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魔獣と滅びゆく世界の戦記 ※章立てにより改題(2017.8.04) 作者:椋鳥

本章第一部 一姫当千の許嫁は戦場で火の騎士と踊る

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5 錯綜する驍勇-3

***


 魔獣ベスティアとの接触は、想定された流れで行われた。リシャールの堅実な索敵によって、山の中腹は開けた泥炭地に十一匹の亜獣が特定された。天候が良く視界も確保できた為、リシャールは総力による包囲殲滅を提案し、セレスティアル・ヴェルザンディがこれを決裁した。

 奇襲にあたって、リナリー・リャナンシーが星術アーティファクトでの支援を申し出たことで、リシャールは若干の行動修正を図った。百にも及ぶ騎士ナイト闘士スレイヤーがしっかりした統率の下で動くと、その一連はセレスティアルの目にも芸術的だと映った。リシャールの手腕は合格点で、三名が軽傷を負った以外には人的被害も無く遭遇戦は終結を見た。

 都合三度、魔獣ベスティアを撃退したものだが、その間も前回派遣された部隊の痕跡は発見されなかった。

「やはり、部隊は山中にはないものと思われます。レスポール伯爵領の何れかに潜伏しているのではありませんか?」

 朝も早い時刻、緩やかな登山道を選んで徒歩行軍している最中に、リナリーがセレスティアルへと具申した。リシャールがかつて魔獣ベスティアと戦った鉱石採掘場を調べた流れで、セレスティアルたちはファラ・アウローラ・ハウの部隊を追って入山していた。ところが、幻獣はおろかファラたちも見つけられず、辺りを徘徊していた亜獣を討伐するに止まっていた。

「しかしだね。レスポール伯爵の私兵が領内を巡回していて、未だ騎士ナイトの一人にも遭遇していないんだ。少なくとも人里に腰を落ち着けているとは考えにくい。リシャール隊長代行はどう思う?」

「はっ。部隊の足跡は、確かにこの地へと続いていました。とはいえ、昨日の小雨で山中の足場が洗われてしまい、頼るべき標が存在しないことも確かです。効率が改善する余地は少ないですから、いったん下山するのも一つの手かと存じます」

 リシャールの言は尤もで、険しい山道に百もの兵力を送り込んでいる時点で、セレスティアルも労力の浪費を意識していた。セレスティアルが下山を命じようかと考え始めたところで、爆発音が鳴り響いた。リナリーは音の波長からそう遠くない先で起こった爆発であると推測し、セレスティアルへと伝えた。セレスティアルはリシャールを促して直ちに部隊を進めさせた。

 リシャールは偵察の騎士ナイトを先行させ、残る戦力でセレスティアルを厳重に囲わせた。野戦経験の豊富な闘士スレイヤーには後方をしっかりと守らせ、奇襲にも対応できるよう陣形を組んだ。やがて戻ってきた偵察の騎士ナイトは、アルカディア騎士団の武装をした女騎士ナイトと正体不明の剣士が一騎打ちに及んでいるという、何とも緊迫した状況を報告してきた。

 セレスティアルが様子を直接確かめたがったので、リシャールは十分な警護体制をもって部隊を前進させた。リナリーはいつでも星術アーティファクトを繰り出せるよう精神集中を高めていたが、敵とも味方とも知れぬ者たちに自らの手の内を悟られぬよう、広範囲へと向けた索敵は自重した。

 セレスティアルらの視界に、悪い足場をものともせず剣を撃ち交わす二者の姿が飛び込んできた。最初に気が付いたのはリシャールで、桃色の髪の騎士ナイトを見るなり、「アウローラ様!」と声に出してかつての上官の名を呼ばわった。次いでセレスティアルとリナリーがファラの敵を視認し、顔を見合わせて互いの認識をすり合わせた。

 リシャールの指示により、一騎打ちを続けるファラとレイフ・ヤタガラスを半包囲する形で部隊は展開された。それを目の端で確かめたファラは、眼前で自身の剣技をいなす青年へと声を掛けた。

