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魔獣と滅びゆく世界の戦記 ※章立てにより改題(2017.8.04) 作者:椋鳥

序章 不毛な世界でただ一人、光輝なる墓標を打ち立てる

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3 神の名を冠した獣-2

***


 湖畔は泥に足を取られやすく、俊敏な動きを信条とするリージンフロイツなどには特に不利な戦場といえた。ラグリマは湿地帯から林野へと足場を移すよう声掛けし、シャマスら接近戦要員はそれに従った。

 ケマル湖に出没した亜獣は、半透明の灰色をしていて形態が霧状の幽霊種ファントムと、大猿のように身軽で強靱な四肢と蛙の面相を持つ蛙猿種エイプの二種が半々という構成であった。幽霊種ファントムには物理攻撃が効き辛く、一般の闘士スレイヤー泣かせの亜獣として知られていた。一方の蛙猿種エイプは身体能力が高いため徒党を組まれると対処に厄介で、早期発見・早期駆除が必定と言われていた。

 リージンフロイツとシャマスは、それぞれが二匹ずつの蛙猿種エイプを引き連れて泥地を駆けた。足の短いシャマスは全力で、リージンフロイツは余裕の窺える軽妙な走りで仲間との合流を図った。

「オボロ、援護だ」

「はい。行きますよー!」

 朧月夜は星力レリックを成形して火炎の球体を二つ発生させると、それを二方向に分けて射出した。火球はリージンフロイツとシャマスの背を追っていた蛙猿種エイプたちの近距離で爆裂し、炎と爆風をあたりに巻き散らした。直撃こそ避けられたものの、都合四匹の蛙猿種エイプが爆炎と煙を前に視界を失い、その隙に追われていた二人がシスティナや朧月夜の下へと到達した。

「偵察ご苦労様です。では四人がかりで掃討しましょう!」

 雄々しく銀の槍を構えたシスティナが宣言した。朧月夜一人を後衛に据え、残る三者が前衛を務めるという陣形が布かれた。ラグリマは朧月夜より更なる後方に留まり、戦場を俯瞰して指示を飛ばす役に専念していた。

 この布陣で既に六匹の亜獣を討ち果たしており、ここで四匹を撃破すれば駆除した亜獣は二桁を記録することになる。一同の士気は高く、ラグリマの補佐も今のところ上手く機能していた。

 四匹の蛙猿種エイプは両足のバネを駆使し、高い跳躍を繰り返して接近してきた。高所と低所を行ったり来たりするやり口は襲撃のポイントやタイミングの判別を妨げ、パーティーの警戒意識を散漫にさせる効果があった。予めラグリマから対策を伝授されていなければ、四人とて苦戦を免れようもなかった。

 朧月夜が星術アーティファクトで天上に向けて結界を張り、蛙猿種エイプの上空からの突入を遮断した。地上からの突進にのみ焦点を絞った前衛の三者は、掛かってきた蛙猿種エイプを一匹ずつシスティナの槍で、リージンフロイツの剣で、シャマスの斧で集中的に攻め、地力で打ち負かした。四匹はあっと言う間に片付き、視界から当面の敵が消え失せた。

「よくやった。これで十匹だな。この調子なら、三日とかからずに駆逐出来るんじゃないか」

 ラグリマは武器を収めた面々を心底から誉め称えた。魔獣ベスティア退治のエキスパートというわけでもない四人が初の共同作業でこれだけの戦果を挙げたことは、控えめに言っても快挙であった。

「上々です。リズの実力は分かっていましたが、オボロとシャマスの働きぶりは期待以上でした。これはウルランドにとってとても大きな収穫です」

 システィナは満足げに頷くと、朧月夜やシャマスの手を取って手厚く労いの言葉を掛けた。

 夜明け前にこの地へ到着してから半日が経過しており、ラグリマは皆にベースキャンプへの撤退を命じた。朝方目星を付けた、川縁で広葉樹の密集した地点に馬が繋いであり、そこに戻るなり夜営のための簡易テントが張られた。交代制で歩哨を立てれば、ひとまずは万端といえた。

 時間差で代わることになる二名の歩哨以外は、携行食で栄養を補給した後すぐに床についた。体力のあり余っていたラグリマが始めは一人で外に立ち、やがて仮眠をとったシャマスがそれに加わった。

星術アーティファクトで警戒網も敷いてある。よほどのことがない限りは魔獣ベスティアの接近を感知できるから、気楽に構えていて大丈夫だ」

「承知」

 シャマスはぶっきらぼうに応えると、近くの岩石の上に腰を下ろし、手持ちの斧と円形盾を脇に並べた。天を仰げば一面に星の海が広がり、一つ一つの輝きが広く世界に明かりと星力とを降らせていた。

 ラグリマは地面の上に薄いゴザを敷いて、そこに仰向けに寝ころんでいた。運んできた銀製の剣は油断なく周囲に積まれており、異常があればすぐにも迎撃に出られる態勢がとれていた。若い頃から闘士スレイヤーとして世界各地を転戦していた経験により、ラグリマは周囲に気を配りながらも全身を弛緩させ十分に休める技を身につけていた。

