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魔獣と滅びゆく世界の戦記 ※章立てにより改題(2017.8.04) 作者:椋鳥

本章第一部 一姫当千の許嫁は戦場で火の騎士と踊る

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1 皇国の賢鷹

【魔獣と滅びゆく世界の戦記】
本章第一部「一姫当千の許嫁は戦場で火の騎士と踊る」

1 皇国の賢鷹

 黒曜石の円卓は会議室の中央に鎮座し、磨き上げられて光る表面の艶と重厚な佇まいから、列席の者たちに私語を許さぬ迫力を感じさせた。室内の四隅に飾られた旗には、皇国アルカディアの国鳥・大鷹の刺繍が仰々しく施されており、天井に燦然と輝くクリスタルのシャンデリアと共に荘厳さを醸し出すのに一役買っていた。

 十二の椅子は二つを除いて埋まっており、皇国の軍務局やら内務局やらの長たちが揃って神妙な顔つきで着席をしていた。残る主賓を待ちわびる心境などおくびにも出さず、ただ無心を装って会議の開始を待つことが義務であると信じているかのようであった。

 その会議室へと繋がる渡り廊下を、マントを翻して歩いている金髪の青年は、序列に基づいて順に入室するという決まり事をただの悪弊と理解していた。二十歳を幾つか過ぎただけの若造である自分が、過分な地位と職責にあることは重々承知しており、居並ぶ重臣たちに遅れて国政の場へと登場することに違和感を覚えないわけにはいかなかった。

(こういうところから改めたいものだ。権威主義の蔓延る宮中で、どうして民衆本位の政治ができるものか。時代遅れも甚だしい)

 青年ことセレスティアル・ヴェルザンディが浮かぬ足取りで入室すると、一同は席を立ち、めいめいが深々と頭を垂れた。セレスティアルはうんざりした気持ちをひた隠しにし、軽く手のひらを掲げて重臣たちの礼を受け止める素振りを見せた。セレスティアルの着席を待って、会議の議事進行役を務める財政局長オトルート侯爵が開会の定例句を重々しい調子で述べた。

 セレスティアルは最後の席が空いている様子に合点が行かず、オトルート侯爵へと訊ねた。

「財政局長。陛下はご欠席にあらせられるか?」

「はい。ヴェルザンディ殿・・・・・・公爵閣下。皇帝陛下の御出座はございません」

「此度の議事は南部国境方面の再軍備と聞いていますが。そのように重要な事を謀るに、陛下が不在で良いものか?」

「そ、それは・・・・・・」

 オトルート侯爵は困り顔できょろきょろと列席者を眺め回し、擁護の人材がないかと探った。大方はすまし顔で受け流したものだが、渦中に一人手を挙げるものがあった。肩上で真っ直ぐ切り揃えられた黒髪と、それに比して場違いなほどに白い眉毛が印象的な壮年の男性であった。名をレブサック・スペクターと言った。

「恐れながら申し上げます。陛下より内々に、円卓会議にて良きに計らうようお言葉を頂戴しております。軍務局長殿も同席しておりました故、証人となっていただけましょう。即ち、軍事上の重要事項とはいえ、この場の列席者で議事を決裁するは陛下の御意思にあらせられます」

 レブサックが隣席に視線を送ると、恰幅の良い初老の軍務局長が鷹揚に頷いて見せた。それを確かめたセレスティアルは特に感慨も湧かないようで、レブサックの目を見て淡々と言葉を返した。

「スペクター内務局長。畏まる必要はありません。私はいち渉外局長に過ぎませんから。ただ、一つお聞かせいただきたい。西方にて魔獣ベスティアの被害が増える一方の昨今、わざわざ南方に騎士戦力を振り分けるという。国民生活を直接守ることと同等の、相応の理由がおありなのですよね?」

「左様にございます。ベルザンディ公」

「そういうことでしたら、なにも異存はありません」

「お聞き届けいただけて何よりです。・・・・・・財政局長殿。進行を頼みます。軍務局長殿から状況をご説明いただくのが宜しいかと存じます」

 レブサックの冷静な指示の通りに、オトルート侯爵は軍務局長を指名して今回の経緯を語らせた。軍務局長は淀みなく話し始め、その場の誰一人として怪訝や焦慮の面持ちを作らないことから、どうやら自分以外の面々には事前に話が通っていたものであろうとセレスティアルは推測した。

 皇国アルカディアの最高行政機関である円卓会議において、セレスティアルは明確に孤立していた。それは、セレスティアルが侵すべからざる皇帝の長子という絶大な権力を握る地位にありながら、父帝の託宣に尽く反対して不興を買い、ついには皇太子の身分を剥奪されたことに原因があった。今のセレスティアルに与することは国家の最高権力者に楯突くに等しい行為であり、円卓会議の出席者たちは彼をただの渉外局長として扱い、接触を必要最小限に止める道を選んだ。

 軍務局長が述べた内容は簡潔で、皇国アルカディアより南方に位置するラナン・クロス共和国が、先年の敗戦に懲りず部隊編成を始めたという情報であった。不倶戴天の敵国の動きに対応するべく、皇国アルカディアが誇る騎士団を南部国境に配備する作戦が審議にかけられた。

 ラナン・クロス共和国が国防軍一千という大戦力を動員している報告がなされ、ほぼ同数にあたる九百もの騎士ナイトを出撃させる作戦案が軍務局長より披露された。配られた文書には兵站から哨戒行程まで細かな指令が記載されており、セレスティアルは軍務局が騎士団の参謀たちを動かして綿密に検討を重ねた成果であると見抜いた。