「どうやら、こちらの味方が先に合流したようだ。投降せよ。貴君は異数の剣士故、悪いようにはせぬ」

 その呼びかけに応じてか、レイフは剣を止めてファラと少しの距離を置いた。ファラは手持ちの火星剣ビスコンティ星力レリックを纏わせたまま、暗紅色の瞳に興味を光を浮かべて対話を続けた。

「剣の応酬が挨拶代わりになってしまったがな。私は皇国アルカディアのファラ・アウローラ・ハウ。貴君ほどの技能者であれば、この名を知らぬこともあるまい」

「・・・・・・お前が<火の騎士>か。確かにファラ・アウローラの名は知っている。アルカディア最強の、犬の名だ」

 ファラが地を蹴った。高速の斬撃がレイフを襲い、それはリシャールらの目に追えぬ早技であったのだが、レイフはそこに禍津神マガツカミを合わせて撃ち返して見せた。そこから斬り合いが再開されようとしたが、存外に迫力のある一声が一瞬にしてその場を支配した。

「止めるんだ!」

 セレスティアルの制止により、ファラとレイフは同時に後退して一時休戦を見た。

「廃太子!?・・・・・・公爵閣下が、どうしてこのような前線に?」

「・・・・・・セレスティアル・ヴェルザンディ!こうも早く見えるとは」

 ファラもレイフも、好意とは真逆の意思が込められた反応を示した。リナリーやリシャールらを供と引き連れ、セレスティアルはぬかるんだ地面を慎重に踏みしめて争っていた二人に近付いた。そうして、良く知る<火の騎士>にではなく、真っ先にレイフへと言葉を掛けた。

「レイフ・ヤタガラス中尉。久しぶりだね。貴方の戦場における活躍は、シュダ・レプラカーンから聞いているよ。あの時、命の奪い合いをしなくて本当に良かったと、安堵したものだ」

「俺は死ぬほど後悔した。まさか、貴様があの足でハリバートンを口説き落とすなどとは。予想の遙か上を行かれた心境だ」

「その件については、私にも多少の自負がある。だが、貴国にも策士はいるものだね。まさか、戦争の傷跡も言えぬ内からこちらに共同作戦を打診してくるとは」

 セレスティアルが軍機に係る内容を口にしたものだから、リナリーははっとして上司の顔色を窺った。そこに表情の変化が見られないことから、これはラナン・クロスの内情を知る駆け引きに違いないとリナリーは納得した。

「何のことだ?」

「知らないとは言わせない。貴国から当方に、手を携えて聖シュライン王国を攻めようという申し出があった。ゼオーラ同盟も巻き込む腹のようだが」

「何ッ・・・・・・?」

 レイフは眉根を潜めて声を荒げた。同時にファラも柳眉を逆立てたものだが、セレスティアルはそちらを無視し、レイフの態度の裏を探ることに専念した。

「私としては困ったものでね。ついぞようやく通商を開いた第六藩領との関係が、早々に破綻を来してしまうかもしれない。どうやら貴国には、リア・ファールを混乱の渦に陥れたい願望があるようだ。グルファクシーに圧迫されている聖シュラインに止めを刺せば、残る五大国は血で血を洗う戦国時代を迎えるだろうに」

「・・・・・・なるほど。俺はお守り役として、厄介払いされたというわけか」

 セレスティアルはこのレイフの反応に、何か大事が潜んでいるものと看破した。

「ヤタガラス中尉。こちらの布陣は百を超えている。貴方には降伏を勧めるよ。情報さえ貰えるなら手荒な真似はしないと約束する。大人しく武装解除に応じてくれ。リナリー君?」

「はい、セレス様。星術アーティファクトはいつでも行けます」

「そういうことだよ。どうだろう、中尉?」

 セレスティアルは居丈高にならぬよう努めて温厚な姿勢に徹した。レイフは、ファラやリナリーがいつでも戦闘を開始できるよう構えている様子を観察し、静かに目を閉じた。リナリーやリシャールなどはその行動をレイフが観念したものであると捉えたが、ファラだけはまったく逆の読みをしていた。

