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魔獣と滅びゆく世界の戦記 ※章立てにより改題(2017.8.04) 作者:椋鳥

本章第一部 一姫当千の許嫁は戦場で火の騎士と踊る

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2 共和国の彗星

2 共和国の彗星

 レイフ・ヤタガラスは国防軍中尉の辞令を受け、任地である聖シュライン王国第六藩領内ラナン・クロス共和国在外商館付武官の任務を交代することとなった。士官学校を出て少尉となり、一度の作戦に参加した後この地へ任官したレイフにとって、商館付武官という地位は六ヶ月を過ごしただけの退屈なものでしかなかった。

 触れなば斬られると噂される鋭い目付きに、夜の闇がよく似合うと賞賛される黒髪。二十二という年齢よりは容貌が幼く映るものの、すらりと高い身長に整った顔立ちとあって、国防軍の内外を問わず、女性からレイフへと寄せられる好意は勢いが増す一方であった。レイフはラナン・クロス共和国の士官学校を次席で卒業しており、その優秀さと彼を取り巻く環境の複雑さから注目を一身に集めていた。

「ヤタガラス少尉。いや、もう中尉だったね。短い期間ではあったが、君がいなくなってしまうことを非常に残念に思うよ」

 聖シュライン王国第六藩領の藩庁はちょっとした戦城のような頑健な造りをしていて、レイフが藩主と謁見している奥の間に至るまで、警備は幾重にも配置されていた。藩主であるハリバートンはこれまでラナン・クロス共和国の軍人であるレイフを重用してきた。それは第六藩領内の魔獣ベスティアや盗賊征伐において、彼が抜きんでた働きで期待に応えてきた経緯から成った。

 背もたれと手すりが付いた豪奢な座に窮屈そうに収まるハリバートンは、五十を過ぎて肉体が豊満になるばかりで、今では自身が司る兵士たちを直接指揮することもなくなっていた。美醜において対照的なハリバートンとレイフであったが、元は屈強な戦士であった老いた前者が若き後者を妬むことはなく、むしろ後見して手柄を立てさせることに躍起になっていた。

「有り難きお言葉。ですが、私が離れようと国防軍からは後任が参りますし、商館には筆頭武官や次席武官が引き続き詰めております。ハリバートン卿におかれましては、全くご心配には及びません」

「そんな謙遜はいらないよ、中尉。魔獣ベスティアを一刀の下に斬り伏せることが出来る戦士など、貴国の商館はおろか我が部隊にもおるまい。流石は大剣豪アズライール・クインシーの弟子。このまま私に仕えてくれたなら、すぐにでも剣術指南役に任じて幹部候補として起用するのだがね」

「勿体なきお言葉。なれど、私はラナン・クロス共和国の軍人であり、ヤタガラス家の戦士です。お受け致すわけには参りません」

 レイフは未練なく言い切り、ハリバートンの粘着質な視線をもばっさりと切った。退任の挨拶を一言二言交わすだけのつもりが、ハリバートンの名残は尽きないようであった。

「そこだよ。本国に戻ったら注意するといい。君がクインシーの流派を継いでいる点は長所であるが、それは急所にも成り得る。共和国の国防軍で家名の隆盛を成し遂げたいのであれば、クインシーの後光を極力隠してボルジアの威光に頭を垂れる他ない。君は聡いから、よく分かっているだろうがね」

 ハリバートンの指摘など今更のもので、レイフは特に心を揺さぶられることもなくただ頷きだけを返した。

「それと、これは餞別だがね。先日アルカディアから接触があった。近々政府渉外局の上層部がここを訪れることになっている」

 レイフの茶色がかった黒瞳に光が走った。

「・・・・・・何ですと?ハリバートン卿、それは何時のことです?」

「さてな。日時を取り決めたものではないのだよ。早馬の着いた時点から考慮すれば、一行がそろそろ到着しておかしくはない。私はね、この情報を貴国の商館には伝えていない。なぜなら、これはあくまで我が藩領の内政問題だからだ。分かるな?」

