきて正解だと思った。

 海を隔てて直ぐ北方には、世界の中央域に当たる海洋国家群が島を連ねていて、地図上で見ればグルファクシーと通商があって然るべき距離と言えた。しかし、リア・ファール大陸北の海を東西に猛烈な勢いで海流が走り、さらには立ち込める濃霧が視界ゼロの状況を作り出すため、北岸における航海は死と同義であると結論付けられていた。

 北部に君臨するグルファクシーは騎馬民族国家であり、<星神レストリネビュラ>や<光神エトランゼ>よりも、土着の精霊ラプラスを信仰する向きが顕著であった。現在はスレイプニル家が国主を務めており、首都タラチネには遊牧への使用も可能とされる巨大な居住用テントが幾千と並び立てられていた。

 グルファクシーの主要産業は畜産で、タラチネに至る道中においてリナリーは、家畜と暮らす一家を多数目撃した。グルファクシーの国民は年齢・性別を問わず畜産業に従事しており、複数の家族単位で草原を渡り歩いている牧歌的な様子が窺えた。

「地図の上では、タラチネまでもう少しです。リャナンシー団長」

「承知しました、リシャール隊長。最後まで気を抜かぬよう、部隊の統率をお願いします」

 リナリーはリシャールへと言葉を返し、軽く振り返って一人も欠けていない自らの陣容を確認した。皇都ティアマトを出発したグルファクシー派遣使節団は、リナリーを筆頭に、渉外局のグルファクシー班や商務局の担当官らで構成されていた。そして、使節団付武官として騎士ナイトの一隊が付き従っていて、こちらの隊長にはリシャールが任命されていた。

 ティアマトから北上して聖アルカディアの第七藩領を通過し、ひたすら北東に馬を進めること七日ばかり。使節団一行は、ようやくリア・ファール北部のグルファクシーへと達していた。

 事前に使者は送られていたので、越境から首都タラチネまでの道のりは危険が少なかった。それでも一度は野良の魔獣ベスティアに遭遇したので、リア・ファールの各地で治安が悪化している事実はリナリーにも実感できた。

(セレス様が、レプラカーン様をこちらに同行させようと躍起になられていた理由が分かろうというものね。敵が亜獣であっても、リシャール卿たちでは討伐するのにぎこちなさが拭えない。・・・・・・こんなことで、スレイプニル家に協力を仰ぐというセレス様の密命を果たすことが出来るかしら)

 タラチネの市街はごった煮の市場といった様相で、リナリーの目には道中至るテントで商売人と客が粘着質に交渉を重ねているよう映った。ゼオーラ同盟の首都リュムナデスの商店街と比べて工業製品や海産物が少なく、畜産品や工芸品の類が多いように見受けられた。大通りを行くリナリーは、グルファクシーの東部や南部で魔獣ベスティアによる被害が横行しているという噂話を何度も耳にし、タラチネの騎士団がそれに満足に対処できていないという非情な現実を知らされた。聖シュライン王国へと攻め入った部隊の情報は不自然なほどに聞こえず、それは事前の外交情報でもブラックボックスであったのだが、リナリーはそこに情報操作の匂いを嗅ぎ取っていた。

 グルファクシーの王宮はタラチネでも一際高い丘の上に築かれており、白地に美麗な斑紋があしらわれた大理石製の外壁は荘厳と評するに十分であった。リナリー一行は丘を目指して徒歩で進んでいたのだが、横入した迷惑な来訪者たちが直ちにタラチネを騒がせた。

「リャナンシー団長!あれを!」

 リシャールが上空を指さし、リナリーは青い空を埋め尽くさんばかりに覆う幾十もの黒い影へと視線を移した。遠視の星術アーティファクトを用いるまでもなく、魔獣ベスティアが来襲したのだと知れた。

(こんな市街地で!?獣は、ほんとうに節操がない・・・・・・!)

