挿絵表示切替ボタン
▼配色







▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる
魔獣と滅びゆく世界の戦記 ※章立てにより改題(2017.8.04) 作者:椋鳥

本章第一部 一姫当千の許嫁は戦場で火の騎士と踊る

しおりの位置情報を変更しました
エラーが発生しました

ブックマークしました。

設定

更新通知 0/400

設定を保存しました
エラーが発生しました

カテゴリ

ブックマークへ

以下のブックマークを解除します。
よろしければ[解除]を押してください。

ブックマークを解除しました。

42/62

5 錯綜する驍勇

5 錯綜する驍勇

 太陽は燦々と輝き、まるで皇都の闇を消毒でもするかのように地上を力強く照らした。日中の商業活動に制限は設けられていなかったので、夜間に騒げない分各所の酒場は異様な盛り上がりを見せていた。旅人が不思議がるのも無理はなく、ティアマトの飲食店が稼ぎ時とするのは、夕暮れ前の程よく明るい時間帯であった。

 その場末の店では、麦酒を呷る健勝な老人に混ざって、働き盛りの男や年若い女も仕事の一服とばかりに葡萄酒や蒸留酒をちびちびと嘗めていた。隅のテーブル席で三人組がこっそりと祝杯を上げていたのだが、場の空気に紛れて注目を浴びることはなかった。

 見た目にわざと汚された、上等な生地の外套を羽織った金髪の青年が、向かいで麦酒のジョッキを傾ける白髪の青年を手厚く労っていた。白髪の青年の隣席には蜂蜜色の髪を肩上でカールさせた知性的な女性が腰を下ろしており、ジョッキが空になるやダークブラウンの瞳を光らせて追加を注文していた。

「それにしても、レプラカーン隊長はよくやってくれた。両軍ともあれだけの戦力を動員しておいて、戦死者はああも少なかった。聞けば、前哨戦を設けて全軍衝突の時機を遅らせてくれたらしいね。流石の働きと言う他にない」

 金髪の青年、セレスティアル・ヴェルザンディはそう言って、白髪の青年ことシュダ・レプラカーンを誉めそやした。

「しかし、スペクター伯一派の思慮の浅さには閉口させられました。あれがなければ、もう少し犠牲を減らせたものと痛感しております」

 シュダは悔しさを滲ませて言った。そうして後悔の念を洗い流すかの如く、ジョッキの麦酒を一気に呷った。横に付いているリナリー・リャナンシーがそれを見て、空かさず次の麦酒を滑らせた。

「彼の傘下にある者は皆、野心の肥大化傾向が顕著だ。失敗を恐れず挑戦する気概は騎士ナイトとして立派かもしれないが、己が周囲より広い視野を持って貰わないと困りものだよ。長く特権階級に留まる名家の出身者ほど、物事を狭い範囲で利己的に考えがちだ。戦死した騎士ナイトには家族がいて、それが平民であれば一家の大黒柱である可能性は高い。妻は消沈し、子は涙する。戦争の度に一家が離散するなどというケースは、本当によくある話だ。自らの浅慮な選択によって、積極的に国民に不幸をもたらしているという現実。そんなものは、宮廷で策謀を巡らせ、社交パーティーで踊ることばかりを考えている連中には、想像すらつかないのだろうがね」

「・・・・・・公爵閣下の言い分は分かっているつもりです。ですが、くれぐれも発言や行動は慎重になさるべきでしょうな。正しい者が常に報われるのかと問われれば、この国ではそうではないと答える他にありませんから」

「レプラカーン隊長の忠言に感謝を。リナリー君、どんどん注いであげなさい」

 リナリーは頷き、シュダの近くにそっと体を寄せるものだが、シュダの方がそれを避けてか近付かれた分だけ身を離した。シュダは星術士アーティフィサーに対して何か含むところがありそうだと事前に聞かされていたので、リナリーは特別気分を害したりはしなかった。

