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魔獣と滅びゆく世界の戦記 ※章立てにより改題(2017.8.04) 作者:椋鳥

本章第一部 一姫当千の許嫁は戦場で火の騎士と踊る

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2 共和国の彗星-3

***


 ラナン・クロス共和国国防軍の参謀本部庁舎は七階建ての壮観な造作で、高層建築技術の粋が凝らされていた。マテウス広しと言えども共和国議会の本会議場以外に比肩する建造物など見当たらず、軍部の威信が表れていた。入口、受付、廊下や階段といった至る所で厳重な警戒態勢が敷かれていて、士官であるレイフ・ヤタガラスやクロエ・クインシーであっても逐一身分の確認がなされた上で通行することができた。

 呼び出しを受けている参謀本部人事課は六階に部屋を構えていたので、レイフは何故か官舎からそのまま付いてきているクロエを従えて階段を上った。

「レイフ様!やっとお戻りになられましたね」

 人事課へと続く長い廊下の先から、レイフを呼ばう瑞々しい嬌声が響いた。レイフは声の主を知っていたので、横目でこっそりクロエの顔色を窺った。案の定、クロエの美しい顔には一抹の影が差しており、レイフは居心地の悪さを覚えた。

「昨晩、お宅に伺ったんですよ。でもレイフ様ったら、ちっともお帰りになられなくて」

 現れたのは、黒地に銀糸で刺繍の施された軍服姿をした、未だ少女の域を出ていない可憐な娘であった。肩までの銀髪やくりくりとした大きな瞳が印象的な、元気さの際立つ美少女であった。

「・・・・・・ボルジア少尉。昨日は姉の家を訪ねていた。兄も合流して、家族水入らずだったんだ」

「これまで通りニナリスと呼んでください。帰任されて早々姓でお呼びになるなんて、他人行儀が過ぎますよ。あ、お姉様ということは、ベルアールの家に集まっておいでに?でしたら私も参れば良かった。ベルアール家の者とは、昔から馴染みがあるんです」

 ニナリス・ボルジアは笑顔で言いながら、レイフと腕を組んで密着した。横でクロエが咳払いなどするが、ニナリスが意に介した様子はなかった。レイフは諦め顔で小さく息を吐くと、「ここは参謀本部だから」と言って、優しくニナリスの腕を剥がした。

 ニナリスは姓の通りにボルジアの一族で、それも当主であるダイダロス・ボルジアの末娘という重要人物であった。若干十八という年齢にあって、彼女は士官学校を経ずして少尉の位を得ていた。それはただの身内贔屓ではなく、彼女が得意とするのは星術アーティファクトであった。ニナリスは幼少時より聖シュライン王国の聖院ラトに遊学し、星術アーティファクトの修得に時間を費やしてきた。

 二年前、ニナリスが聖院からラナン・クロス共和国へ帰還するに際し、国防軍の戦士と士官学校の学生たちが帰路の護衛を任された。そこにレイフが配置されていたことで、ニナリスは彼と面識を持った。ニナリスは野良の魔獣ベスティアを簡単に打ち負かす学生・レイフの実力と容姿とストイックな心根に惹かれ、それ以来何かと彼にまとわりつくようになった。

「人事課で何のお達しがあるか、教えて差し上げます。だって私、前もってお父様から聞かされていますから」

 ニナリスが流し目をくれたのはクロエに対してで、クインシー一派にはない政治力をここぞとばかりに誇示して見せた。レイフは表立ってはボルジア家の横暴に抗議の意を示さなかったが、内心ではうんざりさせられていた。ボルジアの系譜は一事が万事これであり、真面目に軍人を志した者には厳しい現実と言えた。

 ある程度耐性ができているレイフは、どうせすぐ後に聞かされるのだからと、ニナリスに先を促した。

「ちなみに。クロエ・クインシー中尉殿は、レイフ様の後ろの時刻に呼び出されているんです。西部地区の魔獣ベスティア討伐隊へ志願していたんですよね?それ自体は受理されましたよ」

 レイフはさもありなんと思いクロエを振り返った。クロエは常々人間同士が相争う戦争というものに嫌悪の情を露わにしており、率先して魔獣ベスティア狩りの危険任務に志願していた。同じ軍閥の生まれであってもレイフはクロエほどに潔癖ではなく、軍人同士の命の奪い合いは、人間の尊厳と何ら関係のない戦術単位の加減乗除の話であると割り切っていた。勿論彼に殺人衝動などはなく、敵を殺さないで済む状況であれば喜んで剣を引くくらいの常識は持ち合わせていた。

「でもね、クインシー中尉殿。わざわざ派閥に頼んでまでねじ込んだレイフ様の同行は、流石に叶いませんでしたよ。フフ。レイフ様は私と一緒に、皇国アルカディア戦線への増派要員に決まってますから」

「俺が増派要員・・・・・・?ニナリス。アルカディア戦線の戦況は、こちらに不利に進んでいるのか?」

「敵がこちらと同規模の迎撃部隊を出してきたんです。それで、慌てて数百規模の混成部隊を組織するのだとか。レイフ様の名前が挙がっていたので、私も入れて貰っちゃいました」

「対アルカディア騎士団か・・・・・・悪くない。武名を馳せる良い機会だ」

 レイフはクロエが裏工作していたというニナリスの話も忘れ、戦前の高揚した気分に包まれていた。国防軍の軍人である以上、大規模な戦闘において功を立てることが出世への一番の近道であり、此度参戦が叶えばヤタガラス家復興までの道のりも段違いに短くなると考えられた。

