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魔獣と滅びゆく世界の戦記 ※章立てにより改題(2017.8.04) 作者:椋鳥

本章第一部 一姫当千の許嫁は戦場で火の騎士と踊る

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6 月輪のファンシー-2

***


 その女がルプルグ家の跡取りであると当主によって広言されていたので、リア・ファール大陸の南部において彼女は最重要人物の一人と見られていた。

 ゼオーラ同盟の首都リュムナデスは、リア・ファールの最南端に構えられていた。湾岸にはリア・ファールで最大の港が鎮座し、数十もの漁船や帆船が絶えず行き来している様は壮観と言えた。商都故に市中は商売で賑わいを見せ、公立商館三階の執務卓についていた女の耳までその喧噪は届いていた。

 女、エリザベス・ルプルグは手元の書類を決裁すると、一息入れるべく椅子の背もたれに体重を預けた。肩までのくすんだ金髪が優しく跳ねた。

「フェイス。お茶にしましょう。東域から珍しい紅茶が届いていたわよね?あれを入れて頂戴」

 フェイスと呼ばれた秘書役の青年が卓から顔を上げ、一つ頷いて給湯室に向かうべく席を立った。二人とも二十歳を少し過ぎたばかりの若者で、そうであったがゼオーラ同盟では一角の人物であった。

 エリザベスはゼオーラ三大商家の一家・ルプルグ家の令嬢で、リュムナデス公立商館の実質的な責任者である副館長を務めていた。また、互選ではあったが、ゼオーラの最高執行機関である同盟運営委員会の委員職も兼任していた。フェイスはエリザベスの第一秘書で、彼女の幼なじみでもあった。彼はリュムナデス商科大学を優秀な成績で卒業し、そのまま現職に抜擢されていた。

 木訥とした見た目とは裏腹に、フェイスは手早く二人分の紅茶を入れると、茶請けの菓子とセットにして来客用のソファ席に配膳した。エリザベスは縁無しの眼鏡を執務卓に置いて、肩などを揉みながらソファへ移った。フェイスが入れた東域の紅茶に口を付けると、エリザベスの薄い碧眼が妖しく光った。

「・・・・・・いまいちね。ああ、あなたの腕前の話じゃないからね?葉っぱの方。紛争に次ぐ紛争で、茶葉の栽培にまで支障を来していると見えるわ。まったく、野蛮人どもの巣窟は仕方がないわね」

 砂糖菓子をつまみながら、エリザベスは瞬時に地政学の見地から文句を垂れた。世界の南域に当たるリア・ファールに住む者からして、魔族や亜人が跋扈する東域というのは魔境にも等しく白眼視されていた。ゼオーラはそこに着目し、あれこれと手を回しては東域の産物を大量に仕入れ、珍味としてリア・ファールに流通させていた。

「魔族も魔族よね。人間や他の亜人に敵対するんじゃなくて、魔獣ベスティアと同士討ちでもしてくれたらいいのに。彼らが持つ固有の星術アーティファクトは、それこそ上位の魔獣ベスティアにも通用するって証明されてるんだから。・・・・・・もう少し治安が良くなれば、向こうに商館を建ててもいいのだけれど。ほんと、戦争って嫌よね」

 そこまで言って、エリザベスはじっと自分の目を見つめるフェイスの視線に気が付いた。そして、意見があるなら言ってみろという態度で顎を上げて挑発した。

「魔族を差別するなって目じゃないわよね?言ってみなさい」

「戦争が嫌なら、今回の出兵計画ではどうして推進側に回ったのさ?ベティが反対に回っていたら、運営委員会で否決に持ち込めた票数だった」

「ああ、そのこと。戦争は嫌だけれど、私の判断基準は全て儲けの多寡にあるから。分かっているでしょう、フェイス?」

「僕は今でも反対だよ。リターンがリスクに見合っていない。戦争はやるだけでも莫大な金がかかるのだから、不確かな儲け話に乗って軽々しく選択するべきものじゃない。藩領を押さえることと、グルファクシーに物資を売りつけることは別次元の話だ」

