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魔獣と滅びゆく世界の戦記 ※章立てにより改題(2017.8.04) 作者:椋鳥

本章第一部 一姫当千の許嫁は戦場で火の騎士と踊る

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5 錯綜する驍勇-2

***


 騎士ナイトリシャールは、自分の身に降りかかった嵐のような出来事に、頭と体がうまく付いて行かなかった。上司の指示で皇都ティアマトへ戻ったかと思えば、重要情報を軍務局の上層部に入れたが為に半ば監禁状態へと置かれ、妻子と面会することすら叶わなかった。監禁されている間は、軍務局や騎士団の幹部が入れ替わり立ち替わり聴取に訪れ、罵倒や叱責を山ほど浴びせてきた。それに止まらず、レブサック・スペクター伯爵の息がかかった貴族や騎士ナイトまでもが姿を見せ、脅迫と同義の口撃でリシャールの精神を削ってかかった。

 <火の騎士>の命で帰還しただけのリシャールには、自分がどうしてこのような憂き目に合わされているものか、全く理解できなかった。彼がもたらした神獣という言葉の重みこそ知っていたが、騎士団内部の派閥抗争に関与してこなかった一騎士の身の上で、何故獄中死寸前にまで追い込まれなければならないのかと憤慨していた。

 拘束から解放されたのも束の間、今度は管轄外であるはずの渉外局の官吏から指示を出され、リシャールは再び西部方面派遣部隊の編成に携わることとなった。どういった力が働いたものか、工面された騎士は全て非スペクター派の堅物ばかりで、そこに民間ギルドの闘士スレイヤー傭兵マーセナリーが加えられ、頭数は揃えられていた。リシャールは前回派兵時の経験を買われ、部隊の隊長代行として作戦の立案から雑務まで、ひたすら仕事に追われた。

 一日とて熟睡する間もなく、リシャールの姿は今や西征の途上にあった。白昼に馬を駆りながら、自分がどのような理由でレスポール伯爵領に向かわされているものかと、リシャールはどこか他人事のようにぼんやりと考えていた。何と言っても横を見れば、高級な絹衣の上に金銀細工が施された業物の軽装甲を着込んだ、浮き世離れした格好の正隊長が優雅に手綱を捌いていた。隊長の後ろには、渉外局の白地の制服を着る凛とした女性官吏が騎馬で従っており、二人の様子を見る度にこの行軍は夢か現かとリシャールの思考を惑わせるのであった。

「リシャール隊長代行。日が暮れるまでに、レスポール伯の居城まで行き着けるだろうか?」

 隊長こと、セレスティアル・ヴェルザンディが部隊を率いるリシャールに尋ねた。リシャールは背筋を伸ばして敬礼し、張りのある声で応じた。

「はっ。・・・・・・ヴェルザンディ公爵閣下。このペースであれば、十分間に合います。このあたりで魔獣ベスティアの出現事例は報告がありませんし、レスポール伯爵の私兵が治安を維持できていると聞いております」

「承知した。宜しく頼む」

 セレスティアルはリシャールの回答に満足し、後ろのリナリー・リャナンシーを振り返った。

「リナリー君。聞いた通りだ。レスポール伯との面会には、君も付いて来るように。渉外局の制服のままで構わない」

「はい。それにしても、時間がない中でよくこれだけの多勢を動員できたものです。とはいえ、統率に苦労しそうな感はありますが・・・・・・」

「部隊指揮はリシャール隊長代行に任せていれば良い。私たちは渉外局の人間であって、正規の騎士ナイトではないのだからね。スペクター内務局長精一杯の嫌がらせが、私が現地へ同行するいう条件付きでの派遣許可なのだから。むしろそれくらいの労苦は望むところで、気前よく百名もの戦力を出してくれた軍務局長には感謝してもし足りない」

「それはそうです。ですが、魔獣ベスティアが彷徨く前線にセレス様をお連れするのは、正直なところ不安です。レプラカーン様が護衛に付いて下されば、このような懸念とは無縁だったのかもしれませんが。・・・・・・私は、今でも反対です」