 二人は言葉を発することなく規定の時間を過ごした。異変は起こらず、ややして交代の要員が登場した。

「砂時計、ぴったり消化しましたー。外泊でしかもテントだと、けっこう寝付けないものですね」

「オボロ。何だったら代わってやってもいい。おれは日中、仕事をしていないからな」

「平気ですよ。テントで美女が二人寝てるんですから。ラグ、どうぞお楽しみにー」

 早くもさん付けの呼称が卒業となり、朧月夜は親しげにラグリマの登録名を呼ばうと、手をひらひらと振って追い出しにかかった。そうして自身はラグリマの使っていたゴザの上に座り込んだ。平時の長衣姿で出てきた朧月夜を見かねて、ラグリマは芥子色の袖無し外套を肩から掛けてやった。

「後は頼んだ」

 ラグリマが遠ざかり、二人きりになったタイミングで、朧月夜はシャマスへと話しかけた。

「シャマスさん。<光神エトランゼ>神殿の支部ブランチは、レーゲンドルフに買収されてますよね?」

 その衝撃的な内容は、いつになく真面目な声音で発せられた。星明かりのみを光源としているため、朧月夜からはシャマスの表情の変化が読みとれなかった。

「・・・・・・神殿内で傍流のワシだけがここにいる。ウルランド領主が、床に頭を擦り付けて涙を流さんばかりに助力の懇願をしたのに、だ」

 それが答えだとでも言わんばかりに、シャマスが荒く鼻を鳴らした。朧月夜は応じるように一つ息を吐き、いくらか柔らかい口調に切り替えて先を続けた。

「星術学院は元より、レーゲンドルフ・ブランチに周辺エリアの管轄権が与えられているので、ウルランド・ブランチには選択の余地がありません。なので、私は独断で出て来てます。・・・・・・レーゲンドルフ公はたぶん、ハルキスの一味と繋がってますね」

「確証はない。何度も言うが、傍流のワシには情報が回ってこない。分かっているのは、ウルランドの領主に味方する神官パルチザンが一人もないということだけだ」

「あはは。シャマスさんは正直ですねえ。このまま行くと私たち二人は、同胞から刃を向けられる恐れすらあります。騎士団が無力化した今のウルランドを、あのレーゲンドルフ公が見逃すとも思えませんから。そのへん、どうお考えですか?」

「・・・・・・魔獣ベスティアは倒す。神獣が現れたなら戦う。それだけだ」

「システィナ様にお味方して命を懸ける、と?」

「信仰に従っているに過ぎぬ。ワシらドワーフにとって、人間でいうところの忠義のような概念は理解不能だ。高貴な身分の者が相手だからといって卑屈な態度をとるような者は信用できんし、そもそも信念がない者は例え一時躍進しようとも必ず破滅する」

「つまり、システィナ様に忠誠を誓うわけではないけれど、信念は評価しているので共に戦っている。そういうわけですね?」

 朧月夜の解釈にシャマスは異論を挟まなかった。風が出て来て、朧月夜は肩に掛けられた外套をしっかりと体に巻き付けた。ラグリマの体臭が仄かに香った。

 シャマスが何も言わずに星空を見上げているので、朧月夜は進んで自らの胸中を告白した。

「私が見たところ、システィナ様は清廉で無鉄砲な御方です。危ういところはありますが、領主様としては異才で非常に好ましく思えます。だから、無理のない範囲で助けてあげようかなと」

「・・・・・・そうか」

「私も信念をもって星術士アーティフィサーになったはずなんですけど。政治とか体面とか、大人の流儀にまみれ過ぎて純粋な生き方から遠ざかっていました。・・・・・・ちょっとだけ、愚痴ってみましたー」

「そうか」

 シャマスはそれだけ言うと、まるで石像にでもなったかのように身じろぎひとつせず、己が任務に専念した。朧月夜はゴザの上に寝そべって、そういえばラグは一体どんな人物なのだろうかと思いを巡らせた。彼女が人格を評価しているシスティナはどうやら彼のことを高く買っているようであったが、日中戦闘指揮に接しただけの朧月夜には判断材料が少な過ぎた。

(対魔獣戦闘の専門家だっていう触れ込みだけど。見た感じリズだって相当の腕前だったし、ラグは何か特別な技でも持っているのかしら)

 若くして星術学院の正星術士に抜擢された朧月夜は周囲からその才能を期待され、絶えず大人からちやほやされてきた。彼女に近付いて来た大人は、口先だけの下衆も決して少なくなかった。彼女に取り入って自己の栄達を図ろうとする者、彼女を騙して利益を得ようとする者、彼女を脅して使役しようとする者。そうして多くの辛酸を嘗め、必然的に朧月夜が大人を見る目は厳しくなった。

 そんな朧月夜であったが、ウルランドの危機を聞かされて居ても立ってもいられず、信用の不確かな大人たちに敢えて同行する道を選んでこの場にいた。それだけに、魔獣ベスティアから街を守るという信念に決して嘘偽りがないことを信じたかったし、レーゲンドルフの横槍に負けない大人たちの意地をも見せて欲しいと渇望していた。

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