「来るぞ!」

 ファラの掛け声と同時に、レイフは超長剣を大きく振り抜いて星力レリックの衝撃波を同心円状に放った。ファラはセレスティアルとリナリーを庇うようにしてレイフとの間に割り込み、火星剣ビスコンティを振るって衝撃波を弾き飛ばした。リシャール以下、騎士ナイト闘士スレイヤーたちは軒並み衝撃波に吹き飛ばされ、その瞬間は戦力比が一対百から一対三にまで縮まった。

 その隙を逃すレイフではなく、猛烈な速度で残る三者との距離を詰めるや、禍津神マガツカミによる強襲に移った。勿論ただ蹂躙されるファラではなく、背後にセレスティアルらを置いたまま、真っ向からレイフの剣に抗った。二人が十合も撃ち合っていると、倒されたリシャールら騎士ナイトたちが続々と起きあがって戦闘態勢をとり始めた。

 ファラはレイフの剣を侮り難しと見ていたが、戦士としての冷静な検分により僅かな癖を発見していた。

(左に回り込む際、剣にほんの一瞬溜めが入ることがある。常人なら気付くまいが、相手が悪かったな。私なら、十分付け入れる隙だ!)

 達人同士の戦いであるが故に、ファラが見出した好機は即ち致命的な弱点にも等しかった。味方も戦列に復帰してきたことでファラの余裕は鰻登りとなり、レイフが次に隙を晒したならばそこで決着を付けると鼻息を荒くした。

 だが、その場面はついぞ訪れなかった。ファラが予期せぬ角度から、形勢は逆転した。

「<火の騎士>、剣を下げなさい!少しでも抵抗の意思を見せたなら、セレスティアル・ヴェルザンディの首を落とすわ」

 生い茂る木々の間から降り立った黒髪の女剣士が、紫紺の瞳を燃え滾らせてセレスティアルの首に剣を突きつけていた。ファラだけでなく、レイフまでもが彼女の登場に驚きを隠せないでいた。

 突きつけられた剣刃に首筋を寒くさせられていたセレスティアルが、襲撃者の名を親しげに呼ばわった。

「クロエ・クインシー。久しぶりだね。こういう形での再会を望んでいたわけではなかったのだけれど」

「セレスティアル・ヴェルザンディ。許可無く口を開くことを禁じるわ。・・・・・・レイフ。<火の騎士>の剣を」

 突如乱入してきて、すっかり場の空気を制圧したクロエ・クインシーに促され、レイフはファラに禍津神マガツカミの剣先を向けた。セレスティアルを人質に取られたことでリナリーやリシャールは慌てふためくばかりで、ファラは周囲を見回して敗勢を悟った。そうして火星剣ビスコンティを足下に放ると、身に充満させていた星力レリックを一時的に解消させた。

「フフ。まさか、別働隊の潜行を察知できないとは。私も焼きが回ったものだ。後学の為に知りたいのだが、あの女がアズライール・クインシーの娘か?」

 ファラの問いに、レイフは短く応答した。

「そうだ」

「そうか。ならば彼女とヴェルザンディ公は、プロセルピナの学院で同窓の関係に当たるはずだ。奇縁というやつだな」

 レイフは初耳であったが、それについては深く考えないよう心のコントロールに努め、依然敵に囲まれているこの場の状況を打破する策を巡らせた。ファラはそんなレイフの心中を察すると共に、現れたクロエの動向を注意深く見守った。

 クロエが新たに、リナリー以下のアルカディア部隊に距離をとって下がるよう求めた。武装解除のされたファラの身柄はレイフが見張ることとなり、ここに四者のみの非常時会談が実現した。

「レイフ。彼らに聞きたいことがあって。少しだけ、話をさせてもらって良い?」

「・・・・・・ああ」

 クロエの安否を気遣っていたレイフからすれば、彼女の無事が確認できた今、気を揉むべきは置いてきた星術士アーティフィサーがどう出るかということのみであった。レイフの承諾を得て、クロエは早速セレスティアルに問い質した。

「質問にだけ答えるように。こんな辺境の山中にまで部隊を派遣してきたのは何故?どうして騎士ナイトではない貴方まで出張って来ているの?ここでどんな異常事態があったものか、話しなさい」

