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魔獣と滅びゆく世界の戦記 ※章立てにより改題(2017.8.04) 作者:椋鳥

本章第一部 一姫当千の許嫁は戦場で火の騎士と踊る

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4 最後の使者

4 最後の使者

 皇国アルカディア領から国都マテウスへと帰参したラナン・クロス国防軍は、得られるものが無かった戦の後始末に追われ、脱力感を漂わせていた。戦死者は表向き篤く弔われ、為政者たちは戦意の高揚を目的として、国民に対して弔い合戦の志を煽った。有意の識者は挙って軍部の暴走による危険を叫んだが、それらは少数意見であるとして報道すらされずに封殺された。

 レイフ・ヤタガラスは淡々と残務処理に勤しんでいたが、今もって不機嫌であることを隠せなかった。一つに、彼は突如の休戦によってまたしても戦果を挙げ損ねた。二つに、西部地区へと魔獣ベスティア討伐に向かったクロエ・クインシーの部隊が、期日を過ぎても帰還していなかった。ラナン・クロス共和国の西部地域では魔獣ベスティアの襲撃に関連した被害が目立って増加していると伝わり、討伐隊が対応しなければならない範囲は想定よりも広がっていたのである。

 軍の内部においては、先の戦闘でレイフが見せつけた攻勢に対して評価は高く、彼の個人的な声望は高まっていた。それでも一中尉にそれ以上の注目が集まることはなく、ヤタガラス家の復興など遙か遠い未来の話だとレイフを落胆させるに十分であった。

 レイフの下に勤務時間外の面会を求めるオーダーが入ったのは、彼がデスクワークで文書の山と格闘していた最中のことであった。国防軍参謀本部勤務の事務職員から一通の封書を手渡され、レイフが封を開けて中身を改めたところ、発信者はヴィクター・ベイロードであった。どこにボルジア派の軍人なり職員なりの目があるとも分からなかったので、レイフはその場で内容を暗記し、封書をまるごと破棄した。

 定時を告げる鐘の音が、庁舎内で何重にも響きわたった。レイフは身支度を整えて、ヴィクターが詰める練兵場へ向かおうとした。

「レイフ様。お仕事が終わったなら、食事にでも参りませんか?」

 計ったようなタイミングで、ニナリス・ボルジアがレイフの背後から甘えた声をかけてきた。相手が相手であり、レイフは用件をぼかして応答した。

「すまない。今日は用がある。これから練兵場に顔を出さないといけない」

「へえ。それって、ベイロード中佐からの呼び出しでしょう?レイフ様ったら、のこのこと行かれるんですね。何の話でしょう?お父様に、告げ口しちゃおうかな」

「・・・・・・ニナリス。どうして分かったのか、などというのは愚問なんだろうな」

「レイフ様、怖い顔しちゃイヤです。だって、ここは参謀本部ですよ?ダイダロス・ボルジアのお膝元なんですから。この庁舎内で起こったことで、私に調べられないことなんてないんです」

「それもそうだな。中佐からの招集理由は不明だ。来てくれ、とだけあった。こればかりは隠しようもない」

「本当ですか?隠し立てをしても良いことはありませんよ?・・・・・・私も付いて行っちゃおうかな」

「勘弁してくれ。俺は喧嘩をしに行くわけじゃない。君が中佐の前で一言も発しないと約束しても、必ず何かしらの火種になる」

「ふうん。レイフ様ったら、まるでクインシー派に気兼ねしているみたい」

 ニナリスの愛らしい顔から途端に表情が消えた。レイフはニナリスの恫喝を恐れるほどに軟弱ではなかったが、そこは咄嗟の返答を躊躇った。ニナリスはボルジア派の姫であり、喧嘩をして良い格の相手では決してなかった。

「・・・・・・まあ、いいです。でも、明日は食事に付き合ってくださいね。レイフ様?」

「分かった」

 ニナリスの許しが出たため、レイフは足早に庁舎を出てベイロードの下へと出頭した。指定された場所は練兵場の隅に建てられた粗末な小屋で、急造の保管庫であった。小屋の扉前にはベイロード付の副官であるシュザンナ・ルロイが佇んでいた。紫紺の長髪を後ろで束ねた二十代後半の女性士官たるシュザンナは中尉に当たるため、レイフは同格に対する礼をもって尋ねた。

