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魔獣と滅びゆく世界の戦記 ※章立てにより改題(2017.8.04) 作者:椋鳥

本章第一部 一姫当千の許嫁は戦場で火の騎士と踊る

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6 月輪のファンシー-3

***


 鬱蒼と茂った緑の合間から飛び出してくる亜獣は脅威以外の何者でもなく、現れる度にレイフ・ヤタガラスは禍津神マガツカミを振るって一刀の下に両断した。先頭を行くファラ・アウローラ・ハウや、レイフと逆サイドに布陣したクロエ・クインシーも同様に奇襲に対処しており、足場の悪い斜面で激戦が繰り広げられていた。

 悪いのは見晴らしや足場だけではなかった。

「みなさん、忘れないでください!星力レリックの飛道具や威力ある星術アーティファクトは使用しいないように!この傾斜で山崩れが発生したら、一溜まりもありませんから!」

 リシャールが声を張り上げて、亜獣の攻勢に晒されている一団に環境への留意を説いた。ファラの発案により幻獣捜索隊は数を減じていて、たった今山間で亜獣を迎撃している総数は十五名であった。残りは一塊の部隊として麓に逃がしてあるので、早期の援軍は望めなかった。

 魔獣ベスティアの猛攻は、レイフの一行が地理的に不利が見込める一帯へと到達してから、突如開始されていた。流石に一流の戦士であるレイフ、クロエ、ファラの三者は順応を見せていたが、リシャールと彼に率いられた騎士ナイトは不慣れな防御戦闘に苦戦しており、文官たるセレスティアル・ヴェルザンディとリナリー・リャナンシーを守るので手一杯という有様であった。

 レイフは味方の陣形が依然崩壊していないことを確認し、攻めに転じる機を待っていた。向かってくる亜獣は無限かと疑う程に数が尽きず、既にレイフ一人で十匹は狩っていた。自分たちに消耗を強いるかのような攻め手の裏に、指揮官役の魔獣ベスティアが存在していると推測し、レイフはその敵を自身の優先標的として位置づけた。

(必ずいる。霊獣なり幻獣なり、上位の魔獣ベスティアが。これはそういう戦い方だ。連綿と途切れることなく、死角から亜獣をぶつけ続ける。そうして疲弊しきった我らの前に、大物を導いて一気にカタをつける。・・・・・・そうだろう)

 敵の数があまりに多いことから、レイフの大雑把な星術アーティファクトでは探索が意味をなさず、こちらから打って出るには情報の精度が不足していた。おまけに自分が持ち場を離れては、捜索隊が固めた陣形に綻びを来す恐れもあった。そのため、レイフは焦れる心を抑え込み、敵方の応手をひたすら観察し続けた。

 しかし、予想せぬ早いタイミングで、魔獣ベスティアが攻撃を変化させてきた。レイフが感知しただけでも高い星力レリックを放出する敵が四つ、しかも同時に襲いかかってきた。レイフの視界に一匹が飛び込んできたが、それは熊の如き巨体から圧迫感を醸し出す、完全武装の半人半蜥蜴といった魔獣ベスティアであった。

(こいつは・・・・・・霊獣か!?)

 半蜥蜴の戦士然とした魔獣ベスティアは、亜獣とは桁違いの速さでレイフに接近した。そして手にした大斧を振りかぶり、レイフへと近接攻撃を見舞った。未知の大敵による先手を受け、瞬間的にレイフの脳裏を師の教えが過ぎった。


 十三年ほど前。十歳になったばかりのレイフ少年は、師との稽古の最中にへばり、広い草原に仰向けの格好で倒れていた。

「もうへばったのか?情けねえ・・・・・・クロエ、水を汲んできてやれ」

「はい!」

 レイフ少年は、疲れ切った体を地面に投げ出したまま、きびきびとした小さな足音が遠ざかっていくのを耳にしていた。師であるアズライール・クインシーが無精髭の浮かんだ頬を撫でながら、ずいとレイフの視界を占有してそのまま見下ろしてきた。

