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66話「漢の矜持」

 

 「はっはっは! みなさん、よく似合っておりますぞ!」

 

 雲山はこの日のために徹夜で裁縫したようだ。よくこの短期間でこれだけのものを作り上げたものだ。その執念には感服する。まあ、この美しい女性陣の水着姿は目の保養になるので、文句はないのだが。

 ちなみに雲山はトランクス型の水着にサングラス着用である。

 

 「ところで、俺の水着なんだけど」

 

 さて、俺も雲山に水着を作ってもらい、それを着させられたのだが、なぜかそれがスクール水着だった。胸に『ようり』と書かれたゼッケンまで縫い付けてある。仕事が細かいことに、尻にはウサギのしっぽを出す穴まで開いていた。

 

 「なに、需要があるかと思ってな!」

 

 何の需要だ。まあ、百歩譲ってスク水はいいとして、どうしてニーソックスまではかないとならないんだ。白と黒の縞ニーソである。暑苦しい。

 

 「なに、需要があるかと思ってな!」

 

 「だから、何の需要だ」

 

 もう、突っ込まないことにしよう。こいつにいちいち構っていたらきりがない。いや、脱げばいいんだけどさ。なんか雰囲気的に、それはやっちゃいけない気がして。今回は遊びに行くだけなので、甲羅は寺に置いて行くつもりだ。

 

 「雲山! なぜ私たちがこんな格好をしなければならないんだ!」

 

 一輪が顔を真っ赤にして怒鳴りつける。外気にさらされたきれいな脚を隠そうとしているが、無駄なこと。どんなに小さくなっても隠しきれるものではない。

 実は昨晩、雲山はみんなが眠っているうちに着替えを水着とすり替えるという暴挙に出た。しかも、替えの服をすべて隠すという周到さである。一輪にボコボコにされたのだが、それでも雲山は漢としての矜持を貫いた。寝巻で外出するわけにもいかず、しかたなく着てみたのだが、寝巻の方がまだマシに思えるくらいの露出度に一同唖然といった状況である。

 

 「バカ者! 海に行くなら水着! それが真理であろうが! 女子の水着シーンのない海水浴など、ワシは認めん!」

 

 この雲山、強い。いつにも増した気迫。一輪は気押されていた。普段はただのボケ要員でしかない雲山だが、エロに関してのみは他の追随を許さない。たとえ何度ぶちのめされようとも、雲山は水着を諦めることはないだろう。

 

 「まあまあ、いいではありませんか。たまにはこういった服装も」

 

 白蓮が一輪をなだめる。というか、いいのかよ。お前が一番とんでもない水着を着せられているわけだが。こいつには羞恥心というものがないのか。あれか、欲を捨てるとそういうものがどうでもよくなるのか。

 

 「ね、姐さんがそういうなら……」

 

 「しかし、この格好だと耳としっぽを隠せないのだが」

 

 今度はナズーリンが抗議する。ナズーリンはネズミの耳が頭に、おしりにはネズミのしっぽがついている。そのため、水着姿ではその妖怪らしい部分が丸見えになってしまうのだ。白蓮と一輪は見た目が人間と変わらないので問題ないが、ナズーリンは一目で妖怪だとわかってしまう。いつも人里におりるときは法衣をかぶってごまかしているけれども、水着では隠しようがない。一方、寅丸は虎の妖怪なのだが、こちらはケモ耳もケモ尻尾もついていないので問題ない。この二人は毘沙門天に認められ、神格を持っているので、妖怪だとバレても最悪言い逃れはできるのだが。

 

 「案ずるな。策はすでに用意している」

 

 雲山は何かを取り出した。浮輪だ。その輪をナズーリンの体に通し、腰のあたりで固定した。

 

 「この浮輪は内部にしっぽを収納するための空洞を作っている。これをもっておけば、バレる心配はない」

 

 ナズーリンが浮輪の中にシッポを入れる。ネズミの細いシッポが浮輪の中でクネクネうごめいている様子を想像して、少し気持ち悪くなった。

 

 「耳は?」

 

 「帽子でもかぶっていればよかろう」

 

 雲山はキャップをナズーリンの頭にかぶせる。もう、元の容姿からかけ離れてきたな。そういえば、俺もナズーリンと同じくウサギの耳と尻尾がモロ出しである。

 

 「俺もウサミミとウサシッポが隠せてないんだけど」

 

 「それは、そういう要素ということで、問題ないのではないか?」

 

 「日本語でおk」

 

 もういいよ、能力使うから別にどんな変態的な格好していようと注目されることなんかないし。

 

 「だが、海に着くのは明日の予定だぞ? 今、ここで着なくてもいいじゃないか」

 

 「安心なされよ! この雲山の力があれば、海までなんぞひとっ飛びよ! はあっ!」

 

 雲山が人型の体形から変化する。雲に近いもやもやした形状になった。空に浮かぶ雲に人の顔がついたようなこの形が、雲山の本来の姿である。

 

 「さあ、ワシの背中に乗ってくだされ!」

 

 俺たちは雲山の上に乗る。もっふもふで乗り心地は意外といい。どうやら、雲山はこのまま空を飛んで俺たちを海まで運んでくれるようだ。というか、そんな便利な機能があるなら始めから言えよ。一輪も雲山がそんなことができるなんて知らなかったみたいだ。

 

 「しっかりつかまっているのじゃぞ。では、出発!」

 

 * * *

 

 「ぜひーっ、はひーっ……!」

 

 海に到着。さすが空路は速い。俺たちは快適な空の旅を満喫した。上空高く空気が薄くては寒かったが、地上を一望できるその眺めはすばらしかった。雲山グッジョブ。

 そして当の雲山は、俺たちを運ぶことに全体力を使い果たし、もう一歩も動けない状態だった。まるで不時着するような着陸のしかただったし、相当無理をしていたようだ。

 

 「雲山、よく頑張ったな。お前はここで休んでおけ」

 

 「はひい、ふひい、いやいや、心配には、及ばぬ、はあはあ、ワシも皆とともに海へ……」

 

 「何を言っているんだ? 漁村には人間がいるからお前はここで待機していた方がいい」

 

 「はあ!? え、ちょ、それマジで言ってるんですか一輪さん……」

 

 一輪の無情な一言に、雲山の表情が絶望に染まる。確かに雲山の姿はどこからどうみても妖怪なので、連れていくことなどできないだろう。白蓮の法力とかで何とかできないのだろうか。

 

 「では、私たちは妖怪の説得に向かいます。雲山はここに残っていてください。なるべく早く帰ってきますから」

 

 雲山、呆然。石のように固まって動かなくなった。でも、まあ、雲だし。大丈夫だろう。

 俺たちは雲山を一人残して漁村へと向かった。

 

 「……そんな、ワシの水着イベントが……あーっ!」

 


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