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魔獣と滅びゆく世界の戦記 ※章立てにより改題(2017.8.04) 作者:椋鳥

本章第一部 一姫当千の許嫁は戦場で火の騎士と踊る

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6 月輪のファンシー

6 月輪のファンシー

 出撃を間近に控えた夜、二ナリス・ボルジアは参謀本部庁舎の会議室において、作戦の上では直接の上官にあたるナイジェル・フルアーマーとその取り巻きを相手に、腹のさぐり合いに終始していた。レイフ・ヤタガラスとイオナ・エゼルエルのコンビがマテウスを発って早二週間、ラナン・クロス共和国の聖シュライン王国第六藩領攻撃は目前に迫っていた。

「・・・・・・そう。ゼオーラ同盟も北伐に加わるのね」

「はい、二ナリス様。まさしくお父君のご尽力の賜物です。ゼオーラ三大商家の一つ、ルプルグ家が説得に応じ、民兵を中心とした六百の戦力を動かすと確約したとのこと。これで聖シュラインは、少なくとも二大国からの攻勢に晒されることになります」

 ナイジェルは前傾姿勢でテーブルに両肘を付き、拳を口元で組んで余裕綽々といった表情を作っていた。ナイジェルが提示した戦略が上手く運んでいることは明らかで、彼と彼の側近たちは現状にいたく満足していた。二ナリスは椅子の背もたれに全体重を預けるようにして深く腰掛け、長い足を組んでこれでもかと見せつけた。そして、レイフに対するのとはまるで違った冷ややかな目でナイジェルを睨みつけていた。

「フルアーマー准将。私が聞きたいのは、あなたが立てた壮大な計画の進捗なんかじゃない。大きな戦争があって、どうしてそのタイミングでレイフ様が梯子を外されたのか。お父様から聞いたわ。現場の人事方針は全てあなたの判断によるものだそうね。違いない?」

「はい。レイフ・ヤタガラス中尉をシジマ連峰に向かわせるべく、<ネキオマンティア>の使者に勧めたのは、間違いなく私の判断です」

「准将、私は怒っているの。言の葉へ乗せる内容には、細心の注意を払うようお勧めするわ。さもないと・・・・・・ここで、あなたを捻り潰してしまうかもしれない」

 ニナリスは指の先すら動かしていなかったが、剣呑な台詞を吐くと同時に全身から星力レリックを噴き出させた。テーブルの上に置かれた列席者分のグラスは例外なく全てが破裂し、複数の小さな水溜まりが一息に広がった。喉を鳴らして唾を飲み込む部下たちとは対照的に、ナイジェルは顔色一つ変えずにニナリスの怒気を受け止めた。

「ニナリス様。考えがあってのことでして、私に釈明の機会をいただけませんか?」

「言ってみなさい」

 少尉であるニナリスが准将のナイジェルに対して、使用人を顎で使うかの如く言い放った。ナイジェルは不快を示すわけでもなく、頭を垂れて隷従を表すと、穏やかな口調で弁解を始めた。

「聖院ラトからイオナ・エゼルエルが来訪したと聞いて、私はこれを好機と捉えました。なぜなら、彼女は<ネキオマンティア>を実質的に統べる最高位の星術士アーティフィサーだからです。聖シュライン王国の藩領を攻めるにあたって、一番の阻害要因はやはり彼の国で最強と名高い<ネキオマンティア>であると考えられます。その要人を我が国、それも西部の辺境に留めておけるのであれば、これは戦術上の優位を確立するにも等しいでしょう。ですから私は、エゼルエルの要求を汲むようお父君に具申しました。レイフ・ヤタガラス中尉を候補としたのは、彼女が出した条件に見合う軍人を探した結果に過ぎません。魔獣ベスティアに力負けしない、心・技・体の何れも充実した戦士。それがエゼルエルの望んだ随行員であり、ヤタガラス中尉がそれに該当しただけのことです」