「レイフ・ヤタガラス中尉です。ベイロード中佐に招集されて馳せ参じました」

「中尉、伺っております。どうぞお入り下さい。中佐は中でお待ちです。盗聴・監視に関しては、できる範囲で私が見張っておきますので」

 ボルジア派には既に封書の出自まで明らかにされていたわけだが、レイフはその事実を指摘することはしなかった。レイフはシュザンナに頭を下げて、静かに入場した。小屋の内部には所狭しと武具や糧秣輸送に係る貨車が並べられていた。空いたスペースに申し訳程度に配された長机で、ヴィクターが腕組みをして待っていた。

「ヤタガラス中尉。待っていた。そこに座れ」

 ヴィクターは、自分と向かい合う位置に置かれたパイプ椅子をレイフに勧めた。レイフが着席するや、ヴィクターは前置きは無しといった実直なスタイルで話を切り出した。

「クロエ様・・・・・・クロエ・クインシー中尉が未帰還な件は知っているな?」

「はい」

 やはりその件かと、レイフは少しばかりの緊張が芽吹く様を自覚した。

「元はと言えば、ボルジア派の意向を過剰に忖度した参謀共の怠慢が原因であるが、西部派遣部隊への補給が滞っている。俺が独自に調べた限りでは、戦術目標も補給計画も杜撰で、とても長期の戦闘に耐え得る代物ではなかった。アルカディア戦に注力している裏で、如何に粗雑に部隊が編制されたものかよく分かった」

「・・・・・・私は詳細を知り得る立場にありませんが、敵と味方の戦力評価はどの位なのですか?」

「ほう。中尉はこの話に興味があるかね?ニナリス・ボルジア少尉と昵懇な手前、無関心を装うものとばかり思ったが」

「私をお呼びになったのは、中佐殿だったかと存じますが」

 ヴィクターの精悍な顔に侮蔑の表情が浮かんだものだが、レイフはそれに動じることなく視線を正面に固定し続けた。やがてヴィクターが息を吐き、元の無骨な態度を取り戻した。それを一旦の休戦の印と受け取り、レイフは重ねて問うた。

「中佐殿。クインシー中尉の部隊と、討伐対象である魔獣ベスティアの戦力をご教示いただきたい」

「討伐隊は国防軍から二十名。それと市中の闘士スレイヤーから十名の、合計三十名で編制されていた。対する攻撃目標は、西部のシジマエリアとリユニ湿原に跨がって湧いて出た魔獣ベスティアが想定で五十匹。内訳は全て亜獣。討伐に係る日数は、往復に費やす六日と戦術移動の三日、それと戦闘時間計で五日の延べ二週間。・・・・・・これだけを見れば、妥当な線かもしれん」

 レイフは頷いた。彼はクロエ・クインシーの能力を良く知っていた。亜獣が何十匹束になってかかろうと、クロエ一人で切り抜けられるだけの実力はあると踏んでいた。それ故の、士官学校首席卒業生である。それだけに、レイフはヴィクターが何を憂慮しているものか、また、補給計画の破綻はどこから発生したものかと怪訝に思った。そんなレイフの疑問を察してか、ヴィクターの目元に陰が差し、吐き捨てるようにして先を続けた。

「討伐計画にまつわる周辺事情を洗っていて、シジマエリアの知事から国防軍へと出された陳情書の内容を盗み見た。第一級の機密情報に指定されていたのだが、そこにはとんでもないことが記述されていた。リユニ湿原に、魔獣ベスティアが構築したと思しき要害が確認されたのだという。中尉、これの意味するところが分かるか?」

魔獣ベスティアが軍隊式の統制を敷いているというのは、もはや常識です。亜獣を組織するのは霊獣で、我々でいうところの士官役を担っていると考えられています。この場合、知能程度の低い亜獣が拠点を築く可能性は低く、即ち霊獣の存在が確実視されます」