「仮定の話ですが。アルカディアの一行がハリバートン卿に謁見する前に失踪しても、問題になりませんので?」

「この藩庁に一歩でも足を踏み入れた時点で、如何なる者も私の客人となる。なればそれは、聖シュライン王国の客人でもある。国家の威信にかけて、その者等の身の安全を守らねばならない理屈だ。だが、客人でもない旅の一行がどうなろうと私の関知するところではない。そして、私はこの内政問題を公式のものとして貴国に相談するつもりはない」

 ハリバートンの濁った目が妖しい輝きを発し、レイフに独断専行で功を立てるよう言葉以上の圧でもって囁いた。レイフは言質を与えることはせず、ただ礼だけを述べて藩主の下を辞した。彼は一駐在武官である己が職分を理解しており、ハリバートンと必要以上に癒着する気など微塵もなかった。それでも功績が目の前をちらつく現状は捨て置けず、生じた葛藤とどう折り合いを付けたものか悩ましく思った。

 ヤタガラスの家系は、ラナン・クロス共和国で知られた軍閥であった。しかし十二年前のクーデター未遂事件に連座して、当時当主であったレイフの父は失脚し、失意の内に憤死した。実母は世を儚んで後追い自殺してしまい、不幸が伝染するかのように一族郎党が不遇を重ね、ヤタガラスの家は瞬く間に没落した。

 寄る辺がないレイフを助けたのは、父と親交が深かった大剣豪アズライール・クインシーで、彼の口添えもあって、レイフや彼の実兄は父の罪科に連座することなく全てを不問に付された。以来、レイフは家名の復興だけを目的として、たゆまぬ努力を続けてきた。そんな彼の目に、敵国の政権幹部が極秘裏に近くを訪れているという情報は、何とも魅力的なものと映った。

(奴の口車に乗って軽率な判断をするのは禁物だ。取り敢えずは、庁下を警戒するに止めよう)

 レイフはハリバートンを政治家であると規定しており、軍人である自分の浅慮では手玉に取られる恐れがあると考えた。自らの責で国家間の信用を毀損しては元も子もないという、至極真っ当な結論を出すに当たり、もやもやした巧妙心との折衷案として、周辺を警邏するに至った。

 軍務経験こそ浅いが、レイフの軍人としての素養は国防軍上層部も得難いものと認めており、彼は直感を最大限に活用して街中の違和感を探し求めた。大通りを賑わす露店や行商、行き交う市民を大局的に眺めやり、個ではなく全体の流れの中に不穏な気配がないものか確認を続けた。

 まだ白昼ではあったものの、そろそろ諦めようかと思案し始めたその時、レイフの脳裏に閃きが走った。フードの付いた辛子色の外套に身を包んだ二人組の仕草から、何とも言えないぎこちなさを嗅ぎ取った。疑念が確信へと変わったのは、二人組がレイフの尾行に対して一定の距離を保ちつつ遠ざかる動きを見せたことに因った。すかさずレイフは突っ込んだ。

「そこの二人!フードの二人だ。ちょっと待て」

 レイフが追い付いた時、二人組は路地裏の閑静な一角に逃げ込んでいた。道が入り組んだあたりで見晴らしはよくなく、正しく人目につかない立地と言えた。

「・・・・・・何でしょう?」

 女の声で返答があった。背が低い方を女と認定し、レイフはそれであっても少しも警戒を解かなかった。腰の帯剣を誇示するうようにして、レイフは自らの身分を明らかにした。

「私はラナン・クロス共和国在外商館付武官のレイフ・ヤタガラス中尉だ。藩庁から不審者の通報があって、警邏任務の最中にある。人相改め故、フードを取って身分を明かしてもらおう」

 背の低い側がもう一方へとこそこそ伺いを立て、二人組は何れもフードを外した。現れたのは、金髪碧眼の青年と蜂蜜色の髪を肩上でカールさせた女性で、レイフは一見して二人が一般人ではないと察知した。

(偶然にしては出来すぎだが、この二人がアルカディアの使者なのだろうな)

