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魔獣と滅びゆく世界の戦記 ※章立てにより改題(2017.8.04) 作者:椋鳥

本章第一部 一姫当千の許嫁は戦場で火の騎士と踊る

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3 火の騎士-2

***


 森林地帯に伏せた兵力はおおよそ三百で、囮部隊が引き寄せた敵軍は偵察によれば五百未満。シュダ・レプラカーンは伏兵の増強を騎士団長に上申したものだが、本陣戦力が手薄になることは防御作戦上看過できないと突っぱねられていた。

(それでも、思っていたより大規模な作戦になってしまった。これの正否如何で、決戦を誘発することになるかもしれんな)

 シュダは手持ちの百騎を徒歩で運用しており、木々の間に大雑把に潜ませていた。これは騎士の機動力を犠牲にするものだが、森林地帯で騎馬突撃などしようもないので、致し方ない配置と言えた。同じく伏兵役を仰せつかった二つの軍は、敵が撤退時に選ぶであろう隘路に沿って隠れており、シュダが奇襲の一番手を任されていた。

 囮部隊は平地を全力で駆け抜けて来た。木々の群生が密になってくるあたりで、計って馬を捨てた。そうして森に溶け込むようにして、点でバラバラに散っていった。追跡してきたラナン・クロスの部隊は森の手前で立ち止まり、本格的に捜索の足を出したものか検討を始めていた。ここからが作戦のスタートであった。

 シュダが合図を出すと同時に、森の中から剛弓の連射が見舞われた。ラナン・クロス国防軍の先頭集団はまともに矢を浴びて続々と落命し、直ちに混乱を来した。手持ちの矢が尽きたタイミングで、シュダが先陣を切って木々の間から飛び出した。怒号を上げて強襲してくる騎士たちを前にして、弓矢で被害を受けたラナン・クロス兵はまともに対処もできず、我先にと逃亡を始めた。陣形が定まらぬ中、混戦を制したのはやはりアルカディアの騎士団で、シュダの活躍は目を見張るものがあった。

 シュダは剣をとっては次から次に敵兵を斬り倒し、突進が目立つ自軍の小隊を見つけてはそれを諫めて部隊の集合に気を揉んだ。また、敵の先鋒が壊滅状態にある内に、深追いをせず森の中へと帰還するよう命令を発した。それに従わず、血気に逸って猛進した人間が何れも帰らぬことを考えれば、冷静で着実な判断と言えた。

 伏兵に痛い目を見せられたラナン・クロスの部隊であったが、全軍敗走というにはほど遠い被害であったので、中軍以下はある程度の統率を維持したままで撤退の途についた。シュダからすれば、打撃を与えられただけで満足と言え、さほど混乱が見られない残軍への手出しは無用と考えられたが、友軍は貪欲にも攻撃の手を緩めなかった。

「かかれ!」

「全騎突撃!アルカディアの力を、ここぞとばかりに見せつけてやれ!」

「我らもレプラカーン隊に続く!それ、手柄は目の前ぞ!」

 威勢もよく敵部隊の横面へと突っ込んだ二百の騎士はしかし、心理的に備えがなされていた敵とほとんど正面からぶつかった。レブサック・スペクター伯爵の一味には比較的好戦的な騎士が集まっていたので、序盤は気概のみで敵に勝っていた。だが、泥沼の力戦に陥ってからは数の力で劣勢が明らかとなり、もはや奇襲の効果は完全に失われていた。

 シュダは決断を迫られた。再び戦場に乱入し、敵をかき回すことで友軍が退却する道を作るか、これ以上自軍の被害を拡大させることなく無傷に近い形で引き上げるか。どちらを選ぶにせよ叱責を受ける目がありそうで、シュダは猪突猛進を地でいった指揮官たちに恨み言の一つもぶつけたい心境になった。

 結局シュダは前者を選択し、自らの部隊の戦死者を上積みながらも、それによって残る二隊を全滅の窮地から救った。皇国アルカディアが罠を張り、序盤はそれが成功したものだが、結果を見れば両軍等しく百に近い死傷者を計上していた。増援もあって戦力を拡充したラナン・クロス共和国の相対的有利は変わらず、作戦の中途半端な戦果に落胆したフェルゼン・バステトはこれ以降、徹底した防御陣の構築に腐心した。

