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魔獣と滅びゆく世界の戦記 ※章立てにより改題(2017.8.04) 作者:椋鳥

序章 不毛な世界でただ一人、光輝なる墓標を打ち立てる

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6 沈まぬ獣が呼ぶは動乱

6 沈まぬ獣が呼ぶは動乱

 日の光が一切差さぬ、空気が澱んだ暗い谷底で、一人と一匹が神獣に拝謁していた。白面と幻獣・白獅子ホワイトライオンが<黄昏宮トワイライトメナス>に接触を持った瞬間であり、白面は術眼アートアイズで<雷伯サンダーカウント>を屈服させたことによって、己が目的の第一段階を達成していた。

 <不毛のデッドバレー>の地底には、人間や亜人との闘争の歴史が刻まれており、その証として多くの武器や防具が風化もせずあちらこちらに転がっていた。谷底まで落下した者はそのまま命を失う運命にあり、無機物だけが長い時間を経てなお残っていたのである。

 <黄昏宮トワイライトメナス>の腹部には<燎原姫プリンセスオブブレイズ>の上半身がそのまま息づいているように見えたが、白面が望むように目や口が開かれることはなかった。神獣の周りには幽霊種ファントム石魔ストーニーといった何十匹もの亜獣が屯していた。それらは白面の伴をする白獅子ホワイトライオンに威嚇され、側には近付けぬようであった。

「<黄昏宮トワイライトメナス>よ。私の話を聞いて欲しい。こちらに無用の争いを持ち込む気はありません。ただ一つ、そこな<燎原姫プリンセスオブブレイズ>を返していただきたい。彼女は世界の希望。そして私個人の希望でもあるのです。それさえ叶えられたなら、間もなくこの地へと寄せてくる人間の闘士スレイヤーたちを追い払う手助けをしても良い」

 白面は近い距離から物を申し、<黄昏宮トワイライトメナス>の回答を待った。目の前には長年求め続けてきた女の肉体が鎮座しており、白面は逸る気持ちを抑え難かった。

 レーゲンドルフの星術士アーティフィサーを最大限に活用し、神獣<雷伯サンダーカウント>をも操ってこの場へとたどり着いた白面は、当然不沈三獣の反撃も想定していた。霊獣や亜獣をけしかけてきた際には白獅子ホワイトライオンで対抗し、単独使用の術眼アートアイズが神獣にもある程度通用する実例を経ていたので、<黄昏宮トワイライトメナス>には自分が当たる腹積もりであった。

 <黄昏宮トワイライトメナス>は、美しい女性の顔面を象った頭部で不気味に光る白瞳を、ぎょろりと白面に向けた。

『汝の望みは叶わぬ。このエルフの血肉は既に我が肉体の一部なり。不可分にして、このまま世界を統べる<欠片フラグメント>を生み出し続ける』

「・・・・・・その答えも想定の内です。私が何の対策も無しに不沈三獣と見えるとお思いですか?断るのであれば、力ずくで返して貰うだけのこと」

 白面は余計な交渉を省き、蒼の長衣を翻して戦闘態勢をとった。それでも<黄昏宮トワイライトメナス>や亜獣たちは動かず、白面と白獅子ホワイトライオンだけが星力レリックの錬成に入った。

『分からぬか?このエルフが<欠片フラグメント>を生み出す以上、汝は黙っておれば、この者と共に在ることになるのだ』

「何の話です?時間稼ぎに付き合う気はありませんよ」

『<欠片フラグメント>が世界を埋め尽くした先に、汝のレリックとエルフのレリックが合一すると言っている。真世界において、個体の識別は意味を為さない。汝がそこに在れば、それはこの不実な世界でいうところの夫婦と契ることに等しい』

 白面は白獅子ホワイトライオンへと攻撃指示を出す寸前で思い止まった。<黄昏宮トワイライトメナス>の話は掴み所が無かったが、ニュアンスだけは汲み取れていた。

「<欠片フラグメント>というのは何です?」

『我らが生み出せし分体。そら、目の前に幾らでもおろうが。<欠片フラグメント>は我が子らにして、このエルフの子らよ。そして世界を真なるものへと塗り替えるレリックなり。汝らに、この機構デスティニーに抗う術などない。絶望せよ。そして真なる世界を渇望せよ』

 <黄昏宮トワイライトメナス>が前へと跳躍した。白獅子ホワイトライオンはそれに反応したが、横合いから雷光に刺されて身動きが取れなくなった。

 <黄昏宮トワイライトメナス>に押し潰される前に、白面は短い距離を後ずさって難を逃れた。敵に先制攻撃を許し、あまつさえ味方と頼む幻獣が雷の一撃により拘束されたことで、白面の不利は決定的となった。白獅子ホワイトライオンを撃った<雷伯サンダーカウント>は、崖上から軽妙なステップを踏んで底まで降りてきた。白獅子ホワイトライオンという障害が払われたことで、亜獣たちも遠巻きに白面を囲った。