騎士ナイトが対魔獣の前線に出るのは当たり前で、貴族や文官は後方で己が役目を果たしていれば良い、というのは少し不公平にも感じるがね」

「実際に、セレス様のお役目はアルカディアの渉外を統括することにあります。渉外を手段として魔獣ベスティアを牽制することと、前線で魔獣ベスティアを相手に剣を振るうことに貴賎はないものと考えます」

「もちろんだ。今回の行動は緊急避難に過ぎない。私の細腕が戦場で役に立つとは思えないし、何よりこの大事に中央を離れることのリスクは承知しているつもりだよ。だからこそ、部隊運用は隊長代行に一任している。それに西征期間中の渉外局との連絡系統も複数用意させた」

「お分かりでしたら結構です」

 セレスティアルとリナリーのやりとりは、側で聞き耳を立てているリシャールには殆ど関わりがない話であった。ただ、どうやら上司であるセレスティアルが自分の手腕にそこそこ期待を寄せてくれているようで、それでいて軟禁状態を解いてくれた超本人でもあったので、リシャールはそれなりに仕事をこなしてやろうという気分にさせられていた。騎士ナイトではない貴族が部隊長を務めると聞かされた当初は、下々の人間を代表して不快に思ったものだが、セレスティアルの人柄はリシャールの想像とは違って実に人間らしいものであった。加えて軍事に関する理解もそれなりにあるようで、行軍にあたって、今のところリシャールにたいした不満はなかった。

「リシャール隊長代行。出発前に言っていた、前隊長との情報連結は復活しそうかい?」

「アウローラ様のところには十五騎の騎士ナイトと五名の闘士スレイヤーを残してきました。騎士ナイトたちが所定の連絡系統を使ってくれていればと思ったのですが、今のところ報告は何も入ってきておりません。アウローラ様にも申し伝えてはありますので、恐らくは時間の問題かと・・・・・・」

「いや、彼女に期待は出来ないだろうね。あれは他人の言うことを素直に聞くような性格の持ち主じゃない。幻獣を追って、山中深くに入り込んだといったところか。戦力合流を優先するのは勿論だから、こちらから必死に探すしかない」

「はあ」

「それと、もし連絡がついても私が来ていることは伏せておいてくれ。<火の騎士>に知られると、面倒なことになる」

 セレスティアルが心底嫌そうな顔をして言ってくるものだから、リシャールは彼とファラ・アウローラ・ハウとの間に何やら因縁があることを確信した。アルカディアの軍部や政府にはレブサック・スペクターの息がかかった者が多く、その一派とセレスティアルが対立していることは公然の秘密として誰もが知っていた。政治に疎いリシャールであっても、ファラがそのどちらにも属さぬ無頼派を気取っていることは耳にしていた。

(結局百もの戦力を捻出したのだから、軍務局やフェルゼン・バステト騎士団長はアウローラ様の情報にそれだけの価値があると踏んだのだろう。だが、よりにもよって援軍の頭に騎士ナイトではないヴェルザンディ公を配した。さらに、公はアウローラ様との反目を隠そうともされない。このような状況で、幻獣だの神獣だのといった未知のいざこざに立ち向かえるのだろうか・・・・・・)

 リシャールは考えを巡らせるものだが、それは謀というような物騒な代物ではなく、単に自分を取り巻く環境を整理しているに過ぎなかった。

 空のキャンバスに赤みが掛かってきた頃、セレスティアルの部隊はレスポール伯爵の居城へと到着した。城下に広がる町並みは皇都ティアマトなどと比べて簡素に見えるが、これでアルカディア西部では最大の都市であった。リシャールと部隊は城下町で休息を取ることとし、セレスティアルとリナリーの二人が城に伯爵を訪ねた。

 レスポール伯爵は齢六十を過ぎていて、薄くなった頭髪と顎に蓄えられた立派な髭は真っ白であった。背筋は曲がり杖をついていたが、それでも大国の諸侯に数えられるだけのことはあり、伯爵の眼光は威風堂々としていた。対峙したリナリーは、大貴族の登場に身が引き締まる思いであった。セレスティアルは流石に物怖じせず、堂々と抱擁して老伯爵と旧交を温めた。