 クロエが些か消沈した口振りでニナリスに質した。

「少尉は戦地へ赴くことに何の躊躇いもないの?人が人を殺すということは、その分だけ業を背負うことになる。だから私は、人ではなく魔獣ベスティアを殺す道を望んだわ」

「そんなこと。そもそも軍人になる道を選ばなければ済んだ話ですよね?私はお父様とボルジアの家に喜んで欲しいから、選んで軍人になった。アルカディア騎士団の連中だって、裏にどんな理由があっても選択して軍籍に身を置いたんですから。この段になって、命の奪い合いをするのに躊躇するいわれはありません」

「・・・・・・そう」

「中尉殿。あなたのお父上は、リア・ファールでも比類無き戦士でしたよね?大剣豪アズライール・クインシー。彼はその地位と名声を得られるまでに、いったいどれだけの血を流させたのです?幾百と人を斬り殺した手で貴女を育て上げたというのに、娘が似非の人道主義に走るなんて、どうにも報われない話じゃないですか」

 レイフはニナリスの苛烈な責め句に閉口し、そこまでにするよう横から諫めた。士官が参謀本部庁舎でする議論ではなかったし、ニナリスが持ち出した理屈は、レイフにとっても生易しい問題ではないように思われた。

 二人を廊下に残して、レイフは参謀本部の人事課を訪ねた。出された辞令はニナリスから聞いていたものと寸分違わぬ代物で、レイフは本日付けで、皇国アルカディア方面混成派遣軍の小部隊・十名を率いることとなった。特別に副長が付くとの付帯条項があり、これもニナリスが言った通りに彼女がその任を負っていた。出撃は二日後で、総勢百五十の派遣軍を指揮するのはヴィクター・ベイロード中佐ということであった。

(ベイロード中佐はクインシー派の中核的存在だ。指揮に剣才にどちらも堅実で、実績から見て申し分はないだろう。・・・・・・問題は、百五十も集えばボルジア派の軍人も相当な数に上る筈で、急造部隊にありがちな連携の不和が予想されるといったところか)

 レイフは自分に続いて人事課に顔を出したクロエの戻りを待つことなく、ニナリスを伴って臨時の部隊指揮所へと向かった。営地は参謀本部庁舎とは異なり、都市の外縁寄りに設けられていた。それは単に、広い敷地の確保が辺鄙な土地でしか成し得ないだけの話であった。広大な平地に無数の仮設テントが準備されており、武具兵糧などが運搬されている様を目にすると、俄かにレイフの体温が上昇した。

 マテウスに帰還したばかりのレイフが辞令最終組にあたり、プレハブ建ての些末な小屋に足を踏み入れて指揮官に挨拶をしたのは、部隊長では最後の一人となった。

「遅かったな、ヤタガラス中尉。それと、ボルジア少尉か」

 ヴィクター・ベイロードは三十路に入ったばかりの気鋭の軍人で、経験に裏打ちのされた自信とボルジア派への軽蔑がありありと表情に浮かんでいた。左手で短髪をかき上げてから左頬の傷痕をさすり、値踏みするような目付きでレイフの顔をじっと睨んだ。

 ニナリスがその態度に苛立ちを募らせているのは分かっていたが、レイフ個人はヴィクターに対して含むところがなかったので、向けられた微妙な視線を素通しした。ヴィクターは部隊編成が書かれた紙片を手元に引き寄せて眺め、今一度レイフとニナリスを睥睨した。

「中尉が率いるのは第十四部隊だ。といっても、たかだか前衛百と後衛五十の小所帯だ。十五名いる部隊長には、ただ俺の指示を手堅く遂行することだけを望む。分かったな?命令通りやればいい。出発は明後日の早朝だから、今日明日の内に部隊を掌握しておくように。部隊のテントはこの後副官から伝える。以上だ。下がれ」

「有り難うございます。微力ながら最善を尽くします」

「言われた通りに動くだけの役割で最善を尽くすとは、大仰な物言いだな、中尉。アズライール師に教わったとは思えん迂遠さだ。軍務の最中に言葉を飾り立てる愚行なぞ、どこぞの卑しい一派だけで十分なのだが」

 ヴィクターの挑発にニナリスが口を開きかけたが、レイフはそれを手で制した。ボルジアの末娘を庇うその所作がまたヴィクターを苛立たせたものだが、そこは三人とも高級軍人であったので、その場はお開きとなった。

 ヴィクターの副官・シュザンナがレイフらに営地の地図を手渡し、諸注意を語って聞かせた。説明を丹念に聞いているレイフの横顔を、ヴィクターはしつこく棘のある目線で追っていた。彼は故人アズライール・クインシーに心酔している戦士であり、アズライールの娘であるクロエをも姫君として半ば神聖視していた。レイフが彼女と婚約関係にあることは周知であったが、そのレイフが最近とみにボルジア一派に接近しているとあっては、クインシー派筆頭のヴィクターからして内心穏やかではいられなかった。

 そこへ来て、参謀本部からのごり押しでレイフの補佐役としてニナリス・ボルジアがやって来たことから、ヴィクターの不信は一気に増大した。

(レイフ・ヤタガラス。使い物にならないようであれば、即刻排除する。今の腐敗した国防軍に無駄飯食らいを飼っておく余裕など一切ないのだからな)

 二日後、出発を間近に控えた派遣軍の下に、政府の急使が飛んできた。急使は出兵に無関係とも思えぬ貴重な情報をもたらした。それを確認したヴィクターは、当該事案に精通していると思しき者として、レイフを呼びつけた。そして、頬の傷痕をさすりながら難しい顔をして、急使の一報をレイフに伝えた。

 聖シュライン王国の第六藩領が、皇国アルカディアとの通商開始を宣言したのであった。

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