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魔獣と滅びゆく世界の戦記 ※章立てにより改題(2017.8.04) 作者:椋鳥

本章第一部 一姫当千の許嫁は戦場で火の騎士と踊る

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3 火の騎士

3 火の騎士

 皇国アルカディアの騎士団九百はアルカディア南端に布陣し、国境を接するウェルチ王国やトリアード市民国を横断して広く哨戒活動を実施していた。皇国アルカディアとラナン・クロス共和国は厳密には国土を接しておらず、中間に複数の小国が介在したものだが、それらの諸国は軍事的・政治的に路傍の石と見なされており、主権は蔑ろにされて堂々と軍隊の越境は為されていた。千を数える軍事力を持つ所謂六大国は別格で、リア・ファール大陸における勢力争いは常に六国間で勃発していた。それが故に、小規模国家が六大国の直接の攻撃対象になる例は少なく、進んで大国の争い事に口を出すこともなかった。

 定例の指揮官会議において、シュダ・レプラカーンは本国の情勢を逐一知らされるものであったが、この日は冷めた胸中に熱い思いが去来していた。渉外局と商務局の共同発表により、聖シュライン王国第六藩領との通商が正式に開始されたのだと知らされた。元々第七藩領とは密な関係を構築していたので、これで近隣の二藩領と外交交渉の出来る下地が完成したことになる。

(第六藩領はラナン・クロスとも国交がある。だからこそ意味があるというものだが、ヴェルザンディ公爵は一体どのようにして藩主と手を結んだのだ?)

 列席した上級騎士の大半は、本件情報を聞かされてもだから何だといった無関心を装っていたが、シュダの見たところ、レブサック・スペクター伯爵の一派と目される騎士ナイトの顔色は優れなかった。セレスティアルが打った手は少し頭の回る者であれば、ラナン・クロス共和国との小競り合いに終止符を打つ、まさに起死回生の一手にも成り得ると考えられたし、そうであれば軍務局や内務局が主導した此度の出兵計画は水泡に帰すとも思われた。

 対ラナン・クロス強硬派にとり、和睦や国交の回復などは問題外の話であった。一隊を預かる上級騎士が挙手して発言を求めた。

「哨戒活動からの絞り込みにより、敵本陣のだいたいの居所は掴めております。かくなる上は、早期決着を図るべく全軍をもって攻撃を仕掛けましょう」

 幾人かの指揮官がそれに賛同する形で意見を表明し、全軍を預かる騎士団長の決裁を促した。騎士団長を務めるはフェルゼン・バステト上級騎士で、軍務局では次長職にあり、子爵の位をも有する大物であった。四十代半ばの壮年で気力も十分、二十年を超える軍歴で特に防衛戦闘に秀でた実績を残しており、騎士ナイトたちの信を勝ち得ていた。フェルゼンは上級騎士においては珍しくレブサックの息がかからぬ中立派で、時のサラミス帝に忠義を貫く生粋の騎士ナイトであると言えた。

 フェルゼンは仮設テントに居並ぶ隊長職以上の騎士ナイトたちを一瞥し、重々しい声色で私見を披露した。

「今回の出兵の主眼は、敵の侵攻に対する防衛にある。数で勝っているわけでもなし、こちらから仕掛けるとあらば奇襲ないしは各個撃破以外にあり得ぬ。我々には糧秣の心配もなければ、戦場が自領だけに援軍すら計算できる。ここまで守備に適した状況はなく、卿らは何を根拠に短期決戦を主張するのか?」

 シュダはフェルゼンの言をもっともであると評価したが、レブサック派の騎士ナイトたちは皆納得がいかないという表情で、場を取り巻く空気は圧迫の度合いを増していった。一人の騎士ナイトがおずおずと手を挙げ、それほど積極的でもない姿勢で敵の誘引策を提案した。曰く、少数の部隊で敵を挑発し、隘路まで誘導して伏兵でもって叩く、という防御側にとって利点の大きかろう単純な作戦であった。

 フェルゼンは厳めしい顔をして考え込み、シュダを名指しして意見を求めた。シュダが指名されると、彼の勇名を知る騎士ナイトたちは挙って期待を込め、ほうと息を吐いた。シュダはここで交戦の意欲を封殺しては、後々レブサック派によく思われないであろうことを類推し、敢えて提示された策を推奨する道を選んだ。

