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魔獣と滅びゆく世界の戦記 ※章立てにより改題(2017.8.04) 作者:椋鳥

序章 不毛な世界でただ一人、光輝なる墓標を打ち立てる

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1 空色の髪の闘士

1 空色の髪の闘士スレイヤー

 床に張られたベニヤは所々がめくれ上がり、壁面は塗料が剥がれて建材がむき出しになっていた。カウンターもボックス席も木製のテーブルは染みだらけでしつこくべたついていて、出されるグラスの小汚い様といったらなかった。そこは、スレイヤーズギルドの運営する支部ブランチであり、一階部分が一般人にも開放された酒場と兼用になっていた。といっても厳ついなりをした闘士スレイヤーや肉体労働者がたむろしているので、いわゆる普通の、上品な市民の姿は見られなかった。

 二十人に満たない人間が狭い店内を占拠していた。ギルドのメンバーである闘士たちが煙草の紫煙を燻らし、港湾地区の労働者は安酒をたらふく呷っておいた。その喧噪の中、空色の髪をした青年が一人、カウンターで静かに葡萄酒を嘗めていた。たまたま隣に腰掛けた黒髪の男が空色の髪の青年に声を掛けた。

「見ない顔だな。君はここいらの支部ブランチに所属する闘士スレイヤーではないだろう?髪色からして珍しい」

「ああ。旅行者だ」

「そうか。いや、君と同じ髪色をした女性闘士スレイヤーを知っていてね。途方もなく強かった。誰も彼も、かくいう俺も彼女には憧れていた。君も空色の髪同士、彼女の恩恵に預かれているといいな」

「はあ」

 黒髪の男は上機嫌そうにグラスの蒸留酒を飲み干すと、カウンター向こうのマスターに二人分の葡萄酒を注文した。男は「これも何かの縁だ」と言って、空色の髪の青年に葡萄酒の追加を振る舞った。酔いの回ったらしき黒髪の男は勝手に自身の冒険譚を語って聞かせ、それはいつものことのようで、禿頭に髭面のマスターが「適当に相槌を打ってりゃいい。こいつは腕利きなんだが、酒癖だけは良くない」という有り難い忠告を寄越した。

「空色の髪の青年よ。名は何という?ちなみに、俺はアスタリスだ。格好いい名だろう」

「・・・・・・ラグ、と呼ばれている」

「ラグか。宜しくな。ここいらで困りごとがあったら頼ってくれていい。なんたって俺は、空色の髪の女が好きだったんだからな。もう十年近くも前の話になるか・・・・・・」

「おれは正真正銘の男だが・・・・・・」

「はは。わかっている。俺にそっちの気はない。ところで、どうしてこのウルランドに?」

「それは・・・・・・」

 唐突に、勢いよく入り口の扉が開かれた。盛り上がっていた店内はしんとし、闖入者に目線が集中した。ラグと名乗った青年は初見であったが、どうやら店内にいる誰もが入店してきた人物に心当たりがあるようであった。

 店内に足を踏み入れたのは、穏やかでなく甲冑などを装備した若い女で、歳の頃は二十歳に達していないくらいか、ラグと名乗った青年の目に印象的に映ったのは、燃えるような赤毛であった。

「聞いてください、ウルランドの闘士スレイヤーたち。ここより徒歩で南西に二日、ヴィシスの村に魔獣ベスティアが来襲しました。当直騎士の報告では、亜獣が十数匹に、霊獣が一匹確認されています。騎士団としては、直ちに討伐隊を派遣するものとします。つきましては、皆様にもご協力を賜りたい!」

 女の宣言に対し、客たちはさらに静まり返った。無理もなく、霊獣討伐というのは一般的な闘士スレイヤーには荷が勝ち過ぎていた。第一線の闘士スレイヤーと思しき筋骨隆々の男が質問の声を上げた。

「お嬢さん。騎士ナイトはどのくらい出張るんです?霊獣なんぞ相手にするんだ。まさか、五や十じゃきかないでしょうね?」

 お嬢さんと呼ばれた赤毛の女は、痛いところを突かれたと言わんばかりにぐっと息を飲んだ。そして努めて冷静さを保ちつつ、「・・・・・・一個小隊十騎を確保したところです」と返答した。それを聞いた闘士スレイヤーたちは溜め息を吐くばかりで、一緒に酒を飲んでいた労働者たちまでもが居たたまれなくなった。

