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魔獣と滅びゆく世界の戦記 ※章立てにより改題(2017.8.04) 作者:椋鳥

本章第一部 一姫当千の許嫁は戦場で火の騎士と踊る

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2 共和国の彗星-2

***


 レイフは超長剣の鞘を払った。禍津神マガツカミの鋭利な剣身は黒光りし、触れた端から大気を裂くかのような迫力があった。レイフに同行していた文官たちは、相対する魔獣ベスティアよりも禍津神マガツカミにより恐怖を覚えるほどであった。

 二匹の魔獣ベスティアはヒト型の亜獣で、頭部の左右から角を生やし、背には蝙蝠と似た翼を備えていた。全身の色は毒々しい緑色で、目や口にあたる部位が空洞になっており、そこにはただ虚無が広がっていた。手足の先に爪とはまた違った尖形の刃を伸ばしていて、それらを駆使して人間を襲うのであった。

 リア・ファール大陸の西部地域においては近年、野良の魔獣ベスティアに遭遇することは珍しくなくなっていた。レイフと文官三名は、一騎と二頭立ての馬車一台でラナン・クロス共和国の国都マテウスを目指していた道中、この亜獣二匹の襲撃を受けた。レイフは自分の馬を馬車に繋ぎ留め、徒歩で亜獣の対処に向かった。

 ヤタガラス家の家宝である禍津神マガツカミはレイフの手によく馴染んでおり、彼は躊躇せず亜獣へ接近すると、横一閃に剣を振るった。一匹の亜獣が腹部で両断されて上半身と下半身とに分かれ、そのまま星力レリックの煙を立ち上らせて塵と消えた。レイフはその足でもう一匹との間合いを詰め、禍津神マガツカミで一突きにして殺した。

 圧倒的な剣腕と星力レリックの充実であった。

 僅かな時間で亜獣を制してみせたレイフの手腕に、ラナン・クロス共和国の文官たちは羨望のみならず畏怖の対象ともした。レイフが大剣豪アズライール・クインシーの直弟子であることは公となっているので、彼の戦闘技術が極まっていることは承知していたものの、いざ鬼神の如き強さを目の当たりにすると、平凡な人間には恐ろしさが先に立つのであった。

 危急を救われた形の同行者たちが、感謝を表明こそすれぎくしゃくとした態度で自分に接するようになった現実を、レイフは特に何とも思わなかった。彼にとって他者に認められることと畏怖されることに大した違いなどなく、功を立てることだけにひたすら執着していた。

 国都マテウスに帰還して二日を経ると、レイフが亜獣二匹を瞬時に殺した事件はあっという間に広まっていた。レイフが聖シュライン王国第六藩領で活躍した実績も相まって、国防軍内における彼の注目度は日に日に高まっていた。

 レイフにあてがわれている単身者向けの官舎は集合住宅の一室で、士官用ということもあって彼一人が暮らすには十分な広さを有していた。久方ぶりの完全休養日を終えたレイフは、国防軍の参謀本部へと出仕するべく早起きをして屋外で剣の素振りに精を出していた。

「レイフ。良かった。いてくれた」

 朝日を浴びながら禍津神マガツカミを振るうレイフへと声を掛けたのは、腰までの長い黒髪を風になびかせた軍服姿の美女であった。レイフと歳を同じくする女はすらりと細身で背が高く、大きな紫紺の瞳は濡れて艶やかに輝いていた。その腕には紙袋が収まっており、中からパンや果物が覗いていた。

 女は名を、クロエ・クインシーといった。

「レイフ。朝食はまだでしょう?軽いものを準備するから、食べていって」

「頼んでいない」

「私がやりたいの。だって、久しぶりに帰って来たというのに、昨日も一昨日も姿を見せないのだもの」

 決して責める調子ではなく、会えて嬉しいといった喜びを満面に浮かべてクロエはいそいそとレイフの部屋に入っていった。レイフは彼女の背が戸内に消えるまで眺めてから、変わらぬ無表情で素振りを続行した。

 クロエ・クインシーはラナン・クロス共和国国防軍の中尉で、かの大剣豪アズライール・クインシーの次女として広く名を知られていた。士官学校の在籍年代でいえばレイフと同期に当たり、クロエこそが同代の首席卒業者であった。彼女の父アズライールは、ヤタガラス家の前当主ことレイフの亡き父と親しくしていた時期があり、十数年も前の話になるが、互いの子たちを法的に婚約させていた。アズライールは短い期間でこそあれレイフの剣の師でもあったので、その関係性を一笑に付すわけにはいかなかった。

 話が複雑なのは、十二年前のクーデター未遂事件が二人の関係に影を落とすからであった。国防軍の重鎮が首謀者として多数検挙され、レイフの父もそれに連座して失脚した。レイフの父は「これは罠だ」と事実無根を訴え続け、それから心身を煩って憤死した。事件後、国防軍は時の政権からさまざまな形でメスを入れられ、独自の権限を大幅に失って弱体化した。そのような状況からダイダロス・ボルジアという傑物が台頭し、十年を費やして国内における軍部の発言力を回復させることに成功した。ボルジアの一派は国防軍内で神聖視されるほどに強大化していて、派閥に睨まれれば軍人として出世の道が無いものとされていた。