「それで、公爵閣下。私をこんなところにお呼びになられたのは、如何なる用件ですか?」

「純粋に、レプラカーン隊長を労いたかったというのが第一だよ。それから、次なる戦争の話が持ち上がったので、折角だから君の耳にも入れておこうと思ってね」

「・・・・・・成る程。相手はどこでしょうか?またもやラナン・クロスですか?」

 シュダは声を潜めて尋ねた。店内の喧噪から、自分たちがする密談に聞き耳など立てられようもないと分かっていたが、内容が内容だけに警戒心は高まっていた。

「それが、聖シュラインの第七藩領ということになりそうなんだ」

「何ですと?・・・・・・そんな馬鹿な。我が国は第七藩領と懇意にしているはずですし、第六藩領に至っては、公爵閣下が御自ら通商を開かれたばかりではないですか」

「そう。私が外交の成果を挙げたことと、ラナン・クロスの復讐心とが奇しくも繋がってしまった形だね。リナリー君」

「はい。レプラカーン様。先日、軍務局長からセレス様に、密かに相談があったのです。西部に遠征した魔獣討伐隊より深刻な報告がもたらされたと。その件をスペクター伯の耳に入れたところ、黙殺するべしとの下知があったとか。しかしながら、傍観することを甘受できなかった軍務局長は、セレス様に対応を預けたいと申し出て来ました。そして、事態打開の見返りにと、重大な情報を持ち寄ったのです」

 リナリーの説明を聞いて、シュダは酔った頭においても二つの危険な匂いを感じ取った。西部で起きた深刻な事変と、軍務局長が寄越したという情報のニ点について、シュダは一騎士たる自分が知るべきでない類の重大事ではないかと考えた。

 セレスティアルはシュダの表情を観察して、彼のそういった心理を的確に把握していた。そうであるので、話を続けるものかどうかはシュダの判断を待つことにした。シュダはしばらく迷った後、事が戦争に及ぶのだという観点から、この場で逃げても何れ自分は関係するのだと割り切ることにした。

「・・・・・・それで、軍務局長は公爵閣下に何をお求めになったのです?」

 セレスティアルは目でリナリーに合図を送った。リナリーはシュダにだけ聞こえるような声量で、話の核心に触れた。

「西部はレスポール伯爵領に、<ファンシー>を名乗るヒト型の幻獣が現れたそうです。<ファンシー>は一方的に、リア・ファールの三魔神・・・・・・神獣が動くとの警告を発したとか」

「幻獣・・・・・・。それに、神獣だと?」

「はい。軍務局長は、そのような大事を放置しては最悪の事態を招きはしないかと、酷く憂慮されていました。彼の御仁は、レスポール伯爵領へと追加の調査隊を派遣するべく、セレス様からスペクター伯爵に掛け合って欲しいと願い出てきたのです」

「そういうことだ。リナリー君、ありがとう。レプラカーン隊長。私としては、事は国家の存亡にも関わる緊急事態だと認識している。それで、本来なら君を中心に調査隊を編成したいところではあったのだけれど」

 セレスティアルは言葉尻を濁し、状況が芳しくないのだと暗にシュダに伝えた。シュダは幻獣が出現しただけでも十分に脅威を感じており、ましてや神獣などという単語を聞かされたのでは、思考停止も寸前という具合に混乱していた。それでも、今の話が対聖シュラインに結びつくとは考えられず、セレスティアルの目を見て先を促した。

「・・・・・・実はね。軍務局長が手土産にと私に持ち込んだ話というのが、ラナン・クロスからスペクター伯へと送られた外交密使に関する情報なんだよ。渉外局を司る私の目が届かぬところで、スペクター伯はラナン・クロスとの外交交渉に臨んでいた。その中身がまた仰天で、両国で一斉に聖シュラインの藩領を攻撃し、領土を割譲しようという一大計画なのさ」