「フェイス。その議論は散々にしたわね?浅瀬で真珠は採れない。虎穴に入らずんば虎児を得ず。我がルプルグ家が栄華を掴んだそもそもからして、商品先物取引と航路開拓の大博打だったのよ?決まったことをいつまでもぐずぐず言わないで」

 エリザベスは小さく溜息を吐き、口に合わぬ紅茶を諦めてソファに身を埋めた。彼女はこの秘書の能力を高く買っていたが、幼なじみだからといって自らの意思決定に口を挟ませたりはしないでいた。彼女には国家運営に携わる責任があり、周囲の意見に流されて信念を曲げるような真似は、「乾坤一擲」という家訓からしてそぐわなかった。

 ゼオーラ同盟は遡れば、南洋の船乗りたちが水産資源と交易とで巨万の富を蓄積し、複数の勢力が糾合することで建国されていた。その祖たるルプルグら三大商家は、リア・ファール大陸の東回り航路を決死の思いで開拓し、世界の中央域や東域と交易を重ねることで資本を蓄えたと伝えられていた。リア・ファール大陸の北岸は激しい海流と濃霧によって航行が困難で、西岸・東岸に至ってはそれぞれ大山脈が人の出入りを制限した。そのため、南岸から外界への航路開拓は大陸に住む者たちの悲願であった。

 エリザベスは、祖先が命をベットして荒波に飛び込み、その結果大きなリターンを得たことを誇りに思っていたし、商機とは容易ならぬ道に生まれ出るものだと、もはや遺伝子レベルで実感していた。

 フェイスはポーカーフェイスを作りきれず、不満の遣り場を手元の砂糖菓子へと求め、がりがりと音を立ててそれを噛み砕いた。エリザベスは愛玩動物でも見るような目つきでそれを眺めていたが、面と向かってはフェイスを非難したりはしなかった。二人の関係は個別の案件でおかしくなるほどやわなものではなく、それはエリザベスの留学中にフェイスに妻子が出来たことでも何ら揺らいではいなかった。

「・・・・・・フェイス。あなたが慮っているのは、反戦に対してではなくて、私の交友関係でしょう?皇国はわざわざセレスティアル・ヴェルザンディの名で忠告を寄越してきたものね」

「そうだよ。彼、ヴェルザンディ公はベティの数少ない友人だろう?それに、公はアルカディアの要人だ。彼のメッセージをもう少し大切に扱っても良かったように思う」

「あはっ!私が友情とお金を天秤にかけて、前者を選ぶタマだと思う?それも、財布が国庫の話よ?有り得ないわ。確かに、セレスのグループとは剣学院時代に仲が良かった。何せ、彼や私は周囲の学生と比べて、約束された将来が数段上のものだという境遇が一致していたから。だって、ねえ?セレスったら、父帝に意見して廃立されて。追い出される形で留学に来ていたのに、国に帰ったらすぐ渉外局のトップだもの。似ていると思わない?私と」

「僕みたいな凡人には、君の商才や政治勘はずば抜けて輝いて見える。ベティは実力が伴っているのだから、今の地位は決してお飾りなんかじゃない。・・・・・・ヴェルザンディ公については、一般的な醜聞以上に知る機会がないから、僕が相似を議論することは出来ないよ」

 フェイスは臆面もなく言ってのけ、エリザベスをやや赤面させるに至った。実際にフェイスが心配していたのはエリザベスの交遊関係であった。彼女は明晰な頭脳を持つが故に、他人に対する評価がとかく厳しく、損得勘定を抜きにした友人を殆ど持っていなかった。そんな彼女の日常を気にかけていたフェイスであるが、エリザベスがこと留学時代の話をするときだけは愉快そうに学友について語るものだから、話中の人物については貴重な人間であると認識していた。