「レイフ様の悲願がお家の再興だということは、あなたも知っているわよね?有名な家柄だし」

「存じております。ヤタガラス家はクーデターとは実質無関係であったともお父君から聞いております」

「そのレイフ様が!大規模な戦争があったのに、自分が参戦することを逃したと知ったら、どれほど悲しまれるか分かる?軍人が功績を挙げるのに、戦争ほどの好機はない。レイフ様の実力があれば、大将首の一つや二つ、必ず挙げられる筈だわ。にも関わらず、情報を知らされることすらなく、お一人でイオナ師の付き人を務められて。こんなにも惨いことはない。・・・・・・レイフ様は、近い将来私の伴侶となる御方。もしも彼がお父様の軍で不遇を囲うようなら、私はその障害を全力で排除すると決めている」

 ここにきてニナリスの本気が伝わったのか、ナイジェルは元々細い目をさらに細めて背筋を正した。取り巻きの軍人たちは既に生きた心地がしておらず、上官とボルジアの姫との掛け合いをただはらはらしながら見守っていた。ナイジェルの息がかかった面子は何れも胆力ある者ばかりであったが、ニナリスの怒りは決して七光りのみに因る虚構のプレッシャーなどではなく、圧倒的な星力レリックに裏打ちされた禍々しい気配をこの場の全員が実感していた。

「ニナリス様。ご不興を被ることを覚悟の上で言わせてください。レイフ・ヤタガラス中尉は、今回の指名をこそ好機と捉えた節があります。それは、誰はばかることなく、行方不明となっているクロエ・クインシーの救助に当たれるからです」

 テーブルが派手な音を立ててひび割れた。それはニナリスの星力レリックの暴走によるもので、かのイオナ・エゼルエルに、「ニナリス嬢の星術アーティファクトは、威力だけならリア・ファールで一、二を争うかもしれない」と言わしめたという逸話を彷彿とさせた。

 ナイジェルは、ニナリスから漏れ出る青白い星力レリックが美しい銀髪に絡まる様子を見て、恐ろしさを感じると共に見惚れてしまった。

「・・・・・・クロエ・クインシーを無闇に動かすからこうなるのよ。お父様には、最前線に出すか飼い殺すかするようお願いしていたのに。・・・・・・これでは、みすみすあいつにヒロイン役をやらせたようなものだわ」

「御意にございます」

「言っておくけど、彼女の剣技は本物よ?私は同じタイミングで聖シュラインにいたから、武勇伝が幾つも聞こえてきた。そう、クインシーの剣を受け継いだ女神は、ラトでも有名人だったんだから」

「我が軍の達人は、あらかたクインシー一派に握られていると言うわけですな。ヴィクター・ベイロードにクロエ・クインシー。なるほど、二ナリス様がレイフ・ヤタガラス中尉にご執心であることも頷けようというもの」

「私は派閥の論理でレイフ様をお慕いしているのではないわ。勘違いしないように。・・・・・・言いたいのは、敵を殺したいのなら、クロエ・クインシーを前に出せば良いのだということ。魔獣ベスティアなんて狩らせて、使い道としては相当下策よ」

「クロエ・クインシー中尉とレイフ・ヤタガラス中尉にそれだけの力があるということは、よく分かりました。次の作戦時には、然るべき役割を与えるよう計らいます」

 ナイジェルは終始へりくだり、嘘偽りなく意見を述べた。大戦争において、一人の軍人が戦局を左右するなどという考えを持ち合わせてはいなかったが、ナイジェルは勝利の確度を高める為であれば、どんな策をも講じるだけの柔軟性を有していた。

(高い武力の使い道など、いくらでもある。それも、使い捨てて良い駒が二つ用意されているというのなら、私にとって不都合な点は何もない。聖シュライン戦に間に合わないのであれば、何れ来るアルカディアやゼオーラとの決戦時に活用するだけのこと。活躍の機会を与えておいて戦死したならそれは当人の資質の問題であって、二ナリス様もお許し下さるだろうよ)

「まあいいわ。この話はこれで終わり。・・・・・・それで、フルアーマー准将閣下は、私に何をさせたいの?」

「はっ。聖シュラインの第六藩領には、<ネキオマンティア>の幹部星術士が一人、駐在していると記録にあります。・・・・・・ヤタガラス中尉から送られてきたレポートとも照会済みです。一方で、主攻を務める私の麾下には腕利きの星術士アーティフィサーがおりません。ニナリス様には、我が軍に同行いただき、敵の星術士アーティフィサーを抑えていただきたいのです」