 タラチネの市中は狂騒に包まれ、十重二十重の悲鳴や怒号が鳴り止むことはなかった。市民は我先にと街の外へ走るか、唯一の戦力である騎士団の力に頼ろうと王宮を目指して怒濤の如き人波を形成した。

 リナリーは降下してくる魔獣ベスティアを迎撃するべく、雑踏から離れるべしと、リシャールに布陣先を探させた。そして、同行しているテオドール・バッハら非戦闘員の官吏たちには、市民に混じって王宮へと向かうよう下知した。

 王宮周辺には騎士ナイトたちが出張っていたが、魔獣ベスティアが空を回遊している内は射程距離の関係から手出しが出来なかった。その間にタラチネの混乱には拍車が掛かり、商業活動や治安面での大打撃は避けようもなかった。

 地上からの迎撃は、グルファクシー勢に先んじてリナリーが先行した。リシャールに連れられて混雑の少ない広場へと移動したリナリーは、武官たちを周りに配置し、自身は星術アーティファクトの光線を射出することで上空の魔獣ベスティアを狙撃した。集束した青白い閃光が天地を一繋ぎにし、鳥型をした大柄の亜獣に風穴を空けた。

「おおっ!リャナンシー団長万歳!一匹撃破ですぞ!」

「リシャール隊長!接近してきた敵はお願いします。私はこのまま狙撃を続けますので」

「承知しました」

 リナリーが第二射を構えている間に、攻撃地点を突き止めた亜獣が連なって降下を始めた。きっちりとリナリーを標的に入れた突入の角度であり、リシャールら十名の騎士ナイトが彼女を守るべく円陣を組んだ。

「合図と共に、星力レリックを込めた矢を叩き込んでやれ。・・・・・・撃てッ!」

 突っ込んでくる鳥型の亜獣たちへと、リシャールの号令一下矢雨が放たれた。亜獣たちは空中を旋回してそれらをかわし、まちまちの方向から再度の飛来を試みた。

 リナリーの星術アーティファクトは遠くの亜獣を再び撃墜し、そこは技の精度が窺えた。リシャールら十名の武官は四匹の亜獣と対決し、幸先よく一匹を斬り倒すことに成功するも、すぐに一名が首筋に致命傷を負って脱落した。

「このッ!」

 リナリーは近接戦闘に加わる決断を下した。十分に生命力アニマを練るや必要な量の星力レリックへと変換し、衝撃波の星術アーティファクトを構成し始めた。リシャールは騎士ナイトたちに指示を出しながら、一匹の鳥型亜獣と戦ってこれを退けた。もう一名の騎士ナイトが亜獣の嘴に胸を貫かれ、こちらは誰の目にも明らかに即死と映った。

 リナリーの星術アーティファクトが完成し、二匹の亜獣へと不可視の強烈な打撃が見舞われた。そして、リシャールの指揮で弱り目の二匹へと総攻撃が行われ、攻め寄せてきた四匹の殲滅が完了した。

 丘の上の王宮を見れば、有象無象の魔獣ベスティアから攻撃に晒されており、リナリーは倒れた二人の弔いを泣く泣く諦めて援護に向かうことを決断した。

「・・・・・・しかし!こちらは魔獣ベスティアとの戦闘を想定した部隊編成ではありません。これでどれほどの役に立てるものか・・・・・・」

「リシャール隊長!リア・ファールの同胞が魔獣ベスティアから襲われているところに遭遇して、私は見て見ぬ振りをしたくはありません。任務外であることは百も承知していますが、交渉相手がいなくなっては、我々が来た意味もなくなりましょう?」

 リナリーの血相に圧されたリシャールはこくこくと頷き、残る騎士ナイトを叱咤してリナリーに付いていくことで部隊の意思をまとめ上げた。リナリーたちは避難する市民をかき分けて王宮側まで達すると、戦闘中の騎士団に混ざって勝手に戦闘へと介入した。

