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魔獣と滅びゆく世界の戦記 ※章立てにより改題(2017.8.04) 作者:椋鳥

序章 不毛な世界でただ一人、光輝なる墓標を打ち立てる

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6 沈まぬ獣が呼ぶは動乱-3

***


 ロイド九世は王族だてらに剣や馬術に造詣が深く、若くして魔獣ベスティア討伐に積極的だったので、北域の君主としては別格の人気を誇った。彼が治めるグラジオラスは、例えば世界南域のラナン・クロス共和国や皇国アルカディアといった大国とは比べるべくもない小国で、国家騎士団の戦力も五十名が精々であった。それでも北域にそうした規模の国家は数多存在しており、また横の繋がりが無数に張り巡らされているため、国防への不安という点では南域や東域よりも遙かに恵まれていた。

 それが、<不毛のデッドバレー>の消滅と不沈三獣の出現という仰天情報の到来により、パニックに陥りそうな具合であった。メネに派遣していた官吏からの一報を受け取ったグラジオラスでは、国王ロイド九世の主導で緊急会議が開かれていた。

 会議の議題は二つ。一つは北域への派兵。もう一つは、メネからの情報で、ラグリマ・ラウラの消息が確認されたことであった。

 ロイド九世は、二十七歳という年齢にしては精悍な顔立ちをしており、澄んだ碧眼はそれを見つめる者に確かな知性を窺わせた。国王は狭い会議室に十一人の重臣を招き、よく通る声で全員に向けて語りかけた。

「諸卿。前置きは省かせてもらう。余は<不毛のデッドバレー>へと騎士団を派遣することに決めている。同盟諸国には早馬を飛ばして、なるべくこちらの動きに呼応するよう働きかけるつもりだ」

 対魔獣に意欲を燃やすロイド九世の人となりを知る臣下たちは皆、ただ黙って頷きを返した。

「反対はないな?事は北域だけの問題ではない。不沈三獣が猛威を振るったならば、かの超大国レキエルが如く、ないしは七年前の四カ国が如く世界地図より滅びる国家が出ても不思議はない。侵攻してきた神獣を打倒するは、もはや世界の一員たる者にとり最大の責務である」

「陛下。我ら臣下一同に異存はありません。時間も惜しいでしょうから、先に進めましょう。では、派兵計画の策定は軍務大臣の差配で宜しいでしょうか?」

 国王の意思を汲み取り、宰相が会議の進行を促した。ロイド九世はその場で軍務大臣へと命令を下し、議案の一つは早期の決着を見た。

「もう一つ。かの<千刃サウザンズ>から招集されたと申告する闘士スレイヤー騎士ナイトの部隊が、各地よりこの北域へと進出してきた事件。この数日に頻発していたことだから、卿らも覚えているな?余は彼らの通行を許可し、諸国にも理解を求める旨通達したが、その判断は間違っていなかったようだ。メネより、ラグリマ・ラウラの消息が聞こえてきた」

 室内がざわめき、グラジオラスの重臣たちはそれぞれ顔を見合わせた。この中には、八年前に実施された大規模な魔獣ベスティア掃討作戦において、ラグリマや彼のパートナーであった女闘士スレイヤーと面識を持った者がまだ残っていた。当時、既に闘士スレイヤーとして名が聞こえていた少年ラグリマは、ロイド九世が世界へと向けて発信した声明に応じ、グラジオラスに馳せ参じた。そして<不毛のデッドバレー>からほど近い、魔獣ベスティア占領域の解放を目指す作戦に先鋒として加わった。

 その時以来、ロイド九世はラグリマのファンを自認し、彼と彼のパートナーの両名へ支援を惜しまないと公言していた。七年前、世界から集いし勇者たちが<不毛のデッドバレー>に散ったと伝わった折りには、ロイド九世は涙を流して悲嘆に明け暮れた。ただ一人生還したラグリマがグラジオラスを訪ねることはなく、彼と王との間に特別な友誼は成立し得なかったが、ロイド九世の側はいつでもラグリマに手を差し伸べる用意が出来ていた。

「かの者はウルランドの戦力として、北西域で神獣と交戦していたそうだ。<不毛のデッドバレー>で不足の事態が起こることを見越して彼に召喚されたという闘士スレイヤーたちの主張は、つまりは正しかったわけだ」