「レイフ。そんなこっちゃ、手前は根性なしのまま一生を終えちまうぞ。強い男にならないと、親父に叱られるんじゃねえのか?」

 強い男という言葉は、レイフ少年の幼心に静かな波紋を投げ掛けた。自宅に帰れば、父や母が口を酸っぱくして強い男に育てと迫った。毎日続くその強迫的なプレッシャーを苦にしたレイフ少年の兄は剣の修業を止め、勉学へと逃避していた。レイフ少年の姉も、過激に思える父母の教育方針に嫌気がさし、親戚の下へと疎開してしまった。

「お師様は、この国で一番強いんだよね?」

「おう。この国どころか、リア・ファールで一番だな。いや、世界でも俺が一番かも知れねえ」

「お師様は、軍隊でも偉いんだよね?うちのお父さんよりも」

「ああ。中将ってんだ。分かるか?言ってみりゃ、将軍様だな。お前の親父よりも、ちょっとだけ偉い」

「でも、お師様。ムニンショ将軍って言われてるんでしょ?兄さんから聞いたよ」

「無任所ってな。そりゃあ俺くらい強すぎると、一つところの部隊には収まりきらねえ。それにだ。俺は強いから、あちこちの悪いやつを懲らしめて回らなきゃいかん。任所があったら、逆にみんなが困っちまうのさ」

 レイフ少年には、アズライールが話す一つ一つの言葉の意味はよくわからなかった。それでも師が規格外に強く、厳格な父母ですら一目も二目も置いていることだけは肌で実感していた。

「お師様は、魔獣ベスティアも倒せるんだよね?」

「おう」

「神獣ってやつも倒せるの?」

「・・・・・・あれはな。そうだな。レキエルや魔族んとこの大戦に参加出来てりゃあな。この南域ではそうそうお目に掛かれんし。・・・・・・だがな、出張した先で追い返したことなら、何度かある」

「そっか。・・・・・・俺も、お師様みたいに強くなれるかな?神獣を追い返したり、軍隊で偉くなったり。お父さんの言う強い男になるのって、やっぱり難しいのかな?兄さんは無理だって言うし。姉さんも止めろって言うし」

 寝そべったままで、レイフ少年は泣き言をこぼした。アズライールは、彼がクロエのいる前では決して弱音を吐かないくらいの意地を持っていると知っていたので、窘めたりはせずに取り合った。

「そうだな。真面目な話、お前は俺みたいな天才と比べて星力レリックの出し入れに不足がある。神獣を跳ね返せるような強力な一発ってのは、訓練を重ねたところで撃てないのかもしれん。体は、成長するにつれてやがて頑丈になるだろうがな」

「そっか。撃てないんだね」

「だからな。お前は技を磨くべきだ、レイフ。たとえば受け流し斬りってのがある。相手の攻勢を利用して、倍の威力をもった斬撃をたたき込むんだ」

「受け流し・・・・・・」

「おうよ。カウンターってのは初歩的な技と思われがちだがな。極めたら、必殺の一手にもなる。何たって魔獣ベスティアってやつは、俺たちが生命力アニマを燃やして必死に作り出す星力レリックをはじめから持ってやがるんだ。そのふんだんな星力レリックが込められた攻撃を、丸々乗っ取ってお返しするって寸法だ。途轍もない話だろ?それがカウンターの極意ってやつだ」

「カウンターの、極意・・・・・・」

 レイフ少年が瞳を輝かせて関心を示すと、アズライールはにんまりと笑みを浮かべて頷いて見せた。いつの間にかクロエがバケツに水を汲んで戻ってきており、アズライールはそれを掴み上げるや、寝そべるレイフに向かって一気にぶっかけた。


 レイフの意識が、魔獣ベスティアの強襲を受けている現実へと引き戻された。十三年前のあの後、血反吐を吐くまでカウンターの修練を積まされた。それはアズライールが旅立ってからも続けられた。彼が死んだと伝わろうとも、レイフは鍛錬を怠ることはなかった。眼前にまで迫った半人半蜥蜴の魔獣ベスティアが振り抜いた大斧は、レイフの茶色がかった黒瞳にはスローモーション映像のように鮮明に映し出されていた。

(見切った!)