 乱入者の存在をはじめは訝ったグルファクシー騎士団であったが、リナリーが星術アーティファクトを使って亜獣を蹴散らす様子を見て、彼女とその取り巻きを味方であると認めた。タラチネを襲撃した魔獣ベスティアは総数で百を数えんとする多勢であり、王宮に駐在している騎士戦力や市街から駆けつけた闘士スレイヤーが全力で迎え撃つも、容易に決着はつかなかった。そこへ、霊獣の出現が絶望の香りを運んできた。

「あれは、確か・・・・・・五枚羽フェザーズ!飛行能力が高い霊獣・・・・・・」

 妖精族の亜種とも陰口を叩かれる五枚羽フェザーズは、人間とさほど変わらぬ肉体とその背に透き通った五枚の羽を有した魔獣ベスティアであった。頭部に頭髪はなく、昆虫を思わせる複眼が二つと二本の触覚、それに奇面の半分の面積を占める牙だらけの大口が特徴で、素手ではなく人間世界の武器を手にしていることが多かった。タラチネの王宮へと降下してきた三体の五枚羽フェザーズは各々が大剣や槍、斧を掴んでおり、それらは何れも人里から回収されたものに違いなかった。

「リャナンシー団長!この乱戦下で霊獣を相手にするというのは・・・・・・」

「・・・・・・グルファクシーに名のある騎士ナイトがいなければ、継戦は難しいですね。誰ぞ、勇者がいれば・・・・・・」

 リナリーの期待も虚しく、亜獣と桁違いの戦闘能力を持つ霊獣が加わっては、グルファクシーの騎士団は優勢を保ち得なかった。五枚羽フェザーズが当たる端から騎士を破壊し、そして一撃の度に空中へと羽ばたくものだから、グルファクシーの守りは綻び始めた。

 リシャールは鳥型の亜獣を一匹斬り伏せ、近場を見回して残る七名の同士が健在であることを視認した。そうして、生命力アニマの続くばかりに上空を狙撃し続けているリナリーへと注進した。

「団長・・・・・・潮時です。これ以上粘りますと、我らの撤退が叶わなくなります。私はヴェルザンディ公からリャナンシー団長の安全を託されております故、無理にでもお連れせざるを得ません」

「リシャール隊長・・・・・・私の指示で、バッハたちがここいらに詰めている筈です。彼らの救出を・・・・・・」

「無理です!ご覧になっている通り、グルファクシー勢の全滅は時間の問題でしょう。霊獣の一匹も倒せていない中で、王宮を捜索することなど愚の骨頂。貴女の身の安全を第一に考え、私の判断で撤退させていただきます」

 言って、リシャールは巨漢の配下に嫌がるリナリーを無理矢理担がせ、残騎でのタラチネ脱出を実行へと移した。逃げる間も亜獣が集ってくるので、リシャールは自らが殿として剣を振るいながら王宮から離れていった。タラチネから逃れ出た多くの市民は、なまじ土地勘があるので近隣の町村を目指して東に進路をとった。そのため万に近い人間がごった返し、踏みつけられ将棋倒しになり、魔獣ベスティアに因らない事故で少なくない者が脱落した。

 リシャールは敢えて南に進路を定め、聖シュライン方面へと逃亡を図ったことで、難民たちの混乱に巻き込まれる事態は避けられた。そして、背後に置いてきたタラチネを振り返ったリシャールたちは見た。亜獣でも霊獣でもない、より巨大でおぞましい何者かの影が王宮付近で暴れ、人や建物が埃でも払われるかのように次々と中空に放り出されていく様子を。