 セレスティアルはレスポール伯爵の領土を横断することへの断りと、ファラからもたらされた情報の開示とを一度に済ませた。セレスティアルの軍容が想像より充実していたことに疑問を抱いていた伯爵はそれで納得し、領内の安全を担保してくれるようセレスティアルへと要請した。

「・・・・・・それにしても。まさか、公が御自ら足を運ばれるとは。スペクター伯がそれほどまでに増長しているとは存じ上げませなんだ。あの男、軍務局長と公が働きかけをされなければ、我が領土を見殺しにしていたわけですな」

 無駄に広い応接間においてレスポール伯爵はソファに身を埋めた姿勢で憤って見せた。リナリーはソファのあまりの柔らかさに尻の置き場が定まらず、壁に掛けられた鹿の頭部の剥製が視界に入ることと併せて、居心地の悪さを我慢していた。

「スペクター伯は、魔獣ベスティアが絡んだ事件など己が権勢を高める為に使えないと捨て置いたのでしょう。幻獣や神獣の存在を無視するとは、民草の安全など考慮に値しないと表明しているに等しい。それでいてラナン・クロスの計略に乗せられて、いともあっさり聖シュラインに出征しようと言うのだから、分かりやすいといえば分かりやすい」

 セレスティアルは毒づくが、その態度は感情に走ることなく冷静そのものであった。そのため、レスポール伯爵にはより真実味が増して受け取られ、印象としてレブサックが悪、セレスティアルが善であるとの思いを抱かせた。

「うむ。同盟関係にある第七藩領への攻撃など、百害あって一利もなし。公よ。微力ながら私からも中央に働きかけをさせて貰いますぞ。スペクター伯の専横は目に余る。アルカディアの政治をあのような欲惚けした者に好き勝手させるわけには参りますまい」

「有り難うございます。レスポール伯爵。伯の識見は広く知られておりますれば、私の如き若輩者にはこれ以上の助けはありません」

 セレスティアルは頭を下げた。リナリーが聞いている範囲では、レスポール伯爵は特別優れた為政者というわけではなく、偏った思想を持たないが故に無害に近い大貴族なのだという。アルカディアにおいては、公職に就いていないながらに強大な権力を保持する門閥が五つあり、<五家族ファイブスター>と畏怖されていた。レスポール伯爵家はその末席に連なるため、セレスティアルの基本戦略として、伯爵に恩を売ることはまさに常道と言えた。

(円卓会議の席はスペクター伯に数を押さえられている。セレス様が挽回するのに<五家族ファイブスター>を利用するというのは、対抗手段として確かに可能性を感じさせるのだけれど。でも、それは毒虫を蹴散らすために劇薬を用いるようなもの。セレス様とて決して本意ではないはず・・・・・・)

「時に、公をお迎えするにあたり、ささやかながら酒の席を設けさせていただきました。領内が動揺している故質素なものではありますが、是非一献傾けられますよう。娘もはりきっておりますれば、明朝の進軍に差し障りがない範囲でお楽しみいただけますと幸いです」

「伯のお心遣いに感謝を申し上げます。渉外局長として、そしてヴェルザンディの名において謹んで参加させていただきます。つきましては、ここにおります補佐官のリャナンシー嬢を伴いますので」

「そうと決まれば場を改めましょう。お二人の衣装も用意が整っておりますれば。ささ、別室にてお召し替えをどうぞ」

 レスポール伯爵は手を叩いて使用人を呼びつけ、セレスティアルとリナリーを控え室へと案内させた。着替えと休憩のための控え室、と聞かされていたリナリーであったが、その部屋が彼女の住まう官舎の一室と比べて優に五倍は広いことに、今更驚いたりはしなかった。

 アルカディアは貴族制度の下に成り立つ専制国家であり、いくらセレスティアルが平等を謳い改革を志そうと、大貴族の資本には一切手が付けられないというのが現実の姿であった。しかし、リナリーはそうした実情を理解した上でセレスティアルに共鳴していたので、どれほど富の集中を見せつけられようと、発作的に意志が挫けるようなことはなかった。