「であれば。ラグリマ・ラウラ殿が呼び寄せたという戦力とは、協同して不沈三獣に当たれるのでありませんか?」

 重臣の一人が提案した。ロイド九世は手で顎をさすり、一時考え込んだ。

「ふむ。・・・・・・ラグリマ・ラウラが直接指揮をとらねば難しいかもしれぬ。方々より集いし面子は、正規の騎士ナイトからギルドに登録すら認められていない闘士スレイヤーまで、所属がさまざまと聞く。共通するのは長く魔獣ベスティアに抵抗してきた戦巧者ということだけ。余や、北域諸国の騎士団の指図に従うかどうかは賭であろうな」

「そこはやはり、ラグリマ殿に不沈三獣迎撃の指揮をとっていただくことが最善かと・・・・・・」

 そういう家臣の発言を、ロイド九世は手をかざして封じ込めた。その表情には苦悶の色が浮いていた。

「ラグリマ・ラウラはウルランドから追ってきた神獣を見事討ち果たすも、<不毛のデッドバレー>の崩落に巻き込まれたそうだ。現地の見立てでは、生存の可能性は著しく低いということらしい」

 二重の意味で、再び室内が騒然とした。世界の天敵である神獣の撃破については、久しくない喜びをもたらす一大ニュースであった。そして、それをもたらした最後の勇者が不明となった事実は、世界を落胆させるに十分であった。

 聡明で鳴るロイド九世とてラグリマ喪失の現実を今もって受け入れられてはおらず、この場においてもあくまで事実の公表に止めるつもりであった。

 そこへ一人の老臣が挙手して、ロイド九世へと提案した。

「陛下。ラグリマ殿は確か、中央プリ・レグニア海の守護王国を根城にしておりませなんだか?八年前に、そんな話をお聞かせいただいたような。あちらにも一報を入れて差し上げては如何でしょうか」

「なるほど。確かにかの海洋国家の話を聞いた気がするな。理に適っている故、早馬を仕立てるとしよう。その方に任せて良いか?」

「御意。直ちに」

 こうして北域の小国グラジオラスから、中央域の海洋国家、シルフィール守護王国へと使者が立てられた。グラジオラスが<不毛のデッドバレー>方面へと軍を差し向けたことで、北域諸国の大半はそれに倣った。俄に戦争の気配が色濃くなり、北域の世相は加速度的に暗く澱んでいった。

 魔獣ベスティアとの戦争を指導するべき立場の超大国はもはや世界のどこにも無く、不沈三獣の出現は北域を根城にするあらゆる闘士スレイヤーの肝を冷やした。間もなく北域諸国の軍勢がメネの村を包囲することになるが、突出した闘士スレイヤーが不在であるという状況は、<黄昏宮トワイライトメナス>を牽制する以上の成果を生み出せなかった。

 メネの村から人や亜人の営みは消え、神獣に誘われたものか亜獣・霊獣が群を為して廃墟を闊歩していた。その数は既に百を超えており、遠視の星術アーティファクトで監視する星術士アーティフィサーに恐怖心を植え付ける一方であった。

 極北の地に布陣した戦力は、大きく三つに分けられた。システィナ率いるウルランドの騎士ナイトと北西域の闘士スレイヤーの混合部隊が約百。次に、ラグリマによって招集された方々の闘士スレイヤーが約百。最後に、ロイド九世の呼びかけに応じて出撃してきた北域諸国の戦力が合計で五百余り。総数七百にも上る戦力が揃うと軍容の眺めは壮観であり、朧月夜は小高い丘の上で素直に嘆息していた。

「流石に圧倒されますねー。シャマスさん、この陣容でも神獣は倒せませんかね?」

「・・・・・・わからん。霊獣と亜獣は何とかなるだろうが、ワシも神獣を退治したことがないからな」

 朧月夜は吹き付ける空っ風にローブの裾を押さえながら問いかけ、どっしり地に腰を下ろしてメネの方角を向いたシャマスがぶっきらぼうな態度で答えた。二人はこうして頻繁に物見の任に着き、高地より<黄昏宮トワイライトメナス>の動向に注意を払っていた。

 ラグリマの言葉を借りれば、<黄昏宮トワイライトメナス>は七年前と三年前にそれぞれ手傷を負わされたことで、本来の力を発揮できない状態にあると推測された。そのため、攻勢に出て来る確度はあまり高くないのではないかと朧月夜は考えていた。

「誰か、<要塞フォートレス>さんでも良いので、ここの戦力をびしっと統率してくれる方がいればいいんですけどー。このまま無為に時間を過ごすことにならないか、心配です」