 レイフは父の無念を晴らすべく、士官学校で飛び抜けて優秀な成績を修め、エリートとして国防軍に入隊した。そこで壁となったのが、アズライール・クインシーとの関係値であった。大剣豪アズライールは内外に知られたラナン・クロス共和国の英雄であったが、その取り巻きはボルジア一派と一線を画しており、勢力でこそ劣るものの独自の集団を形成していた。当初レイフはクインシー派と目されていたが、それによって不利益を被ることを彼は良しとしなかった。

 そんな矢先、レイフの兄がボルジア派に転向し、派閥の息がかかった地位を獲得した。さらにレイフの姉がボルジアの一族に嫁いだことで、国防軍内部におけるレイフの立場が非常に流動的なものへと変化した。無論、レイフは師への恩義を忘れていなかったし、何よりクロエとの交流は幼い頃から大切なものとして育ててきた。しかし、没落したヤタガラス家を復興させる前提でボルジア派と事を構えるのというのは無謀以外の何ものでもなく、レイフは難しい選択を迫られていた。実際のところ、ボルジア一派は兄や姉を通じてあれこれとレイフへ接触を試みており、一度首を立てに振れば彼の地位がいっそう磐石になることは疑いなかった。

「どうぞ。このパンがね、すごく美味しいの。レイフが聖シュラインに行っている間に開店したお店のパンなのだけれど、手焼きで良い仕事をするのよ」

 素振りを終え、シャワーで汗を流したレイフが部屋に戻ると、パンやらスープやらデザートの果物やらが卓上に勢揃いしていた。ミルクを温めていたクロエが着席したレイフに澄まし顔でカップを差し出した。レイフは黙ってそれを受け取り、ライ麦で作られたらしきパンにかじり付いた。パンはクロエが言った通りに絶品で、レイフは小さく頷くとミルクで喉に流し込んだ。

 レイフの仕草と表情からパンが合格点を貰えたようだと察したクロエは、彼女も黙ってただ微笑んでいた。

「荷物、解いていないようだけれど。差し支えなければ、片付けましょうか?」

 レイフからは肯定も否定も返事がなかったが、付き合いの長いクロエはそれを良しと受け取って荷解きを始めた。荷物といっても革袋が二つだけで、着替えや軍の備品以外に私物は殆ど見当たらなかった。

「お兄様やお姉様には、挨拶してきたの?」

「昨日顔を出した」

「誉められたでしょう。レイフ、向こうでもお手柄だったみたいだから」

「ボルジアに忠誠を誓うよう詰め寄られた。兄も姉も、自分事だから加減を知らない」

 レイフは隠すことなく真実を告げた。国防軍の後方勤務で大尉の地位にある兄は、自分に続けて弟がボルジア派に属することで、それこそがヤタガラス家の復興であると酷く冷静に指摘し、レイフの説得に努めた。姉は感情的に哀願し、自分の夫の機嫌を損ねるからと、クインシー派との接点を即座に断つよう求めてきた。

 クロエの手が一瞬止まるも、衣類を畳み直す作業はすぐに再開された。クロエは現状をよく理解しており、レイフの行動に指図したり束縛するような振りは一度も見せなかった。一度ならず、レイフは「俺の側にいると、お前もクインシー派の中で立場を失いかねないぞ」と忠告したものだが、クロエは曖昧な笑顔を見せるだけで意見を表明したり態度を変えたりはしなかった。

 レイフはクロエがいつも通り無反応なことを確かめると、それ以上は何も言わずに朝食を続けた。何れ近い内に決断を下さねばならないと分かっていたが、レイフはその時までは中立を貫くとも決めていた。

(流れに身を任せれば、クロエに世話を焼いてもらうことは無くなる。それは父や師匠の遺言に背くことだ。だが、ボルジアに飼われたならば。一時の恥を忍びさえして功を挙げ続けたなら、高みにまで達せられるかもしれない。父や母の無念を晴らすことができるかもしれない。それに代えられるほど価値があるものなど、俺にはない)

 食事を終えたレイフは軍服に袖を通しつつ、しおらしく片付けなど始めたクロエに話し掛けた。

「ここだけの話だ。帰任間際に、アルカディアの外交特使と事を構えた。向こうが星術アーティファクトを盾に抵抗したものだから、決着を付け損ねた。随分な大物だったから、後悔が尽きない」

 レイフがこうして弱音を吐ける相手は幼馴染であるクロエをおいて他になく、意図せず阿吽の呼吸で大事をも打ち明けることが出来た。

「レイフが出し抜かれたなら、相手が上手く立ち回れたということ。そこは気にせず、身の安全を安堵していれば良いんじゃないかしら。大物獲りの機会なんて、これからいくらでも巡ってくるわ」

「それはそうだ。ぐずぐずと割り切れないのは、相手が皇族だったからさ。セレスティアル・ヴェルザンディ。先の皇太子だ」

「セレスティアル・・・・・・」

「クロエ?」

「なんでもない。セレスティアル・ヴェルザンディが星術アーティファクトを?」

「いや。付き人の女だった。大物だけあって、星術士アーティフィサーを従えていたわけだ。敵意を気取られるあたり、俺もまだまだ甘い」

「そう。レイフの気配を読むなんて、その女星術士アーティフィサーは余程優秀な使い手だったんでしょうね。正面から戦わなくて正解よ」

 クロエから励まされたことで溜飲を下げ、レイフはこの話題を切り上げた。それとは対照的にクロエの目元に緊張の影がちらついていたのだが、レイフが気付くことはなかった。


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