 レイフは大斧の一撃を受け流し、一歩を踏み込んで剣を前へと突き出した。魔獣ベスティア星力レリックにレイフの星力レリックが乗り、禍津神マガツカミの剣先は敵の胸の辺りを一気に貫いた。その感触を得たレイフは流れで剣を横に薙いだ。半人半蜥蜴の魔獣ベスティアは上半身と下半身とが分断され、断末魔の悲鳴を上げる間もなく地に沈んだ。見事なカウンターの剣であった。

 レイフが霊獣を攻略したのとほぼ時刻を等しくして、クロエとファラもそれぞれが別の魔獣ベスティアを排除していた。クロエは持ち前の高速の剣で野獣型の霊獣を切り刻み、クロエは火星剣ビスコンティにのせた燃え盛る星力レリックを優雅な動きで炸裂させ、不定形な幽霊型の霊獣を散華させた。元より強者たる三人が抱いた懸念はたった一つで、自分たちに向かってきたもの以外の残る一匹を、果たして誰が迎撃しているのかという問題であった。

 レイフ等が懸念していた通り、リシャールや騎士ナイトたちは四匹目の魔獣ベスティアにただ圧倒され、陣形の一角は容易く崩されていた。襲撃者は全長が大人十人前はあろうかという大蛇の如き形態をした霊獣で、レイフが振り返った時には、大口に生え揃った牙がセレスティアルを捉えんとしていた。

(この距離・・・・・・!だが、剣閃は放てない!)

 山崩れのリスクを考えれば中距離射撃は禁物で、レイフはセレスティアルを救う道が絶たれたと思った。流石にファラは諦めるわけにもいかず、間に合わないことを承知の上で疾走した。

 大蛇型の霊獣がセレスティアルに噛みついた瞬間、あたりに硬質な音が鳴り響いた。そうして時が稼がれた後、駆けつけたファラの剣撃が霊獣の頭部を一撃で消し飛ばした。救出を成功させたファラからして、驚きを隠せないでいた。

「・・・・・・公爵閣下。今し方、魔獣ベスティアの牙を剣でくい止めましたね?」

「咄嗟にしては、上手くいった」

 ほっとした様子で剣を仕舞うセレスティアルの応答に、ファラは思い切り眉を潜めた。

「剣を使えないというのは、フェイクだったのですか?あの蛇の一撃、確かな星力レリックが込められた強撃でした。並の剣士では対応出来ますまい」

「そうかい?出来たのだから、良いじゃないか」

 釈然とせぬ様子のファラの近くに、敵がなくなったと見て剣を収めたレイフとクロエが寄ってきた。そしてクロエが若干の呆れた顔をして、ファラの背に声を掛けた。

「ルクソール剣学院に留学していて、剣を扱えないわけがないわ。あそこは国際士官学校で、文武共に生半可でない量のカリキュラムが課される。確かに、セレスは剣才には乏しいかもしれない。けれど、一般的な水準の騎士ナイト闘士スレイヤーに劣るような技量では、決してなかったわ」

「よく言う。君には散々しごかれたじゃないか。<一姫当千>だなどと謳われた、真の天才たる君にはね」

 セレスティアルは旧友と接するように、クロエに対して突っ込みを入れた。レイフはそれを見て、セレスティアルがただのひ弱な文官などではないことに密かな高揚を感じていた。

(奴が剣を使えるなら好都合だ。戦場で、借りを返す機会が巡ってくるかもしれないのだから)

 ファラは合点がいっているようではなかったが、その話はそれで終わった。

 犠牲者こそなかったが、霊獣と目される最後の四匹や多数の亜獣と対戦したことで、幻獣捜索隊は六名の負傷者を出した。リシャールは三名の護衛と共に負傷者を避難させ、残る人員は主要メンバーたる六名のみとなった。

 レイフは山中の捜索を再開するに当たって、イオナ・エゼルエルとの合流を急ぐべきかと思案した。彼女の星術アーティファクトであれば、広い領域を探れるのではないかという期待があった。