 グループの中心にいたセレスティアル・ヴェルザンディ。生真面目な風紀委員クロエ・クインシー。無気力なアガメムノン。迷惑な熱血漢ユーリ・グレイプニル。天然色情狂サラ・インドラ。そして、博学のエリザベス・ルプルグ。プロセルピナの剣学院で彼ら彼女らが起こしたトラブルはどれもスケールが大きく、聞かされる度にフェイスは胸を躍らせたものであった。そんなエリザベスも、リュムナデスに帰ってからは自動的に公立商館の重役に収まり、それだけに止まらず、三大商家のパワーバランスから同盟運営委員会の委員へと推された。そうなれば市井の同世代の友人などお呼びでなく、かつての友誼を辿って無害な自分が話し相手として招かれたのだと、フェイスはずっと思い込んでいた。

 本当のところは、学業に秀でていたフェイスのことをルプルグ家が買って抜擢しただけの話で、エリザベスと馴染みがあったことはむしろ後付けであった。彼が必要以上に思い悩んでいる姿が好ましく、エリザベスはその真相を語らずこうして執務を一緒にしていた。エリザベスはフェイスの素朴であり一本気があるところを評価すると共に、彼の業務遂行能力を得難いものと感じていたので、あらゆる事案に意見することを黙認していた。今回もそれだけの話であった。

「・・・・・・フェイスは、戦況をどう読む?聖シュラインはこれで、最低でも我が国とラナン・クロスの二国から攻め立てられる。アルカディアに真っ当な為政者がいれば、この機に乗じると思うのだけれど」

 エリザベスは茶目っ気を見せてウインクなどしてやり、フェイスに好きに喋らせた。

「そうだね。藩領と新たに通商を開いたヴェルザンディ公のみが、敢えて二対二の状況を作り上げようとするかもしれない。でも、アルカディアが負うリスクを考えれば、選択を保留するか此方に乗るかしかない。最も不幸な立場にあるのが聖シュラインで、次いで苦境に立たされるのがアルカディアだ。今回は戦略を定める速度において、ラナン・クロスや我が国に遅れをとっている」

「もしもの話よ?アルカディアが聖シュライン側に付いたとして、あそこの騎士団と最初にぶつかるのは近距離にあるラナン・クロス国防軍よね。こうなった場合の戦力比較はどうかしら」

「うーん。あの二国は兵数だけを見れば、ラナン・クロスが少し優勢なだけでほぼ互角だ。だから個々人の戦闘力に左右される余地が大きい。アルカディアの最強騎士、<火の騎士>とラナン・クロスのヴィクター・ベイロードがどう立ち回るか、といったところかな」

「私が見たところ、人材ならラナン・クロスに分があるわね。アルカディアには<火の騎士>しかいない。でも、ラナン・クロスには<斬鉄>のヴィクター・ベイロード以外に、あのクロエがいるんだから。彼女は本物。言ったかしら?グルファクシーで軍事の英才教育を受けてきたユーリ君が、模擬戦闘で手も足も出ないの。彼だって、個人で亜獣の群を追い返せるような豪傑なのに」

「クロエ、大剣豪の娘・・・・・・。アルカディアの分析レポートには、レプラカーンという気鋭の騎士ナイトに関する記述があったような。まあ、クロエ・クインシーと互するレベルかどうかは不明だけれども」

「それとね。一丁前にクロエが言っていた。自分の婚約者は、自分よりも剣に思い入れが強い分強くなるってね。弟弟子なんだって。最近調べてみたら、実在していた。士官学校をクロエに次ぐ成績で卒業していたの。彼がクロエに準ずる実力者なら、やっぱりアルカディアにとっては災難よね」

「・・・・・・ベティ。リャナンシー君を引き抜かれた意趣返しかい?アルカディアに対して妙に辛口な気がする」

「もちろん、それもある。リナリーを拐かした分は、利子を付けて返して貰わないと。いくらセレスが相手だって、私はきちんと取り立てるわよ」

 言って、エリザベスは窓外に視線を向けた。

(セレス。悪いわね。今回は勝ち馬に乗らせて貰うわ。固有の武力に劣るゼオーラが生き残る術は、常に負けない戦を選択すること。貴方がこの状況を挽回したいのなら、聖シュラインが追い込まれて後、より儲かる話を私のところに持ち込むべきね。積まれた金貨の量によっては、私は誰とでも寝てやるんだから。フフ。それこそ、一国の宝物庫を空にする覚悟があればの話だけれど)


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