「聞くべき点があるかと存じます。こちらが堅く守っていることは、当然敵に知られておりましょう。好機を窺っている今だからこそ、餌に食らいつく可能性があります。挑発部隊の機動力に難さえなければ、例え無視されたとしてそれで終わりな話ですから、こちらにリスクは殆どありません。要である伏兵は全軍の配置と密接に絡みますので、その点には注意が必要かと存じます」

 シュダの解をもってフェルゼンは決断し、作戦が決行に移されることとなった。急戦を主張するレブサックの一派は一応の戦闘開始に納得した模様で、シュダの肩を叩いて賞賛する者すらあった。

(全軍衝突の流れを切ったのだから、これで公爵への義理は果たしたと言えよう。第六藩領をどう口説いたかは分からぬが、当然次なる手も打っていて然るべきだ。公爵の手腕を信じたなら、あとは時間との戦いになる)

 遡ること十数日前。セレスティアルは、聖シュライン王国第六藩領の藩主であるハリバートンとの交渉の席において、特別な策など弄しなかった。準備してきたものは、皇国アルカディアと第七藩領の通商に係る詳細資料と、リア・ファール大陸各地の主要産品の価格指標であった。

 セレスティアルがまず提示したのは、第七藩領が買い付けている農産物や畜産物の量と価格であり、穀物や肉類を如何に大量に、そして安く調達できているかという点を声高に説明した。続けて、第七藩領の工業製品の輸出高が年々伸張している状況を分かりやすく図解で示した。

「どうでしょう?特に鳥や馬は、東部は元より南部ゼオーラの市場での取引価格をも大幅に下回っております。それから麦や綿花は我が国の奨励産業ですから、余所ではここまでの量を工面できないという自負があります。我が国との通商を俯瞰して見て、貴国の第七藩領は大方において利益を得られていると思われませんか?」

「ううむ。貴国は放牧には積極的でなかった筈だが。どうして畜産関係の出荷単価をこうも低く安定させられる?これが見せ金ではないと言い切れるのかね?」

 ハリバートンは提示された資料を通商専門の技官に分析させつつ、弛んだ頬を震わせてセレスティアルに訊ねた。

「それは我々が、生産高でリア・ファール一番の相手から買い付けているからです。勿論、グルファクシーですがね」

「グルファクシーだと?」

 リア・ファール北方の騎馬民族国家の名が出たことで、ハリバートンの表情は硬化した。それは当たり前の話で、聖シュライン王国の聖都プロセルピナは依然グルファクシーによって占拠されており、それが原因で彼の国の政治統制は藩領ごとに分断されていた。

「ハリバートン卿。貴国がグルファクシーを憎悪していることも、戦時中故に没交渉であることも理解しています。ですが、人間は牛や豚、鳥や馬の肉を食べてこそ丈夫な体を作れます。食肉を安価で安定供給することは都市運営において大事ですから、そういった必需品の調達先には敢えて目を瞑るべきです」

 皇国アルカディアが責任をもって仲介させていただきます、というセレスティアルの愚直で真っ直ぐな申し出に、ハリバートンも当面の客気を収めた。第六藩領の技官は畜産物の取引に前向きな提言をしつつも、第七藩領の輸出増加に対して、皇国アルカディアが自国の損失をどう捉えているものかと質した。その問いを受け、セレスティアルは逆にハリバートンへと訊ねた。

「ラナン・クロスから、彼の国の主要産品である工業製品の輸入を増やすよう圧力が掛かっていませんか?」

「それは内政問題に属するでな。回答を差し控えさせて貰う」

「結構です。リナリー君」

「はい。この資料を見ていただきたいのですが、工業製品の出荷高でラナン・クロスは圧倒的な地位を誇ります。ですが近年、大陸中で工業化は進んでおり、中でもゼオーラと貴国の第二藩領の生産高が二桁の伸び率を記録しています。そのせいもあって工業製品の出荷単価は下落傾向にあり、中長期的に流通量は増加しながらも競争がいっそう激しくなるものと推測できます」

 リナリー・リャナンシーが机上に各種資料を広げると、ハリバートンや技官は黙ってそれに目を通した。リナリーは個々の指標や数値の推移を噛み砕いて解説しながら、ラナン・クロス共和国の輸出強制の方針が悪であるとじわじわ刷り込んでいった。そうしておいて、セレスティアルが念押しにと演説をぶった。