「レプラカーン様。ラナン・クロスは、先の戦争を邪魔した聖シュライン王国の第六藩領に仕返しをと考えたようです。それでニ正面作戦を避けるべく、我が国にも歩調を合わせるよう打診してきたわけです。スペクター伯は自身が企画した軍事作戦を台無しにされたことで、セレス様と第六藩領に恨み辛みがありますから、十分に乗る目があると踏んだのでしょう。軍務局長が言うには、スペクター伯は既に、本件を単独で皇帝陛下に奏上したものということです」

 リナリーがセレスティアルの発言内容を補足した。シュダは話を聞いて衝撃こそ受けたものの、外交の専門家にあらじとも素朴な疑問に支配されていた。

「公爵閣下。我が国とラナン・クロスと聖シュライン。三国間で軍事行動に及んだとして、他の三大国は静観などしましょうか?有り体に言えば、漁夫の利を狙って動くようにも思われますが」

「その通りだよ。これは推測だけれど、ラナン・クロスはスペクター伯を誘ったのと同様のやり口で、南部のゼオーラ同盟にも使いを出したんじゃないかな。如何にラナン・クロスが軍事大国であっても、一国で複数の大国を相手にする愚は冒すまい。スペクター伯、引いては我々アルカディアかゼオーラの何れか一方を味方に付けられれば、聖シュラインの藩領を落とすに障害は少なくなる。その意味で、鍵を握るのは間違いなくゼオーラだと言える。我が国と聖シュラインとが手を取り合ってラナン・クロスに対抗したなら、ゼオーラは火事場を狙ってラナン・クロスの背後を突く筈さ。三対一の形に持ち込むことが一番勝率を高めるからね。翻って、我が国がラナン・クロスの提案を呑んだなら、必然的にゼオーラもそちらに付く。この場合も三対一の構図だ。ゼオーラは回答を保留にして我々の動きを窺っているだけで、勝ち馬に乗れるというシナリオだね」

「ということは裏を返せば、我々が態度を留保したなら、ゼオーラも身動きがとれなくなるのでは?」

「その通り。ただ、その膠着状態は戦術的にはラナン・クロス側を有利に導く。アルカディアとゼオーラが動かないのだから先制攻撃で第六藩領を落とし、目的を達成した後は悠然と待ち構えていれば良い」

「待って下さい。その場合、ラナン・クロスは第六藩領を攻略した後に、まだ三対一で逆撃を被る可能性が残りませんか?つまり、第七藩領と我が国とゼオーラが共同戦線を張るケースです」

「勿論だよ。先制攻撃を仕掛けるだけなら、ラナン・クロスは今直ぐにでも勝手に始めれば良い話だ。肝腎なのは、我が国とゼオーラが一体となって行動しないよう仕向けることだからね。だから、敢えて先制攻撃を避けて、我が国とゼオーラに同じ交渉を持ち掛けるんだ。わざと作戦を明らかにする。この作戦を聞いてしまえば、我が国もゼオーラも損得勘定をせざるを得なくなる。損を取りたくない一心で、疑心暗鬼は果てなく続くだろうね」

「・・・・・・確かに。全貌を知ってしまった今、我が国とゼオーラが立場を明確にするのは難しい。例え先んじてラナン・クロスが第六藩領を攻め取っても、残された両国はそれぞれ、相手方に何やら密約が成立しているのではないかと疑って、対ラナン・クロスの共同戦線を張りづらくなる。それが予想出来る故に、事態の悪化を回避するには早々と反ラナン・クロスを表明する他にない、と」

「そう。そして、どうやらラナン・クロスの計略家は我が国の政情を良く勉強しているようだ。なぜならこの話を私の渉外局にではなく、スペクター伯に直接持ち込んだのだから。敵の目論見通りに、伯は反ラナン・クロスではなく聖シュラインの領土を狙って動き始めた。このまま行けばゼオーラもその流れに便乗して、聖シュラインのどこぞの藩領を襲うと考えれられる」

 言って、セレスティアルは難しい顔をした。情報を共有しているリナリーも押し黙り、酒の席にそら寒い空気が流れた。シュダは自分の見立てに不足はないかと熟考し、リア・ファール大陸に君臨する残る国家の動向に思い至った。