「そもそも、ここいら一帯は我が国の領土なんだが。共和国の密偵が入り込んでいることこそ一番の異常事態ではないかな?」

 クロエは剣を返し、セレスティアルの喉に薄く切りつけた。余計なことを喋るなという警告で、鋭い痛みにクロエの本気を感じ取り、ここはセレスティアルが引いた。

(ラナン・クロスの軍人として、アルカディア貴族である私と接するならこうなるわけか。あの優等生だったクロエでこうなんだから、他の面子と再会する時もそれなりの覚悟がいるのかもしれないな。同じ釜の飯を食った仲とはいっても、元々所属する国家や組織が異なるものだし)

「そこの<火の騎士>から中央政府に救援要請があった。西部はレスポール伯爵領で魔獣ベスティアを討伐している最中、幻獣が出現したという。その上、幻獣からは神獣の動きに関する言及まであったとか。救援部隊を組織する段で色々と政治的な駆け引きが介在して、結果的に武人ではない私がお飾りとしての隊長を務める羽目になった」

「その幻獣は何という名で、現れた目的は?神獣について何と言っていたの?」

「それについては、<火の騎士>に聞いてもらった方が早い。当事者は彼女なんだから」

「もう忠告はしないわよ?貴方に聞いているの」

 クロエが少し剣を引き、さらに零れ落ちた血液がセレスティアルの制服を赤く濡らした。クロエは必要以上に他人を傷つけること嫌っていたが、軍人としての彼女は若いながらに感情の制御に長けており、これこそが士官学校首席卒業の本領と言えた。

「報告書には、幻獣の名は<ファンシー>とあった。<ファンシー>が言うには、始祖とやらの不明で<欠片フラグメント>の複製に困難を来たし、真世界の存立を願う勢力が活動を活性化させると。<アガレス>、<ダンダリオン>、<カイム>の三魔神が動き始めたということだ」

「・・・・・・<欠片フラグメント>とは?真世界というのはどういうこと?」

「すまないが、こちらも情報を持たない。始祖というのも謎だ。少なくとも、魔獣ベスティアには何かしらの目的があって、それを遂行するための条件やら派閥勢力やらが存在しそうだ、とは考えられる」

 クロエは押し黙った。残る三者は自制して口を閉ざしていたので、そうしてしばらくの間沈黙が続いた。クロエは唐突に剣を下ろすと、レイフに向かって言った。

「レイフ。どうやら、私たちははめられたみたい。首謀者に心当たりはないし、経緯に納得が行かない部分はあるけれど。私たちと彼らは同じようにして、ここまで呼び込まれていると思うの」

 クロエが言うには、マテウスから進発した魔獣討伐部隊は、リユニ湿原で魔獣ベスティアの要害を確認し、クロエの活躍もあっていったんはその地を制圧したのだという。だが、居座った霊獣の存在は延々と魔獣ベスティアを召し出すことに繋がり、最終的に戦力の過小から撤退が決定された。

 そこに<ファンシー>を名乗る幻獣が現れた。自分に付いて来なければ、<アガレス>、<カイム>、<ダンダリオン>の暴走によって大陸は滅びを迎えるとの奇妙な忠告が為され、そもそも幻獣の出現で恐慌を来した部隊はバラバラになって離散していた。クロエ以外の残された戦士たちは、増える一方の魔獣ベスティアに端から狩られていったという。クロエは単身で<ファンシー>を追い、そのままシジマ連峰へと突入してここに至っていた。

 クロエの話を耳にし、セレスティアルは両国のエピソードにおける奇妙な一致について考えてみた。アルカディアとラナン・クロス両国の西部に連なる大山は、リア・ファール大陸の西部を縦に貫く大連峰である。その近辺で魔獣ベスティアの活動が活発化し、両国が共に討伐に本腰を入れ始めた。その矢先に、幻獣<ファンシー>が姿を見せ、リア・ファールに伝わる神獣・三魔神の始動を匂わせた。単身で強力なクロエもファラも同行の部隊を全て失い、それぞれ救援が駆け付けて両勢は集結を見た。