「ラナン・クロス一国と突出した通商関係を築いてしまうと、いざ黒字なってみれば圧力がかかり、赤字の状況に陥っても急激な取引の減少は難しくなります。そこで我が国のような、第一次産業を推進する国家を通商に組み込んで、三者間でバランスをとるのです。対ラナン・クロスで損をした分、我々に対して輸出を拡大すればいい。大国をもう一枚噛ませるだけで、貴国にとって便利な調整弁が出来上がるという寸法です」

「ちょっと待て。それはおかしいぞ。そんなに都合の良い話は聞いたことがない。だいたい、三角貿易が成立したとして、貴国が全ての損を押し付けられたのでは、そもそも通商を開く意味などないのではないか?」

「単一の視点では、ハリバートン卿の仰る通りです。ですが、我が国はラナン・クロスとフラガラッハを除いた三十を超える国々と取引があります。一方で赤字を被っても、他に挽回を狙える市場が五万とあるのです。リナリー君」

 セレスティアルに促され、リナリーは新しい資料を提示した。それは国家ごと、市場ごとに産品別で作成された交易資料であり、情報としては国家機密に属する第一級の代物であった。第六藩領の技官は、精緻に整理が為された資料群に驚愕し、「ここまで科学的に計測しているとは・・・」と開いた口がしばらく塞がらなかった。これら数字の下準備こそがセレスティアルの奥の手であり、実際は多少脚色されていたものだが、リナリーの伝で商務局のシンパに製作を依頼していた。連日の徹夜作業を強いられた商務局のテオドール・バッハなどは、「リャナンシー嬢とのデート三回分でも足りないぜ。公爵閣下に、違法に夜酒を飲ませるようお願いしてくれ」と、リナリーに対して強気の返礼を求めたものである。

 セレスティアルとリナリーが世情を良く分析しており、理詰めで説得にかかるものだから、ハリバートンは拍子抜けして受け身に一辺倒に回っていた。ハリバートンは、戦争状態にある二国間の調停を頼まれるものとばかり先入観をもって臨んでいたので、あとはそれに係る支度金を幾ら積まれるものかと、ただ皮算用だけを済ませて出席していた。ところが一転して科学的な通商交渉を持ち込まれ、ハリバートンもそこは藩領の統治者であり、提示された内容に妥当性が多々見受けられるものだから、ラナン・クロス共和国への配慮などどこ吹く風と考えを改めざるを得なかった。

 話が一定程度まとまりかけたあたりで、セレスティアルは重々しい体で身を乗り出し、ハリバートンに対して頭を下げた。

「つきましては、通商関係が無事構築できました暁に、お願いがございます。ハリバートン卿と第六藩領のお力をもって、ラナン・クロスの国防軍に撤兵を促していただきたく。事後に決してご迷惑をお掛けせぬよう、渉外局として万全の戦後処理に務めます故・・・・・・」

「やはり損をとっても得をとりに来たか。・・・・・・第七藩領には、既に話を通してあるのだね?」

 ハリバートンの問いに、リナリーが第六藩領の了解を得ている旨を返事した。ハリバートンは頷くと腕を組み、目を閉じて熟考した。そうして、藩主の権限において全てを承諾すると宣言した。

 セレスティアルとリナリーは商務局の人間を伴っていなかったので、正式な通商開始の調印は些か遅れるものと見込まれた。アルカディア軍とラナン・クロス軍の戦端はいつ開かれてもおかしくなかったが、セレスティアルは彼の職責においてここで停戦へと向けた工作を無理に急がせるわけにはいかなかった。焦って動いてハリバートンに変節されては元も子もなかったので、そこは自重して友好的に散会しようとした。

 だが、ハリバートンはそんなセレスティアルの心中を見透かしていた。その上で、第六藩領と連携しての停戦要請を、通商の締結と並行して早期に進めたいと打診した。

「ハリバートン卿・・・・・・」

「ヴェルザンディ公。公には公の目的があれど、提案自体は実に誠意に基づいたものであった。なれば、私も誠意で返さねば聖シュラインの名に傷が付こうというもの。それに、貴国もラナン・クロス共和国も我が藩領にとって大事な得意先であることは変わらぬ。戦火は全ての経済活動に影響を及ぼす故、それを調停するというのは私にとっても大きな利があるのだよ」

 ハリバートンはそう言って手を差し出し、セレスティアルとがっちり握手をした。

(レイフ・ヤタガラスよ。共和国にとっては、君がヴェルザンディ公を逮捕なりしておかなかったことが悔やまれる事態になったようだ。だが、若い君には無限の未来がある。君の剣腕が試される機会など幾度となく訪れよう。せいぜい私を、余り恨んでくれるな)


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