 レイフが向ける射るような督促の視線に対して、金髪の青年がそれを受け止める形で声を発した。

「ヤタガラス中尉殿。私たちは聖シュライン王国を騒がせる類の人間ではありません。藩主であるハリバートン様に用件があって参った次第です」

「ほう。いきなり身分を明かすとは剛毅だな。ならば名乗ってみろ」

「皇国アルカディアで渉外局長を努めるセレスティアル・ヴェルザンディと申します。こちらは補佐官のリナリー・リャナンシー。あくまで外交使節団ですので、ここで武力の衝突を望むものではありません」

 レイフは間合いを詰めるように一歩を踏み出しつつ、腰の剣に手を伸ばし掛けた。

「待ちなさい!剣に手をかけたら、それをもって交戦の合図と見なします」

 リナリー・リャナンシーが迫力のある声で恫喝したことにより、レイフは一旦動きを止めた。それでも剣腕に自信を持つレイフからして、皇国アルカディアの文官こと外交官がどれだけ威勢がよかろうとも、恐れる筋合いなどまるでなかった。

 だが、レイフはすぐに考えを改めた。リナリーと紹介された女が、半身で素手を前に出して構えていた。その腕からは鬼気迫るプレッシャーが発せられており、レイフは戦士の勘としてそれを錯覚などではないと確信した。

(・・・・・・恐らくは、星術アーティファクト。しかし、発動までに時間を要する筈。俺から逃れる間に並行起動を済ませたといったところか)

 客観的に状況を分析し、レイフはそのまま身動きを止めていた。一流の星術士アーティフィサーが扱う星術アーティファクトの威力は士官学校の講義でも再三教わっており、発動待った無しの術に対して剣は無力に近いと考えられた。星術アーティファクトは確率で失敗を伴い、そうなれば術者に威力が返るものであるが、それを計算に入れて斬りかかるというのはレイフの戦術思考に合致しなかった。彼が実現すべきは家名の再興であり、それは博打で命を張るようなやり方で掴み取れるとも思えなかった。

 レイフが動かぬことで、セレスティアル・ヴェルザンディはその場に交渉の余地を見出した。

「話が通じる方で良かった。ヤタガラス中尉。見抜かれたでしょうが、リナリー君には星術アーティファクトを準備させていました。ですから、お互いのため、ここは私たちを見逃していただきたい」

「セレスティアル・ヴェルザンディ。それは、アルカディア皇太子の名だ」

「元皇太子です。廃立されまして、今はいち渉外局長の任にあります」

「大物には違いない。ここで命を懸けて闘り合う価値はあると思うがな」

「そうは思っていないのでしょう?命は易々と天秤にかけるものではありませんよ。先ほど申し上げた通り、私たちは外交交渉に訪れただけで、破壊工作や軍事行動に従事する予定はないのです。どうかお目こぼしをお願いしたい」

 レイフとセレスティアルが駆け引きを続ける間、リナリーは一時も気を抜くことなく星術アーティファクトの下準備に余念がなかった。敵が交渉決裂の意思を見せれば術を発動させるつもりでおり、彼女にとってセレスティアルの無事が最優先事項であった。

 レイフは眼前の獲物の大きさに後ろ髪を引かれつつも、これが正規の作戦行動ではなかった為に、あっさりと手を引く決断を下した。二人に背を向けると、何ら言葉を残すことなく場を後にした。

(ハリバートンは狡猾な男だ。大方この者らが自らの下に到達したなら、交渉によって何ものかを差し出す羽目になると邪推したのだろう。首尾良く俺が始末すれば問題なし。例え出来なくとも、俺に貸しを作ったと見なすに違いない。・・・・・・これは、大人しく商館に連絡を付ける道が正解だったのだろうな)

 血気が盛んであったと反省しつつ、それでもレイフは何も失っていないのだと自身に言い聞かせ、本国への帰途に着くべく商館に向かった。レイフにはまだ前途があり、一つところに停滞するなど彼の目標からして許されざるべき愚行であった。

(セレスティアル・ヴェルザンディとリナリー・リャナンシー。顔は覚えた。次はこうはいかない)


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