 しかし、ラナン・クロスとアルカディアが聖シュラインに攻め込むなどという仰天の作戦を聞かされたからには、安易に<ネキオマンティア>の幹部と馴れ合うわけにもいかず、レイフはイオナの情報を一人隠匿していることに煩悶としていた。何より、レイフが荷物を取り返しにねぐらへと戻った際、イオナの姿は忽然と消えていた。何処かに身を隠したに違いなかったが、その時点で捜索隊の面々に彼女の存在を明かさなかったので、レイフは言い出すきっかけを失っていた。

 手がかりの不足に焦るクロエは、セレスティアルの傍らに張り付いたままのリナリー・リャナンシーへと提案した。

星術アーティファクトで、広範囲の生物を探知できませんか?私やレイフの粗い技術では難しいのです」

「・・・・・・やってみますが、私の出力では展開領域が目視の範囲とそう変わりませんよ。敵が隠れているのなら探せます。でも、距離をとられていたらお手上げです」

「お願いします。他に有効な手立てもありませんし」

 リナリーは首肯し、セレスティアルの了解をとった上で、生物探知の星術アーティファクトを発動させた。リナリーの生命力アニマがじわじわと燃焼し、青白い光を放って星力レリックへと変換された。星力レリックは見えぬ波と化して円状に広がり、動く物体の情報を輪郭程度ではあるが、逐一リナリーへと感応させた。

 その間、セレスティアルはじっとレイフを観察していた。ルクソール剣学院に在学中、クロエは「婚約者がいる」と断って、数多くの交際の申し込みをはねのけていた。その主因こそが、ここにいるレイフ・ヤタガラスであると聞いたため、セレスティアルは無関心ではいられなかった。なるほどその剣腕はシュダ・レプラカーンを圧倒し、ファラと互角に渡り合え、聞けば士官学校の次席卒業者でもあるのだという。レイフという人物は軍人として必要な素養を多々備えているものだと思いながらも、セレスティアルの興味は主に彼の人格面にあった。

 聖シュラインの第六藩領ではセレスティアルの説得に応じて武装を解除し、そしてここでも硬派な見た目とは裏腹に協調路線を採用して見せた。レイフが頑なな軍人ではなく、一定の柔軟性を持ち合わせていることは疑いようもなかった。そうであればこそセレスティアルは、敵国に心・技・体の揃った優秀な人材が台頭する現実をそら恐ろしく感じた。同時に、降って湧いた<ファンシー>という幻獣に絡む脅威の芽を摘むにあたり、これほど頼りになる男もいないものだと十分に期待していた。

 リシャールは部下たちを休ませている間に前上官の横へと付き、アルカディアの騎士ナイトとしてこの任務の落としどころを探った。

「アウローラ様。ラナン・クロスの密偵などと、いつまで一緒に行動されるのです?それに幻獣の捜索など、真面目に取り組むべき筋の話でしょうか?」

「賊どもは機を見て私が除く。・・・・・・幻獣については、軍務局長からヴェルザンディ公に正規の命令が下されている以上、私にはどうすることも出来ない。気が済むまでやらせる他にないな」

「はあ・・・・・・・。聖シュラインとの戦争がいつ起こり得るとも知れない状況で、我々は山歩きなどしていて良いのでしょうかね?」

「考え方の問題だな。リシャール卿。貴方は人間の国で人間を相手にして、自己の栄達を図ろうとしているな?実際のところ、世界は魔獣ベスティアという人外の悪意に晒され、危機に瀕している。だのに貴方は魔獣ベスティアとの生存競争を他人事と捉え、気にするのは次の戦争や組織の論理ばかり。逆に問うが、ここで<ファンシー>を放っておいて、本当に良いと思うのか?」

 ファラの指摘に、リシャールは俯く他になかった。彼は騎士団の一員として最善を尽くし、その俸給で妻子を養うといった近視眼的な目標しか持ち得なかった。魔獣ベスティアの脅威は耳が痛くなるほど学ばされていたが、やはりそこは対岸の火事と思っている部分があり、ましてや中央域以北の過酷な現状に共感など寄せられようはずもなかった。