 ニナリスの機嫌が平常運転に戻ったと認識し、ナイジェルは彼女に期待される戦術上の役割について説明した。リア・ファールで名が知れ渡っている<ネキオマンティア>に真っ向からぶつかるほど、ナイジェルは身の程知らずではなかった。

 ラナン・クロスやアルカディアがさほど星術士アーティフィサーの育成に熱心でなく、加えてニナリスの優秀さは折り紙付きであったので、ナイジェルは迷いなく此度の局地戦においてニナリスを中核に据える決断を下していた。

「<ネキオマンティア>序列六位の、ルイス・ヴァレンシアね。齢五十を過ぎたロートルだけれど、旧レキエルの星術学院を出ている腕利きだわ。英雄ザンク・ノバルティスとも親交があったと言っていたわね」

「ほう。かのレキエル星術学院の首席星術士と?ということは、同じ格であるアズライール・クインシー殿とも面識があったのではありませんか?」

「知らないわよ、そんなこと。私は、アリス・ブルースフィアの英雄軍なんて敬ってはいないんだから。あんなの、粋がって<不毛のデッドバレー>に攻め入って、むざむざ全滅しただけ。挙げ句神獣の報復にあって国が幾つも滅んだのだから、完全に無能の集団だわ」

「お言葉ですが、その無能集団の生き残りたるラグリマ・ラウラが、不沈三獣の一角を落としたと聞いております。記録上は今回の二匹と併せ、都合三匹もの神獣を沈めたことになる。史上稀に見る戦果かと思われますが、ニナリス様はお認めになられていないので?」

「そんな僻地の戦いなんて、興味ないわ。・・・・・・いっそのこと、リア・ファールの三魔神でも出て来てくれればいい。そうすれば、神獣討伐の功績でレイフ様も出世間違いなしに決まっているのだから。レイフ様のためなら、私はどんなサポートも惜しまない。例え禁術を使おうともね」

「・・・・・・話を戻しますが。作戦へのご協力、御了承いただけましょうや?」

「オーケーよ。ルイス・ヴァレンシアを殺せば良いのでしょう?イオナ師が帰ってくる前までに、さっさと済ませないとね。あの方を怒らせると、ちょっと怖いから」

「御意」

 ナイジェルは一礼し、左右に控える部下たちへと出撃準備の進捗を確認するよう言い渡した。高級士官たちは各々がニナリスに頭を下げて、逃げるようにして部屋から飛び出して行った。ニナリスの目には覇気のない弱腰の軍人たちと映ったが、ナイジェルからすれば彼らは戦略立案や戦術指揮において使える余地がある駒で、ボルジアの姫を前にして萎縮したからといって切り捨てる程の無能者ではなかった。

 国防軍きっての星術士アーティフィサーであるニナリスの助力が約束された今、ナイジェルは今回の出征の勝利を確信していた。聖シュライン王国の戦力は各藩領に散らばっている上、主力と目される聖騎士団と<ネキオマンティア>の両者が共に、プロセルピナ失陥以来ほとんど姿を見せていなかったからである。

 グルファクシー様々であるなとナイジェルは内心でほくそ笑み、またもやもたらされるであろう勝ち星が、彼の華々しい経歴を一層煌びやかに彩るのだと夢想していた。

「それで。准将閣下は少将に昇進した後、国防軍で何を望むのかしら?」

 ナイジェルの内心を見透かしたものか、面倒くさそうな顔をしたニナリスが鋭い突っ込みを入れた。ナイジェルはさてなんのことやらととぼけるかどうか迷ったが、結局はボルジアの後継たる彼女に対して背信するまいと正直に答えた。

「はっ。私はダイダロス・ボルジア閣下の右腕と呼ばれる地位にまで上りたいと存じます」

「それで?お父様が引かれた後に、後継者としてトップに上り詰めるの?」

「いいえ。閣下の後継はニナリス様が担われるべきと考えます。私はせいぜい補佐役あたりが自分の限界だと認識しておりますので」

「ふうん。なら、貴方の最終地位はナンバースリーね。だって私、レイフ様の出世にしか興味ないんだから。それじゃ」

 ニナリスは言い捨て、話は終わったとばかりにナイジェルから視線を外した。敬礼の一つもなく退出したニナリスに対して、ナイジェルは遺憾に思うことすらなく、彼女の背中に拝礼することを忘れなかった。


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