「その通りだ。そして霊獣がいる以上、当然戦闘は長期化する。奴らは拠点防衛の為にとあらば、延々と戦力を投入してくるからだ。事前に分かっていれば、三十名などという過小な戦力での出撃など、握り潰してやったものを!おまけに予定日数を超えた補給線の確保がまるでなされていなかった。今では現地の混乱もあって、部隊と連絡すら付けられん状況だという。どんな無能が立てた計画だ、これは!」

 ヴィクターは話している内に激昂し、長机を割らんばかりに拳を打ち付けた。レイフはヴィクターの怒りに便乗するつもりはなく、ごく冷静に現状把握へと努めていた。

(敵が霊獣を出してきても、無茶をしなければクロエなら切り抜けられる。問題は、出張って来ているのが、本当に霊獣だけなのかという点だ。湿原の要害というのがどれほどの規模かにもよるが、たかが霊獣一匹でそこまでの作業が可能なものか?魔獣ベスティアが大部隊を組成して周辺エリアを厳然たる占領下に置こうとしているのだと仮定すれば、霊獣が多数潜んでいる可能性もある。それどころか、幻獣が総指揮をとるなり遊撃役として出て来るなりしておかしくはない。どちらにせよ、繰り出した討伐隊の戦力では心許ないにも程がある・・・・・・)

「ヤタガラス中尉。頼みがある。これはごく個人的な話であって、正規の手続きを踏んだ命令ではない」

 レイフは身構えた。ここからが本題であり、話の流れからして半ばヴィクターの依頼事項を類推していた。

「ボルジア派に根回しをして、西部への追加派兵と、そこに俺の出撃をねじ込んで欲しい。・・・・・・こちらが政治的に少数派であることは理解しているつもりで、やはりと言うべきか俺の上申は却下された。上は、此度の作戦失敗をもって政府に魔獣ベスティアの脅威を煽り、軍部の発言力を向上させることしか考えていない。このままでは、クロエ様は犬死にだ」

「・・・・・・中佐殿の頼みを聞いて、私にどのような益があるのですか?」

「なんだと?」

「ですから、クインシー派の擁護にと動いた私の失点を、誰がどう挽回してくださるのかということです。成る程、ニナリス・ボルジア少尉なり兄や姉のコネなりを使えば、結果はともかく今一度西部への派兵を議題に上げることは出来るかもしれません。しかし、それによってボルジア派が多数を占める国防軍の政治において、私の発言力は著しい低下を見ることでしょう。それでは、私の立つ瀬がないというものです」

「中尉・・・・・・貴様は・・・・・・ッ!」

 ヴィクターの激発をも予想していたレイフであったが、ここは加減を加えることなく意見した。彼にとっては、何を差し置いてもヤタガラス家の栄達が優先した。

「クロエ・クインシー中尉は確かに、かつて私の許嫁でした。ですが、公僕としての務めと私事を混同するなどもっての他と考えます。私は国防軍において、真っ当に功績を挙げて昇進したいのです。それが家名の泥を雪ぐ唯一つの手段だと確信しています。・・・・・・そもそも、ここでボルジアの意向にすがって命令系統を歪め、それであいつを助けたとして。あなた方はこの先、何をもってボルジアに正義を問うのです?結局は、権力を我が物とするために派閥抗争を繰り広げていたと、自ら証明するようなものではないですか」

 レイフは珍しく上気していた。柄にもなく演説をぶった自分に驚いていたが、それどころではなく、向き合うヴィクターの顔色が赤を通り越してどす黒く変色しているように見えた。ヴィクターは席を蹴り倒して立ち上がり、鍛え抜かれた全身から凶暴さを匂わせる星力レリックを噴出させた。

「・・・・・・よくも囀った。無能な指令によってクインシー師の血脈が絶たれようとしているこの苦境を顧みず、ぬけぬけと!」

 レイフは座ったままでは暴発したヴィクターを制圧出来ぬと考え、相手を刺激しないようゆっくり立ち上がった。

(国防軍きっての武闘派、ヴィクター・ベイロード。クインシー師の薫陶行き届いたこの武人を、俺は制することが出来るか?)

