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魔獣と滅びゆく世界の戦記 ※章立てにより改題(2017.8.04) 作者:椋鳥

本章第一部 一姫当千の許嫁は戦場で火の騎士と踊る

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1 皇国の賢鷹-3

***


 アルカディア皇都ティアマトの夜は早く終わる。

 皇帝サラミスの名において、商業活動の深夜営業には厳しい規制がかけられており、星空の下では大通りにも人影がなかった。道行くは目を光らせてパトロールに精を出す官憲のみで、大国の首都に相応しい享楽や喧噪の匂いは感じられなかった。夜の娯楽は国民生活を堕落させ、国家の生産性を低下させる害悪である。そういった主旨で同時に発布された深夜の外出禁止令であったが、当然のように皇都民の大いなる反発を招いた。労働者階級の者たちからすれば、ただでさえ厳しい労役や税負担に耐えていたところに、少なくない喜びであった夜の酒盛りや風俗産業を取り上げられては、息抜きの場がなくなろうというものであった。商業関係者も消費の冷え込みを憂慮し声を上げた。

 民の恨み節に、皇帝は恫喝でもって応じた。禁止令の違反者を一斉に取り締まり、対象者全てに厳格な刑罰を下した。指定時間以降に娯楽を提供した商店は見せしめとばかりに取り潰しに遭い、やがて皇帝と国家の武力に恐怖した皇都民は涙を堪えて膝を屈した。他国よりティアマトを訪れた観光者や商売人は皆、寂莫とした夜の都を見て、ここが死人の都なのではないかという疑念すら抱いた。

「客の目がないから、私たちはこうして酒を酌み交わすことができる。これは僥倖なのやら嘆かわしいやら。早いところ、都市生活を正常化させたいものだよ」

 セレスティアル・ヴェルザンディは、自分たち以外に客のない酒場を揶揄して隣人へと語りかけた。カウンターに腰を落ち着けたセレスティアルと客人の向かいに初老のバーテンダーが一人いるのみで、皇都ティアマトの地下に店を構えた「悪魔の蹄亭」は、看板も出さずにひっそりと営業していた。

「皇帝陛下の長子ともあろう御方が、法令に背いたばかりか公権批判ですか。先の皇太子位廃立の処分を何とも思われていないので?」

 短く刈られた白い頭髪が特徴的なカッターシャツを着込んだ青年は、セレスティアルへと軽く嫌みをぶつけ、手元のグラスに残る葡萄酒を飲み干した。青年は長身で細身ではあったが、シャツやスラックスの上からも全身を鍛えて絞り上げている様が窺い知れ、武道を嗜んでいる者であれば誰しも彼が相当に熟練した技前を持つと推測できた。

 白髪の青年は名をシュダ・レプラカーンといい、二十代にしてアルカディア上級騎士の地位にある気鋭の騎士ナイトであった。

「皇太子であった私と今の私と。セレスティアル・ヴェルザンディという人間の本質は何も変わっていないのだけれど。ああ、廃太子などと称されて、政治に関与できるレベルだけは相当に低下したかな」

「それこそが問題でしょう。言っておきますが、公爵閣下の発言力が弱まれば、その分だけ私との協力関係も薄まるのだとご理解いただきたい。リスクに見合ったリターンが見込めなければ投資を回収する。これは取引の鉄則です」

 シュダの真っ直ぐな物言いに、隣のセレスティアルは吹き出すのを堪えた。騎士団におけるこの稀少な協力者は、リナリー・リャナンシーと同じく物怖じせずにセレスティアルへと向かってくるので、いつも新鮮な気分で付き合うことができた。

 セレスティアルの表情を横目に見たシュダが、怪訝な顔つきで問うた。

「何か可笑しいですか?」

「いいや。真っ向から打算で味方して貰えるというのは、実に分かりやすくて結構なことだなと。指摘されるまでもなく、レプラカーン隊長には十分な見返りを用意するつもりだ」

「それにしても、私一人に出来ることなどたかが知れています。私が率いるのは、九百騎中のほんの百騎。例えこれが動かなくとも、友軍八百騎が動けば大勢は固まってしまうことでしょう」

「君が動くのと動かないのとでは、敵味方に与える影響という点で大分差があるさ。レプラカーン隊が動いたから、それに続け。レプラカーン隊が来るぞ、すぐに備えろ。シュダ・レプラカーンという騎士ナイトには、戦場の空気を左右するだけの価値がある」

 言って、セレスティアルはグラスを軽く振って見せた。

 セレスティアルがシュダに依頼したことは、ラナン・クロス共和国との戦端が開かれるタイミングを最大限先延ばしにして欲しいというものであった。現行の計画では、騎士団総勢は南部国境に移動してすぐに陣立てをし、哨戒行動を開始する手筈となっていた。そこからは流れで、会敵次第順次戦力を投じる予定であり、セレスティアルはシュダの動きを鈍らせることで騎士団全軍にブレーキがかかることを期待していた。

 シュダの実力を信頼している一方で、セレスティアルは彼が言うところの、九百騎中のほんの百騎という意味をよく承知していた。ラナン・クロス共和国の国防軍が一気呵成に向かってくるならば、騎士団は最大戦力でそれに応じる筈で、その場合においてはセレスティアルとシュダの密約が無意味な代物と化す。切り札ではなくあくまで保険の一つとして、セレスティアルはシュダに協力を要請していた。

 二人は酒を追加して、黙ってグラスを傾け続けた。その間、違法営業の「悪魔の蹄亭」には新規の客が訪れることもなく、静かにグラスを磨くバーテンダー以外に動く者はなかった。不意に、シュダがセレスティアルへと訊ねた。