「・・・・・・ワシを神殿に放り込んでくれた神官パルチザンから聞いた話だが、伝説の、空色の髪の女闘士スレイヤーは、こういった時に一番槍となって敵に猛進するようなタイプだったそうだ。力もそうだが、リーダーとして天性の素質があると褒めておった」

「ほえー。ということは、その神官パルチザンさんも熟練の戦士だったんですねえ。彼女の戦いを間近で見ていたわけですから」

「ああ。ラグリマの昔話に出てきていたぞ。界隈では<不死アンデッド>と呼ばれておったかな」

 朧月夜はシャマスが口にしたその二つ名に、心底驚かされた。不死の神官パルチザンは七年前に空色の髪の少女やラグリマと共に<不毛のデッドバレー>攻略を目指したメンバーの一人であり、神殿勢力の代表戦力と聞いていた。さらにいえば、ラグリマが告白したところの、<燎原姫プリンセスオブブレイズ>を<黄昏宮トワイライトメナス>に融合させた張本人でもあった。

 朧月夜の動揺を察してか、シャマスがぼそりと己が本心を吐露した。

「・・・・・・なのでな。エルフの嬢ちゃんと近い理由で、ワシはこの戦いに志願しないわけにはいかなかった。恩ある戦友が失敗の後始末を、ラグリマやエルフの嬢ちゃんにだけ押しつけるのでは、どうにも寝覚めが悪い」

「そっか・・・・・・。七年前だと私はまだこどもなので、みんなのようにあの決戦と因縁こそありませんが。だとしても、ラグの無念はなんとしても晴らしてやりたい」

 俯き加減で言う朧月夜を優しい目で見つめ、シャマスは「今とてまだまだこどもだろう」といった本音を飲み込んだ。シャマスの大きな背負い袋には、ラグリマから預かっていた多くの銀製の剣が収納されたままで、持ち主への早い返却が望まれた。シャマスはその剣の重みをいっそう実感し、目の前の女星術士アーティフィサーと同様に、ラグリマが抱いた使命の完遂を固く誓った。

(人間の短い生涯において、神獣を何匹も打ち破って見せるなぞ、彼の者は<光神エトランゼ>に課された以上の役目を果たした。もう充分だろう。後は世界に残された者たちで魔獣ベスティアへと抗うべきだ。あすこに居座る神獣を撃滅出来るかどうかは分からんが、<光神エトランゼ>の御加護があれば、ワシにも一矢報いることくらいはやれる筈だ)

 二人に急報を告げたのは、走り寄ってきたリージンフロイツであった。急いでいたためか、軽装甲を脱いだ草色の短衣姿のままで朧月夜とシャマスを訪ね、息も切れ切れに危険の前兆を訴えた。

星力レリックの恐ろしい乱れを感知した!<黄昏宮トワイライトメナス>が動くに違いないわ!」


***


 魔獣ベスティアの群は、メネを包囲していた諸国軍へと一斉に襲いかかった。騎士ナイト闘士スレイヤーは所属組織を超えて連係することは叶わず、個々に亜獣や霊獣と交戦状態に突入した。

 敵を飲み込む口状の器官以外を持たぬ、巨大化した蛞蝓のような形態を持つ亜獣が闘士スレイヤーを丸飲みにした。熊の外見を模した全身鋼鉄製の如き頑健な霊獣は、騎士ナイトを一撃の下に踏み潰した。盾象シールドファントは騎士団をまとめて吹き飛ばし、幽霊種ゴースト星術士アーティフィサーを次々に窒息させた。

 それでも亜獣や霊獣相手であれば、一部の強力な戦士が有効な反撃を繰り出し、少しずつではあるが数を減らすことが出来た。<要塞フォートレス>やシャマスは一対一でも魔獣ベスティアを圧倒し、リージンフロイツと朧月夜の星術アーティファクトは苦戦が窺えるポイントで絶好のフォローとなった。

 緑色に輝く光線が丘の一つを薙いだ。土塊が爆散し、丘が消失した。地形が変わると同時に、近隣に布陣していた騎士ナイトが巻き添えを食らう形で全滅した。それこそは<黄昏宮トワイライトメナス>による砲撃であった。