「・・・・・・あれは!?リャナンシー団長・・・・・・」

「・・・・・・あんな・・・・・・あのような凶悪な魔獣ベスティアがいるなどと、聞いたことはありません。あれは幻獣なのか、それとも・・・・・・」

 リナリーはタラチネを襲った圧倒的な暴力を目に焼き付けておこうと、最後に降臨した巨大な魔獣ベスティアを凝視し続けた。それは、白く靄がかかった竜のような形態をしていて、激しく猛っていた。タラチネの陥落は時間の問題に見え、獰猛なる新手の出現にリナリーは足が竦んで仕様がなかった。

 渉外局にグルファクシー行きを命じたのは、ロザリー・レスポールであった。彼女はセレスティアル・ヴェルザンディの腹案とレブサック・スペクターの私案とを同時に採用していた。即ち、グルファクシーやフラガラッハ連邦を味方に付ける交渉と、ラナン・クロスの本国を軍事的に圧迫するという両者の策を平行して実施させたのである。

 セレスティアルがその指令に従ったのは、グルファクシー訪問を通じてプロセルピナの<始祖擬体パラアンセスター>について調査することが出来るかもしれない点と、フラガラッハを目指す道中でこちらもラナン・クロスやゼオーラのキーマンと接点を作れるかもしれない点に対する期待感からであった。そうして、セレスティアルは腹心であるリナリーを北に向かわせ、自身は南回りのルートでフラガラッハを目指していた。

 グルファクシーの首都を訪れはしたが、何を為すでもなく撤収した自分の不甲斐なさに、リナリーは唇を噛みしめた。その目には涙さえ浮かんでいた。

(グルファクシーの首脳に会えず、それどころか魔獣ベスティアに追い払われた。これが<火の騎士>だったなら、霊獣をも力ずくで退けて、タラチネを救えたのかもしれない。私は無力だ。セレス様から託された密命も、これで手掛かりがなくなってしまった・・・・・・)

 リナリーは、セレスティアルの旧友であるスレイプニル家の御曹司と接触を図り、プロセルピナ探索に力を貸してもらえるよう交渉する使命を帯びていた。しかし、それはまず履行不可能となり、リナリーの消沈ぶりは外野からして哀れを誘うような様子であった。

「リャナンシー団長・・・・・・我らは如何致しましょう?さすがにアレと戦う気は起きませんし、もっと距離を置きませんと危険に思われます」

 リシャールは極力リナリーを刺激しないよう、ゆっくりした調子で決断を迫った。騎士ナイトにあらぬリナリーに荷が重いようであれば、自分が残党をまとめて帰国することも視野に置いていた。リナリーは泣くのをぐっと堪えて、滅びつつあるグルファクシーの都に目をやった。そうして、失われたものを嘆くのではなく、己に課された責任を果たすべくリシャールへと命令した。

「このまま南下します。手持ちの糧食から稼働日数を計算して、可能な限りプロセルピナを観察したいと思います。これはセレスティアル・ヴェルザンディ局長からの特命に関わる案件であり、承服できないようであれば、ここでの解散も許可します」

「え・・・・・・聖シュラインを目指すと仰るのですか?無茶です。道中の治安状況が不明な上、タラチネを落とす程に魔獣ベスティアの動きが活発になっているのですから。戦術面から想定して、プロセルピナ到達は不可能と判断します」

「・・・・・・リシャール隊長。ではここで一旦分かれましょう。外交使節団は解散とします。貴方は残る武官を引き連れて、可能な限り速やかに本国へと帰還してください。リナリー・リャナンシーは渉外局の別命で動いていると報告していただければ結構です」

 リシャールは厳しい表情を作り、引かないリナリーの心中を推し量った。彼も<ファンシー>と接触していたが為に、リナリーが<始祖擬体パラアンセスター>に拘ることも理解できた。それでもリシャールは騎士ナイトを率いる隊長で、おまけに部隊からは犠牲者も出していた。それ故、彼の立場においてここで博打とも似通った作戦の決行を許容することは出来なかった。

 リシャールは一人遠ざかるかリナリーのか細い背中を見送るしかなく、己が騎士ナイトとしての矮小さをひたすら嘆いた。


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