(リア・ファールでは大国同士の闘争が相次ぎ、神獣への警戒など全くされていなかった。本当に神獣が動き出しているのなら、<ファンシー>の警告がなければ無防備に災厄に見舞われることだろう。その観点からすれば、<ファンシー>は三魔神と勢力を異なるものとするはず。真世界の存立を願う勢力が活動を活発化させるといっていたのだから、動き始めた三魔神はこれとベクトルを等しくするのかもしれない。・・・・・・始祖とやらに何事もおこらず、<欠片フラグメント>の複製というのが成功していたなら、それらの勢力は今も大人しくしていた?その場合、<ファンシー>も口出しをしなかったのだろうか?個々の言葉の意味はわからないが、魔獣ベスティアが始祖と崇める何者かに好ましくない影響が及んだのだとして、それについてのみ、私たちには心当たりがある。<不毛のデッドバレー>の崩壊と、<黄昏宮トワイライトメナス>の討伐だ)

 セレスティアルはそうした考察をラナン・クロスの面々とすり合わせてみたかったが、目下は自身やファラの身の安全を第一に考える他なかった。ファラは見たところ大人しくしているようだが、セレスティアルからすれば、彼女がいつ暴発してもおかしくない危険な状況にあると思われた。

「クロエ・クインシー。提案がある。手短に話すので、聞くだけ聞いてもらえないだろうか?」

「・・・・・・レイフ。彼とは、士官学校時代の留学先である聖シュライン王国の聖都プロセルピナで知り合ったの。頭が回り過ぎるきらいはあるけれど、人格には信用が置けるわ」

 クロエがそう説明して場の主導権をレイフに返すと、セレスティアルもそれに倣ってレイフの黒瞳を真摯に見つめた。

「言ってみろ」

「<ファンシー>の事案だけ、共同歩調をとってみるのはどうだろう?つまり、この山中においてのみ協力関係を築くんだ。幻獣が言う特定勢力の動きとやらが観測できたなら、それこそお互い本国に持ち帰って対応を検討しなければならない重大事。相手が魔獣ベスティアなら、心理的にも手を組みやすいと思われるし」

「何もなかったら?」

「それこそ万々歳な話だよ。ただ、実際に我が国の西部諸領では魔獣ベスティアによる被害が増加傾向にある。そこだけを切り取ってみても、この西部地域に何ら原因がないというのは、正直なところ考えにくい」

「・・・・・・手を組むメリットについてはどうだ?幻獣などというただでさえ危険な存在を追跡するというのに、いつ裏切られるかも分からない連中と連んで、そのリスクを超えるメリットは互いにあるのか?」

「幻獣や神獣のような超常の敵と対するかもしれないというのに、同じ人間をそこまで信用できないかい?ヤタガラス中尉、私は武人ではないが故に怖いんだ。こちらにはファラ・アウローラというアルカディアの最強騎士がいる。でも、彼女一人に頼り切るより、同等の剣腕を持つ貴方やアズライールの剣法を継ぐクロエに協力してもらった方が、遙かに安心できる」

 セレスティアルは本音で語っていたが、クロエやファラはそこまでお人好しではなかったので、冷めた目線でその演説に対していた。ファラに至っては、交渉が決裂したなら徒手空拳でレイフなりに奇襲を仕掛けるつもりですらあった。

(こんな甘ちゃんが、のこのこ戦場に出張って来たのが悪い。いくら私だって、二人もの手練れを相手に丸腰で、一々守ってはやれない。名誉の死を遂げたとしても私を恨むんじゃないわよ、廃太子)

「・・・・・・前提だが。共同歩調とやらが終わった暁には、互いを見逃すというのでいいんだな?」

 レイフの回答に、クロエとファラが目を見張った。特にクロエはレイフの軍人気質な性分を良く知っていたので、それに照らし合わせたなら敵の提案に乗るというこの結論は、意外性をもって迎えられた。