 その日はさらに二度、霊獣と亜獣が混成した敵の襲撃に見舞われた。何れも実力で跳ね返した一行は、日が暮れる前にと野営の準備に取りかかった。程良く雨露が凌げるポイントを探しに、各員が散り散りになって周辺を漁っていた。レイフはクロエを連れて密林をかき分け、足場の悪さに辟易しながらも周囲を見回していた。

 収穫らしい収穫はなく、レイフは額に浮かんだ汗を拭って一息をついた。クロエもそれにならって小休止し、手近な岩の上に腰を下ろした。リナリーの星術アーティファクトが辺りを探知しているため、それにどれほどの取材力があるかは判然としなかったが、二人は念のため私語を慎んだ。

 レイフはこの隙にクロエの手を取って、彼女の掌の上に指で文字を書き綴った。伝えることに幾ばくかの苦慮はしたが、自分が聖院ラトの星術士アーティフィサーと同行しており、山中ではぐれている旨を共有することに成功した。クロエはレイフの目を見て頷き、互いにアルカディアの人間たちに心を許さぬよう注意することで同意した。

 すると、その場に<ファンシー>が出現した。

 はじめにクロエが違和感を覚え、続いてレイフが木々の間に直立する亜人のような外見をした魔獣ベスティアを発見した。もはや声が届く間合いであり、二人は自分たちが気付かぬ間に戦闘距離にまで接近されたことで戦慄を覚えた。

『追って来な、クロエ・クインシー。そこな剣士の技も観察させて貰った。及第だ』

 レイフは<ファンシー>の赤黒い頭髪から突き出した一本角が気になり、じっと見入っていた。角を戴く精悍な顔に感情を表す動きはなく、<ファンシー>は逞しい全身をも弛緩させた様子でただ棒立ちになっていた。

「・・・・・・あなたに会ったという、アルカディアの騎士ナイトも来ているわ。神獣の名を持ち出して、あなたは何がしたいの?」

『汝やファラ・アウローラを試した。何れも、私がけしかけた<欠片フラグメント>をいとも容易く処理して見せた。合格だ』

「何の試験かしら?」

 言って、クロエは静かに剣を抜いた。問答が噛み合わぬままであれば、この場で斬って捨てるという心積もりであった。つられてレイフが禍津神マガツカミを抜くと、<ファンシー>がそれに反応を見せた。

『黒い剣。ブレインネットワークに記録を認めた。レイフ・ヤタガラス。アズライール・クインシーの剣の系譜に連なる者か。成る程』

「その言い草は、エゼルエル様のもの。そう、銀冠狼シルバークラウンに啖呵を切ったときだな」

『我々はネットワークで繋がっている。故に、汝等の情報は全て蓄積される。現在この大陸には、特定危険敵性体が不在である。それが為に、捜索する必要に迫られた。プロセルピナに出現した、<始祖擬体パラアンセスター>を滅ぼすことのできる存在を』

 レイフとクロエは、聞き慣れぬ固有名詞に首を傾げた。そうしている内に、異常を察知したファラやセレスティアルらが駆けつけて来た。

「ヤタガラス中尉!クロエ!奴が、<ファンシー>だね?」

 セレスティアルの問いに二人が小さく頷きを見せ、それをもってリナリーやリシャールが主を庇う形で身構えた。ファラは火星剣ビスコンティこそ手にしていたが、状況が分かるまではと沈黙を貫いた。

『来たか。ファラ・アウローラ。我が権限において、汝ら三名を特定危険敵性体と認定する。これにより、神の名を冠した獣や<欠片フラグメント>は終生、汝らを特定することが可能となる。これを解除して欲しくば、汝らがプロセルピナに赴き、<始祖擬体パラアンセスター>を伐つべし』

 <ファンシー>が一方的に宣言し、居合わせた戦士たちはその内容を消化し切れず戸惑うばかりであった。そんな中で、セレスティアルが冷静に質問を口にした。

「こちらの腕利き三名が特定危険敵性体とやらに認定されたと。それで、その解除には、聖シュライン王国の聖都で<始祖擬体パラアンセスター>とやらを退治しなければならない。・・・・・・解除しないと、何か不都合がある資格なのかな?特定されるというのことの意味が良く分からないが」