 絶対絶命と思われた白面であったが、まだ戦意を失ってはいなかった。

「私は、あの戦いをも生き延びているのですよ?どうしてこんなところで、容易く命を落とせましょうか」

 そう言うと白面は腰元の剣を抜き、それを下段に構えて敵の先手を誘った。<黄昏宮トワイライトメナス>や<雷伯サンダーカウント>は動かず、じっと白面の挙動を見守った。そうしてしばらく睨み合った後、<黄昏宮トワイライトメナス>が唐突に言葉を発した。

『特定危険敵性体、ラグリマ・ラウラの侵入を認めた。彼の者を含め、全ての特定危険敵性体を葬るため、谷を捨てるものとする』

「谷を捨てる?」

 白面の問いに答える者はなく、<雷伯サンダーカウント>が黄金色の毛並みをそよがせて跳躍し、一気に崖を駆け上がった。かの神獣がラグリマに対抗するべく去ったことは明白であったが、白面に他人を心配する余裕などなかった。

 崖下に残る<黄昏宮トワイライトメナス>と亜獣の群は今にも総攻撃に出んとしていたが、白面が考えているのは如何にして<燎原姫プリンセスオブブレイズ>を取り戻すか、その一点でしかなかった。


***


 入谷したラグリマを待っていたのは、捜索対象である<雷伯サンダーカウント>の予想だにしない活発な動きであった。計画では、神獣に特有の星力レリックをリージンフロイツに感知・追跡させて、<雷伯サンダーカウント>が休んでいるところに奇襲をかける手筈であった。ところが肝腎の<雷伯サンダーカウント>が頻繁に居場所を移すものだから、ラグリマの目論見は見事に外れた。

 誤算はそれだけではなかった。邪魔者たる亜獣は一切現れず、中軍として配置した朧月夜やシャマスが全く機能しないでいた。それはつまり、少数精鋭にも関わらず遊兵を作ってしまったことになる。

「おかしい。<雷伯サンダーカウント>のダメージは生半可ではなかった。それなのに、休むどころか動き回っているのはどういうことだ?」

「傷ついた神獣は<不毛のデッドバレー>に戻り、傷ついた体を癒す。ラグはそう言っていたわよね?これだと、まるでそのつもりがないみたいにも思えるわ。白面が<雷伯サンダーカウント>を操って何かをさせているとか?」

「そこまで神獣を好き勝手動かせるとは思えないが・・・・・・。明らかに、おれたちの襲撃を警戒している動きだ」

 ラグリマは<雷伯サンダーカウント>が如何なる優先順位に基づいて行動しているものか、必死になって思考を重ねた。敵地である<不毛のデッドバレー>に侵入している以上、自分たちの移動経路が割れるであろう点は否めなかった。しかし、攪乱が目的であれば亜獣を繰り出してくるようラグリマには思えたし、何より今の弱った<雷伯サンダーカウント>に自分たちへの対抗手段があるとも考えられなかった。

(白面が<黄昏宮トワイライトメナス>のところに達して何事か起こったか?いや、今は不確定な要因について思いを巡らせても仕方がない。それなら<雷伯サンダーカウント>が走破した跡を辿れば、何か分かるだろうか)

 <不毛のデッドバレー>は立ちこめた靄によって視界が悪く、ごつごつとした岩場と併せて灰色一色に染め上げられていた。一帯は北域においても一際寒く、神獣が潜んでいるという事実もあって、リージンフロイツは心身ともに凍えそうな心境であった。

 ラグリマにも読めぬ敵の出方があるものかと考えるだに、リージンフロイツは言いしれぬ不安を募らせた。神獣にすら通用するとお墨付きが与えられている樹霊剣ウッドソードを手にしているとはいえ、リージンフロイツ個人は幻獣の掃討経験もないのだから、無理ない話であった。

 朧月夜やシャマスに合図を送ることも出来ず、二人は展望なしに、移動する<雷伯サンダーカウント>の追跡を続けた。最初に気付いたのは朧月夜であった。彼女は念のため、リージンフロイツと同じ星術アーティファクトの捜索網を展開していたので、<雷伯サンダーカウント>の移動ルートを都度頭に入れていた。

「シャマスさん!神獣の移動ポイントに一つの法則を見つけました」

「ほう」

「谷のあちこちに移動しては留まってを繰り返しているんですが、同じポイントの周辺には戻っていないんです。・・・・・・何か仕込んでいるのかも」

「ふむ。<雷伯サンダーカウント>は東西南北、漏れなく回っておるか?」

「私たちが侵入した南方を除けば、漏れなくです」

 朧月夜の話を聞いてシャマスが咄嗟に思い付くのは、設置型の星術爆弾といったもので、規模や特性によっては近場の爆弾との連鎖起動も考えられた。ましてや相手は神獣であり、練られる星力レリックの量が桁違いであることから、それらに巻き込まれた場合の被害は甚大に上ると思われた。