「・・・・・・他のニ国の動きは如何です?といっても、ラナン・クロスと直接の接点はないものと存じますが」

「うん。グルファクシーは聖都プロセルピナを占拠しているのだから、少なくともラナン・クロスの軍事作戦を阻止する側に回るはずはないと考えられる。何より聖シュラインの領土を縦断できる余力があるなら、プロセルピナからもっと広い範囲を占領していておかしくない。鎖国中のフラガラッハ連邦に至っては、そもそもどの国も交渉のテーブルに着くことさえできないというのが分かり切っている。ラナン・クロスの行動に何らかの反応を示す可能性は捨てきれないが、もし東部で動きがあったとしても、影響がこちらまで波及するのは随分先のことだろう。・・・・・・総合的に見て、敵の目の付け所は悪くない。というより、鋭利極まるね」

「渉外局として、梯子を外されたことに抗議はしないので?このままでは、公爵閣下が切り開かれた第六藩領との交誼が全て潰されかねませんが」

「そう。即興ではあるが、私に打てる手は二つある。一つは、この秘密外交を強く糾弾することで、まずは西部へと騎士を派遣するようスペクター伯から譲歩を引き出すこと。もう一つは、第六藩領と第七藩領に情報をリークして、防備を固めさせること。ただし、後者は生半可な対応に終わると、実際に戦争が起きてしまった場合に、我が国の騎士団にも無駄に血を流させる結果を呼ぶ。正直、加減が難しいところだ」

 セレスティアルは、リナリーと渉外局の担当班に命じて、聖シュラインの各藩領へと密使を出していた。それは第六藩領や第七藩領に止まらず、聖シュラインの広大な領土に散っている他の藩領にも向けられていた。プロセルピナの失陥により中央政府が機能していないとはいえ、自国の領土が犯される事態を座視せず、各藩領の結束を促すよう仕向ける内容であった。

 セレスティアルは第六藩領のハリバートンに戦後処理の沈静化を約束していたので、自国の利益を最大限損なわない範囲で、どのような手を使ってでもラナン・クロスの策に対抗するつもりでいた。

「此度、私はどのような役目を負えば宜しいか?」

「そうだね。もし、戦争自体が避けられなかったなら。物量比から言って、うちの騎士団は間違いなく第七藩領を落とすだろう。その際に、民間人に余計な血を流させないよう配慮してもらえると助かる」

「戦闘を遅らせる努力はしなくても宜しいので?私に出陣の機会が巡ってくるのであれば、騎士団長に進言するくらいのことは出来ますが」

「・・・・・・そこまで期待しては、君の立場を悪くする可能性があるからね。前にも言ったけれど、私はレプラカーン隊長の労にはそれに応じた見返りを用意するつもりだ。今回はレブサック・スペクターと私が正面からぶつかる手前、下手に関わると君にとっても命取りになりかねない。だから、騎士ナイトとして最善を尽くすよう望むよ」

 セレスティアルは柔和な表情を作ってシュダへと告げた。セレスティアルは、シュダの隣に腰掛けるリナリーには、「申し訳ないが、リナリー君にはその分苦労して貰うよ。後はもう、君しか頼る相手がいないから」と茶目っ気を覗かせつつも本音をぶつけた。

 リナリーは「まったく、仕方ないですね」と、仏頂面ながらも嬉しさを滲ませた声音で返し、シュダの胸中に微かな寂寥を芽生えさせた。

(リャナンシー補佐官は、公爵閣下から頼られることを誇りに思っているのだろう。俺は公爵閣下に利用され、利用し返して、己が栄達を図るのみだ。別に何も間違っていない。・・・・・・間違っていないのだが、な)

 シュダは表向きは納得したことにして、そういえばと先の戦場で起きた珍事をセレスティアルに伝えた。ラナン・クロス共和国国防軍のレイフ・ヤタガラス中尉とシュダが一騎打ちに及んだ件で、それを知ったセレスティアルとリナリーは、目を丸くして顔を見合わせた。


+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。
↑ページトップへ