 困惑するばかりのラグへと、マスターが「あの娘はウルランドの現領主システィナ様で、騎士団のスポンサーでもある」と説明してくれた。システィナはウルランド近隣に魔獣ベスティアと総称される敵が出没する度に、傘下の騎士団とスレイヤーズギルドの戦力を動員してこれを討伐して回っているのだという。若干十九歳ながらに誠実かつ行動力に溢れ、ウルランドの人心をよく掌握しているとのことであった。

 しかし、騎士団は思想的に必ずしも領主とイコールの存在ではなく、時勢や資金によって活動範囲を変容させる政治組織としての側面があった。今回のシスティナの出兵計画に賛同した割合が即ち動員される騎士の数であり、闘士スレイヤーたちが危惧するのは単純に戦力が過小となるケースであった。

 店内の雰囲気は澱み、葬礼の場と遜色ない様相を呈する中、場違いな程に明るい声音で助力を表明したのは、ラグの隣に座したアスタリスであった。

「俺が行こう。霊獣、我が必中の剣を前に何するものぞ!」

「アスタリス殿・・・・・・感謝します」

 赤毛の領主システィナは紅玉の瞳を潤ませて破顔し、丁寧に頭を下げた。そのやりとりを見て、幾人かの闘士スレイヤーが口々に「まあ、仕方ないか」と溢し、重い腰を上げた。アスタリスはウルランド近圏で最強と名高い闘士スレイヤーで、彼が出るという話であれば、亜獣は勿論のこと霊獣を相手にしてもまともに戦えると踏めた。システィナは戦力の増強に感動し、真摯に皆を鼓舞した。

「皆様。私もできる限りの騎士ナイトを伴って、この戦に全霊を尽くします。ウルランドに恒久なる平和をもたらさんことを!」

「止めておけ。村人を全員避難させて、ヴィシスとやらは放棄した方がいい」

 システィナの熱のこもった激励を遮ったのはラグで、彼は淡々とした口振りで続けた。

「幸いなことに、降臨した霊獣は滅多なことでその場を動かない。土地に拘らなければ、これ以上の犠牲は出ない」

「・・・・・・貴方は、初めてみる顔ですね。今の発言は、ヴィシスを見捨てろという意味ですか?」

「村人の命。それに闘士スレイヤー騎士ナイトの命を最優先にした場合の合理的な判断だ。知っているか?魔獣ベスティアを倒せば魔獣ベスティアを呼ぶ。終わらないんだ。やつらとの戦いは」

「それでは魔獣ベスティアにヴィシスを収奪されたまま、おめおめと逃げ帰れと言うのですか?悔しくはないのですか?騎士ナイト闘士スレイヤーの面子はどうなります?」

「面子より、命が大事さ。さっき誰かが言っただろう?霊獣を相手に十騎程度が頑張って済む話じゃない。霊獣を倒せば次の霊獣がやって来る。それを倒せばその次。霊獣の連鎖にも耐え得る巨大な戦力を供出できないのなら、ここは戦うべきじゃない。こどもでもわかる理屈だと思うがな」

 顔を真っ赤にして爆発しそうなシスティナに対し、ラグは冷めた態度で視線を切ると、至って自然に葡萄酒を呷った。そんなラグの肩に優しく手を置いて、アスタリスが柔和な笑顔で諫めた。

「理屈じゃないのさ。俺たち闘士スレイヤーが英雄役を買って出なければ、世間は魔獣ベスティアを相手に萎縮し、やがて絶望してしまう。お嬢さんにだって立場ってものがある。騎士ナイトには騎士ナイトの、闘士スレイヤーには闘士スレイヤーの仕事がある。それに、計算通りに行かないことだってあるだろうさ。ま、なるようになるってやつだな」

「・・・・・・葡萄酒分の忠告はした。好きにするといい」

 ラグはそれきりグラスに視線を落として、アスタリスやシスティナに構おうとはしなかった。マスターがしきりに「霊獣を倒したら次の霊獣が来るって、本当の話か?」と訊ねてきたが、ラグが頷く以外の反応を示すことはなかった。
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