「シャマスさん、神獣が南西の端に移動しました!」

「・・・・・・オボロ。ラグリマたちに撤退の合図を出してくれ」

「いいんですか?」

「今日ここで決着を付けねばならんわけではない。それに、お前さんの懸念はもっともだ。危険の回避を優先するなら、それしかない」

 言って、シャマスは複数の剣を束ねた大きなリュックサックを背負い直し、来た道を引き返し始めた。朧月夜は星術アーティファクトで発光信号弾を打ち上げると、シャマスに倣って谷の入り口を目指した。

 困惑したのはシスティナで、中軍の朧月夜から相次いで発せられた合図を解読したものの、突然の撤退について状況を知る方法がなかった。とはいえ危機が迫っていることだけは想像できたので、システィナは参加の闘士スレイヤーたちに戦闘態勢をとるよう指示を出した。

 ラグリマとリージンフロイツが谷の入り口付近まで駆け戻ったそのタイミングで<雷伯サンダーカウント>が降り立ち、行く手を阻んだ。

「出たか!観念したか、<雷伯サンダーカウント>?」

 ラグリマは即座に剣を抜き、敵に謀を許さぬ速度で制圧することを第一とした。リージンフロイツも樹霊剣ウッドソードを構えつつ、油断なく周囲に気を配った。

『ラグリマ・ラウラ。汝ハ数少ナイ特定危険敵性体ダ。ココデ後顧ノ憂イヲ絶タセテ貰オウ』

 <雷伯サンダーカウント>が地に四つ足を踏ん張らせ、黄金色の体毛を逆立てて強大な星力レリックを発散すると、ラグリマは躊躇無く相手との距離を詰めにかかった。<雷伯サンダーカウント>は先手必勝とばかりに全周囲へ向けて雷撃を放った。ラグリマは剣に込めた星力レリックでそれを強引に弾くや、突進の威力を殺さずに<雷伯サンダーカウント>へと斬り付けた。

 剣閃を追って、星力レリックの青光が真っ直ぐに引かれた。ラグリマの斬撃は<雷伯サンダーカウント>の巨体を深々と斬り裂いた。剣傷からは青白い煙が漏れ出て、<雷伯サンダーカウント>の星力レリックの流出は明らかに見えた。

「リズ!」

 黒焦げとなった剣を放り捨てたラグリマは、その場から跳びすさって離れつつ、リージンフロイツに追撃を頼んだ。先ほどの雷撃に対して咄嗟に樹霊剣ウッドソードの力を解放し難を逃れていたリージンフロイツは、ラグリマの指示する通りに止めの一撃を放とうとした。

 その寸前に、<雷伯サンダーカウント>は爆ぜた。正確には、身中より星力レリックを溢れ出させ、火柱のように暴走させて果てたのである。そして、<雷伯サンダーカウント>であった星力レリックの拡散は煌めきを伴って刹那の間に<不毛のデッドバレー>全域を覆い、やがて連鎖的な大爆発を生じさせた。

 シャマスが懸念した通り連鎖式の星術爆弾であったが、規模は彼の想像を何重にも上回っていた。神獣が体内に宿していた全ての星力レリックが爆散し、それが次々と誘爆を呼ぶものだから、轟音と激しい震動と、そして物理的な破壊力とが狂ったように谷中を巡った。

 岩壁は派手に崩れ、地割れは止まるところを知らなかった。谷を覆っていた靄は暴風に吹き飛ばされ、至る所で青白い光を放つ大爆発が起こった。巨大な火柱が林立し、岩石の破片が雨のように降り注いだ。

 ラグリマが全てを悟った時には遅かった。<不毛のデッドバレー>は丸ごと崩壊の過程にあり、脱出に間に合っていない彼とリージンフロイツの運命はたちまちに儚いものと化した。

 ラグリマはリージンフロイツの手から樹霊剣ウッドソードを毟り取ると、粉塵の荒れ狂う前方へと最大出力で衝撃波を撃ち込んだ。その威力はあらゆる地獄と障害物を突き破り、通り過ぎた後にか細い間隙を作り出した。

「リズ!真っ直ぐに、走れ!」

 リージンフロイツは、それがラグリマの犠牲の上に成り立つ逃走経路だと思い至ったが、彼の叫びに抗えぬ音色を感じ取り、歯を食いしばって駆けた。ラグリマは星力レリックを過剰に放出したことによるバックファイアで痛み、生命力アニマの不足もあって脱力したまま足場の崩落に巻き込まれた。

 間一髪で<雷伯サンダーカウント>の自爆攻撃から逃れていた朧月夜は、壮大なスケールで起こる目の前の大惨事にただ目を奪われていた。システィナとシャマスがぼろぼろになって駆け出てきたリージンフロイツを救護している間も、朧月夜だけは失われようとしている魔獣ベスティアの本拠地を乾いた瞳で見つめ続けていた。

星力レリックが荒れ狂っている。あっ!あれは・・・・・・竜かしら?)

 魔獣ベスティアとも竜とも識別の困難な大きな影が、崩壊の途上にある谷へ颯爽と降り立つ様子を、朧月夜は見逃さなかった。


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