 <黄昏宮トワイライトメナス>は不動を継続していたが、留まったままで星術方陣を起動し、そこから四方八方へと光線化された星力レリックによる遠距離射撃を行った。亜獣や霊獣の攻撃をどうにか凌いでいたところに、視界の外から狙撃されるという事態は、闘士スレイヤーたちを大いに狼狽させた。集中を乱した星術士アーティフィサーから次々と咬まれ、捩じられ、殴り殺された。そうしてサポートを欠いた戦士たちも次第に攻撃効率を悪化させていった。

 乱戦下、ド・ゴールは星力レリックを込めた棍棒を大きく振り回し、二匹の亜獣を一気に粉砕した。

「まだまだ!某は健在ぞ!どんどん掛かって来い!」

 ド・ゴールの奮戦を余所に、シャマスは地道に霊獣を狙っていた。亜獣と異なり確かな知性を宿した霊獣は戦場において強敵で、それでいて並の闘士スレイヤーでは相手にならなかった。盾象シールドファントの巨体を視界に入れたシャマスは、まずは小手調べにと印を切り、星術アーティファクトで衝撃波を形成した。

 シャマスの攻撃を察知した盾象シールドファントは、周囲に星術防御を構築してそれへと備えた。シャマスは衝撃波を放ちつつも、その結果に拘ることなく霊獣へと向けて走り出した。衝撃波は盾象シールドファントに命中することなく弾き飛ばされ、その後両者は真っ向からぶつかった。

「どうりゃあああああああああッ!」

 雄叫びを上げ、シャマスが盾象シールドファントの足へと戦斧を叩きつけた。星力レリックの込められた刃は力強く炸裂し、ごつごつとした太い足を半ばまで断ち切ることに成功した。だが、待ち構えていた盾象シールドファントによる反撃の体当たりが、シャマスを遠くに弾き飛ばした。

 ごろごろと転がったシャマスはしかし、全身を襲う痺れにも負けず、すぐさま起き上がって再び霊獣と対した。星術アーティファクトで牽制を入れ、突進しては斧で斬り付け、反撃を浴びては起き上がるを繰り返した。根気よく攻撃を続け、シャマスは単身で盾象シールドファントの撃破に成功した。

 その間にも諸国の軍勢は瓦解に近いところまで追い詰められていた。リージンフロイツなどは援護を放棄して剣を取り、担い手の不足している近接戦闘に身を投じていた。朧月夜も懸命に星術アーティファクトを行使して攻勢に出ていたが、如何せん魔獣ベスティアの数は多過ぎた。

 <黄昏宮トワイライトメナス>の光撃がグラジオラスの騎士団を吹き飛ばした時点で、システィナはこの戦場における敗北を悟った。彼女は大声を挙げて退却を命じ、自らの傘下にある闘士スレイヤーのみならず、生き残った諸国の軍勢にも散開して引くよう呼び掛けた。システィナの決断に賛成したド・ゴールは殿軍を買って出て、自ら魔獣ベスティアの群に飛び込むや、棍棒を無茶苦茶に振り回して暴れて見せた。

 リージンフロイツは「<要塞フォートレス>の援護に回るわ!オボロはシスティナ様をお願い!」と言い残し、星術アーティファクトによる風の刃を撒き散らしながら駆けて行った。朧月夜は撤退を指揮するシスティナに張り付いて魔獣ベスティアの接近を妨げ、それによって戦線は徐々に後退し、やがて方々へと散っていった。

 システィナの意を汲み取ったのは側近だけでなく、ラグリマが呼び寄せたという闘士スレイヤー騎士ナイトも最後まで撤退ラインの維持に尽力した。彼らは実力者揃いであったので亜獣を寄せ付けず、霊獣の突出があった際には協業でそれを抑えるよう動いた。だが、彼らとて<黄昏宮トワイライトメナス>の攻撃には抗えず、幾つもの命が無慈悲なる光線に砕かれた。

 メネの解放は失敗に終わった。数百名にも上る戦死者を出し、極北の地における戦は終結を見た。

 魔獣ベスティアたちはそのまま南下を続け、メネの南方にあるイドリース侯爵国へと侵攻した。メネに派遣した騎士団が壊滅していたイドリースに満足な防衛戦力など存在せず、ただの三日で国家体制は崩壊した。難民は周辺諸国に流れたが、行く先とて恐慌を来しており、北域のどこにも平穏は存在しなかった。

 浮沈三獣の一角、<黄昏宮トワイライトメナス>の決して抗えぬ暴力を前に、北域諸国の首脳たちは絶句する他なかった。足下では市民が狂騒を引き起こしており、滅亡の足音は等しく全ての国に迫っていた。

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