(この場で軍事作戦の内容に口を挟んだところで、聞き入れられはすまい。だが、この調子では両国の主戦力が早晩激突することは疑いない。昨年百単位の死傷者を出したばかりだと言うに、我が国もラナン・クロスも血気に逸り過ぎだろう)

 出兵は賛成多数で承認され、財政局が費用工面を、内務局が国内宣伝を、軍務局が作戦をそれぞれ担うことが確認された。肝腎の渉外局は梯子を外された形で、「戦争になるのだから、今更敵国との交渉は必要ない」ということで、今回の軍事作戦においてセレスティアルに役割は与えられなかった。皇国アルカディアに限らず、世界南域を占めるリア・ファール大陸で国威の強靱な六大国は何れも外交を軽視し、軍事に軸足を置いた政策が重用されていた。

 セレスティアルは心中で溜息をつき、皇国アルカディアとラナン・クロス共和国が血で血を洗う戦を連綿と続けてきた歴史に思いを馳せた。

 皇帝専制に至った今よりずっと昔から、アルカディアはさほど離れていないラナン・クロスに攻め行っては攻め込まれ、時には戦闘に巻き込まれた民衆に大きな被害が出た。千に近い軍人が戦死する大戦もあった。それでも長い闘争の過程で両国が滅亡の目を見ないでいたのは、他の四大国が大陸の勢力バランスを考慮して介入を試みてきたからに他ならず、そうして血が流される事態は一向に収まる気配を見せなかった。セレスティアルは、そういった不毛な流れに一石を投じたいと志して渉外の分野に携わってきたので、今回のように外交的解決の道が閉ざされたまま、考えなしに軍事行動へと突き進む政治姿勢を許容することは到底できなかった。

 オトルート侯爵から解散の宣言がなされ、会議室こと銀鷹の間から退出しようと腰を浮かせたセレスティアルへと、レブサックが座したままで一声かけた。

「ヴェルザンディ公。くれぐれも余計な行動はお慎み下さい。標的たるラナン・クロスは勿論のこと、彼の衛星諸国にも勝手に接触を持たれぬよう。作戦に横槍など入れられぬよう、無礼を承知で注進させていただきます」

「心外ですね、スペクター伯。私は己の職責から諸外国との交渉に当たっているのであって、円卓会議の決定に茶々を入れるような不作法は致しません。念押しなどせずとも、直接的にちょっかいを出すつもりなどありませんよ」

「それは直接は手を出さずとも、間接的に動くという意思の表明と受け取って宜しいのですか?」

「曲解されては困りますね。職責に応じた外交活動を続けるだけのことです。それとも私は、渉外局の局長職を解かれでもしたのでしょうか」

「ヴェルザンディ公。恐れ多くも私は皇帝陛下の勅許をもって出兵計画を取りまとめております。何人たりとも、陛下の御決定に背くような動きが見られた場合、然るべき厳罰をもって対処する所存です。その点を努々お忘れなきよう・・・・・・」

「分かっていますよ。スペクター伯。絵図を描いたのが内務局であろうと軍務局であろうと、そのようなことはどうでも良い話です。大切なのは、無為に国民の血を流させないこと。積極的に戦争行為を煽ることなど、政治家として最たる愚策。民は自らが血を流すために税を納めているわけではないのですから。そうでしょう?」

 レブサックは右の白眉をぴくりと震わせて、目を細めてセレスティアルに対した。政治家としてのレブサック・スペクターは対ラナン・クロス共和国強硬派の筆頭とも言うべき人物で、融和派であるセレスティアルの言動は一々が彼の癇に障った。

「興奮した野生の獣に素手で待てと言って聞かせることは、それこそが愚策ではないでしょうか?ラナン・クロスは一等の狂犬です。躾は身を持って分からせるべきで、飼い慣らすのは徹底的に叩いてからで良い」

「殴られた獣はやり返す。やり返された側も再び殴る。それでは何時までたっても暴力の連鎖が止まらない。一度きりで相手を屈服させることが可能ならば兎も角、国力の比肩するラナン・クロスと殴り合えば、こちらもただでは済まない理屈です」

「公よ。こと軍事力に永遠などという概念は存在しません。我々が勝ち続ければ、ラナン・クロスはどこかで諦めざるを得なくなります。それ以降は流される血もなくなりましょう」

「それは数百年続いた軍事的均衡状態を踏まえての発言ですか?根拠も無しに勝ち続けられると?私は現実主義者ですから、博打で流血沙汰を選ぶ気にはなれません。・・・・・・とまあ、ここで論陣を張っても体裁が悪いでしょうから。お先に失礼しますよ、伯爵」

 言って、セレスティアルは倍近く歳の離れたレブサックに背を向けた。

(私は私のやり方でラナン・クロスと戦わせてもらう。レブサック・スペクター。勝負はこれからだ)

 セレスティアルが退出すると、レブサックは白眉を逆立ててその方角を睨みつけ、誰の可聴域にも入らぬ小声で「廃太子めが・・・・・・」という恨み節を漏らした。

 二人のやりとりを興味深く眺めていた列席の貴族たちは、レブサックがじわりと漂わせる静かな怒気にあてられて、身の竦むような居心地の悪さに悩まされた。軍務局長だけはいそいそと卓上に散らかった計画書を集めて回っており、「内も外も、火蓋は切って落とされたわけか」と呟いた。それを耳にしたのは財政局長オトルート侯爵ただ一人で、少し目を丸くして軍務局長を眺めた後に、何事もなかったかのようにそそくさと銀鷹の間を退室した。


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