『大陸に留まれば<アガレス>、<ダンダリオン>、<カイム>からも狙われよう。海を越えて北上すれども、<絶望宮デスパレイトメナス>や<強宮グレイトメナス>に嬲られよう。それが特定危険敵性体に認められた者のさだめ』

 <ファンシー>は黄金色の瞳をぎらつかせ、全員に聞かせるようにして声高に語った。世界に恐怖を蔓延させる神獣共の名が流れたことで、一同の胸中は酷くざわついた。それでもセレスティアルは勇気を振り絞り、次なる疑問を吐き出した。

「プロセルピナにいるという、<始祖擬体パラアンセスター>とは何だ?」

『それは』

 口を開きかけた<ファンシー>の腹部を、一筋の熱線が刺し貫いた。ぽっかりと、月輪の如き空洞が穿たれた。

 熱線は次々に押し寄せ、<ファンシー>の全身はあっという間に滅多刺しの憂き目に遭った。レイフらがその攻撃に対処しようと動き出した時には、<ファンシー>の肉体は焦げ付いた正円の穴だらけとなり、力なく地面に倒れ込んだ。リナリーとリシャールはセレスティアルを挟み込むようにして護り、残る三者が熱線の発射されたと思しき方角を睨んだ。

「・・・・・・私が張る星術結界の中に、敵意ある生物の痕跡は見当たりません。今の攻撃は、遠距離からの狙撃に因るものと推察されます」

 青い顔をしたリナリーが狙撃に対する注意を喚起した。<ファンシー>を不意打ちした攻撃は星術アーティファクトによる星力レリックの集束光線に思われ、そうなるとレイフやクロエの頭に一つの心当たりが浮かんだ。

 レイフは周囲に警戒を向けたまま、内心では逸る心を必死に鎮めていた。

(あれほどの星術射撃が可能で、この付近に潜んでいた人物。それが人間なら、間違いなくイオナ・エゼルエルが犯人だ。だとして、彼女の目的は一体何だ?<ファンシー>が言っていた、プロセルピナの<始祖擬体パラアンセスター>とやらに関係があるのか?)

 レイフは、もしイオナが何事か企んでいた場合、この混沌とした現場でどう振る舞って良いものやら分からず、狙撃犯を積極的に追跡する気にならなかった。そして、クロエはレイフの采配に全面的に従うつもりでいたので、両者がその場を離れることはなかった。

 レイフとクロエが動かないので、ファラはセレスティアルらを置いて敵の捜索に移るわけにもいかなかった。彼女は一つの仮説を有していて、それはレイフやクロエが単身ではなく仲間を伴っているのではないかという、極めて真相に近い考えであった。幻獣<ファンシー>は聖シュライン王国の聖都に言及していて、このタイミングでラナン・クロスが彼の国を相手に戦争を始めるという話も決して偶然ではないと睨んでいた。

 結果的に後者は行き過ぎた考えではあったのだが、ファラはレイフやクロエを全く信用していなかったので、ここで自分がスタンドプレーに走れば、セレスティアル一行に危険が及ぶと確信していた。それ故誰も狙撃犯を追うことなく、ただ疑問だけが残された。

「・・・・・・あっ!?皆さん、幻獣が・・・・・・!」

 リシャールが異変に気付き、それに続けて皆が視線を向けるも時既に遅く、<ファンシー>の姿はきれいさっぱり消えていた。まるで白昼夢を見ていたかの如く、木々の間に倒れていたはずの穴だらけの幻獣は、跡形も無くなっていた。

 セレスティアルもリナリーも、狐につままれたような顔をして<ファンシー>が立っていた辺りの草むらをじっと見詰めていた。クロエやリシャールは草木を掻き分けて痕跡を探し出そうとしており、レイフは変わらずに厳しい視線を周囲へと送り込んでいた。日が暮れかかっており、木々の枝葉を抜けて落ちてくる光によって、レイフの上半身は真っ赤に染め上げられていた。

 ファラはそんなレイフが何かぼろを出さないかと、一心不乱に彼の挙動を凝視していた。
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