 レイフはここで殴りかかられたとして、反抗しても正当防衛が認められるものと当たりをつけ、身体は臨戦態勢をとった。さらに今回のケースでは、クインシー派の大物であるヴィクターの失点を喜ぶボルジア派が、率先して自分の盾となってくれるであろうという見込みもあった。だが、レイフの胸の内に一抹の不安が去来していた。実際にクロエ・クインシーはマテウスに戻っておらず、レイフの最悪の予想が当たっていたならば、援護なしには現状を打開できないように思われた。

 一触即発の二人を押し止めた者は、扉の外に待機していたシュザンナであった。シュザンナは入ってくるなり、張りのある美声で両者を諫めた。

「そこまでです!ここは例に漏れず、ボルジア派の密偵に監視されています。暴力沙汰は星力レリックの乱れで感知されましょうから、直ちに踏み込まれることでしょう。どうかお二人とも、ご自身の地位をお考えの上ご自重ください」

 レイフは売られた喧嘩を買う形であったので、シュザンナに一喝されるまでもなく、問題を起こす起こさないはヴィクター次第と静観した。ヴィクターはきつくシュザンナを睨みつけるも、軍人としては高潔な部類に属すると噂されるだけのことはあり、副官の助言を聞き入れて渋々客気を収めた。

「・・・・・・中尉。無駄に時間を取らせた。行け」

「ベイロード中佐。俺は俺なりに、骨折り損とならない範囲で動いてみます。ですので、決して期待などはされぬよう願います。・・・・・・それと、情報の提供には感謝申し上げます」

 レイフはヴィクターとシュザンナに深々と頭を垂れ、遺憾さを表明することもなく退出した。

 空は暗くなっており、レイフが練兵場を出るタイミングで雨粒がぽつりぽつりと落ちてきた。生憎と傘の用意はなく、官舎に着くまでに本降りならねば良いがと考えるレイフの下へ、予期せずニナリスが姿を現した。ニナリスは男性用の大きめの傘を開いており、そっとレイフに差し出してきた。

「はい。レイフ様が差して、私を入れて下さいな」

「・・・・・・監視していたということか?」

「そうですよ。レイフ様が私やお父様を裏切らないか、そこは気になるじゃないですか。ちなみに、まともな防音対策も施されていないあんな施設内の会話なんて、私の術の前ではどうぞ聞いて下さいと言っているも同然ですから」

「全て聞こえていた、と」

「はい。星術アーティファクトには便利な技がたくさんあるんです。私くらいになると、素で並の星術士アーティフィサー五人前のパフォーマンスが上げられます」

 ニナリスは無邪気な声音で軽妙に語ったが、その目は笑っていなかった。レイフはそこに、<銀髪魔女ホワイトウィッチィ>と陰口を叩かれる女星術士アーティフィサーの底知れなさの片鱗を見た気がした。だが、レイフはレイフでここまで挑発されると些か対抗心を刺激され、それは彼もまた士官学校次席卒業という秀才である点に基づくのだが、ニナリスに向けて黒瞳を鈍く光らせた。

「俺は無用の干渉を好まない。例えそれがクインシーであっても、ボルジアであってもだ」

「あら。レイフ様ったら怖い目をされて。先ほどは、あれほどボルジアを贔屓してくださったのに。ベイロード中佐なんて、こめかみに青筋を浮かべていたのではありませんか?」

 レイフはそれに答えず、ニナリスの傘を受け取りもせずに踵を返した。しとしとと降り始めた雨中に飛び込むレイフの背に、ニナリスが慌てて呼びかけた。

「あっ、レイフ様。私は別に、ただ喧嘩をしに顔を出したわけじゃないんです。耳寄りな情報を持ってきました」

  レイフが足を止めたのを見計らい、ニナリスはつつと近寄って彼に密着した。そして、先ほどまでとはがらりと表情を変えて喜色満面に新情報を告げた。

「なんと、聖シュライン王国の、かの聖院ラトから使者が来たんです。お父様と議会の代表が話を聞いたそうですが、最近とみに凶暴化している魔獣ベスティア絡みの密談みたいですよ?」


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