「公爵閣下は何を為されるのです?うちの制服組と内務局の青瓢箪どもが、相当目を光らせていると思われますが」

「気になるかい?私は聖シュラインの第六藩領へと交渉に赴く。あそこはラナン・クロスに対して一定の影響力を持つからね。味方になってくれとまでは言えないが、中立を約束させるだけでもパワーバランスに変化が生じる」

「成る程。周辺諸国の圧力でもって大規模な軍事行動を抑制するというわけですね。上手くやれば撤兵も有り得る。・・・・・・ですが、そう都合良く運びますか?」

「そこはリナリー君の情勢分析と、私の話術次第じゃないかな。駄目で元々くらいの気持ちでぶつかってみるさ。例え私が失敗したところでアルカディアの屋台骨が揺らぐわけでもなし。ああ、君が戦死したりとかいうイレギュラーは無しだよ?それこそ、皇国にとって計り知れない損失となる」

 砕けた調子の中にセレスティアルの本気の色を見て取り、シュダは身の引き締まる思いがした。セレスティアルはシュダの知る政治家たちとは一線を画しており、それは皇帝の長子という立場がそうさせたとも取れるが、聞こえの良い理想の実現を目指して直向きに努力する姿から目が離せなかった。

 客観的に考えればただの理想論者であり、この強大な皇国の統治機構を相手に独り相撲を取っているに過ぎないと思われた。だが、それでもシュダはセレスティアルを簡単に切り捨てる気分にはならなかったし、陰ながら彼のサポートをすることで自分の立場が少しでも強化出来るのであれば、それは一石二鳥なのだという無理矢理な理屈を紡ぎ出していた。

「それで、追跡者たちをどうやってまくつもりです?半ば公然と敵対しているのですから、スペクター伯爵も監視の手を緩めはしますまい」

 肝腎な点に思い至り、シュダは思案顔でセレスティアルに話を振った。状況如何では、自分が救いの手を差し伸べる必要に迫られるかもしれないと想像していたが、セレスティアルはあっさりと返事をした。

「リナリー君がいる」

「リャナンシー補佐官?渉外局の官吏である彼女が、隠密行動に長けていると?」

「リナリー君はね、上級ハイクラス星術アーティファクトを修めているのさ。彼女は単なる頭脳要員じゃない。私の頼れる相棒だよ」

 星術アーティファクトと聞いて、シュダの背筋を冷たい汗が伝った。

 リア・ファール大陸において、星術アーティファクトは呪いに近しく扱われていた。生命力アニマを源として、術式なり動作なりを媒介に星力レリックを具現化させ、奇跡を起こす。その威力は強大であったが、修得には多大な労力とセンスを必要とした。

 リア・ファールの外ではネットワーク化されている星術学院が廃れており、現在では聖シュライン王国の聖院ラトにおいてのみ、星術アーティファクトを体系的に学ぶことが出来た。実際のところ、術の発動までに一定の時間を要する点と、失敗した際のバックファイアの危険性が大きく喧伝された結果、軍事利用は避けられる傾向にあった。

「・・・・・・リャナンシー補佐官が星術士アーティフィサーとは。ただの若い女性官吏というわけではなかったのですね」

「何かよくない思い出でもあるのかい?星術アーティファクトと聞いて、途端に顔色が悪くなったように思えるが」

「昔、少々」

 シュダがそれきり口を閉ざしたので、セレスティアルは彼の意思を尊重して星術アーティファクトに関する話題を手仕舞いにした。皇国アルカディアでは星術アーティファクトの使い手を有り難がる風潮はなく、むしろ危険人物として忌み嫌う空気さえあった。そのためセレスティアルもリナリーも、これに関しては基本非公開としており、渉外局内どころか情報統括班でも一握りの者に対してだけ開示していた。

 セレスティアルは学生時代に聖シュライン王国へ留学していたので、一般の皇国民よりは本格的な星術アーティファクトに触れる機会に恵まれていた。当然その危険性も熟知していたので、リナリーにみだりに力を振るわせることはしないできた。

(まさか、万夫不当と目される騎士ナイトが、星術アーティファクトにここまで拒否反応を示すなんて)

 最後にセレスティアルは、皇国アルカディアの西部一帯で頻発している魔獣ベスティアの襲撃事案について騎士団の見解を求め、シュダがそれに応じる形で現状を語って聞かせた。このほど出陣する九百騎という戦力は騎士団総勢の六割にも上り、皇国領内各所へ警備に回す人材は完全に不足していた。そのため、西部の治安悪化は改善が見込めず、ことによっては聖シュライン王国に対魔獣の支援を要請する道すら、セレスティアルは排除していなかった。

 シュダが言うには、騎士団きっての才媛<火の騎士>が留守役に回っているので、いざ西部において危機的な状況が勃発しても、武力的には対処可能であるとのことであった。セレスティアルからすると、<火の騎士>はレブサックとはまた異なる敵対派閥の騎士ナイトであるため、シュダが主張するほどに安心感は持てなかった。

 ほどなくしてシュダは退店し、それから時間を置いてセレスティアルが帰り支度を始めた。バーテンダーは全てを了解しているのか終始無言を貫き、セレスティアルが扉の外に出たことを確認した後に、慣れた手つきで閉店作業を開始した。

 翌日、騎士団の出陣が公となり、部隊長としてシュダ・レプラカーンの名もリストに掲載されていた。さらに三日が過ぎると、軍事作戦は堂々たる威勢でもって開始された。総勢九百千騎が皇都ティアマトから進発する情景は壮観であり、市民の反応は一時的に高揚感に包まれていたかのように見えた。他方、その陰では、騎士ナイトの家族が不安と悲しみに苛まれており、一つの都市においても戦争への賛否は判然としなかった。


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