 シュダはまたも勇名を馳せる形になったが、企図せず犠牲を大きくしたことが悔やまれた。こうなると分かっていれば、レブサック一味に配慮することなしに堅守を進言するべきであったと反省していた。

 一戦を交えたことで、ラナン・クロス軍の動きは活発化を見た。フェルゼンの下に届けられる偵察部隊からの報告は日毎回数が増し、将棋を指し合うかのように両軍が動かす兵隊の数も多くなる一方であった。これは一千を上回る敵兵が一斉に動き出す時期も近付いと判断され、フェルゼンは全騎に第一級の戦闘態勢を発令した。

 千単位の部隊が衝突すれば犠牲は百を簡単に超える理屈で、シュダはいよいよセレスティアルとの密約が果たせなくなるものだと気を揉んだ。彼は生粋の騎士ナイトであり、いざ戦闘が始まれば目の前の敵を撃破するため、全力を振るうことを躊躇ったりはしない自信があった。そうであっても、セレスティアルの理想に一部共感している自分がおり、彼の期待に応えることで己が権威をいっそう強化したいというシュダの計算もまた真実であった。

 夜明けと同時に、ラナン・クロス共和国国防軍の全隊が進発した。空がまだ白んでいる時分であった。前夜に降った雨は上がり、霧も無く視界は良好。剣を交わすに絶好の環境がお膳立てされていた。その動きを掴んでいたフェルゼンも騎士団に総員出動を命じ、ついに両軍が睨み合う場面が訪れた。

 防御側であるフェルゼンにはある程度戦場を限定する力があったものだが、必要以上に敵軍の奇襲や迂回作戦を警戒した結果、たいして有利不利のない平地に陣取らざるを得なくなった。シュダは苦笑する他なかった。互角の地勢で激突すれば、数で劣るアルカディア軍の末路が決して明るいものにはならないと分かっていた。

 両軍が揃って単純な横陣を敷いたことに、特に意味はなかった。フェルゼンは奇策を好まぬ正統派の武人であり、力に力で対抗してなお堅守を貫き通す心意気であった。対するラナン・クロス軍は数で勝る以上、相手が真っ直ぐに仕掛けてきたならば、それに合わせる形でお釣りが出る計算であった。

 先陣を切ったのは、ラナン・クロス軍最左翼の部隊であった。そこが突出した先から全軍へと攻撃の波は伝わり、斜陣でもってアルカディア軍へとぶつかった。初撃を受けるアルカディア軍最右翼の百騎は浮き足立ち、その軟弱なる味方を助けようと隣接するシュダ隊が動いた。始まった斬り合いは瞬く間に乱戦を生み出し、純粋な命の奪い合いがそこかしこで行われた。

 シュダは剣に星力レリックを巡らせ、立ちはだかる先から敵兵を斬り倒した。彼の働きに魅せられ、シュダ隊の騎士ナイトは士気も高く必死に剣を振るった。アルカディア軍右翼の形勢に変化が生じたのは、まずは一発の火球に因った。

星術士アーティフィサーがいるぞ!星力レリックを集中させて、防御せよ!」

 ラナン・クロス軍から発せられた星術アーティファクトの爆発によって、アルカディア軍の右翼は恐慌を来たしかけた。シュダは声を張り上げて自軍に沈静化を促した。イレギュラーな事態はそれだけに終わらず、ラナン・クロス軍左翼の一角が猛烈な攻勢に転じた。切り込まれた形のアルカディア軍最右翼部隊は、豪勇を見せつける敵の剣士を止められず、その凶剣が部隊長の喉元にまで迫ろうとしていた。

「そこに怯えるは指揮官だな?その首、貰った!」

 ラナン・クロスの剣士が瞬発力を活かした足運びで距離を詰め、アルカディアの上級騎士へと斬り掛かった。剣士をはね返すことができなかったアルカディアの騎士ナイトたちは、不謹慎にも自分たちの隊長があっさりと討たれるであろう光景を想像した。

 剣と剣とが激突し、火花を散らした。死が間近へと迫った部隊長の前に躍り出たシュダが、ラナン・クロスの剣士が放った剣撃を防いだのである。

 シュダが驚きを禁じ得なかったのは、強襲に失敗した敵が何ら動揺を見せず、流れで自分へと連続攻撃を見舞ってきたからであった。獰猛な目つきをした黒髪の剣士は、今度はシュダを葬らんと強烈な斬撃を繰り出してきた。シュダは直ぐ様防戦一方に追い込まれた。これでシュダは、アルカディア皇国でも強騎士として知られており、まさかここまで圧倒されるとは予想だにしていなかった。

(こいつは・・・・・・このままでは、やられる!)

