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魔獣と滅びゆく世界の戦記 ※章立てにより改題(2017.8.04) 作者:椋鳥

本章第一部 一姫当千の許嫁は戦場で火の騎士と踊る

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1 皇国の賢鷹-2

***


「リナリー君は来ているか?」

 皇国アルカディアの渉外局本部庁舎へと顔を出したセレスティアル・ヴェルザンディは、儀礼用のマントを脱ぎながら居並ぶ情報統括班の官吏たちへと質問を飛ばした。一人の女性官吏が、文書に目を落とした姿勢のままでぶっきらぼうに応答した。

「リャナンシー補佐官はグルファクシー班と打ち合わせ中です。そろそろ戻る頃かと思われます」

「承知した。戻ったら局長室に来るよう伝えてくれ。後で情報を回すが、皆も忙しくなる。頼んだぞ」

 セレスティアルは、銀鷹の間とは打って変わって砕けた調子で声がけをした。そして軽快な足取りで情報統括班のフロアを横切ると、窓際に申し訳程度に設置された間仕切りの扉を開けて、自室へ籠もった。彼の背には、「・・・・・・忙しくない時期というのが、かつてあったか?」、「また内務局の青瓢箪どもや軍務局の脳筋連中に嫌がらせされる日々が来るのか・・・・・・」といった苦情めいた陰口が届いていたが、それらは黙殺された。

 しばらくして、蜂蜜色の髪を肩上でカールさせた若くスマートな女性官吏が、セレスティアルの執務室に駆け込んできた。ダークブラウンの瞳を理知的に光らせ、女性官吏リナリー・リャナンシーはセレスティアルの執務卓前で直立した。そして淡々とした口調で上司へと詰め寄った。

「ヴェルザンディ局長。またスペクター伯に出し抜かれましたね。騎士団が南下するとか。だから再三に渡りご忠告差し上げていたのです。ラナン・クロス班の連中は揃って無能者だと。この際です。全員を放逐して人員を改めましょう」

「聞いたかい、リナリー君?ラナン・クロス側から仕掛けてきたらしい。昨年の戦はこちらも少なくない損害を被ったが、流した血は向こうの方が多かった。つまりは、復讐心に駆られての軍事行動だろう」

「その動きを、我々渉外局は無様にも事前に察知できていませんでした。戦争行為は全て外交の帰結としてあるべきで、はじめに選択肢ありきとして考える筋ではないと思われます。然るに、ラナン・クロス班は情報を捉える努力を怠り、外交手段を酷く限定させました。これはもはや有罪に値します」

 リナリーは眼光も苛烈にそう断じ、セレスティアルが統括する渉外局諸班の内で、担当班を名指しにして非難した。ラナン・クロス共和国は皇国アルカディアと同じく、地理上はリア・ファール大陸の西部に位置し、渉外局ではラナン・クロス班が周辺地域の国々と併せて外交を一手に担っていた。他に北部の大国グルファクシーと周辺諸国を相手にするグルファクシー班や、ゼオーラ班、フラガラッハ班、聖シュライン班といった具合に地域を分けて担当部局が存在していた。

 リナリーは若干二十二歳ながらにセレスティアルの特命補佐官という高位にあり、渉外局における全ての機密情報を収集・統合して外交方針を定める情報統括班を管掌していた。円卓会議に招集されたセレスティアルから、南部国境への再軍備という議題を内々に知らされていたリナリーは、方々に手を回して軍務局と騎士団が作り上げた軍事計画の概要を入手した。そして一連の経緯に渉外局が全く関与していない現実を思い知らされ、彼女の怒りのベクトルは身内の無力さに向けられていた。

「リナリー君。これはラナン・クロス班だけの問題じゃない。元はといえば、私が幹部連中から政治的に除け者にされているせいでもある。というより、それが全てだ。だから担当の責任云々という話ではなくて、具体の対抗手段を論じたいと思うのだが、どうだい?」

「局長がそう仰るのであれば。・・・・・・ある程度予想しておりましたので、他方面の動向を探るよう各班に申し入れして参りました。関係値からいってグルファクシーとゼオーラは期待薄。フラガラッハは問題外でしょうから、どうしても聖シュラインへの工作が主体になるかと存じます」

「聖シュライン王国・・・・・・やはりそれしかないか。彼の国でラナン・クロスに影響力を行使できるとなると、第六藩領や第七藩領あたりだろうな」

「はい。第七藩領には外交チャンネルがあります。第六藩領ですと、政情的にはむしろラナン・クロス寄りな姿勢が顕著です。聖シュライン班に一任するのでは、どうにも荷が勝ちすぎましょう」

 大陸中央部に広い領土を持つ聖シュライン王国は、長い歴史や最高峰の経済力・軍事力を有し、名実ともにリア・ファールの盟主と謳われていた。聖シュライン王国は、北部の騎馬民族国家グルファクシーや西部の専制国家皇国アルカディア、同じく西部の民主共和制国家ラナン・クロス共和国、南部の商業国家ゼオーラ同盟、東部の山岳国家フラガラッハ連邦らと共に六大国と評されており、五大国全てと国境を接していることから諸国間の衝突において緩衝役を求められることが多かった。

 しかし、一年前に突如グルファクシーが聖シュライン王国の領土を侵犯し、聖都プロセルピナを強襲・占領するという暴挙に出た。結果として聖シュライン王国の統治体制は麻痺し、現在は武力を擁する地域領主たちが藩領と呼ばれる各々の支配地域を守護して、半ば自治独立を保っていた。聖シュラインは強大な国家であったが為に、各藩領には一千を数える兵員が駐留していて、それは中小規模の国家戦力を遙かに上回るものであった。