 セレスティアルは微笑を湛え、流暢に答えた。

「もちろんだ。貴方たちの国境侵犯は見なかったことに。アルカディア渉外局の局長位に賭けて、帰路の安全は保障する」

 レイフは頷くと、ファラの足下に転がる火星剣ビスコンティを拾い上げ、きびきびとした動作で持ち主に差し出した。ファラは厳しい表情を浮かべつつも、そこは素直に己が剣を受け取って戦意を収めた。

「クロエ。お前は<ファンシー>を追って来たと言ったな?幻獣の言葉にそれなりの意味があると判断したのだろう?」

「ええ」

「ならば、これでいい。俺には何が正しいものか、よく分からない。・・・・・・ただ、神獣と聞かされて黙っていられるほど、師匠のことを軽く考えてはいないつもりだ」

「レイフ・・・・・・」

 クロエとレイフが熱く見つめ合うものだから、セレスティアルは場の空気をどうしたものかと軽く咳払いなどして見せた。それに反応したのはむしろファラで、虫の居所が悪いことを渋面に表してセレスティアルへと敬礼を向けた。セレスティアルはファラの存在を意識して忘れようとしていたので、露骨に嫌悪感を露わにした。

「ああ、ファラ・アウローラ・ハウ隊長。いたのか。幻獣と事を構えたと聞いて、てっきり身罷ったものとばかり思っていたが、壮健なようで何よりだ。悪運というのは迷信の類ではないのだと再認識させられたよ。貴女を見つけられたことで私も一応は面目を保てたし、取り敢えずは感謝を表明したい」

「・・・・・・有り難きお言葉。まさかヴェルザンディ公の如き深窓の貴人がわざわざ前線までお越しになるとは。余程内務局長のご不興を買っておいでなのでしょうね。それにしても、現れて早々人質に取られる援軍とは、燦然と輝く皇国史においても前代未聞の珍事として語り継がれましょうな。この先は難事故、公が同行されても良きことは何一つないでしょう。もはや外交などとは無縁の領域ですから、そこな敵と交渉して、お一人で帰国なされては如何ですか?」

「相変わらず手厳しいな。この場ではラナン・クロスとも協力し合うと決めた。決めたからには、幻獣との対話にでも全力を尽くすとするさ。なればこそ、貴女とも協力関係を持ちたいと思う。あくまで、この場においての限定された話だ。仮のね。そう、中央に帰った暁に、私との関係を殊更に喧伝などされぬよう頼みたい。爵位を上げろなどと詰め寄られては迷惑な話だからね」

「・・・・・・上等ですよ。軟弱者が口先だけで魔獣ベスティアを煙に巻けると思うのであれば、やってみなさるが良い。淑女の嗜みとして露払いだけは努めさせていただきますが、お付きの女共々食い殺されたりせぬよう精々お気を付けを。私個人の寝覚めは兎も角として、元皇太子殿下がご乱心の上、魔獣ベスティアに舌戦を挑まれて食われたなどとあっては、国家として体裁が悪かろうというもの。その場合、決して公からいただいたものではない爵位を返上させられて、私もいい迷惑でしょうから」

「・・・・・・どの口が言う?手切れ金代わりに男爵にしろと迫った女狐は、どこの淑女だって?あまつさえ、私が外交努力で盟約を交わした国の元首を殴り倒しておいて、謝罪も無しに逃げ帰った無礼を忘れてはいないぞ!」

「だったら言わせてもらいますよ。ご自分の剣がからっきしだからといって、レブサック・スペクターの張った罠に女一人を放り込んだ外道はどこの公爵閣下?よりにもよって留学中に、同伴する妻がないからといって外遊の席を連れ回して、私がセクハラ紛いの目に遭っても知らんふりをするのが、まさか外交努力だったとでも?」

 二人の露悪的な応酬はひたすらエスカレートし、一時休戦と知って近寄ってきたリナリーとリシャールが止める頃には、互いに胸ぐらをつかみ合う異例の事態となっていた。そして、一連を眺めていたレイフやクロエはただ呆気にとられていた。レイフなどは、ただでさえ<ネキオマンティア>の同行者のことが気に掛かっている中で、この一時的に結ばれた同盟が果たして正常に運用されるものかと頭を抱えた。
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