 シュダは星力レリックを出し惜しみすることなく剣に込めるのだが、黒光りした相手の超長剣も彼に劣らぬ星力レリックを帯びており、力勝負では巻き返せそうになかった。苦し紛れに放ったフェイントが空振りに終わり、シュダはあと数合で自分が命を落とすものだと覚悟を決めた。

 その歓声や怒号は、不意に上がった。発信の源はアルカディア軍の左翼方面であった。

 シュダと剣を交えていた敵も注意を払わざるを得ないほど異様な迫力であり、鈍った剣先がシュダの寿命を先延ばしにした。

「所属不明の軍が来た・・・・・・!いや、聖シュラインの軍勢だ!」

「おい、聖シュライン軍は交渉旗を掲げているぞ!」

「奴ら・・・・・・五百騎以上の大軍じゃないか!何でこんなところに・・・・・・」

 左翼から逐一伝わってくる情報に、シュダは終戦が近いことを確信した。眼前の剣士は未だに攻撃の手を緩めないでいたが、先ほどまでとは打って変わってその剣筋に焦慮が乗って見えた。

(これほどの技量を持つ者が、勝負を焦ったというのか。・・・・・・何にせよ、俺にとっては僥倖だ。この場を切り抜ける目が出てきたというもの)

 シュダはひたすら防御に徹し、勝ちを急ぐ敵の剣士の猛攻をぎりぎりのところで凌いで見せた。

 予告なしにアルカディア軍の左翼方面に現れた聖シュライン軍は、アルカディアとラナン・クロス双方の軍に自重と停戦を促した。この場で二対一の状況を作るわけにもいかぬ両軍は、慌てて矛を収めた。戦闘中止の命令は直ちに全部隊へと行き渡った。戦場で一番遠方に当たるアルカディア軍の右翼には、最後の最後で情報が伝達された。それはまさに、シュダの命の灯が尽き果てようとしていたところであった。

 渋々といった体で剣を収めた目の前の剣士へと、シュダは息も切れ切れ興味本位で声を掛けた。

「私はアルカディア騎士団のシュダ・レプラカーンだ。卿の名を知りたい」

「・・・・・・レイフ・ヤタガラス。ラナン・クロス国防軍中尉だ」

「ヤタガラス中尉。卿の剣腕には感服したぞ。次なる戦場では出会いたくないものだな」

「・・・・・・知るか」

 シュダとレイフの交流はごく短い時間で終わりを告げようとしていたが、ふと気紛れを起こしたレイフが背を向けたところで立ち止まり、先へと繋がった。

「・・・・・・聖シュラインをけしかけたのは、セレスティアル・ヴェルザンディだな?」

「ほう。驚いたな。ここで公爵閣下の名が出てくるとは」

「第六藩領で会った。奴が工作に赴くところをキャッチしておきながら、防げなかった。全て、俺の失策が原因だ」

 シュダは自分に背を向けている若き中尉の表情を推し量ることしか出来なかったが、レイフの放つ星力レリックの残滓が声音以上に怒りを物語っていた。

「奴に、次は殺すと伝えておけ」

「閣下は軍人ではない。非戦闘員をなぶるのがラナン・クロスの流儀か?」

「・・・・・・なら、武装するようにでも言っておけ。付き人をしていた女星術士アーティフィサーにもだ」

「ふむ。そちらの星術士アーティフィサーもなかなかの火力だった。味方に被害が及ばぬよう星術アーティファクトがよくコントロールされていたように思う。乱戦でなくば、こちらが嬲られていたかもしれん」

「そうか」

 レイフはそのまま帰陣し、シュダとの応酬は打ち切られた。シュダは超長剣を下げたまま遠ざかるレイフの姿をしばらくの間見つめていた。


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