 セレスティアルは椅子の背もたれに体重を預け、細い顎に人差し指を当ててリナリーの意見を咀嚼した。友好関係にある聖シュライン王国第七藩領に外交支援を要請し、北のグルファクシーと南のゼオーラ同盟には干渉を止まるよう釘を刺す。後は当事国であるラナン・クロス共和国と水面下で手打ちの線を模索する。その辺が妥当な計画であろうと思い浮かぶのだが、それだけでは皇国アルカディアの騎士団とラナン・クロス共和国の国防軍が、多数の戦死者を出すまで決して撤退しないことを承知していた。

 今回の軍事作戦が軍務局や内務局のシナリオ通りに進んだ場合、セレスティアルの政治信条からして好ましくない結末を招くであろうことは想像に難くなく、流血を少しでも減らす為には両国の軍に自省を促せるだけの手立てを捻り出す必要に迫られた。

「聖シュラインの第六藩領には、私が赴く」

 セレスティアルの提案に、リナリーが聡明さを覗かせる凛々しい顔を歪めて肩を怒らせた。

「何を馬鹿な。彼の地はラナン・クロスと自由交易を行っており、互いに商館も設けています。対して我が国は、最低限の犯罪者引き渡し条約を締結している程度にしか繋がりを持ちません。そもそも定期交流すらないのですから、局長がのこのこ顔を出すなど自殺行為に等しいと言えます。今の情勢では尚更、予告なしに逮捕されてラナン・クロスに引き渡されかねないと考えます」

「そこまでの心配には及ばない。第六藩領の藩主は私も少し知っているが、経済合理性を一定程度重視する人物だ。意味もなく隣国の要人を簀巻きにしたりはしない筈さ。それに君も同行するんだ、リナリー君。君が私を守ってくれれば良い話だとは思わないか?」

「・・・・・・なぜそれほどのリスクを取られるのです?スペクター伯の考えは私も好きではありませんが、今回はしてやられたと思います。軍事作戦が完璧に履行された暁には、敵国に近い位置に派遣された局員の生命が危ぶまれます。その最たる先が、ラナン・クロスと第六藩領です。おまけにヴェルザンディ局長は皇族ですから、死ぬより悲惨な目に遭わされる危険もありますのに・・・」

「心配はありがたいのだけれどね。リナリー君。私は君をゼオーラから引き抜いて登用したように、諸国に知己がいる。聖シュラインに留学していた折りに付き合っていた面々は、今やそれぞれの母国で第一線にいて、活躍していることだろう。勿論ラナン・クロスにもいる。私はね、彼らと血を流すような戦いなどできるだけしたくないんだ。国民に負担をかけたくないという信念も当然あるけれど、身近な幸福も相応に享受したいのさ」

「それは、ヴェルザンディ局長が無茶をする理由にはなっていないものと考えます」

「専制政治の罪科。軍部の独断。止まらぬ国民の出血。さらには魔獣ベスティアによる凶行。そういった色々な問題を辛うじて何とか出来そうな地位にいるのだから、私は精一杯足掻こうと思っている。父のことは見限ったが、持って生まれた血統やそこから生じる義務から逃げることだけはしたくない。・・・・・・こんな意地はおかしいかな?」

 セレスティアルは苦笑いを浮かべてリナリーへと問いかけた。リナリーは胸の奥にじんとした熱を感じ、顔の火照りを隠すようにして首を左右に振ることで応じた。セレスティアルは絶世の美男子と呼べる範疇にはなかったが、誠実さとぶれない心の芯とが凛とした表情を作りだし、リナリーにとって直視するに眩しさを覚えることがしばしばであった。

 リナリーはセレスティアルの政治信条をよく理解していたし、それに共鳴して皇国アルカディアの公僕へと着いていたので、彼が語る甘い理想論を決して卑下したりはしなかった。リナリーは真にセレスティアルの身を案じているのであり、彼が聖シュライン王国入りを切望するのであれば、万全の備えをする覚悟を決めていた。

「それとね、リナリー君。ヴェルザンディ局長という呼び方は、もう少し何とかならないかな?私は君を誰より信頼している。そう、同志と思っているのさ。それにしては、あまりに堅いというか・・・・・・」

「・・・・・・考慮しますので、いま少し具体的なご指示をいただけますか?」

「セレス、とか」

「却下です。仮にも上司を相手に、略称かつ敬称抜きで呼べるはずがありません」

「では、セレスさん、というのはどうだろう?」

「却下ですね。千歩譲って、セレス様かセレスティアル様であれば対応致します」

「仕方ない。セレス様、でお願いしようかな。君にまでヴェルザンディ局長とかヴェルザンディ公とか呼ばれると、私には身分や職責以外に人格がないかのような錯覚を覚えてしまう」

「セレス様。私はそのような考えは持っておりませんが」

「知っているよ、リナリー君」

 セレスティアルは出立に先立ち、いくつかの指示をリナリーへと伝えた。彼はリナリーの業務処理能力を高く買っており、彼女には職権の及ぶ大半の領域において決裁権限をすら委譲していた。そしてセレスティアルは自らの渉外局の職権が及ばぬ軍事行動にも一定の布石を打つべく、特別の連絡系統を通じて騎士団へとラブコールを送った。その策謀にリナリーは良い顔をしなかったが、そこはそれ、彼女も清濁を併せ呑むことの大事は分かっていたので、見て見ぬ振りをして自身の仕事に戻っていった。

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