 むしろ、この日のリナリーが一番危惧していたのは、パーティーの席上におけるレスポール伯爵令嬢の振る舞いであった。

 リナリーは予想していたのだが、着慣れぬドレスを押し付けられて満足に踊ることすら叶わず、それでいてレスポール伯爵が招待した近隣の貴族たちの目当てが総じて、社会的に階級を等しくする者との交流にあったので、彼女は早くも壁の花となりかけていた。パーティー会場はこれも無駄に広く、天井からは豪奢なシャンデリアがこれ見よがしにぶら下がっていた。白布とアンティークのオイルランプとで飾られたテーブルには豪勢な郷土料理がこれでもかという位に盛られていて、しかし大半は手も付けられていなかった。

 列席者の大半は貴族の子弟であり、他の面子も豪商なり<星神レストリネビュラ>の神官パルチザンなりといった西方の有力者で占められていた。主催者たるレスポール伯爵や主賓であるセレスティアルの周りは、二人とのコネクションを強めたいという列席者の願いが具現化され、人だかりができあがっていた。 

(やっぱりこうなった。セレス様、大丈夫かしら?こういう貴族嗜好の会席は性に合わないでしょうし)

 アルコール度数の低い果実酒で軽く唇を濡らし、リナリーは気合いの入らぬ様子でセレスティアルに群がる貴族たちを眺めていた。

「リャナンシー補佐官。あのご婦人はどなたでしょうか?」

 リナリーに声を掛けたのは、一人だけ不似合いな軍装をしたリシャールであった。彼は急遽セレスティアルに召喚され、着の身着のままパーティーに参列させられていた。リナリーはそれを、会場における淑女の標的を分散させる役割と、自分の相手役としての抜擢と分析していた。

 リシャールが指さした先には、肩を惜しみなく出した派手なドレスの若い女がいた。女の周囲にはセレスティアルに負けじと多くの取り巻きがいて、彼女の人相に気付いたリナリーは即座にリシャールの手を叩いた。

「貴人を指さししない!あの方は、レスポール伯爵公女のロザリー様。場が場なら、貴方の行為は内務省の憲兵に連行されておかしくないものよ」

「・・・・・・失礼しました。貴族のパーティーなど初めての体験でして。不作法をお許し下さい」

 リシャールは素直に頭を下げた。三十代半ばという歳相応に老けてはいたが、彼の飾り気のない人柄はリナリーも嫌いでなく、こうした腰の低い態度は若くして出世街道をひた走る彼女の自尊心を少なからず満たすものであった。

「ロザリー様はね、揺るがぬ覇気と明晰な頭脳から将来を嘱望されているご令嬢なの。確か、今年二十歳を迎えられたばかり。傾国と噂される美貌は、菫色の御髪と紫水晶の如き瞳を称えて紫姫ミスバイオレットと言わしめている。未だ独り身だから、ああして殿方の注目を一身に集められているのね」

 リナリーは丁寧に解説を加えてやったが、肝腎な部分を口にしていなかった。ロザリー・レスポールはセレスティアルが皇太子であった頃の后候補の一人で、当時は伴侶として内定していたも同然であった。二人に面識は殆どなかったものだが、貴族同士の婚姻など門閥の結び付きだけが考慮に値するため、それが当然の風潮とされていた。

「成る程・・・・・・確かにお美しいですな。ですが、私にはリャナンシー補佐官のドレス姿も甲乙付け難く思えますが」

「・・・・・・有り難く受け取っておきます」

「あ、紫姫ミスバイオレットがヴェルザンディ公のところへ行かれましたよ」

 リシャールが指摘した通りに、ロザリーが歩くに任せて波が引くように周囲の人間が分かれ、セレスティアルまでの一本道ができた。二人の関係値についてはリナリーも表面的なことしか知らなかったので、公爵と伯爵公女との間でどんな言葉が交わされるものか、想像は全く及ばなかった。

 談笑するセレスティアルを見守っている内にリナリーの表情は曇る一方であったが、隣でそれを目撃したリシャールは彼女の心理を慮り、黙って酒とご馳走へありつくことにした。


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